要点
- 超解像顕微鏡により発光ダイオード中のペロブスカイト粒子の発光を解析
- ナノ凝集体中の一部のナノ粒子のみで電界発光が生じていることを確認
- 上記一部のナノ粒子の電界発光の点滅度合いの増加が低い電光変換の原因
概要
東京工業大学 物質理工学院 材料系のマーティン・バッハ教授らの研究グループは、単一粒子分光計測[用語1]を用いて、ペロブスカイト[用語2]ナノ粒子[用語3]を発光材料として用いた発光ダイオード(LED)[用語4]における低い電光変換効率[用語5]の原因を解明した。
同研究グループは単一粒子分光計測の手法を用い、LED駆動時にはナノ凝集体中の一部のナノ粒子に向けて電荷やエネルギーが移動し、その一部の特定のナノ粒子からのみ発光が生じていることを明らかにした。さらに発光を示す一部のナノ粒子ではブリンキング[用語6]が生じやすく、ブリンキングによる消光時間の増加が原因で、電気エネルギーが光に変換されにくくなっていることを確認した。
ペロブスカイト系ナノ粒子の一部は鮮やか、かつ高効率な発光を示すため、薄膜ディスプレイやレーザー用の発光材料として期待されている。だが、高効率で発光する粒子のナノ凝集体を薄膜LEDの発光層として用いると、しばしばLED駆動時に発光効率が著しく低下することが知られていた。しかし、その根本的な原因はわかっていなかった。
研究成果は10月3日発行の国際学術雑誌「ネイチャーコミュニュケーション(Nature Communications)」のオンライン版に掲載された。
研究成果
バッハ教授の研究グループは単一粒子分光の手法を用いてペロブスカイト粒子のナノ凝集体を発光層に有するLEDの発光挙動の解析を進めた。LED駆動時には、ナノ凝集体中では一部のナノ粒子のみでブリンキングを伴う発光が生じており、そのブリンキングによる非発光時間の増加がペロブスカイトLEDの低い電光変換効率の原因となっていることを発見した。
この成果は、ペロブスカイトナノ粒子の表面状態の制御が、電光変換効率の高いペロブスカイトLEDを実現するために重要であるという知見を与えるものである。
研究の背景
ペロブスカイトナノ粒子の一部は、電荷輸送能に優れるだけでなく大きな光吸収能力、高効率発光、さらに発光色が鮮やかであるなどの優れた光物性を持ち合わせている。さらに、そのナノ粒子は安価に作製できるだけでなく、ナノ粒子の薄膜を印刷法で成膜することができるため、より低コストでデバイスの作製が可能である。
そのため、薄膜ディスプレイ、照明、そしてレーザーなどに用いられている発光体の代替材料として期待されている。しかし、ペロブスカイトナノ粒子をLED中の発光層の材料として用いると、紫外線照射時に観測される大きな発光収率に反して、しばしば電光変換効率が低くなるという問題があった。
研究の経緯
バッハ教授らはオレイン酸(植物油に多く含まれている不飽和脂肪酸)で表面修飾されたCsPbBr3(セシウム鉛臭化物)のペロブスカイトナノ粒子を発光層に有する薄膜LEDを作製し、単一粒子分光の計測技術を用いてその発光層中のCsPbBr3粒子のナノ凝集体(図1a)の光励起時の発光(PL)[用語7]および電界発光(EL)[用語8]を比較した。
研究グループは、PLにおいてはナノ凝集体中のナノ粒子の100%近くが発光に関与しているのに対し(図1b)、ELでは全体の3個から7個のナノ粒子しか発光に関与していないことを確認した(図1c)。さらにナノ凝集体中ではナノ粒子のサイズにわずかな分布があり、EL駆動時にはナノ凝集体表面の粒子にホールや電子が注入された後、ホールや電子がより大きなナノ粒子に向けて拡散してトラップされ、一部のナノ粒子からしか発光が生じていないことを確認した。
PLでは各ナノ粒子が発光しており個々のナノ凝集体のブリンキングも生じにくい一方で、ELを放射しているナノ粒子ではブリンキングがより顕著に生じることを見出した。そのELでの激しいブリンキングのため、発光しない時間が長くなっており、これが要因でLED駆動下での電光変換効率が理想状態の1/3程度にまで低下していることを突き止めた。
- 図1.
- 単一粒子分光計測によるCsPbBr3粒子のナノ凝集体の発光特性 (a)各々のナノ凝集体の発光イメージ(b)PL時のナノ凝集体の発光の時間変化とナノ凝集体内の発光スキーム(c)EL時のナノ凝集体の発光の時間変化とナノ凝集体内の発光スキーム
今後の展開
この成果は、高効率LEDに向けたペロブスカイト材料の改良に必要となる重要なポイントを単一粒子分光の手法を用いて明らかにしたものである。今後より電光変換効率の高いペロブスカイトLEDを実現するための方策の一つとして、ペロブスカイトナノ粒子の表面状態の制御によるブリンキングの抑制が重要になると考えられる。
用語説明
[用語1] 単一粒子分光計測 : 光の回折限界もしくはそれを超える空間分解能を有する顕微鏡を用いて、光の回折限界以下の大きさを有する粒子や分子の発光特性を計測する手法。従来の多数の粒子を対象とした発光測定とは異なり、集団平均の中に隠されていた個々の粒子の特性や科学現象を解明することが可能となっている。
[用語2] ペロブスカイト : 灰チタン石と同じ立方晶系の単位格子をもち、立方晶の各頂点に分子カチオンもしくは金属カチオン(A)が、体心に金属カチオン(B)が、そしてBを中心として、ハロゲンを中心とするアニオン(X)が立方晶の各面心に配置された結晶構造を持つ材料の名称である。ハライドペロブスカイト(ABX3)[ここで A=Cs+、CH3NH3+または CH2(NH2)2+、B=Pb 等、そしてX=Br、Cl、またはI]のナノ粒子の中には高い発光量子収率を示すものが存在する。
[用語3] ナノ粒子 : 通常数ナノメートルから百ナノメートル以下の径を有する粒子のことを指す。
[用語4] 発光ダイオード(LED) : 2つ電極の間にホール輸送機能、電子輸送機能、そして発光機能を有する薄膜が形成された発光デバイス。しきい値電圧以上でホールや電子が電極から注入され、発光体で再結合させることで発光体に励起状態を形成し、光としてエネルギーを取り出す。
[用語5] 電光変換効率 : LEDにおいて1つのホールと1つの電子が発光体で出会った際に何%の光が発光体から放出されるのかの確率の事を示す。
[用語6] ブリンキング : ナノサイズの発光体からの発光を観察していると褪色によって突然発光を失うまで一定の強度の光を発光し続ける。しかし、褪色以外にミリ秒から秒の時間間隔で明滅を繰り返す現象が存在しブリンキングと呼ばれている。
[用語7] 光励起時の発光(PL) : 外部からの光を発光体もしくは発光体近傍の材料に吸収させて、発光体に電子励起状態が形成されることにより、発光体から光が放出される現象のことを指す。
[用語8] 電界発光(EL) : 電圧印加をトリガーとして発光体に電子励起状態が形成されることにより、発光体から光が放出される現象。LEDとは異なり、電圧を印加しに電子のみを直接発光体に衝突させて電子励起状態を発光体内に形成させて発光させるのも電界発光である。この他にも電気化学的に電気励起状態を形成させて発光させる現象も電界発光に含まれる。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
Single-particle electroluminescence of CsPbBr3 perovskite nanocrystals reveals particle-selective recombination and blinking as key efficiency factors |
著者 : |
Dharmendar Kumar Sharma, Shuzo Hirata, Martin Vacha |
DOI : |
- プレスリリース ペロブスカイトナノ粒子LEDはなぜ低効率か ―ブリンキングによる消光時間の増加が原因と究明―
- 高分子1本鎖からの電界発光を観測 ―高分子ELディスプレイや照明の高耐久性に寄与―|東工大ニュース
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