要点
- 細胞内の目的タンパク質に特定の抗体を融合させる「エピトープタグ」技術には、生細胞に用いることができないという問題があった。
- 遺伝子コード型の抗体プローブ「Frankenbody」を開発し、生細胞でのエピトープタグ検出を実現。
- 目的タンパク質を即時に可視化でき、タンパク質やRNA翻訳動態のイメージングへの広い活用を期待。
概要
コロラド州立大学のTimothy Stasevich(ティモシー・スタセビッチ)助教授(東京工業大学 科学技術創成研究院 WRHI[用語1] 特任准教授)の研究グループと東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの木村宏教授の研究グループ(上條航汰元大学院生、小田春佳学術振興会特別研究員、佐藤優子助教)の共同研究により、エピトープタグを生細胞において検出することができる、遺伝子コード型の抗体プローブ「Frankenbody(フランケンボディ)」が開発されました。
抗体が抗原表面のエピトープに結合するしくみを利用した「エピトープタグ」技術は、細胞内の様々なタンパク質の解析などに使われていますが、生きた細胞に用いることができないのが課題でした。今回開発された抗体プローブ「Frankenbody」は、生細胞に対してもエピトープタグ技術を利用することを可能にしました。目的タンパク質を直接標識する緑色蛍光タンパク質(GFP)では、蛍光を発するまで時間がかかりますが、Frankenbodyを使ったエピトープタグでは、目的タンパク質を即時に可視化することができます。
Frankenbodyはコスト面でも優れており、タンパク質やRNA動態のイメージングへの幅広い活用が期待されます。研究グループは今後、生細胞イメージングのツールとして用いることができる他の細胞内抗体の開発を目指しています。
この成果は2019年7月3日付でNature Communications誌に掲載されました。
研究の背景
抗体は、体内に侵入した病原を異物として検出する生体分子で、抗原(異物に含まれるタンパク質など)の表面に存在するエピトープと呼ばれる特異的な標的に結合することで機能します。抗体とエピトープは鍵と鍵穴のような関係にあると言えます。
このしくみを応用して、細胞内の様々なタンパク質に既知のエピトープを融合させ、そのエピトープと特異的に結合する抗体を用いてタンパク質を解析する「エピトープタグ」という技術が、自然科学の分野で広く用いられています。しかし、エピトープタグ技術を用いて細胞内のタンパク質の局在場所を検出するためには、細胞を化学的に固定する必要があり、生細胞内でのタンパク質動態解析[用語2]に適応できないのが課題でした。しかし、今回新たに開発された抗体プローブ[用語3]「Frankenbody」を細胞に発現させることにより、生きたままの細胞でエピトーブタグを融合したタンパク質を観察することが可能となりました。
研究成果
今回研究グループは、多くの研究者が簡便に利用できるよう、HAエピトープを標的とする、遺伝子コード型[用語4]の抗体プローブ「Frankenbody」を開発しました。ヒトインフルエンザウイルスタンパク質であるヘマグルチニン由来のHAエピトープは、9個のアミノ酸残基からなり、小さいために目的タンパク質の活性を阻害しにくいことから、これまでに広く用いられてきました(一方、緑色蛍光タンパク質(GFP)は、200個以上のアミノ酸残基から構成されており、その大きさはHAエピトープの20倍以上です)。しかしながら多くの場合、HAエピトープを結合したタンパク質は固定した細胞内においてのみ観察が可能でした。Frankenbodyを用いることで、HAエピトープを付加したタンパク質のダイナミクスを、生細胞において可視化することが可能になりました。
論文筆頭著者であり、研究の遂行に中心的な役割を果たしたStasevich研究グループの趙寧(Ning Zhao(ニン・ザオ))博士研究員は、この抗体プローブの名前の由来について、「Frankenbodyは、まるで体に新しい手足をつなぎ合わせるように、抗体の標的を特異的に認識する部位を、別の抗体の骨格に移植することで作製されました。これにより抗体の特異性を保ちながら、生細胞において機能できる抗体プローブの開発にこぎつけました」と述べています。抗体は本来、細胞の外へ分泌されるタンパク質なので、ほとんどの抗体は細胞の中では正しく立体構造を形成することができません。木村教授らは、多くの抗体を調べて細胞内で安定に機能する抗体の骨格を見つけ、Frankenbodyはこの抗体の骨格を利用して作られました。
Frankenbodyは、生細胞イメージングツールとして現在使われているGFPの短所を補う有用なツールとして期待されます。GFPは、目的タンパク質に緑色の蛍光タンパク質を遺伝的に融合し、可視化するツールとして広く用いられ、その発見と応用に対して2008年にノーベル賞が贈られました。しかし、GFPは分子サイズが比較的大きいことや、翻訳されてから蛍光を発するまでに時間を要することから、その利用が制限されることがありました。新たに開発されたFrankenbodyは、GFPに比べて非常に小さなエピトープを融合するだけで、目的タンパク質を即時に可視化することができます。これにより、目的タンパク質の誕生の瞬間をリアルタイムで捉えることも可能です。
今回発表された論文では、生細胞におけるタンパク質の1分子追跡、1分子RNA翻訳イメージング、そしてゼブラフィッシュ胚における蛍光増幅イメージングなどが実証されました。いずれの結果も従来の緑色蛍光タンパク質を融合する方法と比べ、より良い結果が得られました。
論文責任著者であるStasevich博士は、「我々は生細胞イメージングのツールとして用いることができる細胞内抗体の開発を目指しています。可視化したい目的タンパク質に結合する蛍光標識抗体を用いれば、目的タンパク質をGFPで直接標識する必要がなくなるからです」と、Frankenbodyの有用性を指摘しています。
遺伝子コード型のプローブであるFrankenbodyの可能性は無限大であり、また、コスト面でも優れているため、タンパク質やRNA翻訳動態のイメージングで広く活用されることが期待されます。趙博士研究員はFrankenbodyの強みについて、次のように述べています。「一般的な抗体は、作製にコストがかかるうえ、ロット間で特異性に差があるため、研究の際はこれらを考慮する必要がありました。しかし、Frankenbodyはプラスミドに遺伝的にコードされているため、そのような心配がなく、かつ他の研究グループへの配布も容易です」
今後の展開
本研究は東京工業大学 科学技術創成研究院 WRHIによる、コロラド州立大学と東京工業大学の共同研究の成果であり、今後も両研究グループの強みを生かした研究の発展が期待されます。
Stasevich博士は今後の展開について、「今回の成功をもとに、さらにいくつかの生細胞イメージングのツールをすでに開発しています。近い将来、皆様にお届けできることを楽しみにしています」と話しています。
用語説明
[用語1] WRHI : World Research Hub Initiativeの略。東京工業大学は世界的な研究成果とイノベーションの創出により「世界トップ 10 に入るリサーチユニバーシティ」を目指し、研究所・センターなどの研究組織を集約した科学技術創成研究院を設置し、世界の研究者と学内の若手を魅了する環境整備を行う研究改革を実施している。その一環として、2016年4月、研究院内に「Tokyo Tech World Research Hub Initiative(WRHI)」を立ち上げた。海外の優秀な研究者を招へいし、国際共同研究を推進する6年間のプロジェクト。新たな研究領域の創出、人類が直面している課題の解決、そして、将来の産業基盤の育成を目標に掲げ、「世界の研究ハブ」になることを目指している。
[用語2] タンパク質動態解析 : 生きた細胞の中や、溶液中でのタンパク質の挙動の経時変化を調べること。細胞内局在の変化や、標的への結合様式、生成・分解速度などを知ることができる。
[用語3] 抗体プローブ : 標的とする因子(タンパク質、糖、低分子化合物など)を可視化するために、抗体分子の抗原特異性を利用したもの。一般的に、抗体の抗原に対する特異性および親和性は非常に高く、また抗体分子は本来安定性の高いタンパク質であるため、可視化プローブとして優れている。
[用語4] 遺伝子コード型 : 目的のタンパク質を作るための遺伝暗号がプラスミドベクター等のDNAとして供与されること。 プラスミドベクターの細胞への導入は比較的容易であるため、遺伝子コード型プローブはペプチド型のものより応用範囲が広いといえる。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
A genetically encoded probe for imaging nascent and mature HA-tagged proteins in vivo |
著者 : |
Ning Zhao, Kouta Kamijo, Philip D. Fox, Haruka Oda, Tatsuya Morisaki, Yuko Sato, Hiroshi Kimura & Timothy J. Stasevich |
DOI : |
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- 研究者詳細情報(STAR Search) - 木村宏 Hiroshi Kimura
- 生命理工学院 生命理工学系
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