要点
- コスタリカ全域の温泉水を調査し、地中での炭素循環とそのプロセスを分析
- 沈み込み帯からの前弧域への炭素供給量はこれまでより2桁多いと推定
- 微生物の活動を含めた新たな炭素循環モデルを提案
概要
東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のドナート・ジョヴァネッリ(Donato Giovannelli)・アフィリエイトサイエンティスト、中川麻悠子特任助教、オックスフォード大学のピーター・バリー(Peter Barry)博士らの国際共同研究チームは、沈み込み帯[用語1]から前弧域[用語2]へ供給される二酸化炭素の大部分は地殻では炭酸鉱物として捕捉され、表層では微生物の活動で捕捉されることを発見した。これまでの地表への炭酸ガス供給量が過小評価されていたことを明らかにした。
今回、コスタリカ全域の温泉水や地球深部とつながる吹き出し口(噴出口)から試料採取を行い、供給されるヘリウムや二酸化炭素の同位体比、溶存無機炭素及び溶存有機炭素の濃度及び同位体比[用語3]によって、それらの成分の由来を解析した。
これまで前弧域は、フィールド調査が可能な場所が限られていたため、炭素量やその収支情報を得ることが困難だったが、今回の研究により調査及び分析が実現した。本成果により、地球規模での炭素収支の再評価と、生物・非生物活動を含めた新たな炭素循環モデルが提案でき、過去・現在・未来の地球の気候変動についての理解が深まると考えられる。
本研究成果は、日本時間4月25日発行の英国の国際学術誌「Nature(ネイチャー)」に掲載された。
研究成果
プレートの沈み込み帯から、表層へ供給される二酸化炭素について、表層への噴出量やプロセスを解析するため、南米コスタリカ全域の温泉・噴出口調査を実施し、地球規模の炭素循環に微生物活動が寄与することを初めて明らかにした。
コスタリカ全域から採取した噴出ガス中のヘリウムと二酸化炭素の同位体比データから、噴出するガスはマントル起源であり、火山弧から海溝に近づくにつれてその量は減少した。それでも全ての前弧域調査地点でマントルから供給されるガスの噴出があることが認められた。その減少する二酸化炭素放出量について、前弧域の温泉水中へ溶存する前に地殻中のカルシウムなどと結合し、炭酸塩として約90%が取り除かれていることが安定炭素同位体の変化から示された。さらに、溶存無機及び有機炭素の同位体比の差が一定であることから、無機炭素は炭酸塩として取り除かれた後、微生物が炭素固定を行って生合成した有機炭素として温泉水中に溶存していることが示唆された。
これまで沈み込み帯から表層へ炭素が供給される過程について、生物活動の影響は考慮されていなかった。しかし、今回の解析により、表層へ二酸化炭素として放出される最終段階で微生物による炭素固定の影響があることを初めて示すことができた。目に見えないほど小さな生物の活動が地質学的過程と同じスケールで検出されたことは驚くべきことだ。
さらに溶存無機及び有機炭素同位体比から示唆された微生物活動を含めた炭素循環モデルでは、前弧域へ供給される炭素量が、これまで推定されていた二酸化炭素放出量より2桁大きい値となった。そのため沈み込み帯でマントルへ戻る炭素量がこれまでの推定値より大幅に小さくなる。今回の成果で判明した二酸化炭素供給量の修正は、地球の気候変動要因解明や予測への応用が期待される。
背景
地球内部のコア、マントル、地殻などは、地球を構成する炭素の90%を占めており、残りは表層の海洋、大気圏、生物圏に分配されている。表層の炭素はプレートの沈み込み帯で地球内部へ運ばれていくが、その一部は沈み込みの途中で二酸化炭素となり、火山や熱水として放出され、再度地表に戻される。。
プレート沈み込み帯における地球表層と深部との相互作用から表層に供給される炭素量を知ることは、地球形成時からの炭素循環や将来の気候変動予測に重要なポイントになる。しかし、これまで地下から噴出するガスが実測できるフィールドや、沈み込み帯から表層に供給される過程で起こっている生成・消滅過程を推定するためのデータセットが限られ、地球内部での炭素の移行の実態はよくわかっていなかった。
研究の経緯
コスタリカは太平洋側の海洋プレートが沈み込んで形成された火山弧である。ここは沈み込み帯から供給される炭素を、前弧域、火山弧、背弧海盆の噴出口ガスや温泉から採取できる数少ないフィールドである。
本フィールドにおける炭素循環とそれに関わるプロセスを解明するため、2017年に生物学、地質学、地球化学など異分野の研究者25名が国際共同研究機関「深部炭素観測(ディープ・カーボン・オブザーバトリー、Deep Carbon Observatory、DCO)」のプロジェクト「Biology Meets Subduction」で、12日間にわたりコスタリカ全域の温泉調査・試料採取を実施。採取した水やガスは各国の分析チームに分配した。この6ヵ国27機関で実施された「Biology Meets Subduction」では、専門分野の垣根を超えて多様なデータの共有、議論を深めることができた。その結果が本研究の新たな発見につながった。
今後の展開
今後は他の前弧域でも調査・解析を行い、本研究のコスタリカ前弧域で得られた炭素収支モデルが全球へ適用できるかを確かめる必要がある。前弧域で地殻中及び微生物による炭素の捕捉が適用された場合、地表から沈み込み帯を経由してマントルへ戻る炭素量はこれまでより19%も少なくなることになる。
DCOプロジェクト「Biology Meets Subduction」では本研究後も全世界でフィールド調査を行い、より多くのデータセットを得ることを計画している。
用語説明
[用語1] 沈み込み帯 : 一方のプレート(地球表層を覆う、厚さ約100 kmの岩盤)がもう一方のプレートの下へ沈み込む地帯。冷たく密度が高い海洋プレートが密度の低い大陸プレートの下へ沈み込む。
[用語2] 前弧域 : プレートの沈み込む海溝から火山フロント(火山弧)までの間の領域のこと。
[用語3] 同位体比 : 同じ元素(原子の陽子数が同じ)だが、中性子数が異なるため、質量が異なる同位体の比率(例:炭素同位体比、質量12の炭素と質量13の炭素の比)。本研究で扱ったのは放射壊変をしない安定同位体で、物質の起源や生成・消滅過程の指標として利用される。
論文情報
掲載誌 : |
Nature |
論文タイトル : |
Forearc carbon sink reduces long-term volatile recycling into the mantle |
著者 : |
P. H. Barry, J. M. de Moor, D. Giovannelli, M. Schrenk, D. Hummer, T. Lopez, C. A. Pratt, Y. Alpízar Segura, A. Battaglia, P. Beaudry, G. Bini, M. Cascante, G. d’Errico, M. di Carlo, D. Fattorini, K. Fullerton, E. Gazel, G. González, S. A. Halldórsson, K. Iacovino, J. T. Kulongoski, E. Manini, M. Martínez, H. Miller, M. Nakagawa, S. Ono, S. Patwardhan, C. J. Ramírez, F. Regoli, F. Smedile, S. Turner, C. Vetriani, M. Yücel, C. J. Ballentine, T. P. Fischer, D. R. Hilton & K. G. Lloyd |
DOI : |
- プレスリリース 地球の深部炭素のゲートキーパーとなる微生物活動を発見 ―沈み込み帯から表層に放出される炭素量を再評価―
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 中川麻悠子 Mayuko Nakagawa
- 地球生命研究所(ELSI)
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お問い合わせ先
東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)
特任助教 中川麻悠子
E-mail : nakagawa.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2664
ナポリ大学(The University of Naples Federico II Department of Biology)助教
東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)アフィリエイトサイエンティスト
Donato Giovannelli(ドナート・ジョヴァネッリ)
※問い合わせは、英語あるいはイタリア語のみ
E-mail : donato.giovannelli@unina.it
取材申し込み先
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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