要点
- 光通信帯域に対応した光渦多重器の開発に成功
- 波長無依存性な光渦合分波を実現
- 次世代の大容量データ伝送のコアデバイスとして期待される
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院の雨宮智宏助教らは、産業技術総合研究所と共同で、光通信帯域に対応した光渦(ひかりうず[用語1])多重器を開発した。シリコンフォトニクス技術[用語2]を用いることで、波長無依存性な光渦合分波[用語3]に成功し、世界で唯一のモジュール実装されたデバイスを実現した。
開発したデバイスは5つの光渦をクロストーク(混信)25 dB(デシベル)程度で合分波でき、波長分割多重や偏波多重などの従来の多重方式も併用可能なことから、次世代の大容量データ伝送のコアデバイスとして期待される。
100ギガビット超光リンクの低コスト化と低消費電力が進められ、従来の多重方式に留まらず、光の自由度をより積極的に利用した次世代の方式が検討されている。中でも、光渦を利用した多重化方式は波面のらせん周期に情報を乗せることで、理論上無限チャネル多重化が可能である。大容量通信のキーコンポーネントであるマルチコアファイバ[用語4]との整合性にも優れていることから次世代の方式として注目されている。
研究成果は3月3日~7日に米国サンディエゴで開催される光通信関連の世界最大の国際会議・展示会「OFC 2019」(The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition 2019)で発表された。
付記事項
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られた。
科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 : |
「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」(研究総括:北山研一) |
研究課題名 : |
「磁性-金属-半導体異種材料集積による待機電力ゼロ型フォトニックルータの開発」 |
研究代表者 : |
水本哲弥 東京工業大学 理事・副学長(採択当時 教授) |
文部科学省 科学技術人材育成費補助事業
研究領域 : |
「科学技術人材育成のコンソーシアム構築事業」 |
研究課題名 : |
「ナノテクキャリアアップアライアンス」 |
研究機関 : |
産業技術総合研究所 |
共同実施機関 : |
東京工業大学ほか |
総務省の戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)
研究領域 : |
「ICT研究者育成型研究開発」 |
研究課題名 : |
「Si系光渦合分波器を用いた光通信帯における光渦多重伝送技術の構築」 |
研究代表者 : |
雨宮智宏 東京工業大学 助教 |
背景
100ギガビット光ネットワークの本格的な導入に伴い、コヒーレント光通信技術[用語5]が実用レベルに達している。そのような中、通信容量のさらなる増大に向けて、従来の波長多重方式[用語6]に加えて、光の二つの自由度(偏波と光渦)を積極的に利用した伝送方式が注目されている。特に光の軌道角運動量にあたる光渦の工学的応用には未開拓の領域が多く、今後の研究において重要視される分野となりつつある。
光渦は図1に示すように、等位相面が1波長で2 πの整数倍(2 π×l )になるように分布する(l は光渦モードのチャージ数と呼ばれる)。チャージ数の異なるモードは互いに直交性があるため、理論上はそれらを無限に多重化できることになる。
光渦は大容量通信のキーコンポーネントであるマルチコアファイバとの整合性にも優れていることから、次世代の多重化技術の最有力候補となっている。近年、南カリフォルニア大学やカリフォルニア大学デービス校などのグループを中心に、光渦多重と波長多重を組み合わせることで100 Tbit/s(毎秒100テラビット)級の伝送が実現されている。
研究成果
開発した光渦多重器は、「スターカプラ」および「光渦ジェネレータ」の2領域から構成されている(図2)。まず、入力光はスターカプラにおいて特定の位相差をもった複数の出力光に分波される。その後、それらの位相差を維持したまま、光渦ジェネレータから光を取り出すことで、光渦を生成する。
ここで、光渦ジェネレータは、図3に示すように3次元に湾曲したシリコン導波路の出射端が同心円上に並んだ構造となっており、導波路を伝搬した光は自動的に空間位相が同心円上に分布した光に変換される(入射時も同じ原理で、光渦多重された信号を光渦ジェネレータに入力することで、スターカプラの各ポートから分波された信号を得ることができる)。本開発品の最大の特徴はイオン注入技術[用語7]による3次元湾曲シリコン導波路を用いている点であり、これによって低損失で波長に依存しない光渦ジェネレータを実現できる。
図4. 開発したモジュール
光ファイバの各ポートが、光渦モードのチャージ数に対応。
図4がモジュール実装された光渦多重器となる。光ファイバの各ポートが、光渦モードのチャージ数に対応しており、それぞれのファイバから信号光を入射すると、多重器本体のポートから光渦多重化された平行光が得られる。
図5は空間位相変調器[用語8]を用いて各チャージ数を有する光渦信号光を生成し、それを本モジュールに導入したときの各ファイバポートからの光出力強度を示した結果である(チャージ数が0と+2の光渦に対する結果のみ掲載)。入射光のチャージ数に対応したファイバポートから光が観測され、5ポート全ての測定結果から、ポート間のクロストークとして23 dB超が得られた。
- 図5.
- 空間位相変調器によって生成された光渦を本開発品に入力したときの、各ファイバポートの出力特性(チャージ数が0と+2の光渦に対する結果のみ掲載)。5本の線はそれぞれ各ファイバポートに対応している。
開発品の特徴
光渦多重方式の市場導入へ向けて必須となる光渦合多重器だが、光ファイバ通信システムへの適応のためには、以下の3点が強く求められており、本開発品はこれらの条件を全て満たすものとなっている。
- 1.
- 集積チップ化
現在の光渦多重は、その大部分が自由空間データリンクとして研究されている。そのため、光渦の合分波のために比較的大きな光学系(>1 m2)を組む必要があり、光ファイバ通信システムに用いる系としては実用的ではない。それを受けて、小型化・低コスト化の面からチップ化が求められる。 - 2.
- 既存の多重化技術との併用性
既存の多重化技術と併用できることが必須となる。特に波長多重と併用するためには、Cバンド[用語9]全域において、光渦合多重器の波長依存性が小さいことが望まれる。 - 3.
- 各種ファイバシステムに合わせた汎用性
光ファイバ通信システムにおける多重方式として光渦多重を採用する場合、マルチコアファイバによる通信が有望とされている。このとき、光渦合多重器に求められるのは、各種ファイバシステムに合わせた効率的な結合を実現することである。つまり、結合先のファイバ構造が予め分かっていた場合、それに合わせる形で、セルフアラインにチップを作製することが重要となる。
今後の展開
本開発品を用いた光渦多重方式は、波面のらせん周期に情報を乗せることで理論上無限チャネル多重化が可能とされていることから、次世代の大容量伝送のコア技術として期待される。今後、波長分割多重や偏波多重などの既存の多重方式を併用することで、2023年までの実用化を目指す。
また、光渦による多重化技術が国際標準となった場合、本開発品と同系統のデバイスが広く利用される可能性があり、シリコンフォトニクスの市場規模が大きく拡大すると期待される。
用語説明
[用語1] 光渦(ひかりうず) : 伝搬軸のまわりにらせん状に波面がねじれた光。ねじれ度合いの異なる光は互いに交わらないため、それらを重ね合わせて通信容量を増やすことができる。
[用語2] シリコンフォトニクス技術 : 半導体のシリコンに微細な光導波路構造をつくり、さまざまな機能を小型チップに集積する技術。高速光デバイスの超小型化・低消費電力化が可能になり、光通信システムの革新がもたらされる。
[用語3] 光渦合分波 : 互いに交わらない光渦同士を重ね合わせたり、分離したりすること。
[用語4] マルチコアファイバ : 光の通り道であるコアが、1本のファイバ内に複数本ある光ファイバ。コアごとに別々の情報を送信できるので、1本のファイバで送信できる情報量を増やせる。このような多重方式を空間分割多重方式と呼ぶ。
[用語5] コヒーレント光通信技術 : 光の波としての性質を利用した通信方式。コヒーレント(coherent)とは干渉性があるという意味で、通信では周波数あるいは位相変調が利用できることをいう。光を強度変調する方式に比べて受信感度がよく、毎秒テラビットの大容量情報伝送が可能な波長多重通信の基本となる技術でもある。
[用語6] 波長多重方式 : 1本の光ファイバケーブルに複数の異なる波長の光信号を同時に乗せることによって、高速かつ大容量の情報通信を実現する方式。
[用語7] イオン注入技術 : シリコンLSI製造のための重要技術の一つで、イオンを1 kV~100 kV程度で加速してシリコンウェハに注入する。本研究では、注入されたイオンが原子と衝突して生じるひずみを曲げ加工に利用した。
[用語8] 空間位相変調器 : 空間的・時間的に振幅変調、位相変調、または偏光を変調するために使用される液晶マイクロディスプレイ型のデバイス。
[用語9] Cバンド(Conventional-band) : 光通信を行う際使用される波長帯域の中で、1,530 ~ 1,565 nmにおける範囲のこと。
会議情報
会議名 : |
The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition 2019(OFC 2019) |
講演タイトル : |
Orbital Angular Momentum Mux/Demux Module Using Vertically Curved Si Waveguides |
著者 : |
Tomohiro Amemiya, Tomoya Yoshida, Yuki Atsumi, Nobuhiko Nishiyama, Yasuyuki Miyamoto, Youichi Sakakibara, Shigehisa Arai |
会議Webサイト : |
- プレスリリース シリコンフォトニクス技術による光渦多重器を開発 ―光渦多重通信の実用化へ大きく前進―
- 雨宮智宏助教が矢崎学術奨励賞を受賞|東工大ニュース
- 非対称な光学迷彩装置を理論的に実証 ―光を自在に曲げることで物体を見えなくする理論―|東工大ニュース
- 光通信デバイスに"透磁率"の概念を導入 ―メタマテリアルを実装した光変調器開発に成功―|東工大ニュース
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E-mail : amemiya.t.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2555
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グリーンイノベーショングループ
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Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432