要点
- 南極アイスコアの硫酸同位体組成から過去2600年の火山噴火記録を復元
- 成層圏に噴煙が到達し地球規模の寒冷化を起こした大規模噴火と対流圏噴火を区別
- 火山活動と気候影響を関連させ、気候モデルへの入力データとしての活用に期待
概要
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の服部祥平助教らは、フランス・グルノーブルの環境地球科学研究所(Institut des Géosciences de l'Environnement)のエルザ・ゴーティエ(Elsa Gautier)博士、ジョエル・サバリノ(Joel Savarino)博士と米国メリーランド大学(University of Maryland)のジェームズ・ファーカー(James Farquhar)教授などとの国際共同研究により、地球規模の気候影響を与えた大規模火山噴火[用語1]の歴史を過去2600年にわたり復元することに成功した。
南極大陸ドームCの100 mのアイスコアに含まれる硫酸の硫黄同位体異常[用語2]から、噴煙が成層圏まで到達する成層圏噴火と、対流圏に留まっていた対流圏噴火を区別する手法を開発した。この結果、南極・グリーンランドの両極で見られる火山性硫酸ピークのほとんどが、成層圏まで噴煙が到達した成層圏噴火であり、地球規模の気候影響を有していたことが示唆された。また、硫酸の酸素同位体組成が1259 CE(西暦)、575 CE、426 BCE(紀元前)という3つの火山ピークでは低い値を有し、これが極めて巨大な大規模成層圏噴火の結果生じていることが示唆された。
これまではグリーンランドや南極の硫酸ピークの同定による火山噴火記録の復元が行われてきたが、硫酸のピークのみだけでは、その硫酸が地球規模の気候影響を有する成層圏噴火に由来するか、気候影響が限定される小規模な対流圏噴火に由来するか、を判別できなかった。
研究成果は2019年1月28日(英国時間)に英国オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
背景
地球温暖化は世界が直面している深刻な地球環境問題の一つである。温暖化対策を進めるには、温暖化が将来にわたりどのように変化するのかを正確に予測することが重要である。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のレポートは、大気中を浮遊する微粒子エアロゾル[用語3]が直接太陽光を反射したり、遮ったりする効果や雲形成を通じて間接的に地球を寒冷化する効果を有していることを指摘している。
また、エアロゾルの科学的理解の不確実性が極めて高いことも指摘している。人為活動による気候変動を予測するためには自然活動に由来する気候変動を理解する必要がある。火山活動はエアロゾル生成を通じて気候に影響を与える要因の一つであるため、過去の火山活動に伴う自然の気候強制力の推定は極めて重要といえる。
火山によって放出される噴煙が成層圏まで到達する大規模な噴火では、成層圏硫酸エアロゾルが多量に生成される。この成層圏硫酸エアロゾル層が太陽光を遮ることにより、日照量を減少させ、地球の平均気温が数年にわたり低下することが知られている。例えばピナツボ火山の大規模噴火(1991年、噴煙が高度26 kmまで到達)の後の数年間は、地表に達する太陽光が最大で5%減少し、北半球の平均気温が0.5 ℃から0.6 ℃、地球全体で約0.4 ℃低下したことが知られている。しかし、観測記録の乏しい古代の火山噴火において、火山活動と寒冷化の関係を定量的に理解する手法は限られていた。
南極など極域の氷床掘削から採取されるアイスコアは、過去の火山活動を復元するための優れた環境媒体である。アイスコアに保存される硫酸イオンの濃度分析に基づき、過去の火山活動を復元した例は数多い。これまではグリーンランドと南極の双方のアイスコアの硫酸記録の復元によって双方で高い硫酸ピークが同定されたものを大規模噴火の記録として採用する“バイポーラアプローチ”が用いられてきた。このアプローチは「高い気候影響を伴う火山噴火は硫酸塩の地球規模での堆積をもたらし、両極のアイスコアに硫酸ピークが保存されるはず」という仮説に基づいている。このアプローチには正確な氷コアの年代測定が必要であるだけでなく、この硫酸ピークが火山の噴煙が対流圏内のみにとどまっていた小規模噴火(対流圏火山噴火)に由来するか、噴煙が成層圏まで到達し全球的な寒冷化を引き起こしていた大規模噴火(成層圏火山噴火)に由来するかを区別することはできなかった。
硫酸エアロゾルは大気中の寿命が短いため、対流圏火山噴火の気候影響は限定的である。他方、成層圏火山噴火は噴煙が1~2年以上成層圏に滞留するため、その気候冷却効果は全球的となる。このため、正確な復元にはこの対流圏火山噴火と成層圏火山噴火を区別する新しい手法が求められていた。
研究の経緯
成層圏での二酸化硫黄(SO2)光化学反応に起因する硫黄同位体異常(Δ33S≠0)がアイスコアに保存されていることが、これまでのフランス環境地球科学研究所のジョエル・サバリノ博士らの研究でわかってきた(Baroni et al. 2007 Science)。この手法を過去2600年に拡張するため、サバリノ博士らは南極大陸のドームCで、過去2600年間の火山記録を保存する長さ100 mのアイスコアを5本掘削した。
この試料を、当時、博士課程学生であったエルザ・ゴーティエ博士を中心に、フランス・米国・日本の国際共同研究グループによって分析・解析した。硫酸塩の硫黄同位体分析はメリーランド大学のジェームズ・ファーカー教授の研究室で行い、硫酸塩の酸素同位体の分析を東工大の吉田尚弘教授の研究室に所属する服部祥平助教が担当した。
研究成果
過去2600年の火山性の硫酸ピークのそれぞれが硫黄同位体異常(Δ33S≠0)を有しているかを判別することにより、対流圏噴火と成層圏噴火を区別したところ、これまでバイポーラアプローチで地球規模と判別された火山噴火のほとんどの噴火ピークについて硫黄同位体異常が発見された(図1)。これは、バイポーラアプローチにより地球規模の火山噴火と判別された多くで、噴煙が成層圏まで到達していたことを意味する。
しかし、この硫黄同位体手法では、高緯度における火山噴火のため、硫酸記録としては南極にしか保存されないが、成層圏に噴煙が到達していた噴火もあることを明らかにした。逆に、バイポーラアプローチでは地球規模と判別されていても、硫黄同位体記録からは噴煙は対流圏に留まっていたと判別される火山噴火も発見された。このような硫黄同位体異常に基づく高度な成層圏噴火の判別は、過去の火山活動の気候影響が地球規模であったか限定的あったかを議論する上で、新しい知見を提供することができる。
- 図1.
- 氷コアの硫酸塩濃度のピークは過去の火山噴火と関連している。硫酸同位体分析により、地球規模の気候影響を伴う成層圏噴火(赤)と、局所的な気候影響しか有さない対流圏噴火(青)とを区別することができる。過去2600年間に南極大陸ドームCで記録された噴火の大部分は成層圏噴火起源のものである。
さらに今回の研究では、硫酸塩の酸素原子の同位体情報からさらに新しい情報が引き出せることが明らかとなった。今回の研究では、14個の成層圏火山噴火記録の硫酸の酸素同位体組成(Δ17O値)を分析したところ、11試料は酸素同位体異常が3~5‰と高い値を示したのに対し、1259 CE、575 CE、426 BCEという3つの火山ピークでは0.5~0.8‰と低い結果となった(図2)。これら3回の火山噴火は、他の成層圏火山噴火よりもさらに巨大な噴火であったことが予測され、より高い高度まで噴煙が到達したり、大量のハロゲン化合物が大気注入されたりすることで、通常と異なる大気酸化が生じ低いΔ17O値の要因となった可能性がある。このように、硫酸のΔ17O値からより巨大な成層圏火山噴火の記録復元の可能性が初めて示唆された。
- 図2.
- 3つの主要な成層圏噴火において、他の噴火に比べて極めて低い酸素同位体異常(Δ17O値)を有していた(水色)。これらの低い酸素同位体異常は、極めて巨大な成層圏噴火により大気酸化過程が変化した可能性を示唆。
今後の展開
硫酸同位体組成という新しいアプローチから、過去2600年に地球規模の気候影響を引き起こした成層圏火山噴火を区別し、その規模を推定する手法が確立された。そして、この同位体アプローチとこれまでのバイポーラアプローチの両方を考慮することによって、過去の火山活動とその気候影響に関してより精度の高い復元が可能となる。
研究グループは今後も様々な氷床コアの分析を続けるとともに、この同位体情報を大気化学モデルに導入することで、過去の火山活動と全球規模の気候影響をつなげて復元することを目指している。服部助教は、現在もジョエル・サバリノ博士との日本学術振興会(JSPS)日仏二国間交流事業に採択され、世界中の極域における大気-雪-氷床コアに関する研究の深化に取り組んでいく方針である。
謝辞
JSPS(日本学術振興会)
日仏二国間交流事業
SAKURAプログラム : 代表 服部祥平 2014~2015年
CNRS(フランス国立科学センター) : 代表 服部祥平 2018~2019年
科学研究費助成制度
若手研究A(16H05884) : 代表 服部祥平 2016~2020年度
新学術領域「南極の海と氷床」公募研究(18H05050) : 代表 服部祥平 2018~2019年度
基盤研究S(23224013/17H06105) : 代表 吉田尚弘 2011~2015年度、2017~2021年度
用語説明
[用語1] 大規模火山噴火 : 成層圏に噴煙が到達する火山噴火は噴煙中の二酸化硫黄が成層圏で酸化され硫酸エアロゾル層を形成、日照を遮るため、成層圏火山噴火の後、地球は寒冷化することが知られている。例えばピナツボ火山の大規模噴火(1991年)の後数年間は地表に達する太陽光が最大で5%減少し、北半球の平均気温が0.5 ℃から0.6 ℃、地球全体で約0.4 ℃下がったことが知られている。
[用語2] 同位体異常 : 安定同位体とは、質量数の異なる原子で、放射壊変せず安定に存在するものである。硫黄は質量数32、33、34および36の4種類が存在するほか、酸素には質量数16、17、18の3種類が存在する。これらの量比は化学反応や起源によってわずかに変化する。特に、成層圏の光化学反応や大気中のオゾン生成ではマイナー同位体が特殊に濃集・枯渇することが明らかにされている。このような同位体の異常を硫黄同位体異常(例:33Sの異常濃集度をΔ33S値)、酸素同位体異常(17Oの異常濃集度をΔ17O値)として定義し、大気過程の指紋として用いられている。
[用語3] エアロゾル : 大気中に浮かぶ固体や液体の微細な粒子。太陽光を遮断することで放射収支に影響を与える。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
2600-years of stratospheric volcanism through sulfate isotopes |
著者 : |
E. Gautier1, J. Savarino1, J. Hoek4, J. Erbland1, N. Caillon1, S. Hattori2, N. Yoshida2, 5, E. Albalat3, F. Albarede3 and J. Farquhar4 1Université Grenoble Alpes, CNRS, G-INP, Institut des Géosciences de l'Environnement, France 2Department of Chemical Science and Engineering, School of Materials and Chemical Technology, Tokyo Institute of Technology, Japan 3Ecole Normale Supérieure de Lyon, CNRS and University of Lyon, France 4Earth System Science Interdisciplinary Center (ESSIC), Department of Geology, University of Maryland, USA 5Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Japan |
DOI : |
- プレスリリース 地球規模の寒冷化を引き起こす大規模噴火記録を復元 ―氷床コア硫酸同位体により過去2600年の成層圏火山噴火を特定―
- 北極の硝酸エアロゾルはNOx排出抑制に関わらず高止まり│東工大ニュース
- 南極大気の歴史をひも解く新たなアプローチ ―硫酸と硝酸の三酸素同位体組成の変動から―│東工大ニュース
- 地球寒冷化を引き起こす大規模火山噴火の特定が可能に―│東工大ニュース
- 吉田グループ(吉田研・豊田研・山田研)
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 服部祥平 Shohei Hattori
- 物質理工学院 応用化学系
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 助教
服部祥平
E-mail : hattori.s.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5419、045-924-5506 / Fax : 045-924-5413
取材申し込み先
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661