要点
- 光や電子線照射による微小領域の高速な温度変化を正確に測定
- ナノスケールの温度波による熱伝導計測の可能性を提示
- 500 nmサイズの温度を計測、電子線走査による温度マッピングとして実現
概要
東京工業大学 物質理工学院 材料系の森川淳子教授、劉芽久哉(りゅう・めぐや)大学院生らは、スウィンバーン工科大学との国際共同研究の一環として、厚さ30 ナノメートル(nm)の薄膜上に、幅2.5マイクロメートル(μm)の温度センサーを製作することに成功した。電子線リソグラフィー[用語1] とリフトオフ[用語2]技術を駆使して実現した。このセンサーを用い、毎秒50万ケルビン(5×105 K/s)の高速な温度変化を測定できることを確認した。レーザー光や電子線照射による微小領域での測定が可能であり、マイクロ・ナノスケールの熱伝導計測への応用展開が期待される。
半導体デバイスの微細化が進み、発熱が大きな問題になっている。しかし、従来の熱計測技術はセンサーの応答速度やナノスケールの熱源への対応などに課題があった。
研究成果は2018年4月20日、英国ネイチャーの「Scientific Reports」(サイエンティフィック・リポーツ)に掲載された。
研究成果
次世代パワーエレクトロニクスなどのデバイス開発における発熱の問題は、依然としてさし迫った課題であり、マイクロ・ナノスケールの熱制御が、フォノンエンジニアリング[用語3] のキーテクノロジーとして注目されている。
従来型の熱計測では、センサーの熱容量による応答速度や、フォト・サーマル効果[用語4]による熱源の測定サイズの限界があることが多く、ナノスケールの熱源や、高速に応答可能な温度計測技術の開発が急務であった。
森川教授、劉院生らは、電子線リソグラフィーとリフトオフの手法を用いて、厚さ30 nmの窒化シリコン(Si3N4)ナノ薄膜上に幅2.5 μmの金・ニッケル(Au-Ni)接合による起電力型温度センサーを作成。(図1(a))直径0.5 μm以下のスポットサイズに絞った電子線照射による温度変化を、毎秒5×105 Kの高速応答により捉える測定に成功した。(図1(b))
この技術を用いて、500 nmサイズの温度を計測し、電子線走査による温度マッピングとして実現した。さらに、電子線照射を変調させることにより、試料内にナノスケールの温度変調を生じさせ、その面内への温度波伝播の位相変化を計測することで熱拡散率を求める方法論を検証した。
バイオメディカル分野では、フォト・サーマル効果を利用した癌治療も行われており、これらナノスケールの熱計測技術の今後の応用が期待される。
研究の背景
デバイス開発における発熱の問題、なかでもナノスケールデバイスの熱制御の可能性については理想的な物質群についての理論的な研究が先行している。一方で、実用に近い系での実験的な検証が求められている。
フォノンエンジニアリングに総称される、これらナノスケールの熱制御技術が、実際のデバイス開発のキーテクノロジーとなり得るかは、実験的検証の成否にかかっているといっても過言ではない。
従来型の熱計測では、センサーの熱容量や、照射する光の波長による限界があることが多く、ナノスケールの熱源や温度計測技術の開発が必須であった。
研究の経緯
電子線リソグラフィーとリフトオフ法により、30 nm薄膜上に形成した2.5 μm幅のAuとNiの起電力型温度センサーは、10 μV/K(マイクロボルト/ケルビン:温度差1ケルビンあたりに生じる電位差) の感度で、近赤外レーザー光や電子線照射による温度上昇を毎秒5×105 Kの応答速度で捉えた。このとき、センサーの基材となる薄膜の熱容量が十分小さいこと(十分薄いこと)が重要である。基材の厚さが30 nm~100 μmと厚くなるに従い、微小照射スポットの温度上昇は微弱になり、観測されなくなることを、実際の起電力測定により確認した。
また、ナノ薄膜では、通常1~2 μm程度の表面付近で発生するとされる2次電子[用語5] の発生を抑制できることから、電子線照射による温度上昇をゼーベック効果[用語6]による起電力の変化として直接捉えることが可能となった。
今後の展開
電子線を用いたナノスケールの空間分解能の温度や熱拡散率の分布画像を得る測定方法論の構築を進めるとともに、従来のAFM(原子間力顕微鏡)型熱顕微鏡やナノスケール赤外分光法と相補して、電子デバイスのほか、バイオメディカル分野など、幅広い分野へのナノスケールの熱計測技術の展開を予定している。
本成果は、文部科学省「研究大学強化促進事業」ならびに科研費NO.16K06768の研究支援により得られた。
用語説明
[用語1] 電子線リソグラフィー : 基板上に微細なパターンを形成する技術をリソグラフィーという。露光装置を用いてパターンを投影転写する方式と、光や電子線を走査してパターンを描画する方式がある。非常に微細な構造を持つ素子の作成には、後者の方式で、細く絞った電子線を用いて微細なパターンを描画する方法が用いられる。この方法を電子線リソグラフィーという。
[用語2] リフトオフ : 溶剤などでレジストを除去する際に、レジスト上に成膜された材料を同時に除去する表面加工法。
[用語3] フォノンエンジニアリング : 格子振動および広義の音波を量子化した準粒子をフォノンという。フォノンを設計・制御することで、熱を効率的に輸送、変換するためのデバイス開発や基盤技術を総称する。
[用語4] フォト・サーマル効果 : 光吸収によるエネルギーが熱に変換する現象。
[用語5] 2次電子 : 電子が固体表面に衝突した場合に放出される電子。入射した電子を1次電子という。
[用語6] ゼーベック効果 : 金属または半導体中の熱の流れと電流が相互に影響を及ぼし合う熱電効果の一種。2種の異なる金属または半導体の両端を接合し、異なる温度に保つと回路に電流が流れるが、この回路を開くと起電力が生じ、これを熱起電力という。この現象はゼーベックによって発見されたため、ゼーベック効果という。
論文情報
掲載誌 : |
Scientific Reports |
論文タイトル : |
Micro-thermocouple on nano-membrane: thermometer for nanoscale measurements |
著者 : |
Armandas Balčytis, Meguya Ryu, Saulius Juodkazis and Junko Morikawa |
DOI : |
- プレスリリース ナノ薄膜上に高速応答の温度センサーを製作 ―次世代超微細デバイスの熱物性計測が可能に―
- ウイルスでできた熱伝導フィルムを開発│東工大ニュース
- 森川淳子教授が2017年度日本熱測定学会学会賞を受賞│材料系 News
- 森川研究室―研究室紹介 #32―│材料系 News
- 森川研究室
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