要点
- 固体基板上のナノギャップ電極と剛直分子ワイヤで長距離共鳴トンネル現象を観察
- 4ナノメートルを超える分子ワイヤの共鳴トンネル現象を室温で世界で初めて確認
- 1つの分子で電気信号をON/OFFできる分子共鳴トンネルトランジスタ開発に道
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院/元素戦略研究センターの真島豊教授と東京大学 大学院理学系研究科の中村栄一特任教授、神奈川大学 理学部の辻勇人教授の研究グループは、室温(27℃)での分子ワイヤの長距離共鳴トンネル現象[用語1]を世界で初めて確認した。
固体基板上のナノギャップ電極のギャップ間に剛直な構造の分子ワイヤを導入した素子の微分コンダクタンス[用語2]のピーク電圧の観察から、このギャップ間の電気伝導が分子ワイヤの共鳴トンネル現象で説明できることを明らかにした。これは、1つの分子で電気信号をON/OFFできる分子共鳴トンネルトランジスタなどへの応用を可能にするものだ。
今回用いた分子ワイヤは、4.3ナノメートルの長さを有する炭素架橋分子ワイヤ(COPV6)[用語3]と呼ばれる構造のπ共役系分子[用語4]で、微分コンダクタンスのピークは、この分子の最高被占有軌道(HOMO)[用語5]とHOMO-1、最低空軌道(LUMO)[用語5]とLUMO+1のそれぞれの軌道に対応していることを確認した。
本成果は、半導体量子井戸構造の量子化準位において観察される共鳴トンネル現象が、4ナノメートルを超える分子ワイヤのエネルギー準位でも実現できることを示唆している。今後、分子構造や素子構造を最適化することで、分子軌道を電界変調する分子共鳴トンネルトランジスタの実現が期待できる。
この研究では、剛直分子ワイヤを東京大学と神奈川大学で合成し、長距離共鳴トンネル現象を東京工業大学が確認した。米国の科学誌「ACS Omega(エーシーエスオメガ)」に、5月11日にオンライン公開された。
研究成果
発光材料や電子材料として、有機エレクトロニクスの研究に長年用いられているオリゴフェニレンビニレン(OPV)は柔らかい分子ワイヤだ。一方、辻教授や中村特任教授らが開発した炭素架橋オリゴフェニレンビニレン(COPVn)は、炭素原子を用いてOPV骨格を架橋した剛直平面構造を有するπ共役分子ワイヤである。このような剛直分子ワイヤは、最高被占有軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)間のエネルギーギャップ(HOMO-LUMOギャップ)をユニット数で制御でき、剛直性に起因してエネルギー準位が揺らがないために共鳴トンネル現象が観察されると予想されていた。
固体基板上に分子ワイヤを実現するためには、分子ワイヤの長さに合致したギャップ長を持つナノギャップ電極を用意する必要がある。真島教授らは、これまで電子線リソグラフィという手法で25ナノメートルのギャップ長を有する初期金電極構造を作製し、その表面にナノスケールの無電解金めっき(ELGP)[用語6]を行うことにより、めっきの自己停止機能[用語7]でギャップ長を分子長に合わせて無電解金めっきナノギャップ電極を高収率に作製できる手法を開発してきた。この無電解金めっきナノギャップ電極は、ナノギャップ電極として極めて安定な構造を有する。
走査電子顕微鏡(SEM)で、図1にあるような4ナノメートルのギャップ長を有するナノギャップ電極構造を観察した。このナノギャップ電極を有する基板を、両末端にチオール基を有するCOPV6分子溶液中に浸漬して、ギャップ間に分子ワイヤを吸着させる。ギャップ間に分子ワイヤが吸着すると、電流―電圧特性において電流が流れなかった素子に電流が流れるようになる。
ナノギャップ電極間に分子ワイヤが片側のみ化学吸着した状態(図1中に概略図)で、電流―電圧特性を測定したところ、図1に示すような4つの微分コンダクタンスピークを含む電流―電圧特性を低温(9K)で繰り返し観察できた。さらに、室温においても似通った微分コンダクタンスピークを観察できた。
この現象を解析したところ、図2(c)に示すようなバンド図となっていることが明らかになった。これは、分子ワイヤの分子軌道エネルギー準位(HOMMO-1、 HOMO、 LUMO、 LUMO+1)と左側の金電極のフェルミエネルギーが-1.41 V、 -1.16 V、 1.19 V、 1.41 Vで、それぞれ同じレベルに揃った時に共鳴トンネル現象が起き、分子軌道エネルギー準位を介して、左側の金電極に電子が共鳴トンネルし、微分コンダクタンスがピークになる(図1)。
背景
分子トランジスタは、化学合成により一意性のある数ナノメートルサイズのπ共役分子を半導体材料として用いるため、5ナノメートル以下の構造ゆらぎの無い次世代トランジスタとして期待されている。これまでナノギャップ電極は、エレクトロマイグレーション法などを用いて作製されてきたが、電極構造が安定しないため、極低温での特性の報告があるものの、室温動作は難しかった。共鳴トンネル現象は、量子井戸の準位に相当する分子軌道を介したトンネル現象として、本研究グループも含めて報告していたが、より高度な優れた性能としてのトランジスタ動作が期待できる長距離共鳴トンネル現象は、これまで確認されていなかった。
研究の経緯
無電解金めっきナノギャップ電極に、剛直分子ワイヤを化学吸着し、電流ー電圧測定を行ったところ、分子ワイヤのエネルギー準位を介した長距離共鳴トンネル現象として説明でき、室温でも動作することを明らかにした。
本研究は、文部科学省「元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>」(研究総括:細野秀雄 東京工業大学 科学技術創成研究院/元素戦略研究センター 教授)の一環として行われた。
今後の展開
固体基板上で安定に動作する分子共鳴トランジスタの実現を目指す。真島研究室では最近、無電解めっき技術を用いてナノギャップ電極のギャップ長を分子長にあわせて制御し、ゲート変調を可能とするナノギャップ電極を作製する技術を開発している。このナノギャップ電極間に分子ワイヤを挿入したトランジスタ構造を作製し、1つの分子で電気信号をON/OFFできる分子共鳴トンネルトランジスタを実現していきたい。
用語説明
[用語1] 共鳴トンネル現象 : トンネル効果の一種。二つのポテンシャルの壁(ポテンシャル障壁)をもつ量子井戸構造で、入射してくる電子のエネルギーが、二つのポテンシャル障壁に閉じこめられた電子のとるエネルギーと一致した時、エネルギーの減衰なしに障壁を通り抜ける現象。
[用語2] 微分コンダクタンス : 電流を電圧で微分したもの。共鳴トンネル現象が起きると、ピークが観察される。
[用語3] 炭素架橋分子ワイヤ : 導電性を持つ分子ワイヤに炭素架橋構造を導入することで、分子内運動が抑制され、剛直性が付与される。今回用いた、フェニレンビニレンを剛直化した分子ワイヤは辻教授らが独自開発し、高速電子移動の実現が2014年に報告されている。
[用語4] π共役系分子 : π電子が分子上に非局在化している(拡がっている)分子。
[用語5] 最高被占有軌道(HOMO)、最低空軌道(LUMO) : HOMO(Highest Occupied Molecular Orbital)は電子に占有されている最もエネルギーの高い分子軌道で、LUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)は電子に占有されていない最もエネルギーの低い分子軌道である。合わせてフロンティア軌道と呼ばれる。
[用語6] 無電解金めっき(ELGP) : 無電解金めっきは、金表面で還元剤により金イオンを還元してめっきを成長させる、古くて新しい手法。
[用語7] めっきの自己停止機能 : ナノギャップ電極におけるギャップ長が数ナノメートルとなると、溶液中の金イオンがギャップ間に拡散する前に電極表面で還元されてめっきの成長が止まる現象。自己停止機能によりギャップ長を3 nmに均一に制御できる無電解金めっき技術を真島研究室では独自に開発してきた。
論文情報
掲載誌 : |
ACS Omega |
論文タイトル : |
Coherent Resonant Electron Tunneling at 9 and 300 K through a 4.5 nm Long, Rigid, Planar Organic Molecular Wire |
著者 : |
Chun Ouyang, Kohei Hashimoto, Hayato Tsuji, Eiichi Nakamura, and Yutaka Majima |
DOI : |
- プレスリリース 分子ワイヤの長距離共鳴トンネル現象を室温で確認 ―分子共鳴トンネルトランジスタの実現に期待―
- 真島研究室 ―研究室紹介 #60―
- 真島・東(康)研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 真島豊 Yutaka Majima
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- 東京工業大学 科学技術創成研究院(IIR)
- フロンティア材料研究所
- 物質理工学院 材料系
- 研究成果一覧
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フロンティア材料研究所/元素戦略研究センター
教授 真島豊
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特任教授 中村栄一
E-mail : nakamura@chem.s.u-tokyo.ac.jp
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教授 辻勇人
E-mail : tsujiha@kanagawa-u.ac.jp
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