要点
- ナノカプセルの疎水性空間が、水中で親水性の乳酸オリゴマーを内包
- 加水分解性の環状乳酸2量体は、ナノカプセル空間内で顕著に安定化
- 多点の分子間相互作用(エンタルピー駆動)により、内包体を安定化
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の草葉竣介大学院生(修士課程2年)、山科雅裕博士研究員、吉沢道人准教授らは、疎水性の空間を有するナノカプセルが、水中で親水性の乳酸オリゴマー[用語1]を強く内包することを発見した。また、ナノカプセル内では、環状の乳酸2量体の分解が著しく抑制された。さらに、この特異な内包挙動のメカニズムを解明した。本研究成果は、疎水性カプセル空間による初の親水性オリゴマーの捕捉であり、新たな人工レセプター(受容体)の合成研究への展開が期待される。
親水性の生体分子(アミノ酸や核酸塩基など)は水分子と水素結合を形成するため、水中では高度に安定化している。生体のタンパク質ポケットは多点の分子間相互作用でそれらを水中で捕捉できる。しかしながら、人工の分子レセプターでは水中での親水性分子の内包は困難な課題であり、とりわけ、バイオプラスチック[用語2]に関連する乳酸オリゴマーの内包は未達成であった。本研究では、水中で芳香環に囲まれた「疎水性ナノ空間」が瞬時にかつ100%の収率で、「親水性の乳酸オリゴマー」を内包できる(結合定数:105 M–1以上)ことを見出した。また、内包された環状の乳酸2量体(ラクチド)は、水中での加水分解反応が顕著に抑制された。分子レベルでの詳細なメカニズムの検証から、内包体は多点の分子間相互作用(CH-π相互作用[用語3]と水素結合)に基づく負のエンタルピー変化により、水中で安定化することが明らかになった。
これらの研究成果は、株式会社リガクとの共同研究によるもので、欧州の主幹化学雑誌 Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)に速報論文として、平成30年2月28日付け(ドイツ時間)で掲載された。
研究の背景とねらい
“水と油”に例えられるように、分子の親水性と疎水性は本質的に相反する性質である。従って、親水性の生体分子は水中で、水素結合により水分子と相互作用して安定化するため、疎水性の分子や表面、空間と相互作用することは稀である(図1a)[文献1]。生体のタンパク質ポケット内では、多点の分子間相互作用(主に水素結合)を利用することで、親水性分子を水中でも内包できる。しかしながら、「水中かつ人工の分子レセプターによる親水性生体分子の内包」は未だに困難な課題として認知されている。最近、我々は独自に開発したナノカプセル1[文献2](図1b)が、多点の分子間相互作用でスクロース(砂糖の主成分)を水中で選択的に内包できることを見出した[文献3]。
この発見をヒントに本研究では、バイオプラスチックの成分である乳酸オリゴマーに着目した(図1c)。乳酸オリゴマーは、生体分子の乳酸の縮重合で簡単に得られる化合物である。しかしながら、その高い親水性のため、水中で乳酸オリゴマーと強く相互作用する人工レセプターは未報告であった。今回、人工のナノカプセル1の芳香環に囲まれた疎水性空間が、多点のCH-π相互作用と水素結合により、水中で乳酸オリゴマーを内包できることを初めて見出した。また、ナノカプセルは乳酸の環状2量体の加水分解反応を顕著に抑制した。さらに、熱力学的パラメーターを計測し、親水性オリゴマーの詳細な内包メカニズムを明らかにした。
研究内容
水中での乳酸オリゴマーの内包
まず、乳酸モノマー(単量体)の内包を検討した。乳酸の両端をメチル化した2分子の2bは、ナノカプセル1の水溶液に室温で加えることで瞬時にかつ定量的に内包された(図2a)。その溶液の核磁気共鳴装置(1H NMR)のスペクトルでは、–2.5から0.5 ppmの領域に、内包された2分子の2bに由来する特徴的なシグナルが観測された(図2b)。また、質量分析計(ESI-TOF MS)によるスペクトルから、2分子の2bの内包が明瞭に確認された。さらに、詳細な内包状態はX線結晶構造解析より明らかにした(図2c)。その結果、カプセルの疎水性空間に内包された2分子の2bは、カプセル–乳酸間で2ヶ所のCH-π相互作用、カプセル–乳酸間で7ヶ所の水素結合、乳酸–乳酸間で3ヶ所の水素結合を形成していた。一方で、同条件において乳酸(2a)の内包は観測されなかったが、2aのオリゴマーである4a(乳酸3量体)、4b(4量体)、4c(5量体)は1分子ずつ定量的に内包された。乳酸4量体4bの内包体のX線結晶構造解析より、2bと同様にカプセル-4量体間で複数のCH-π相互作用と水素結合の存在が確認された(図2d)。
環状乳酸2量体の内包による安定化
環状の乳酸2量体(ラクチド;3b)は水中で加水分解反応により、直鎖状の乳酸2量体3aに変換される。この水に不安定な3bをカプセル1の水溶液に添加すると、2分子が瞬時に内包されることがNMRとMSより分かった。そこで、水中での3bの分解速度をNMRの経時変化測定で評価した。その結果、フリー(カプセル無し)の3bは室温で30時間後には全て3aに加水分解されたが、カプセル内では同条件において、加水分解は約20%に留まった(図3)。この顕著な安定化は、カプセルの内部空間が芳香環骨格により外部から隔離され、2分子の3bがその空間を完全に満たし、水分子が入る余地がないことに由来すると考えた。
内包メカニズムの解明
最後に、乳酸オリゴマーが内包されるメカニズムを調査した。等温滴定型熱量(ITC)測定から、水中でのナノカプセル1による乳酸4量体4bの内包の熱力学的パラメーターを算出したところ(図4a,b)、エンタルピーの変化量(ΔH)は大きな負の値(約 –40 kJ/mol)で、エントロピーの変化量に温度を掛けた値(TΔS)は小さな負の値(約 –8 kJ/mol)であった。自発的な反応には、ΔH – TΔSの値が負を示す必要があり、分子間相互作用で生じた大きな負のΔHは、内包反応の自発的な進行を促す。また、その内包の強度を表す結合定数は105 M–1以上で、比較的大きな値を示した。環状および直鎖状の乳酸2量体3aと3bの内包においても同様に大きな負のΔHと、同程度の結合定数が観測された。以上のことから、親水性の乳酸オリゴマーは、疎水性のナノカプセル内での多点の分子間相互作用に基づくエンタルピー項の大きな安定化が駆動力となり、水中にも関わらず強く内包されることが判明した。
今後の研究展開
本研究では、従来の親水性-疎水性の相互作用の常識に反し、人工のナノカプセルの疎水空間による親水性の乳酸オリゴマーの捕捉に初めて成功した。また、結晶構造解析や等温滴定型熱量測定などから、詳細な分子間相互作用と内包メカニズムを明らかにした。これらの成果を基に、今後、生体オリゴマー(ペプチドなど)の高感度センシングのための分子レセプターの開発が期待できる。
用語説明および参考文献
[用語1] オリゴマー : 少数の分子(本研究では乳酸)が結合した重合体のこと。分子の重合数に応じて、2量体、3量体、4量体などと呼ぶ。
[用語2] バイオプラスチック : 生体分子から作られたプラスチック。乳酸オリゴマーやポリマーは自然界で微生物に分解され、最終的に水と二酸化炭素になる。
[用語3] CH-π相互作用 : 炭素に結合した水素と芳香環の間に働く静電的な相互作用。
[文献1] J. W. Steed, J. L. Atwood, Supramolecular Chemistry, 2nd ed. Wiley, Hoboken, 2009.
[文献2] N. Kishi, Z. Li, K. Yoza, M. Akita, M. Yoshizawa, J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 11438–11441.
[文献3] M. Yamashina, M. Akita, T. Hasegawa, S. Hayashi, M. Yoshizawa, Sci. Adv. 2017, 3, e1701126.
論文情報
掲載誌 : |
Angewandte Chemie International Edition |
論文タイトル : |
Hydrophilic Oligo(Lactic Acid)s Captured by a Hydrophobic Polyaromatic Cavity in Water (水中での疎水性の芳香族ナノ空間を用いた親水性の乳酸オリゴマーの内包) |
著者 : |
Shunsuke Kusaba, Masahiro Yamashina, Munetaka Akita, Takashi Kikuchi, Michito Yoshizawa* (草葉竣介、山科雅裕、穐田宗隆、菊池 貴、吉沢道人*) |
DOI : |
- プレスリリース “バイオプラスチック”を捕まえるナノカプセル ― 疎水性ナノ空間による親水性乳酸オリゴマーの捕捉に成功 ―
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- 顔 東工大の研究者たち Vol.5 吉沢道人
- 穐田・吉沢研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 吉沢道人 Michito Yoshizawa
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