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金属と分子の結合形成過程を分子レベルで解明

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太陽電池などの高性能化に期待

要点

  • 金属電極間に単分子を架橋させた単分子接合[用語1]の構造と電子状態の変化を捉えた
  • 分子の軌道エネルギーのシフトとシフト量が金属と分子間の結合様式に依存していた
  • 有機ELや太陽電池など有機デバイスの動作機構の解明や機能向上につながる成果

概要

東京工業大学 理学院 化学系の一色裕次大学院生(修士課程1年)、藤井慎太郎特任准教授、木口学教授らの研究グループは、単分子接合の電気特性を精密計測して、金属電極と分子間の結合形成過程を分子レベルで解明する事に成功した。

まず、走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて、ジアミノベンゼン(DAB)、ピラジン(PY)、ビピリジン(BPY)、フラーレン(C60)の各分子と金属電極からなる単分子接合を作製した。単分子接合の電流―電圧特性(I-V特性[用語2])を計測することで、分子軌道のエネルギー位置を実験的に決定した。金属と分子間の距離に応じ、分子軌道のエネルギー位置は変化するが、これは金属と分子の結合様式に依存することがわかった。理論計算でも、金属と分子間の距離に依存した軌道エネルギーシフトを再現し、さらに実験結果と比較することで金属と分子界面の構造を決定した。

有機EL、太陽電池などの有機デバイスの開発では金属と分子界面の精密制御が鍵となる。本研究は、金属と分子の結合形成の様子を分子レベルで解明することに成功し、デバイス特性を最適化する界面の設計指針を与える結果となった。ここで得られた界面設計指針は、有機デバイスの動作機構の解明、機能向上へとつながると期待される。

研究成果は2018年2月22日発行の米国化学会誌「J. Am. Chem. Soc.」にオンライン掲載された。

単分子接合の電流―電圧特性(I-V特性)計測の概念図(両脇の黄色が金属で、間の青い構造体が分子)

単分子接合の電流―電圧特性(I-V特性)計測の概念図(両脇の黄色が金属で、間の青い構造体が分子)

背景

分子を金属表面に近づけると、分子の軌道と金属の軌道が混じりあい化学結合が形成され、分子は金属表面に吸着する。分子の吸着過程に伴う結合形成過程の解明は、触媒反応や化学結合を理解するために重要だ。また金属と分子の界面構造および電子状態の解明は、有機ELや有機太陽電池などの有機デバイスの動作機構の解明、機能向上のために不可欠である。これら有機デバイスでは、電極金属から分子への電荷の移動をいかに効率よく起こすかが鍵となり、電荷輸送特性は、界面の構造および電子状態に依存する。

これまで金属表面上の分子吸着系について様々な研究が行われてきたが、金属と分子の距離を変えながら、界面構造や電子状態の変化を明らかにすることは困難であった。なぜならば、金属と分子の距離を精密に制御し、準安定状態で、その構造や電子状態を決定することが、実験的に難しかったからだ。

研究成果

研究グループでは、金属電極間に単分子を架橋させた単分子接合を用いて、電極間距離を変化させながら、単分子接合のI-V特性の計測から、電子状態を導き出した。単分子接合では、電極間距離を変えることで金属と分子間の距離を自在に制御することができる。ジアミノベンゼン、ピラジン、ビピリジン、フラーレンを吸着させた金(Au)の単結晶基板に、同じく金(Au)のSTM探針を近づけることで計測を行った。単分子接合に与える電圧を、一定速度で変化させて、単分子接合を流れる電流を計測することで、単分子接合のI-V特性を計測した(図1a)。図1bは1,000個のフラーレン単分子接合を計測し、I-V特性を重ねたものである。非線形なI-V特性は分子軌道を介して電荷が輸送されたことを示しており、一軌道モデル[用語3]に基づき個々のI-V特性を解析することで、分子の軌道エネルギー(ε)および金属と分子軌道の重なり具合(Γ)を決定することができる(図1c)。

(a)単分子接合の電流―電圧計測、(b)1,000個のC60単分子接合について計測したI-V特性を重ねた図、(c)単分子接合の構造モデルおよび電子状態の概念図。Γとεはそれぞれ金属と分子軌道の重なりの大きさ、エネルギー差を表す。
図1.
(a)単分子接合の電流―電圧計測、(b)1,000個のC60単分子接合について計測したI-V特性を重ねた図、(c)単分子接合の構造モデルおよび電子状態の概念図。Γεはそれぞれ金属と分子軌道の重なりの大きさ、エネルギー差を表す。

図2にI-V特性から得られた、単分子接合を伸長させた際の分子軌道のエネルギー変化を示す。図では数千個の単分子接合から求めた実験結果と計算結果を示している。ジアミノベンゼンでは、伸長距離が変わっても分子軌道のエネルギーはほとんど変化しなかった。ピラジンとビピリジンは、似た挙動を示し、伸長距離が短い領域では、距離に従って分子軌道は低エネルギー側にシフト後、その後はあまり変化しなかった。フラーレンでは、逆に伸長距離が短い領域では、距離に従って高エネルギー側にシフトし、その後一定値となった。この傾向は、計算結果でも再現できた。

DAB、PY、BPY、C60単分子接合を伸長させた際の分子軌道のエネルギーシフトの様子。(a-d)計算結果、(e-h)単分子接合のI-Vから決定した実験結果。PYおよびBPYでは接合を伸ばしていくと軌道は低エネルギーシフトし、その後一定となる(f、g)。C60では接合を伸ばしていくと軌道は高エネルギーシフトし、その後一定となる。DABではあまり軌道エネルギーはシフトしない。
図2.
DAB、PY、BPY、C60単分子接合を伸長させた際の分子軌道のエネルギーシフトの様子。(a-d)計算結果、(e-h)単分子接合のI-Vから決定した実験結果。PYおよびBPYでは接合を伸ばしていくと軌道は低エネルギーシフトし、その後一定となる(f、g)。C60では接合を伸ばしていくと軌道は高エネルギーシフトし、その後一定となる。DABではあまり軌道エネルギーはシフトしない。

接合する分子によって、分子軌道のエネルギーシフトの様子は異なったが、この結果は金属と分子間の結合様式によって説明することができる。ジアミノベンゼンの場合は、分子の窒素原子が電極の金原子とσ結合[用語4]で結合している。σ結合は窒素と金の原子間距離にのみに依存し、金属電極における分子の配向などに依存しない。そのため、電極間距離が変わっても軌道の重なりはあまり変化せず、分子軌道のエネルギーはあまり変化しなかった。ビピリジンの場合、分子の窒素原子と電極の金原子の間では、これら原子間のσ結合に加えて、結合軸に直交する窒素のp軌道(図中の緑の軌道)が金の軌道とπ結合[用語5]を形成しうる。電極間距離が短い場合には、窒素のp軌道が金の軌道とよく重なりあい、強いπ結合を形成する(図3A)。ここで、電極間距離を離していくと、窒素のp軌道が金の軌道と相互作用しにくくなりπ結合が弱くなる(図3B)。2つの軌道が相互作用すると、図3に示すように軌道混成し、結合性軌道と反結合性軌道が形成される。相互作用が強いほど反結合性の軌道は元の軌道から離れる。分子接合で観測した分子軌道は、金属と分子の混成軌道に対応する。したがって伸長距離が増加し、π結合が弱まると、反結合性軌道が金の軌道エネルギーに近づくことになる。さらに分子接合を伸長させると、分子と金電極はσ結合のみを形成するようになり(図3C)、エネルギー位置はほとんど変化しない。

DABおよびBPY単分子接合における界面の結合様式の概念図。(A)、(B)、(C)は図2(g)中に対応。電極間距離が短い時には分子が斜めに吸着し、窒素のp軌道が電極金属のAuの軌道とπ結合する。π結合の大きさは電極間距離が大きくなり、分子が立ってくるに従い減少する。分子が完全に立つとp軌道はAu軌道とπ結合できなくなり、σ結合のみが形成される。分子軌道とAuの軌道の相互作用が強くなると、反結合性の混成軌道のエネルギーはAuの軌道から大きく離れる。
図3.
DABおよびBPY単分子接合における界面の結合様式の概念図。(A)、(B)、(C)は図2(g)中に対応。電極間距離が短い時には分子が斜めに吸着し、窒素のp軌道が電極金属のAuの軌道とπ結合する。π結合の大きさは電極間距離が大きくなり、分子が立ってくるに従い減少する。分子が完全に立つとp軌道はAu軌道とπ結合できなくなり、σ結合のみが形成される。分子軌道とAuの軌道の相互作用が強くなると、反結合性の混成軌道のエネルギーはAuの軌道から大きく離れる。

今後の展開

本研究により、金属と分子の距離に応じた分子軌道のエネルギーシフトを実験的に見出すことができた。これは、金属と分子間の化学結合の形成過程を明らかにできたことを意味する。本研究では、金属と分子の結合様式に応じて、軌道のエネルギーシフトの方向、シフト量が変化する様子が明らかとなった。

有機デバイスでは、分子軌道のエネルギー位置が界面における電子移動の速度を決めるなど、決定的な役目をする。ここでは、分子軌道のエネルギー位置をπ結合で距離によりチューニングすることが可能であることを示した。分子軌道のエネルギーは分子ごとに異なるが、適切な距離に分子をおくことで、デバイス特性を最適な電子状態できる指針を本研究が与えた。この知見を有機デバイスに適用することで、デバイス特性を向上させることができる。

また、本手法を適用することで、σ結合、π結合だけでなく、その他様々な化学結合について、その結合形成過程を明らかにできるかもしれない。これは量子化学をはじめとする物理化学分野にとって重要な知見といえる。

用語説明

[用語1] 単分子接合 : 金属電極間に単分子を架橋させた構造(系)。分子が金属と2ヵ所で接しているため、分子は孤立分子と異なる性質、機能を示すことがある。このため、新物性、新機能探索の場として注目されている。また単分子接合は、単分子に素子機能を賦与させた単分子素子として、次世代の電子素子材料としても注目を集めている。単分子素子では素子サイズが分子サイズになるため、究極の微細化が可能となり、電子素子密度の飛躍的向上が期待されている。

[用語2] I-V特性 : 導体を流れる電流(I)と導体両端の電位差(V)の関係を意味する。後述のように単分子接合のI-V特性は、伝導度に加え、軌道エネルギーなどの情報を与える事が理論提案されている。

[用語3] 一軌道モデル : 単分子接合において、1つの分子軌道を介して、電子がトンネル過程によって伝導すると考えるモデル。このモデルでは、単分子接合を電子が透過する確率は、式1のように表現される。εは図1cに示すように分子軌道と電極の金(Au)の軌道のエネルギー差であり、ΓL, ΓRはそれぞれ左側と右の電極と分子の軌道の重なりの大きさを表す。

式1

単分子接合の電流―電圧特性は、式1を用いることで式2のような形で表現することができる。αΓL/(ΓLΓR)である。

式2

式2を用いて、個々の単分子接合のI-V特性をfittingすることで、軌道のエネルギーを求めることができる。

[用語4] σ結合 : s軌道あるいは結合軸に沿ったpx軌道など、結合軸方向を向いた軌道同士の重なりによって形成される化学結合。π結合より強い結合。水素分子における水素原子間の結合が代表的な例。

[用語5] π結合 : 結合軸に直交したpz軌道同士の重なりによって形成される化学結合。σ結合より弱い結合。アセチレン分子の場合、炭素原子は3つのp軌道をもつ。炭素―炭素間の結合軸に沿ったpx軌道同士がσ結合を形成し、結合軸に直交したpy、pz軌道同士がそれぞれ軌道混成することで2つのπ結合を形成する。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Fluctuation in Interface and Electronic Structure of Single-Molecule Junctions Investigated by Current versus Bias Voltage Characteristics
著者 :
Y. Isshiki, S. Fujii,* T. Nishino, M. Kiguchi*
所属 :
Department of Chemistry, Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8551, Japan
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

特任准教授 藤井慎太郎

E-mail : fujii.s.af@m.titech.ac.jp

教授 木口学

E-mail : kiguti@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2071 / Fax : 03-5734-2071

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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