要点
- 開発した新触媒は従来よりも低温で高効率にアンモニア合成ができる
- 現在工業的に広く用いられている鉄触媒と比較して数倍高い活性を持つ
- 新触媒は反応中に自動的に活性構造が形成(自己組織化)される
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長)と原亨和教授、元素戦略研究センターの北野政明准教授らは、バリウムを少量加えたカルシウムアミド[用語1](Ba-Ca(NH2)2)にルテニウムのナノ粒子を固定化した触媒が、300 ℃以下という低温で、従来のルテニウム触媒の100倍高い効率でアンモニアを合成できることを発見しました。この触媒は、工業的に用いられている鉄触媒と比較しても数倍高い触媒性能を示しました。
アンモニアは窒素肥料原料として世界中で膨大な量が生産されており、一方で水素エネルギーキャリア[用語2]としても期待が高まっています。そのため、近年では従来のような大型のプロセスではなく、小型のプロセスによるオンサイト[用語3]でのアンモニア合成が求められています。この研究成果は、アンモニア合成プロセスの小型化・省エネルギー化技術を大幅に促進する結果であると言えます。
この触媒は、反応中に約3ナノメートル(nm)程度のルテニウムのナノ粒子の上に薄いバリウム層が形成され、同時にアミド欠損生成による仕事関数の小さな電子と多孔質なカルシウムアミドが形成されることで、高い触媒活性を示します。これら活性構造が自己組織的[用語4]に形成され、反応中安定に保たれるユニークな触媒であることを発見しました。
この研究成果はドイツ科学誌「Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)International Edition」オンライン速報版に2018年1月22日付で公開されました。
本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ACCEL
研究課題名: |
「エレクトライドの物質科学と応用展開」 |
代表研究者: |
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄 |
プログラムマネージャー: |
科学技術振興機構 横山壽治 |
研究実施場所: |
東京工業大学 |
研究開発期間: |
平成25年10月~平成30年3月 |
研究の背景と経緯
アンモニアは、窒素肥料の原料であり食料生産の鍵となります。人類の生活を支えるために最も多く生産されている化成品の1つです。アンモニア分子は、1つの窒素に3つの水素が結合しているため、重量あたりの水素保有量が極めて高い物質です。さらに室温かつ10気圧程度で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源としての“水素”の貯蔵・輸送物質としても期待されています。
現在の工業的アンモニア合成法であるハーバー・ボッシュ法(1913年に確立)では、鉄を主体とした触媒が用いられており、高温(400~500 ℃)かつ高圧(100~300気圧)の条件が必要なため、専用の巨大な工場で生産されています。一方、低温で高効率に作動する触媒があれば、圧力も低減でき、よりコンパクトな小型のプロセスが可能となるため、必要な場所で必要なだけアンモニアを生産するオンサイト合成が実現できます。
研究の内容
研究グループは、バリウムを少量加えたカルシウムアミド(Ba-Ca(NH2)2)にルテニウムナノ粒子を固定化した触媒が、300 ℃以下の低温度領域で、従来のルテニウム触媒の100倍高い触媒活性を示すことを発見しました。さらに、この触媒は、工業的に用いられている鉄触媒と比較しても数倍も高い触媒性能を示しました(図1)。
ルテニウムの原料には、ルテニウムアセチルアセトナート錯体を用い、Ba-Ca(NH2)2と混合した粉体を、水素雰囲気中で400 ℃に加熱することで、約3 nm程度のルテニウムナノ粒子の上に、薄いバリウム層が形成され、同時に多孔質なカルシウムアミドが形成されます(図2)。触媒の原料であるBa-Ca(NH2)2の表面積は、17 m2/g程度ですが、ルテニウム源とともに水素中で400 ℃に加熱した触媒は、多孔質になるため表面積が約100 m2/gに拡大することがわかりました。また、カルシウムアミド中に添加されたバリウム成分は、この熱処理中に触媒表面へと移動し、ルテニウムのナノ粒子を覆うことで薄い層を形成します。このような活性構造が、自己組織的に形成され、反応中安定に保たれるユニークな触媒であることを発見しました。今回開発した触媒は、近年報告されているどの固体触媒よりも低温で高いアンモニア合成活性を示します。
今後の展開
今回開発した触媒は、既存の触媒材料の限界をはるかに凌駕するアンモニア合成活性を有し、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に大きく貢献できます。そのため、本技術をさらに発展させることで、アンモニアのオンサイト合成のための新しいプロセス構築に繋がると期待できます。
用語説明
[用語1] カルシウムアミド : Ca2+(カルシウムイオン)とNH2-(アミドイオン)から形成されるイオン性化合物。
[用語2] エネルギーキャリア : エネルギーを貯蔵・輸送するための担体となる物質。例えば、アンモニアは、窒素分子1つに水素分子が3つ付いており、多くの水素を貯蔵できます。さらに、水素と比べて、簡単に液化できるため、水素の貯蔵・輸送を行うために便利な物質として注目されています。
[用語3] オンサイト : 従来の化成品は大規模な工場で大量に生産されている一方で、必要としている場所で、必要な分だけ生産する省エネルギー型生産手法。
[用語4] 自己組織的 : 秩序を持った構造が自立的に作り出される様子。
論文情報
掲載誌 : |
Angewandte Chemie International Edition |
論文タイトル : |
Self-organized Ruthenium-Barium Core-Shell Nanoparticles on a Mesoporous Calcium Amide Matrix for Efficient Low-Temperature Ammonia Synthesis(メソポーラスなカルシウムアミド母体上に自己組織的に形成されたルテニウム-バリウムコアシェルナノ粒子による低温での高効率なアンモニア合成) |
著者 : |
Masaaki Kitano, Yasunori Inoue, Masato Sasase, Kazuhisa Kishida, Yasukazu Kobayashi, Kohei Nishiyama, Tomofumi Tada, Shigeki Kawamura, Toshiharu Yokoyama, Michikazu Hara & Hideo Hosono |
DOI : |
- プレスリリース 低温で高効率にアンモニアを合成できる触媒を開発 ―現行の工業用触媒に比べて3倍以上―
- 貴金属を使わない高性能アンモニア合成触媒を開発│東工大ニュース
- 新たな発光材料の可能性を拓く「ナノコンポジット蛍光体」を開発 ―蛍光体探索の新たな道筋を示す―│東工大ニュース
- ありふれた物質でテラヘルツ波を可視光に変換 ―ナノ空間に閉じ込められた酸素イオンを振動させて発光―│東工大ニュース
- 最高の超伝導転移温度(Tc)を持った鉄系超伝導物質の新たな特徴を発見│東工大ニュース
- 低温で高活性なアンモニア合成新触媒を実現│東工大ニュース
- ガラスの新しい物性制御法を開発―微量の電子を混ぜただけで、ガラスの転移温度が100 ℃以上も低下―│東工大ニュース
- 希少元素を使わずに赤く光る新窒化物半導体を発見│東工大ニュース
- 顔 東工大の研究者たち 特別編 細野秀雄(上)|研究ストーリー
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- 細野・平松研究室 ―研究室紹介 #45―│材料系 News
- 細野・神谷・平松・片瀬研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 細野秀雄 Hideo Hosono
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 原亨和 Michikazu Hara
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 北野政明 Masaaki Kitano
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