株式会社小糸製作所(社長:三原弘志)は、東京工業大学(学長:三島良直)の細野秀雄教授の研究グループ、名古屋大学(総長:松尾清一)の澤博教授の研究グループとの共同研究の結果、空気中ですぐに潮解してしまうヨウ化カルシウムを用い、優れた耐久性と高い発光性能を持つ「ナノコンポジット[用語1]蛍光体」の開発に成功しました。
蛍光体は、白色LED、蛍光灯など、私たちの身の回りの光源に使われています。従来の蛍光体は、希土類[用語2]イオンを微量添加(ドープ)した酸化物、または、窒化物化合物の単一組成の無機粉末で構成されていました。今回開発されたナノコンポジット蛍光体は、1つの粒子の中に異なる2つの成分(ヨウ化カルシウムとクリストバライト[用語3])が存在する新しいタイプの蛍光体です。
ナノコンポジット蛍光体の特長
構造: |
耐久性の高いクリストバライト粒子内に、直径約50 nmのヨウ化カルシウムのナノ単結晶を埋め込んだ構造をとり、ナノ単結晶は希土類ユーロピウムイオン[用語4]のドープにより、ナノサイズの発光部を形成します。 |
耐久性: |
発光部のヨウ化カルシウムナノ単結晶は、クリストバライトにより外気から保護されているため、優れた耐久性を示します。 |
発光性能: |
従来の蛍光体に比べ、ユーロピウム含有量が1/6と少ないにもかかわらず、その発光強度は2.7倍の高い青色発光強度を示します。 |
製法: |
自己組織化により簡便な固相法[用語5]で合成できます。 |
今回成功したヨウ化カルシウムを用いたナノコンポジット蛍光体は、耐久性不足で機能材料への適用検討の対象から外れていたハロゲン化物、カルコゲン化物に対し、実用化の道筋を示しました。この手法は、蛍光体だけに留まらず、さまざまな機能材料探索へも応用が期待できます。
本研究では、名古屋大学が大型放射光施設 SPring-8[用語6]の高輝度放射光を用いて、ナノコンポジット蛍光体の詳細な結晶構造解析を行い、東京工業大学がナノコンポジット蛍光体の生成メカニズムの解明を行っています。
本研究成果は、11月15日発行の米国科学誌『ACS Applied materials & Interfaces』オンライン版に掲載されました。
研究の背景
ハロゲン化物、カルコゲン化物に発光元素として希土類を微量含有(ドープ)させると、その緩やかな原子結合(結合の熱振動が小さい)から、内部損失の少ない蛍光体が作製できます。しかし、これらの化合物は耐湿性が低く、実際に使用できるケースは稀でした。
本研究は、最も耐湿性が低い化合物のひとつであるヨウ化カルシウムに希土類のユーロピウムイオンをドープした蛍光体に対し、実用耐久の付与を目的にナノコンポジット化を試みました。
研究の内容と成果
ユーロピウムをドープした直径約50 nmのヨウ化カルシウムのナノ単結晶を、結晶性シリカ(クリストバライト)内に埋め込んだナノコンポジット蛍光体の合成に成功しました。図1は、合成した直径50 μmほどのナノコンポジット蛍光体粒子断面の電子線照射による発光を示します。クリストバライトに埋め込まれたナノ単結晶(図1左 白色部)のみが発光している様子がわかります。
得られたナノコンポジット蛍光体を85 ℃ 85%の高温高湿下に2,000時間曝した後の発光強度の低下は、僅か2%でした。ナノコンポジット蛍光体の400 nm励起での内部量子効率は98%に達し、最高レベルの効率を示します。その結果、青色発光の代表的な蛍光体であるBaMgAl10O17:Eu2+[用語7]と比較し、2.7倍の強い青色発光が得られます。ナノコンポジット蛍光体の合成は、固相反応中でヨウ化カルシウムがフラックス[用語8]としてガラス質のシリカ粒子を結晶化させたとき、結晶化したシリカ(クリストバライト)中に取り込まれたフラックスが固化・結晶化する自己組織化を活用しています。
今後の展開
ハロゲン化物、カルコゲン化物は、本来、優れた発光性能を示しますが、耐久性の懸念から、これまで、機能材料としては検討されていませんでした。しかし、今回の研究成果から、本技術を用い新たな発光材料の開発に展開していきます。
今後も我々は、新しい光創りを目指し、研究開発を重ねてまいります。
用語説明
[用語1] ナノコンポジット : ある素材を1-100 nmの大きさに粒子化したものを、別の素材に練りこんで拡散させた複合材料。
[用語2] 希土類 : 周期表3(ⅢA)族であるスカンジウム・イットリウム・ランタノイド15元素を合わせた17元素の総称。
[用語3] クリストバライト : シリカ(SiO2)は、多くの結晶形体を持ち、クリストバライトは高温で結晶化したときの構造を持つシリカ。
[用語4] ユーロピウムイオン : 原子番号63の希土類元素の1つで、ランタノイドに属する。蛍光体の発光元素として活用される。
[用語5] 固相法 : 異なる原料粉末を混ぜ合わせ加熱。高温での粉末間のイオン拡散により反応させる方法。
[用語6] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
[用語7] BaMgAl10O17:Eu2+ : 蛍光灯、プラズマディスプレイに用いられている代表的な青色蛍光体。
[用語8] フラックス : 融剤ともいう。固相反応やセラミックの焼結反応を促進させるため添加される薬剤。フラックスは溶融しながら、固体原料間のイオン移動を活発化させる。
論文情報
掲載誌 : |
ACS Applied Materials & Interfaces |
論文タイトル : |
Nanocomposite Phosphor Consisting of CaI2:Eu2+ Single Nanocrystals Embedded in Crystalline SiO2 |
著者 : |
Hisayoshi Daicho, Takeshi Iwasaki, Yu Shinomiya, Akitoshi Nakano, Hiroshi Sawa, Wataru Yamada,
Satoru Matsuishi, Hideo Hosono
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DOI : |
- プレスリリース 新たな発光材料の可能性を拓く「ナノコンポジット蛍光体」を開発 ―蛍光体探索の新たな道筋を示す―
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- 細野・神谷・平松・片瀬研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 細野秀雄 Hideo Hosono
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 松石 聡 Satoru Matsuishi
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- 細野・平松研究室 ―研究室紹介 #45―│材料系 News
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