Quantcast
Channel: 更新情報 --- 研究 | 東工大ニュース | 東京工業大学
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2008

“甘さ”を見分ける分子カプセル

$
0
0

“甘さ”を見分ける分子カプセル
―水中で糖分子 スクロースの選択的な包み込みに成功―

要点

  • 分子カプセルが、水中で砂糖の主成分スクロースを選択的に包み込むことを発見
  • 包み込みは人工の糖分子(人工甘味料)の方が強く、人間が感じる甘さと同じ順

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の山科雅裕博士研究員と吉沢道人准教授らは、同グループが開発した分子カプセルが、水中で天然の種々の糖の中から、砂糖の主成分であるスクロースだけを選び、その内部に包み込めることを発見した。また、その内包力はスクロースより人工甘味料(アスパルテームなど)の方が高く、人間の甘味感度と同じ順序であることが分かった。分子カプセルによる初の天然および人工の糖分子の選択的な内包を達成した研究成果であり、生体内の“甘さ”を識別する受容タンパク質(レセプター)の機構解明や新たな“甘さ”分子の合成研究への展開が期待される。

糖類(単糖や二糖など)は複数の水酸基を持つため、水に溶解した際、水分子と多点の水素結合を形成する。そのため他の生体分子に比べて、水中で糖構造を識別することは困難である。これまで人工的な糖レセプターの開発は行われてきたが、その大部分は有機溶媒中に限られ、水中での糖分子の高選択的な内包は達成されていない。本研究では、これまで着目されていない、分子カプセルの持つ「芳香環に囲まれたナノ空間」を利用することで、水中で二糖のスクロースを効率的に内包できることを見出した。その選択性は優れており、天然の他の二糖の混合物中から甘さの強いスクロースのみを内包した。さらに、天然と人工の糖分子に対する内包の競争実験から、人の甘さの感度と同じく、スクラロース>アスパルテーム(ともに人工甘味料)>スクロースの順で分子カプセルに強く内包されることが明らかになった。

これらの研究成果は、京都大学 大学院理学研究科の林重彦教授のグループ(計算化学)との共同研究によるもので、米国科学振興協会(AAAS)のScience Advances誌に、2017年8月25日14時(米国東海岸時間)付けで掲載された。

研究の背景とねらい

タンパク質集合体からなる生体レセプターは、水中で様々な生体分子を識別している。例えば、糖類(グルコースやスクロースなど)は複数の水酸基を持つため、水分子と水素結合[用語1]を形成し、水中で安定に存在する。それにも関わらず、生体レセプターのポケット空間は、多点の水素結合を巧みに利用することで、特定の糖分子を選択的に包み込むこと(=内包)ができる(図1a)。一方で、糖分子を識別できる人工的な分子レセプターも、これまで盛んに開発されてきた。しかしながら、その大部分は有機溶媒中でのみ機能し、水中でかつ特定の糖分子のみを内包できる高性能な人工レセプターは未開発であった[文献1]。そこで本研究では、既報の人工レセプターの設計指針と異なり、芳香環[用語2]に囲まれた適切な形と大きさのナノ空間を用いることで、CH-π相互作用[用語3]を駆動力とした、糖分子の選択的な内包が達成できると考えた(図1b)。今回、芳香環に囲まれたナノ空間を持つ分子カプセル1[文献2,3]が、水中で砂糖の主成分であるスクロース(ショ糖)を高選択的に内包できることを初めて見出した。また、分子カプセルは、天然のスクロースより、より甘みの強い人工甘味料を優先的に内包することも明らかにした。

(a)水素結合部位を持つ生体ポケット空間と(b)芳香環に囲まれた人工ナノ空間(本研究の戦略)による糖分子の内包の模式図
図1.
(a)水素結合部位を持つ生体ポケット空間と(b)芳香環に囲まれた人工ナノ空間(本研究の戦略)による糖分子の内包の模式図

研究内容

水中でのスクロースの内包:まず、単糖のグルコースやフルクトース(図2a)の内包を検討した。同研究グループが開発した分子カプセル1(図2b、左)は水溶性で、芳香環に囲まれた約1ナノメートルの球状空間を有する。この分子カプセルと単糖を水中、種々の条件で混合したが、それらの内包は観測されなかった。一方、グルコースとフルクトースを連結した二糖のスクロース(2;図2a)を分子カプセル1の水溶液に加え、60 ℃で撹拌したところ、1分子の21に高収率で内包された(86%収率;図2b、右)。その溶液の1H NMRスペクトルでは、-1から2 ppmの領域に、内包された2に由来する特徴的なシグナルが観測された(図2c、上段)。また、ESI-TOF MSスペクトルから、1分子の2の内包が明確に示された(図2c、下段)。NMR滴定実験から、分子カプセルがスクロースを中程度の強度(結合定数 約1,100 M-1)で内包していることが分かった。

(a)グルコースとフルクトース、スクロース(2)。(b)分子カプセル1による水中でのスクロースの内包と(c)その1H NMR(上段)とESI-TOF MSスペクトル(下段)
図2.
(a)グルコースとフルクトース、スクロース(2)。(b)分子カプセル1による水中でのスクロースの内包と(c)その1H NMR(上段)とESI-TOF MSスペクトル(下段)

混合物からの選択的な内包:次に選択性を明らかにするため、内包の競争実験を行った。同じ二糖のスクロース(2)とトレハロースを分子カプセル1の水溶液に混合し、生成物をNMRおよびMSで分析した(図3a)。その結果、分子カプセルは2を100%の選択性で内包することが判明した。また、他の二糖のラクトース、マルトース、セロビオース、ラクツロースとの競争実験でも(図3b)、微細な構造の違いを識別し、2のみが1に内包された。すなわち、分子カプセル1が、スクロースの「人工レセプター」として機能することが明らかになった。スクロース内包体1・2の理論計算による最適化構造から(図3a、右)、21の内部空間の形と大きさは合致し、分子間で多点のCH-π相互作用が働くことで、内包の高い選択性が発現したと考えられる。

(a)分子カプセル1によるスクロース(2)とトレハロースの内包の競争実験。(b)種々の二糖分子の構造と(c)1による人工甘味料と2の内包の順序
図3.
(a)分子カプセル1によるスクロース(2)とトレハロースの内包の競争実験。(b)種々の二糖分子の構造と(c)1による人工甘味料と2の内包の順序

人工甘味料の内包:最後に上記と同様な条件で、人工甘味料と天然のスクロース(2)との内包の競争実験を行った。人工甘味料として、2の3つの水酸基が塩素に置換されたスクラロース(3)とジペプチドのアスパルテーム(4)を検討した。それぞれ水中で、分子カプセル1に強く内包され、その順序は3 > 4 >> 2であった(図3c)。この内包の順位は、分子の形と大きさに加えて、その疎水性の度合いが寄与していると考えられる。また、人が感じる分子の“甘さ”は、スクロースを基準にして、3は約600倍で4は約200倍であり[文献4]、興味深いことに、分子カプセルと同じ感度であることが分かった。

今後の研究展開

上述のように本研究では、人工の分子カプセルを用いて、水中で初の天然のスクロースおよび人工の糖分子(人工甘味料)の選択的な内包を達成した。これらの成果は、分子レベルで未だ解き明かされていない、“甘さ”を識別する生体レセプターの機構の解明や、さらに強く感じる“甘さ”分子の探索や合成研究への展開が期待される。

用語説明

[用語1] 水素結合 : 水分子に代表されるような、酸素に結合した水素と、近傍にある酸素の間で形成する可逆的な化学結合。

[用語2] 芳香環 : ベンゼンやアントラセンのようなπ電子を豊富に持つパネル状構造。

[用語3] CH-π相互作用 : 炭素に結合した水素と芳香環の間に働く静電的な相互作用。

[文献1] A. P. Davis, R. S. Wareham, Angew. Chem. Int. Ed., 38, 2978–2996 (1999).

[文献2] N. Kishi, Z. Li, K. Yoza, M. Akita, M. Yoshizawa, J. Am. Chem. Soc., 133, 11438–11441 (2011).

[文献3] M. Yamashina, Y. Sei, M. Akita, M. Yoshizawa, Nature Commun., 5, 4662 (2014).

[文献4] D. J. Ager, D. P. Pantaleone, S. A. Henderson, A. R. Katritzky, I. Prakash, D. E. Walters, Angew. Chem. Int. Ed. 37, 1802–1817 (1998).

論文情報

掲載誌 :
Science Advances (Science姉妹誌)
論文タイトル :
A Polyaromatic Nanocapsule as a Sucrose Receptor in Water(水中でスクロースレセプターとして機能する芳香環ナノカプセル)
著者 :
Masahiro Yamashina, Munetaka Akita, Taisuke Hasegawa, Shigehiko Hayashi, Michito Yoshizawa*
(山科雅裕、穐田宗隆、長谷川太祐、林 重彦、吉沢道人*
DOI :

研究内容に関するお問い合わせ

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所
准教授 吉沢道人

E-mail : yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5284 / Fax : 045-924-5230

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


Viewing all articles
Browse latest Browse all 2008

Trending Articles