遺伝子撹拌装置をタイミング良く染色体から取り外す仕組み
―減数分裂期に相同染色体間の遺伝情報交換を促す高次染色体構造の解体を指揮するシグナリングネットワークを特定―
私たちヒトを含む多くの真核生物では、父親と母親から受け継いだ2セットの遺伝情報を持っています。この遺伝情報を次世代に伝えるには配偶子と呼ばれる特殊な細胞(ヒトの場合は精子と卵)を形成し、ちょうど半分の遺伝情報をその中に分配する必要があります。また、その際父親と母親の遺伝情報はお互いの遺伝情報を交換することで激しく撹拌され、そのことにより生物の多様性は劇的に増大します。この目的を果たすために減数分裂期の染色体は、『遺伝子攪拌装置』とでも呼ぶべき非常に複雑な高次構造を形成するのですが、ひとたび遺伝子の攪拌が終了するとこの構造体を直ちに解消しなければ、次に起こるべき染色体分配に支障をきたしてしまいます。減数分裂の進行において、タイミングよくこの染色体高次構造を解消し、次のステップに進める仕組みは謎に包まれていました。
今回、基礎生物学研究所、東京工業大学、サセックス大学、ニューヨーク州立大学のメンバーからなる共同研究グループは、真核生物の単純なモデルである出芽酵母を用いた研究により、細胞分裂の進行を制御する分子群が、減数分裂期の高次染色体構造の解体を直接指揮するスイッチ役として働くことを明らかにしました。本研究成果は、2017年7月10日に欧州分子生物学機構が発行する専門誌EMBO Journal(電子版)に掲載されました。
研究の背景
有性生殖を行うヒトなどの真核生物は、遺伝情報を次の世代に伝える為に、配偶子と呼ばれる特殊な細胞(精子や卵など)を形成します。その過程で、配偶子に対し親細胞の染色体数の半分だけを正確に分配することが必要で、その為に用いられるのが減数分裂と呼ばれる特殊な細胞周期です。減数分裂では1回のDNA複製に続いて2回の連続した細胞分裂、それぞれ減数第一分裂、第二分裂が起こります(図1)。特に減数第一分裂においては、相同染色体が分配される点が非常に特徴的であり、これは姉妹染色分体が分配される体細胞分裂とは大きく異なります。また、減数第一分裂に先立ち、相同染色体同士はその全長に渡って密着し、シナプトネマ複合体と呼ばれる複雑な染色体高次構造を形成します(図2)。その間相同染色体間では遺伝情報が活発に交換され、このプロセスは生命の多様性を生み出す原動力となって来ました。基礎生物学研究所/サセックス大の坪内英生を中心とする研究グループは、真核生物の単純なモデルである出芽酵母を用いて、遺伝情報交換の場として機能するシナプトネマ複合体の形成と解離のメカニズムの解明に取り組んできました。今回、坪内らは、シナプトネマ複合体の解離と細胞周期を結びつけるシグナリングネットワークを特定し、その制御機構の解析を行いました。
- 図1.
- 体細胞分裂と減数分裂の違い。減数分裂の大きな特徴はその第一分裂にある。減数第一分裂前期においては相同染色体同士がお互いを認識して接着し、その遺伝情報を交換する。また、減数第一分裂では相同染色体が分配されるが、これは姉妹染色分体が分配される体細胞分裂や減数第二分裂とは大きく異なる。
- 図2.
- 減数第一分裂前期における染色体高次構造。減数第一分裂前期において相同染色体が密着し遺伝情報の交換をするために、染色体は特徴的な高次構造を形成する。この構造体をシナプトネマ複合体という。この構造体においては相同染色体同士がその全長に渡って一定の間隔をおいて密着するので、電車の線路のような構造体が電子顕微鏡による観察で認められる。
研究の成果
シナプトネマ複合体は減数第一分裂前期の開始と共に形成され始め、前期の中盤でその形成が完了し相同染色体はその全長に渡って密着します(図2)。同時に、密着した相同染色体間で相同組換えが活発に誘導され遺伝情報が交換されます。これは減数分裂期特有の現象で、体細胞分裂期の相同組換えが姉妹染色分体間で起こるのとは対照的です。相同組換え反応が継続する間、細胞は減数第一分裂前期内に留まり、シナプトネマ複合体構造は維持されます。ところが、ひとたび相同組換え反応が完了すると細胞周期は減数第一分裂前期を脱して中期に進行し、シナプトネマ複合体は染色体上から素早く解離します。研究グループは細胞周期の進行とシナプトネマ複合体の解離がどのようにコーディネートされているのかを探索する過程で、真核生物の細胞周期を制御するタンパクキナーゼがシナプトネマ複合体の解離調節の鍵となっていることを見出しました(図3)。それらは、細胞周期の原動力と呼ばれるサイクリン依存性キナーゼ(CDK1)、DNA複製開始のタイミング制御に重要なことが知られているDbf4依存性Cdc7キナーゼ(DDK)、及び主にM期で機能することが知られるポロキナーゼです。
特に今回、研究グループはDDKの活性を調節するDbf4のリン酸化がシナプトネマ複合体の解離調節の鍵となることを見出しました。この過程で重要になってくるのが減数第一分裂前期内で活発に起こっている相同組換え反応です。減数第一分裂前期中では、相同組換え反応を監視しているメカニズムがあり、相同組換え反応の終了が近づくとポロキナーゼの発現が誘導されると共にCDK1の活性が上昇します。この際、発現したポロキナーゼはDbf4と直接相互作用してそのリン酸化を促します。同時に活性が上昇したCDK1もDbf4のリン酸化に寄与し、このDbf4リン酸化がシナプトネマ複合体構成タンパク質の分解を引き起こすことで、染色体からのシナプトネマ複合体の解離を誘導するスイッチになっていることが明らかになりました。また、減数第一分裂前期中では相同染色体間の遺伝情報の交換を促進するために、体細胞分裂期型の組換え経路が抑制されているのですが、細胞が減数第一分裂前期から出ると、体細胞分裂期型組換えが直ちに再活性化することを見出しました。今回の研究により、染色体構造が減数分裂期型から体細胞分裂期型に戻る際に、その変換を司る主要な情報伝達系を明らかにしたと考えています。
- 図3.
- 減数分裂期の染色体高次構造の解離を指揮するシグナリングネットワーク。減数第一分裂前期から中期にかけて、染色体高次構造は急速に染色体から解離するが、その過程には細胞周期の制御に関わる3つのタンパクキナーゼが関与している。その制御において中心になるのが Dbf4依存性Cdc7キナーゼの調節因子Dbf4のリン酸化である。
今後の展望
減数分裂のメカニズムは体細胞分裂のメカニズムの上に構築されていると考えられますが、両者に非常に大きな違いがあるのもまた事実です。特に減数第一分裂期においては染色体分配様式が異なるだけでなく遺伝情報の撹拌という、体細胞分裂期とは全く異なる機能が付加されるのです。こういった機能の付加は、可逆的であるという特徴があり、細胞は極めて迅速に減数分裂期型から体細胞分裂期型へと染色体構造を変換する能力を備えています。このような染色体のダイナミックな動態はヒトを含む高等真核生物でも保存されていることから、同様のシグナリングネットワークが減数分裂から体細胞分裂への染色体構造変換に関与しているのか、今後興味が持たれるところです。
研究グループ
- 基礎生物学研究所/英国・サセックス大学:坪内英生
- 基礎生物学研究所:坪内知美
- 東京工業大学/英国・サセックス大学:Bilge Argunhan, Negar Afshar
- 東京工業大学:村山泰斗(7月1日より国立遺伝学研究所 所属)、岩﨑博史
- 英国・サセックス大学:Wing‐Kit Leung, Yaroslav Terentyev
- 米国・ニューヨーク州立大学:Vijayalakshmi V Subramanian, Andreas Hochwagen
研究サポート
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業、英国Biotechnology and Biological Sciences Research Council、Medical Research Councilなどの支援のもとで行われました。
論文情報
掲載誌 |
The EMBO Journal |
論文タイトル |
Fundamental cell cycle kinases collaborate to ensure timely destruction of the synaptonemal complex during meiosis |
著者 |
Bilge Argunhan, Wing‐Kit Leung, Negar Afshar, Yaroslav Terentyev, Vijayalakshmi V Subramanian, Yasuto Murayama, Andreas Hochwagen, Hiroshi Iwasaki, Tomomi Tsubouchi, Hideo Tsubouchi |
DOI : |
- プレスリリース 遺伝子撹拌装置をタイミング良く染色体から取り外す仕組み ―減数分裂期に相同染色体間の遺伝情報交換を促す高次染色体構造の解体を指揮するシグナリングネットワークを特定―
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