要点
- 特定の物質を認識し、光照射で蛍光消光・分解する光トリガー分子を発見
- 光トリガー分子を含んだゲルを用いて環境汚染物質を簡単に検出
- クロロホルムと塩化メチレンを識別できる優れた選択性を持つ
概要
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の佐々木俊輔博士研究員(日本学術振興会特別研究員)、小西玄一准教授らの研究グループは、特定の組成を持つ化学物質を認識し、紫外光(UV)を照射すると蛍光が消光されて分解する、光トリガー分子を発見した。この分子は青色発光色素で、これを架橋剤(つなぎ)として用いて、光検出と光分解による形状変化でターゲットを確認できる高分子ゲルを開発した。これは、環境汚染物質であるトリハロメタン類を市販のブラックライト(UV光)を使うだけで、簡単に検出することができる。
今回用いた光トリガー分子は1,4-ビス(ジピペリジル)ナフタレンという青色発光色素である。この色素は、クロロホルムでは蛍光消光・分解してしまうが、塩化メチレンでは青色発光し、分解しない。消光と分解は連動しており、2つの現象にはシナジー効果が観察される。
本研究成果は5月9日付けの米国化学会「Macromolecules(マクロモレキュールズ)」に掲載された。
背景
高価で持ち運びのできない分析機器を必要とせず、目視できる形で有害物質や危険物質を簡便に検出する方法の開発は、環境計測や爆発物検知において重要性を増している。今日、ターゲット物質に応じて、適切なセンサー分子を搭載した様々な形態のデバイスが作られている。中でも光や色によって検知できるシステムは、迅速に大量のサンプルを分析することができ、さらに感度に優れた蛍光発光を用いることが有用とされている。しかしながら、検出対象となる物質は増え続けており、画期的な検出機器の開発が求められていた。今回対象としたトリハロメタンは、水の塩素消毒の際に水中に含まれる有機物と反応して生成するか、直接投棄によって環境中に蓄積される有害な水質汚染監視物質である。
研究の経緯
研究グループは、最近、溶液では光らず、固体になると発光する凝集誘起発光分子の新しい分子群と発光・消光メカニズム[参考論文1,2]を発見。その発光メカニズムを詳細に検討する中で、いくつかの分子が今回の高分子ゲルに応用可能な光トリガーの性質を持つことを発見した。
研究成果
光トリガーは、ターゲット物質と出会うと(1)蛍光が消光(蛍光強度が低下)し、(2)自身を分解するという2つの反応が起きる。この蛍光消光と分解は連動しており、シナジー効果が存在する。このような機能分子を高分子ゲルの架橋剤とすることで、特定の物質を加えて光照射すると、蛍光消光と分解による流動化で、形状が変わり、物質の検出を行うことができる系の設計が可能だ。(図1)
光トリガー分子は、1,4-ビス(ジピペリジル)ナフタレン(図1)という単独で、青色発光を示す蛍光色素である。この色素を組み込んだゲルは、炭素に塩素原子3つ結合したトリハロメタンの場合に蛍光が消光し、炭素に塩素原子2つ結合したジハロメタンの場合は、消光せず青色発光となる。(図2)に示すように、クロロホルム(CHCl3)と塩化メチレン(CH2Cl2)を選択的に検出することができる。
この光トリガー分子を架橋剤に用いた高分子ゲルにクロロホルムを加えてUV光を照射すると、クロロホルムとトリガー分子の錯体が生成され、蛍光が消光し、その錯体を経由してトリガー分子の分解反応が起き、ゲルの架橋部位が取り除かれる。そして、高分子ゲルが1本1本の高分子に戻り、系全体が液状化する。(図3)つまり、発光とゲルの崩壊という2つの方法によりクロロホルムを検出することができる。一方、塩化メチレンでは、発光し、さらにゲルは崩壊しない。
今後の展開
これまでに知られている様々な蛍光色素の中に、光トリガー分子の考え方を適用できる分子が多数想定される。今後は、それらを用いて、簡便な分析が困難な物質の検出法を開発していく。
論文情報
掲載誌 : |
Macromolecules 2017, 50, 3544–3556. |
論文タイトル : |
Smart Network Polymers with Bis(piperidyl)naphthalene Cross-Linkers: Selective Fluorescence Quenching and Photodegradation in the Presence of Trichloromethyl-Containing Chloroalkanes |
著者 : |
Shunsuke Sasaki, Yoshiyuki Sugita, Masatoshi Tokita, Tomoyoshi Suenobu, Osamu Ishitani, Gen-ichi Konishi |
DOI : |
[参考論文1] Shunsuke Sasaki, Satoshi Suzuki, W. M. C. Sameera, Kazunobu Igawa, Keiji Morokuma, Gen-ichi Konishi, J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 8194–8206. [DOI: 10.1021/jacs.6b03749]
[参考論文2] S. Sasaki, K. Igawa, G. Konishi, J. Mater. Chem. C 2015, 3, 5940-5950. [DOI: 10.1039/C5TC00946D]
- プレスリリース 特定の化学物質を簡便に検出できる高分子ゲルを開発―環境汚染物質トリハロメタンを光照射で検出―
- T2R2の論文公開件数が4000件を突破 | 東工大ニュース
- 二光子励起顕微鏡の病態診断応用に道 ―安価で操作性向上を実現する高性能色素の開発に成功― | 東工大ニュース
- 生細胞中だけで発光する刺激応答型蛍光ナノ粒子を開発 ―蛍光造影による診断精度の向上や薬の放出を確認可能なDDS実現へ― | 東工大ニュース
- 無極性から極性溶媒まで色彩を変化させながら強く光る蛍光色素の開発 | 東工大ニュース
- 最古の人工プラスチック・フェノール樹脂が高屈折率透明樹脂に変身!安価で軽量なガラス代替材料や高性能レンズとして期待 | 東工大ニュース
- 小西研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 小西玄一 Gennichi Konishi
- 物質理工学院 応用化学系
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
准教授 小西玄一(こにし げんいち)
E-mail : gkonishi@polymer.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2321 / Fax : 03-5734-2888
取材申し込み先
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661