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アフリカツメガエルから新たながん抑制戦略を発見―ヒトのがん抑制ターゲット開拓に期待―

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要点

  • 多くの動物が持つがん抑制遺伝子・CDK阻害因子群がアフリカツメガエルでは高頻度で変異していることを発見
  • がん発生率の低いアフリカツメガエルには、CDK阻害因子群以外でがんを抑制する機構が備わっている可能性があり、その候補遺伝子の1つを発見
  • アフリカツメガエルのCDK阻害因子群の遺伝子は不安定で、いまだにゲノムが変化しつつあることを示唆

概要

アフリカツメガエルは、発生過程研究や細胞周期研究などの生物学分野で欠かせないモデル生物として全世界で用いられており、昨年には全ゲノム解読に成功した。

東京工業大学生命理工学院の田中利明助教らの研究グループは、アフリカツメガエルのゲノムで細胞増殖を直接制御する細胞周期の制御関連遺伝子、特にがん抑制遺伝子として知られるCDK阻害因子群を調べ、他の動物種では有りえないほど不安定であり、多数の変異が存在することを発見した(図1)。

しかしながら、アフリカツメガエルはがん発生率が高くはない。そこで解析を進めたところ、「CDK7/Cyclin H複合体」をコードする遺伝子に生じた変異が、その役割の一端を担っている可能性を見出した。これは、ヒトのがん抑制の新たなターゲットの開発につながる成果で、2016年7月6日付で米国発生生物学会誌 Developmental Biologyのオンライン版に公開され、今後Developmental Biology(アフリカツメガエルゲノム特集号)に掲載予定となっている。

がん抑制遺伝子・CDK阻害因子群の脊椎動物種間保存性

図1. がん抑制遺伝子・CDK阻害因子群の脊椎動物種間保存性

CDK阻害因子をコードする遺伝子(CKI gene)は脊椎動物で7種(cdk1a-c, cdk2a-d)存在し、魚類からヒトを含む哺乳類まで高度に保存されている。一方、アフリカツメガエルでは7種中の4種で遺伝子欠損(cdkn1c, 2a)または機能不全に至る変異(cdkn1a, 2c)が存在していた。

背景

アフリカツメガエルは、モデル動物として多くの研究現場で飼育されている。そのゲノムは複雑な異質四倍体[用語1]で、ようやく昨年、田中助教が参加した国際コンソーシアムで、全ゲノム解析に成功した(Nature 538, 336-343)。この情報を元に、多くの研究が進行している。

細胞の増殖は、「CDK/Cyclin複合体」によって「正の制御(亢進)」を受けており、この複合体は自動車のエンジンに例えられる。一方で、がん抑制遺伝子であるCDK阻害因子は「負の制御(抑制)」、いわばブレーキの役割を持ち(図2)、その関係の破綻は、細胞の無限増殖、すなわち、がんなど重篤な疾患を引き起こす。

脊椎動物では7種類のCDK阻害因子が知られており、それらの遺伝子を欠損させたマウスなどの研究から、それぞれの遺伝子が重要な役割を持っていることがわかっている。CDK阻害因子群をコードする遺伝子は、脊椎動物種で、等しく高度に保存されていると考えられていた。

細胞の増殖を制御する細胞周期制御因子群

図2. 細胞の増殖を制御する細胞周期制御因子群

細胞周期の各時期で特異的なCDK/Cyclin複合体が順序よく活性化することにより細胞周期が回る。全てのCDK/Cyclin複合体の活性化には、CDK7/Cyclin H複合体(CAK)によるリン酸化が必要である。CDK/Cyclin複合体の活性は、CDK阻害因子群(cdkn1a(p21), cdkn1b(p27), cdkn1c(p57), cdkn2a(p16), cdkn2b(p16), cdkn2b(p15), cdkn2c(p18), cdkn2d(p19))の直接結合によって抑制され、その結果、細胞周期が止まる。

研究の経緯

研究グループは、主要な研究モデル生物として最後にゲノム配列が公開されたアフリカツメガエルについて、細胞増殖の観点から細胞周期制御因子の解析を実施した。その結果、CDK阻害因子群をコードする遺伝子が不安定であり、他種脊椎動物では見られない多くの変異を有していることを見出した。

研究成果

今回、アフリカツメガエルでCDK阻害因子群の遺伝子構造を初めて明らかにした。この因子群は他の脊椎動物種ではがん抑制機能など非常に重要な役割を持つが、アフリカツメガエルでは非常に不安定であり、CDK阻害因子7種類のうち、4種で機能に影響するほどの変異をもっていることがわかった(図1)。他の脊椎動物には備わっている「p57KIP2遺伝子」および「p16INK4a 遺伝子」は完全に欠損しており、「p21CIP1遺伝子」と「p18INK4c 遺伝子」は同祖遺伝子[用語2]の一方に変異が認められた。

特に、p16遺伝子座には、ヒトではがんとの関連が非常に深い2つの遺伝子(p16INK4a, p14ARF)がコードされており、p16遺伝子座の欠損マウスでは、がんが高頻度に生じること、ヒトのがんでもp16遺伝子座の欠損が多く認められることが報告されている。また、p57遺伝子の欠損は、マウスでは造血幹細胞の減少や骨形成不全、ヒトではある種のがんやベックウィズ-ヴィーデマン症候群[用語3]との関連があるとされている。

しかしながら、アフリカツメガエルは、がんの発生率が低いことが報告されている(Ruben et al., 2007; Hardwick and Philpott, 2015)ことから、CDK阻害因子群以外によるがん抑制機構の存在が予想された。

さらなる解析から、別ながん抑制機構の候補として、CDK-Activation Kinase(CAK)を構成するCDK7とCyclin Hの同祖遺伝子の半数化および遺伝子発現の減少を発見した。

今後の展開

日本人の死亡原因として、長年、がんがトップをキープしている。そのため、さまざまながん治療法が模索されている。

ターゲットとして、CDK阻害因子をコードする遺伝子の欠損・機能不全が注目されているが、例えば、遺伝子の補完は遺伝子治療以外に適当な方法がなく、実現までの課題は多い。CDK阻害因子群の多くを欠損しながらも、がんの発生率が低いアフリカツメガエルの例は、CDK阻害因子群に頼らずに、がんを抑え込む機構の存在を示唆している。この機構をヒトなど他種動物のがん抑制に展開できる可能性がある。

今回の「CDK7/Cyclin H複合体」の低発現化の発見など、今後、アフリカツメガエルにおける細胞増殖制御に係わる遺伝子の更なる解析が進むと期待される。

用語説明

[用語1] 異質四倍体 : アフリカツメガエルは四倍体動物ではあるが、通常の四倍体ではなく、親から引き継ぐ2つのゲノムがAAではなくて、2種類のゲノムABであることから、子はAABBとなる。これを異質四倍体という。ゲノムAとBの由来をたどると、異なる2つの種がもつゲノムAとゲノムBとなる。進化的にはゲノムAをもつ種1と、ゲノムBをもつ別の種2が交雑して二倍体の雑種ができたと考えられる。この雑種のゲノムはABとなるが、二倍体の雑種は減数分裂ができないため、精子や卵子がつくれない。しかし、何らかの偶然により雑種ゲノムABが全ゲノム重複を起こすと、AABBの異質四倍体となる。異質四倍体になるとABとABの2つに減数分裂が可能となり、ABのゲノムをもつ精子や卵子をつくることができる。

[用語2] 同祖遺伝子 : 2つの異なる祖先種に由来する同じ関係の染色体に載っている同じ遺伝子間の関係を言う。異質四倍体化する前には、同祖遺伝子は別の種がもつ同じ機能を持つ遺伝子であった。

[用語3] ベックウィズ-ヴィーデマン症候群 : Beckwith-Wiedemann syndrome(BWS)。多くは弧発性の先天異常症候群であり、臍帯ヘルニア、巨舌、巨体を主な特徴とする。低頻度(15%程)にて Wilms腫瘍、横紋筋肉腫、肝芽腫などの胎児性腫瘍も発症する。原因遺伝子座は 11番染色体短腕 15.5 領域(11p15.5)であり、この領域にはCDK阻害因子であるp57KIP2の遺伝子が存在している。

論文情報

掲載誌 :
Developmental Biology
論文タイトル :
Genes coding for cyclin-dependent kinase inhibitors are fragile in Xenopus
著者 :
Toshiaki Tanaka, Haruki Ochi, Shuji Takahashi, Naoto Ueno, Masanori Taira
DOI :

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