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プラズマ照射により植物細胞へのタンパク質導入に成功―品種改良や開花コントロールへの応用に期待―

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概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の沖野晃俊准教授と農業・食品産業技術総合研究機構の柳川由紀特別研究員、光原一朗主席研究員は共同で、大気圧低温プラズマを用いて植物細胞にタンパク質を導入することに成功した。二酸化炭素または窒素で生成した大気圧低温プラズマをタバコ葉に数秒照射した後、タンパク質を含む溶液に浸すと、タンパク質がタバコ葉の細胞内に入ることを確認した。シロイヌナズナの葉とイネの根の細胞にも同様の方法でタンパク質を導入した。

この技術は植物体に特別な前処理をする必要がないので、前処理の問題からこれまでタンパク質導入が不可能であった植物種や組織にも広く利用できる。また、導入するタンパク質自体にも特別な処理が不必要なので、実際の栽培環境で使える。今後はゲノム編集[用語1]による品種改良、開花誘導タンパク質による開花コントロール、植物の機能コントロールなどへの展開が期待される。

この成果は「Direct protein introduction into plant cells using a multi-gas plasma jet(植物細胞へのガスプラズマによるタンパク質導入)」というタイトルで2月10日に米国の科学誌「PloSOne」に掲載された。

研究の背景

植物細胞へのタンパク質導入には、細胞膜を通過する膜透過ペプチドをタンパク質に融合させる、あるいは混合して細胞に導入する方法が知られている。しかし、植物の表面は乾燥を防ぎ、内部の細胞を保護するためのロウ状のクチクラ層に覆われているため、無傷の植物体にタンパク質をそのまま導入することは難しい。

そこで、注射器を用いてタンパク質溶液を葉の内部に入れる(インフィルトレーション)、また酵素で処理して完全にクチクラ層やその下の細胞壁を除去して単細胞(この状態をプロトプラスト)にする、などといった前処理をすることでタンパク質を導入している。しかし、インフィルトレーションは柔らかい葉に限定される方法なので、限られた植物種にしか適用できない。また、プロトプラストは壊れやすく、無菌状態で利用する、死なないように維持していくのが難しい、など利用しにくいという難点がある。

それらに比較して、大気圧低温プラズマによるタンパク質導入法は、インフィルトレーションやプロトプラスト化などの前処理は必要ないので、植物種や組織の制約がなく、タンパク質導入後の扱いが容易である。さらに、大気圧低温プラズマによるタンパク質導入法は膜透過ペプチドを必要としないので、サンプル調製自体も容易という利点がある。また、膜透過ペプチドとの融合タンパク質[用語2]を調整することが困難、あるいは膜透過ペプチドとの混合を望まないタンパク質、例えば市販のタンパク質や抗体などの導入にも利用されることが期待される。

前述したように、大気圧低温プラズマ法は植物体のみならずタンパク質自体にも特殊な前処理を必要としない。さらに、タンパク質が細胞内に導入されても、遺伝子のように次の世代に受け継がれることはなく、その世代の植物の中で分解されて消失するので、遺伝子保護や変異生物拡散防止などの問題はない。そのため、大気圧低温プラズマ法は隔離された研究室内での利用のみならず、農業現場などの産業利用も期待できる。

研究成果

ダメージフリープラズマを照射
図1. ダメージフリープラズマを照射

現在、大気圧低温プラズマは室温~100 ℃程度の低温でありながら高い活性力を持つラジカルなどの活性種を生成できるため、表面親水化による接着力向上、細胞やウイルスの殺傷、血液凝固など様々な利用法が報告されている。さらに、放電損傷を生じず、手で触れることができるダメージフリープラズマも生成可能なので、生体表面や生鮮食品などへの応用研究も進んでいる。

柳川特別研究員らはダメージフリープラズマを、植物に適した温度にコントロールして照射した(図1)。このプラズマ源は、二酸化炭素、窒素、酸素、水素、空気、アルゴンなど様々なガス種を利用して大気圧プラズマを生成することができる。予備実験として、これらのガス種で生成させたプラズマを用いて効果を検討したところ、特に二酸化炭素と窒素で生成させたプラズマが植物細胞へのタンパク質導入に効果的であった。

タンパク質導入には、緑色蛍光タンパク質(sGFP)[用語3]アデニル酸シクラーゼ(CyaA)[用語4]を融合させたタンパク質(sGFP-CyaAタンパク質)を用いた。タンパク質導入法としては、図2のように、タバコの葉に二酸化炭素ガスあるいは窒素ガスで生成させたプラズマを照射した後、sGFP-CyaAタンパク質を含む溶液に葉を浸した。

タバコ葉へのタンパク質導入手順

図2. タバコ葉へのタンパク質導入手順

この葉を共焦点顕微鏡で観察すると、二酸化炭素プラズマ、窒素プラズマどちらでもsGFPタンパク質の緑色蛍光が細胞内に観察された(図3)。タバコ葉の表皮細胞はジグソーパズル状の形をしている。プラズマ照射した葉ではこの形が緑色蛍光で観察されたので、sGFPタンパク質が細胞内に入っていると考えた。プラズマ生成に用いたガスのみを照射した葉では、緑色蛍光は観察できなかった。なお、赤色蛍光は植物細胞がもともと持っている葉緑体を示しており、緑色蛍光が赤色蛍光とは重ならないことが分かる。また、明視野は細胞の形をそのまま観察したものであり、緑色蛍光の形が明視野で観察できる細胞の形と似ていることが分かる。

タバコ葉内に導入されたsGFP-CyaAタンパク質の共焦点顕微鏡写真

図3. タバコ葉内に導入されたsGFP-CyaAタンパク質の共焦点顕微鏡写真

CyaAタンパク質は環状アデノシン一リン酸(cAMP)[用語5]の生成に必要な酵素であり、生きた細胞内で働く。そのため、CyaAタンパク質が細胞内に導入され、かつその細胞が生きていると、導入されたCyaAタンパク質量に比例してcAMP量が増加する。この原理を利用してタバコ葉のcAMP量を測定したところ、プラズマ照射した葉では二酸化炭素プラズマ、窒素プラズマともにガスのみ照射した葉と比較してcAMP量が有意に増加していた(図4)。プラズマ照射後に融合タンパク質なしの溶液に浸した葉ではcAMP量の増加は認められなかった。

タバコ葉内に導入されたsGFP-CyaAタンパク質の定量

図4. タバコ葉内に導入されたsGFP-CyaAタンパク質の定量

以上のように、sGFPの共焦点顕微鏡観察の結果とcAMPの定量の結果は、タバコ葉をプラズマ照射した後にsGFP-CyaAタンパク質と接触させると、sGFP-CyaAタンパク質が細胞内に導入される、ということを示している。

シロイヌナズナの葉、イネの根にも同様にプラズマ処理を行い、共焦点顕微鏡でsGFPタンパク質を観察したところ、細胞内に緑色蛍光が観察された。これらの結果から、二酸化炭素プラズマ及び窒素プラズマ処理することで、様々な植物種や組織に対してタンパク質導入が可能となることが期待される。

今後の展望

近年、品種改良技術の一つとして、タンパク質を細胞に導入して遺伝子改変を行うゲノム編集技術が注目されてきた。しかし、これまでは、効率的、かつ多様な植物種や組織の細胞にタンパク質を導入する技術はなく、植物細胞にタンパク質を導入して実際に品種改良した例はない。今回、大気圧低温プラズマを用いて植物細胞にタンパク質を直接導入できたことから、TALEN法(用語1参照)やCRISPER/Cas9法(用語1参照)によるゲノム編集技術を用いた品種改良への利用が期待される。

フロリゲン[用語6]は開花誘導タンパク質であり、葉で作られて植物体の上部へと移動する。このフロリゲンタンパク質を植物体へ導入することで開花時期をコントロールできる可能性があり、花卉を含む農産物の出荷時期制御への利用も期待される。

転写因子は標的遺伝子のオンオフを制御するタンパク質であり、転写因子が標的遺伝子の制御部分に結合することでその遺伝子の転写が促進あるいは抑制される。大気圧低温プラズマ法によって転写因子を植物細胞内に導入し、目的とする遺伝子のオンオフを制御できれば、植物の機能をコントロールできる可能性がある。

なお本研究の一部は、総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「ゲノム編集技術の普及と高度化」(管理法人:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構・生研センター)、JSPS科研費JP25440057、及び平成28年度生体医歯工学共同研究拠点共同研究プロジェクト「大気圧プラズマを用いた植物細胞内への効率的なタンパク質導入法の開発」によって実施された。

用語説明

[用語1] ゲノム編集 : 特定の遺伝子に変異を導入したり、活性/不活性型に置き換えたりすることによって新たな細胞や品種を作る技術。遺伝子組換えと異なり、作成された品種は外来遺伝子を持たない。部位特異的なヌクレアーゼ(核酸(DNA)切断酵素)を利用して、思い通りに標的遺伝子を操作する方法が中心である。ヌクレアーゼとしては、2005年以降に開発・発見された、ZFN、TALEN(タレン)、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)を中心としている。従来の遺伝子工学、遺伝子治療と比較して、非常に応用範囲が広い。

[用語2] 融合タンパク質 : 遺伝子組換えによって2種類以上のタンパク質をコードする遺伝子を結合させて作られたタンパク質。従来のたんぱく質(含む酵素)に新たな性質を付け加えることなどが可能になる。

[用語3] 緑色蛍光タンパク質(sGFP) : クラゲから単離された自身で緑色蛍光を発するタンパク質(GFP)を、植物などでの使用に適するよう改変したもの。

[用語4] アデニル酸シクラーゼ(CyaA) : アデノシン3リン酸を基質として環状アデノシン1リン酸を合成する酵素。真核生物には存在するがバクテリアなどは持っていないカルモジュリンがある状態でだけ活性を持つ。細胞の多くの生理機能を制御するのに重要な役割を果たしている。

[用語5] 環状アデノシン一リン酸(cAMP) : サイクリックAMP。グルカゴンやアドレナリンといったホルモン伝達の際の細胞内シグナル伝達においてセカンドメッセンジャーとして働く。主な作用はタンパク質リン酸化酵素(タンパク質キナーゼ)の活性化。

[用語6] フロリゲン : 花芽の形成に関係するペプチド(小型のたんぱく質性の)ホルモン。

論文情報

掲載誌 :
PlosOne
論文タイトル :
Direct protein introduction into plant cells using a multi-gas plasma jet
著者 :
Yuki Yanagawa, Hiroaki Kawano, Tomohiro Kobayashi, Hidekazu Miyahara, Akitoshi Okino, Ichiro Mitsuhara
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
准教授 沖野晃俊

E-mail : aokino@es.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5688

農業・食品産業技術総合研究機構 生物機能利用研究部門
主席研究員 光原一朗

E-mail : mituhara@affrc.go.jp
Tel / Fax : 029-838-7440

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

農業・食品産業技術総合研究機構 本部 連携広報部広報課

E-mail : naro-pr@naro.affrc.go.jp
Tel : 029-838-8988 / Fax : 029-838-8982


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