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混ぜるだけで迅速に水溶液中のたんぱく質凝縮に成功―新たな高濃度たんぱく質材料で医薬品開発に期待―

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ポイント

  • 産業や医薬品に重要なたんぱく質を水溶液から濃縮するには、時間と費用がかかる上、たんぱく質が変性してしまう問題があった。
  • 2種類の界面活性剤を加えることで水溶液中のたんぱく質が構造と機能を保ったまま集合する現象を発見し、たんぱく質を多く含む液状物質(凝縮体)の開発に成功した。
  • 触媒や抗体機能を持つたんぱく質の凝縮体を簡便な操作で得られ、ゲル状態にもできるので、触媒材料や医薬品の開発など、幅広い応用展開が期待される。

概要

JST戦略的創造研究推進事業において、東京工業大学 科学技術創成研究院の野島達也特任助教と彌田智一教授らの研究グループは、、界面活性剤[用語1]を加えると、水溶液中のたんぱく質が構造と機能を保ったまま集合する現象(分子集合現象[用語2])を発見し、この新たな現象を利用して、たんぱく質を多く含む液状物質である「たんぱく質凝縮体」の開発に成功しました。

生体高分子であるたんぱく質は、化学反応を触媒する酵素や特定の分子を認識する抗体などさまざまな機能を持つ重要な物質です。産業や医薬に利用するには、高濃度で、かつ変性していないたんぱく質が必要です。しかし、水溶液中に分散しているたんぱく質の濃縮には時間と費用がかかる上、濃縮過程でたんぱく質が変性や凝集してしまい、触媒や抗体機能が失われる問題があります。

本研究グループは、2種類のイオン性界面活性剤を一定の比率で組み合わせてたんぱく質水溶液に加えるという簡便な操作で、たんぱく質が構造と機能を保ったまま集合するという新たな現象とともに、高いたんぱく質含有量の液状物質(たんぱく質凝縮体)が生じることを見いだしました。本技術は構造や機能が異なるさまざまなたんぱく質に利用できます。扱いやすいゲル状態にもできるので、新しいたんぱく質材料として、たんぱく質試薬や医薬品の開発など幅広い応用が期待されます。

本研究成果は、ドイツ化学誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で近日中に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

  • 研究プロジェクト:
    彌田超集積材料プロジェクト
  • 研究総括:
    彌田智一(東京工業大学 科学技術創成研究院 教授)
  • 研究期間:
    2010年10月~2016年3月

上記研究課題では、異種材料をナノ・マイクロスケールで「上手に混ぜる」ことにより、構成材料の単なる足し合わせでは得られない、要素間の相互作用が顕在化した「超集積材料」の創成を目指しています。

研究の背景と経緯

生体高分子であるたんぱく質は、化学反応を触媒する酵素や特定の分子を認識する抗体などさまざまな機能を持つ重要な物質です。酵素たんぱく質試薬やたんぱく質製剤の製造などにはたんぱく質の濃縮技術が必要とされています。従来のたんぱく質を濃縮する方法は時間と費用がかかる上、条件によっては濃縮過程でたんぱく質の変性や凝集が起こります。そのため、短時間で簡便にたんぱく質を高濃度化する技術が必要とされていました。

研究の内容

水溶性たんぱく質が水中に分散した状態から自然に高濃度化することはありません。本研究では、たんぱく質の新たな分子集合現象を発見し、これを応用してたんぱく質の高濃度化技術を開発しました。本研究グループは、疎水部にアルキル鎖、親水部にポリエチレングリコール鎖を持つ、陰イオン性および陽イオン性の2種類の界面活性剤を一定の比率で組み合わせました。これをたんぱく質水溶液に加えると、最大で311ミリグラム/ミリリットル(平均213ミリグラム/ミリリットル)のたんぱく質を含む液状物質が瞬時に水から分離することを見いだしました(図1)。水中に分散するたんぱく質の凝縮により形成された物質という意味を込めて、この物質を「たんぱく質凝縮体」と名付けました。また2種類の界面活性剤の比率をたんぱく質の種類によって適切に調整することで、構造や機能の異なるさまざまなたんぱく質の凝縮体を、その構造と機能を保ったまま形成できることを確認しています(図2)。抗体医薬品の開発には100ミリグラム/ミリリットル以上のたんぱく質濃度が必要とされており、本技術で得られた凝縮体のたんぱく質含有量は実用性が高いといえます。また、凝縮体に塩を加えれば、容易に水溶液状態に戻すことができます。

たんぱく質凝縮体の形成方法

図1. たんぱく質凝縮体の形成方法

陽イオン性および陰イオン性界面活性剤を一定の比率で組み合わせ、たんぱく質水溶液に加えると、水相と分離した液状物質としてたんぱく質凝縮体が瞬時に形成される。

凝縮体の形成を確認できたたんぱく質

図2. 凝縮体の形成を確認できたたんぱく質

下層の赤丸で囲んだ液体が得られたたんぱく質凝縮体。陽イオン性および陰イオン性界面活性剤の加える量の比率を変えることで、構造と機能が異なるさまざまなたんぱく質の凝縮体を形成できる。

通常、界面活性剤はたんぱく質と疎水性相互作用[用語3]することで、たんぱく質の水に溶ける性質と分散する性質とを高めます。一方、たんぱく質凝縮体の形成では、たんぱく質と界面活性剤は静電相互作用[用語4]により複合化していることを、形成条件の分析や構成成分の定量分析により明らかにしました。静電相互作用の結果、たんぱく質に対して界面活性剤の親水部であるポリエチレングリコール鎖が内側に、疎水部であるアルキル鎖が外側に位置した複合体が形成され、その複合体がアルキル鎖同士の疎水性相互作用により多数集合して凝縮体を形成していると考えられます(図3)。たんぱく質凝縮体は水と分離した液状物質ですが、70重量パーセントの水を含んでいるので、内部のたんぱく質は水溶液中と同様に水に囲まれています。そのため、凝縮体を形成したたんぱく質が水溶液中と変わらない構造と機能を保つことも確認できました。界面活性剤の親水部に含まれるポリエチレングリコール鎖が水分を保持していると推測されます。

たんぱく質凝縮体の構造モデル

図3. たんぱく質凝縮体の構造モデル

たんぱく質(赤)表面の荷電残基に界面活性剤のイオン部が結合して複合化している。アルキル鎖(黒)同士の疎水相互作用によって、多数のたんぱく質-界面活性剤複合体が集合し、凝縮体が形成される。たんぱく質の周囲にあるポリエチレングリコール(青)が水を保持するため、たんぱく質は水溶液中と変わらない構造を保つ。

また、たんぱく質凝縮体を形成する過程でゲル化剤[用語5]を加えると、凝縮体をゲル化できます。ゲル化した凝縮体は酵素触媒材料として、酵素反応を進行させることが確認されました。反応後は凝縮体ゲルを回収して、繰り返し利用することができます(図4)。

ゲル化剤としてアクリルアミドを導入して作成したたんぱく質凝縮体ゲル

図4. ゲル化剤としてアクリルアミドを導入して作成したたんぱく質凝縮体ゲル

凝縮体ゲルを薬さじで酵素反応基質を含む水溶液に加えると、酵素反応が進行する。凝縮体ゲルは反応後に回収して、繰り返し利用できる。

全てのたんぱく質凝縮体はX線小角散乱測定[用語6]で強い散乱ピークを示しました(図5)。これは、凝縮体内部のたんぱく質はランダムではなく、一定の間隔で並んでいることを意味します。たんぱく質同士の間隔は界面活性剤のアルキル鎖とポリエチレングリコール鎖の長さに応じてナノメートル単位で調節できるため、たんぱく質含有量の調節が可能となります。

X線小角散乱測定による構造解析

図5. X線小角散乱測定による構造解析

アルキル鎖とポリエチレングリコール鎖の長さの異なる3種類の界面活性剤を用いて作成したたんぱく質凝縮体のX線小角散乱測定結果。全てのたんぱく質凝縮体は水溶液にはない散乱ピークを示すため、凝縮体内部のたんぱく質はランダムではなく、一定間隔で規則正しく配列していることが分かった。ピークの位置から隣り合うたんぱく質間の間隔を求めると、界面活性剤の構造に応じてナノメートル単位で間隔を調節できることが示された。

多種類のたんぱく質の混合物であるヒト血清ガンマアルブミン[用語7]に、同じように2種類の界面活性剤を加えたところ、特定の荷電状態のたんぱく質のみが凝縮体を形成しました(図6)。この結果は、今回開発したたんぱく質凝縮体の形成技術は、複数のたんぱく質が混じった水溶液から特定のたんぱく質だけを簡便に分離する技術としても応用できることを示しています。

本技術を利用した荷電状態に応じたたんぱく質の分離

図6. 本技術を利用した荷電状態に応じたたんぱく質の分離

ポリクローナル免疫グロブリンGを主要成分とするたんぱく質混合物であるヒト血清ガンマグロブリンでもたんぱく質凝縮体が形成される。等電点電気泳動分析[用語8]により、正電荷を多く持つ塩基性たんぱく質だけが凝縮体を形成することが明らかとなった。たんぱく質を荷電状態に応じて分離する技術としての応用可能性が示された。

今後の展開

従来、水溶液中のたんぱく質を濃縮するには時間と費用がかかっていました。今回開発した手法は簡便で実用性の高いたんぱく質の高濃度化技術として、また新しいたんぱく質材料の作成技術として、たんぱく質を変性させない安定な保存方法や医薬品開発への応用が期待されます。またゲル化した状態のたんぱく質凝縮体は触媒反応後、簡単に取り出して再利用できることから、生体触媒の用途拡大につながる可能性があります。

また、今回発見した水溶液中のたんぱく質が界面活性剤により集合する現象は、新たな分子集合現象として分子科学や材料科学の発展に寄与することが期待されます。

用語説明

[用語1] 界面活性剤 : 水となじみやすい親水性の構造と油となじみやすい疎水性の構造を持つ分子の総称。水と油など混ざりにくい物質を混合する働きを持つ。

[用語2] 分子集合現象 : 水などの溶媒中に分散していた分子が、溶液条件の変化により集合する現象。

[用語3] 疎水性相互作用 : 水などの溶媒中で疎水性分子が引き合い集合しようとする作用。界面活性剤の疎水部は水中において疎水性相互作用で集合する。

[用語4] 静電相互作用 : 正電荷と負電荷の間で働く引力のこと。たんぱく質凝縮体の形成では、たんぱく質表面の荷電アミノ酸残基(グルタミン酸(負電荷)、アスパラギン酸(負電荷)、リシン(正電荷)、アルギニン(正電荷))に対して、それらと反対電荷の界面活性剤が静電相互作用で結合している。

[用語5] ゲル化剤 : 液状物質を固体化(ゲル化)させる物質のこと。本研究ではアクリルアミドモノマーゲル化剤として、それの重合によりポリアクリルアミドをたんぱく質凝縮体内部で形成させることでゲル化している。

[用語6] X線小角散乱測定 : 対象となる物質にX線を照射したとき、物質の構造に応じてX線はさまざまな角度で散乱される。その時、小さい散乱角度の散乱X線を測定することで、数ナノメートルから数十ナノメートルサイズの構造を解析する手法。

[用語7] ヒト血清ガンマアルブミン : さまざまなたんぱく質を含む血清(凝固した血液の上澄みの液体)より得られた、主にIgG抗体(ポリクローナル免疫グロブリンG)を含む成分のこと。さまざまな抗原に対応するため、含まれるIgG抗体の種類は100万以上に及ぶ。

[用語8] 等電点電気泳動分析 : たんぱく質の等電点(正電荷と負電荷の総量が釣り合うpHのこと)を分析する手法。等電点が7以上の塩基性たんぱく質は中性の水溶液中で正電荷を持ち、等電点が7以下の酸性たんぱく質は中性の水溶液中で負電荷を持つ。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Water-rich Fluid Material Containing Orderly Condensed Proteins
(秩序立って凝縮したたんぱく質を含む内部に水を豊富に持つ液状物質)
著者 :
Tatsuya Nojima, Tomokazu Iyoda
DOI :

お問い合わせ先

(研究に関すること)

ERATO 彌田超集積材料プロジェクト 研究総括
東京工業大学 科学技術創成研究院
教授 彌田智一

E-mail : iyoda.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5277

ERATO 彌田超集積材料プロジェクト 研究員
東京工業大学 科学技術創成研究院
特任助教 野島達也

E-mail : nojima.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5277

(JSTの事業に関すること)

科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
古川雅士

E-mail : eratowww@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3528 / Fax : 03-3222-2068

取材申し込み先

科学技術振興機構 広報課

E-mail : jstkoho@jst.go.jp
Tel : 03-5214-8404 / Fax : 03-5214-8432

東京工業大学 広報センター

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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