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重イオン反応による新たな核分裂核データ取得方法を確立―核分裂現象の解明にも道―

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発表のポイント

  • 重イオン多核子移行反応を用いて、14種類におよぶ核種の核データを一度に取得
  • 中性子過剰な原子核の核分裂など、新たな領域の核分裂現象の開拓に期待

概要

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄。以下「原子力機構」)先端基礎研究センターの西尾勝久サブリーダー及び廣瀬健太郎研究副主幹らは、東京工業大学(学長 三島良直。以下「東工大」)科学技術創成研究院 先導原子力研究所の千葉敏教授、近畿大学(学長 塩﨑均)理工学部 電気電子工学科の有友嘉浩准教授らのグループとの共同研究により、核分裂核データとして重要な核分裂片の質量数収率分布[用語1]を重イオンどうしの衝突で生じる多核子移行反応[用語2]によって取得する新たな方法の開発に成功するとともに、動力学モデル[用語3]で実験データを再現することに成功しました。

アクチノイド原子核の中性子入射核分裂では、様々な種類の原子核が核分裂片として生成されます。核分裂片の質量数に対する収率の分布(質量数収率分布)は、原子炉の安全性に関わる崩壊熱[用語4]遅発中性子数[用語5]を決定する重要なデータです。また、長寿命マイナーアクチノイド原子核(MA)[用語6]を高エネルギー中性子入射核分裂で核変換する場合にも必要となります。これまでの中性子入射反応においては、高純度試料が入手できない、あるいは半減期が短いなどの理由から測定されていない核種があります。また、高エネルギー中性子データも極めて限られています。

本研究では、原子力機構タンデム加速器[用語7]で加速された酸素18ビームをトリウム232標的に照射することで、トリウムからウランにおよぶ14種類の原子核を一度に生成し、これらの核分裂の質量数収率分布を取得するとともに、1 MeVから50 MeVの中性子エネルギーに対応するデータを取得しました。この手法を用いれば、さらに多くの核種のデータ取得が可能になります。中性子過剰な原子核の核分裂も調べられるようになるため、新たな領域の核分裂研究の発展にもつながると期待されます。本研究成果は、2016年8月24日付で、オランダElsevier社が発行する「Physics Letters B」のオンライン版に掲載されました。

本研究は文部科学省の原子力システム研究開発事業による委託業務として、東工大と原子力機構が実施した平成24-27年度「高燃焼度原子炉動特性評価のための遅発中性子収率高精度化に関する研究開発」の成果です。

研究開発の背景

核分裂で生成される核分裂片には様々な核種が存在します。これら原子核の種類と生成確率は、原子炉の停止後に発生する崩壊熱量とこの時間変化に影響を与え、また原子炉の動特性を支配する遅発中性子の収率を決定します。さらに、長寿命のMAを高速中性子で照射して核分裂をおこし、より短寿命な核分裂生成物に変換する核変換技術を構築するためにも、様々なMA核種に対し、高い中性子エネルギー領域までのデータが必要となります。このように、質量数収率分布は、原子力エネルギーの利用において重要な核データです。必要となる中性子入射核データは、いくつかの核種について測定されているものの、高い純度の標的が得られない、またはその寿命が短いといった理由で測定データのない核種が多く存在します。また、高エネルギー中性子に対するデータは、単色の中性子源を作ることが容易でないことから、極めて限られていました。本研究では、加速した酸素18(18O)を高純度の標的核種に照射し、多核子移行反応(図1)を利用することで多種にわたる原子核と様々な励起状態を生成し、これらの核分裂を観測することで、問題を解決することを目指しました。この結果、未測定の核種のデータに加え、高エネルギー領域までのデータを取得することに成功しました。また、動力学モデルを用いて核分裂片の質量数収率分布を計算する手法を開発し、実験データをよく再現することに成功しました。核分裂過程を基礎的なモデルで記述するため、汎用性と適用性の高い核データ評価方法の構築に道を開いた成果と言えます。

多核子移行反応による核分裂片の質量数収率分布を測定する原理。酸素18ビームをトリウム232(232Th)標的に照射することで、複合核234Thを生成します。複合核の核分裂によって生じる2つの核分裂片の速度を測定することで運動学的に核分裂片の質量数を決定しました。
図1.
多核子移行反応による核分裂片の質量数収率分布を測定する原理。酸素18ビームをトリウム232(232Th)標的に照射することで、複合核234Thを生成します。複合核の核分裂によって生じる2つの核分裂片の速度を測定することで運動学的に核分裂片の質量数を決定しました。

研究の手法

多核子移行反応とは、重イオン反応において、入射核及び標的核が、これらを構成する中性子や陽子を交換する過程を表します。図1の例では、2つの中性子が18Oから232Thに移行し、複合核として234Thを生成しています。中性子や陽子が移行するパターンは様々であり、このため多くの種類の複合核が生成されます。複合核の核分裂を観測して核データを取得しますが、多核子移行反応を用いることで、一度に多くの核種のデータを取得できることが分かりますが、これまで実際に試みられたことはありませんでした。ここで重要となる測定技術は、反応の事象ごとに複合核を識別することです。本研究では、反応によって放出される様々な粒子の種類をシリコンΔE-E検出器[用語8](図2の写真)を用いて識別し、標的核に移行した中性子数と陽子数を決定することで複合核の同定に成功しました。例えば、図1において、酸素16(16O)の検出は、234Thが生成されたことを意味します。核分裂によって生成される核分裂片の質量数を決定するため、核分裂片の飛行時間分析を行って運動学的に質量を決定しました。このため、核分裂片を検出する位置検出型の多芯線比例計数管[用語9]を開発しました。234Thは、図1の例のように中性子が233Thに吸収されてできる複合核となることから、233Thの中性子入射核データを与えることとなります。この手法を一般に代理反応といいますが、本研究では核分裂質量数収率曲線を代理反応として初めて取得する方法を開発しました。

シリコンΔE-E検出器(写真)で検出された散乱粒子のスペクトル。酸素(O)、窒素(N)、炭素(C)など様々な同位体が識別できており、これに対応して複合核の核種を決定しました。
図2.
シリコンΔE-E検出器(写真)で検出された散乱粒子のスペクトル。酸素(O)、窒素(N)、炭素(C)など様々な同位体が識別できており、これに対応して複合核の核種を決定しました。

得られた成果

得られた結果を図3に示します。図からわかるように、1回の実験で14核種のデータを取得することに成功しました。このうち、231,234Th, 234,235,236Paについては、本実験により初めて取得したデータとなります。また、実験では、複合核が有する様々な励起状態を事象ごとに識別し、励起エネルギーに依存した核分裂を調べることに成功しました。これは、代理反応の視点から、入射する中性子エネルギー依存性を調べることと等価です。図3の縦の並びは、中性子エネルギーに換算した値として示しています。低い方では熱中性子~1 MeVのデータ、高い方では50 MeV入射のデータが得られました。本実験手法によれば、核種と中性子エネルギーに対するデータを1つの反応で得られることになり、多核子移行反応の有用性を示しています。

本研究では、動力学モデルによる計算を行い、実験データとの比較を行いました。このモデルでは、複合核状態にある原子核の形が時間とともに変形し、最終的に2つの核分裂片に分かれる過程をシミュレートするものです。図4に示すように、原子核は、その形状に対応したポテンシャルエネルギーを持ち、エネルギーの低いところを経由して核分裂が進むと考えます。ここで、左の図は、原子核の励起エネルギーが高い場合に原子核が感じるエネルギーを表し、このような状態は入射させる中性子のエネルギーが高い場合に生じます。しかし、励起エネルギーが低い場合、右図のようにポテンシャルエネルギーの変化が生じます。励起エネルギーが低いと、原子核の内部構造、すなわち中性子や陽子のエネルギー準位の分布が示す粗密構造(殻構造)が現れ、これに起因するエネルギー補正が必要となります。計算では、このようなミクロな効果を取り入れました。このようなポテンシャルエネルギーを基に、動力学モデルを適用することで原子核形状の時間発展をランジェバン方程式によって計算し、原子核がどのような質量数に分裂するかを調べました。このモンテカルロ法による計算結果を図3に曲線で示します。この計算では、原子核を構成する陽子や中性子が原子核表面をたたくことによって生じる原子核の局所的な振動運動を取り入れました。これにより、核分裂においては、ある平均値のまわりに揺らぎを持ちながら進展するため、結果として質量数に分布を与えます。図3に示すように、本計算結果では、特に中性子エネルギー換算で20 MeV以下のデータをよく再現しています。このような、原子核の基本的なふるまいに立脚した理論計算により、質量数収率分布を説明したのは初めてと言えます。

18O+232Th反応によって取得した14核種の核分裂片質量数収率曲線。複合核の励起エネルギーから、入射中性子エネルギーに換算した値を右に示しています。曲線は揺動散逸理論によるモデル計算の結果で、非対称な分布から対称な分布に変化する様子が再現されています。
図3.
18O+232Th反応によって取得した14核種の核分裂片質量数収率曲線。複合核の励起エネルギーから、入射中性子エネルギーに換算した値を右に示しています。曲線は揺動散逸理論によるモデル計算の結果で、非対称な分布から対称な分布に変化する様子が再現されています。

波及効果、及び、今後の展開

利用できる高純度のアクチノイド標的として、232Thのほか、238U、237Np、243Am、248Cm、249Cfなどがあります。これら一連の標的を用いた同様の実験により、核変換に必要な核種のデータをすべて取得できるのみならず、これまで未測定であった核種の核分裂過程を調べられることになります。特に中性子数の多いアクチノイド原子核の核分裂研究など、新たな領域の核分裂を調べることができます。理論に関しては、核分裂過程をより本質的な概念で記述しているため、対象とする核種やエネルギー領域を選ばない、汎用性の高いモデルであるといえます。

原子核のポテンシャルエネルギー曲面を示します。揺動散逸理論による核分裂の時間発展の様子は実線で示すようになり、平均的な軌道の周りをランダムな動き(振動)を持ちながら進んでいきます。低励起状態では、原子核の殻構造により、質量非対称な経路が生まれていますが、高励起状態では質量対称分裂にむかって核分裂が進みます。このポテンシャル曲面の変化を取り入れることで、中性子エネルギーに対する核分裂核データの評価が可能となります。
図4.
原子核のポテンシャルエネルギー曲面を示します。揺動散逸理論による核分裂の時間発展の様子は実線で示すようになり、平均的な軌道の周りをランダムな動き(振動)を持ちながら進んでいきます。低励起状態では、原子核の殻構造により、質量非対称な経路が生まれていますが、高励起状態では質量対称分裂にむかって核分裂が進みます。このポテンシャル曲面の変化を取り入れることで、中性子エネルギーに対する核分裂核データの評価が可能となります。

用語説明

[用語1] 核分裂片の質量数収率分布 : 核分裂がおこると、様々な種類の原子核が核分裂生成物として生成される。これら原子核を質量数ごとにわけ、質量数の関数として収率をプロットしたものである。通常、収率の合計が200%となるように規格化する。

[用語2] 多核子移行反応 : 原子核どうしを衝突させる場合に生じる核反応機構のひとつ。入射核と標的核との間で、中性子や陽子を交換することで、反応の後に異なる原子核が生成される。反応の特徴は、移行する核子(中性子および陽子)の数に応じて多種類の原子核が生成されるとともに、低い励起エネルギーから高い励起エネルギー状態まで連続的に生成されることである。

[用語3] 動力学モデル : 本研究で開発したモデルは、揺動散逸定理に基づく運動方程式(ランジェバン方程式)を用いた。揺動散逸定理とは、熱平衡状態において微視的な粒子の運動と巨視的に観測できる運動の間の関係を示すものであり、ブラウン運動の記述として良く知られている。これらは揺らぎと摩擦という現象として現れ、揺らぎの大きさgと摩擦の大きさをγは、系の温度をTとすると、アインシュタインの関係式 g2 = γT が成り立つ。この関係は微視的運動と巨視的運動の橋渡しの役割を担っている。核分裂モデルにおいては、微視的な運動とは原子核を構成する陽子・中性子の運動を指し、巨視的運動は原子核の形の時間的な変化を表している。

[用語4] 崩壊熱 : 核分裂の結果生じた核分裂片が、ベータ崩壊する際に放出するエネルギーが熱にかわったもの。原子炉の運転を停止しても、核分裂生成物はある寿命を持って崩壊を続けるために熱を発生し続ける。福島第1原子力発電所においては、この崩壊熱を取り除く機能が失われたために炉心が損傷した。熱量と経過時間に対する変化は、生成される核分裂生成物の種類とそれぞれの収率によって変化する。

[用語5] 遅発中性子数 : 核分裂で生成される核分裂片のいくつかの核種において、ベータ崩壊に伴って中性子が放出されることがあり、これを遅発中性子と言う。半減期が長いものとして55秒の核種がある。実際の原子炉では、この中性子を含めて臨界を維持しているが、即発中性子と異なり、ベータ崩壊の寿命に応じて中性子の放出に遅れを伴う。このため、反応度の投入に対する急激な出力の変化を防ぐことができ、原子炉の制御を行うための十分な時間余裕が生まれる。遅発中性子の数は、生成される核分裂片の核種とそれぞれの収率によって変化する。

[用語6] 長寿命マイナーアクチノイド : アクチノイドに含まれる超ウラン元素のうち、プルトニウム以外の元素の総称をマイナーアクチノイドといい、ネプツニウム、アメリシウム、キュリウムなどがある。このうち、237Np、241Am、243Amは、原子炉内の核燃料の燃焼によって生成される長寿命の原子核(長寿命マイナーアクチノイド)と言われており、この処分または管理を行うことが原子力エネルギー利用における大きな課題となっている。核変換は、これら長寿命マイナーアクチノイドを核分裂によって変換する技術である。原子力機構においても加速器駆動型未臨界炉(ADS:Accelerator-driven subcritical reactor)を用いた核変換技術の開発が行われている。

[用語7] タンデム加速器 : タンデム(TANDEM=縦に馬を二頭ならべる馬車)加速器とは、ペレットチェーンで運ばれる電荷を利用してターミナル部を高電圧に保ち、この電圧差を利用してイオンを加速している。まずは負イオンをターミナルに向けて加速し、ターミナル部でイオンを負から正に変換することで逆向きに再加速する、いわば2段回方式の加速装置の総称を指す。加速イオンのエネルギーと種類、またビーム量とビーム直径を正確に制御できる特徴があり、原子核研究分野においては精密な核反応測定ができる特徴がある。
タンデム加速器

[用語8] シリコンΔE-E検出器 : 荷電粒子が物質内で失うエネルギーΔEが核種の質量数Aと原子番号Zに依存することを利用し、反応で生成された粒子を識別する方法をΔE-E法と呼ぶ。本研究では、分解能に優れるシリコン検出器を用いてΔE-E検出器を構成した。これまでに、ΔE検出器として75 μm厚の均一性のよい検出器の開発に成功し、酸素同位体までもきれいに分離することに成功した。

[用語9] 多芯線比例計数管 : 核分裂片を検出するためのガス増幅検出器である。電極を平面とすることで、有感面積を広くとることができ、本研究では200×200 mm2を有する検出器を開発した。独立したワイヤーを並べることで電極を構成し、ガス増幅で生成された電子が集まるワイヤーを同定することで、核分裂片の入射位置を記録できるようにした。

論文情報

掲載誌 :
Physics Letters B
論文タイトル :
Fission fragment mass distributions of nuclei populated by the multinucleon transfer channels of the 18O + 232Th reaction.
著者 :
R. Leguillon1, K. Nishio1, K. Hirose1, H. Makii1, I. Nishinaka1, R. Orlandi1, K. Tsukada1, J. Smallcombe1, S. Chiba2, Y. Aritomo3, T. Ohtsuki4, R. Tatsuzawa5, N. Takaki5, N. Tamura6, S. Goto6, I. Tsekhanovich7, A.N. Andreyev1,8
所属 :
1日本原子力研究開発機構、2東京工業大学、3近畿大学、4京都大学、5東京都市大学、6新潟大学、7ボルドー大学、8ヨーク大学
DOI :

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2016年4月に新たに発足した環境・社会理工学院について紹介します。

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問い合わせ先

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(研究内容について)

先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ
サブリーダー 西尾勝久
Tel : 029-282-5454

(報道担当)

広報部 報道課長 佐藤仁昭
Tel : 03-3592-2346 / Fax : 03-5157-1950

国立大学法人東京工業大学
(研究内容について)

科学技術創成研究院 先導原子力研究所
教授 千葉敏
Email : chiba.satoshi@nr.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3066 / Fax : 03-5734-2959

(報道担当)

広報センター
Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

学校法人近畿大学
(研究内容について)

理工学部 電気電子工学科
准教授 有友嘉浩
Tel : 06-4307-3506 / Fax : 06-6727-4301

(報道担当)

広報部 石﨑重之、坂本由佳
Tel : 06-4307-3007 / Fax : 06-6727-5288


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