要点
- 火星衛星は地球の月の起源と同様に巨大天体衝突により誕生
- 火星にかつて存在した巨大衛星がフォボスとディモスの形成に重要な役割
- JAXAの火星衛星サンプルリターン計画で火星物質の持ち帰りに期待
概要
東京工業大学 地球生命研究所の玄田英典特任准教授、神戸大学の兵頭龍樹院生、ベルギー王立天文台のRosenblatt(ローゼンブラット)博士、パリ地球物理研究所/パリ・ディドゥロ大学のCharnoz(シャノーズ)博士、レンヌ第1大学の研究者らの国際共同研究チームは、火星の衛星「フォボス」と「ディモス」が月の起源と同じように巨大天体衝突(ジャイアントインパクト)で形成可能なことを明らかにした。火星で起こった巨大天体衝突による円盤形成とその円盤から衛星が作られる過程をコンピュータシミュレーションによって解明した。
火星の北半球には天体衝突で作られたと考えられている太陽系最大のクレータ(ボレアレス平原)がある。この衝突で破片が飛び散り、火星の周囲に円盤が作られる。そして、その円盤物質が集まって巨大衛星が形成された。巨大衛星は円盤外縁部を自身の重力でかき混ぜることで、フォボスとディモスの形成を促進させた。その後、巨大衛星は火星の重力に引かれて落下して消失、現在観測される二つの衛星だけが生き残っていることがわかった。
さらに火星衛星が火星から飛散した物質を多量に含むことも明らかにした。これは宇宙航空研究開発機構(JAXA)が計画検討している火星衛星サンプルリターン計画(2020年代打ち上げ予定)によって、火星衛星から火星物質を地球に持ち帰る可能性が高いことを意味する。研究成果は7月4日発行の英国科学誌「Nature Geoscience(ネイチャージオサイエンス)電子版」に掲載された。
図1.
研究の背景
火星の衛星フォボスとディモス(図1)は、火星の赤道面を円軌道で回っている。半径10km程度のフォボスとディモスは火星質量の約1000万分の1と非常に小さく、半径1,000kmを超える地球の巨大衛星(月)とは大きく異なっている。火星衛星のいびつな形状と表面スペクトルは、火星と木星の間に存在する小惑星と類似していることから、その起源は長らく小惑星が火星の重力に捕獲されたものであると考えられていた(捕獲説)。
しかし、捕獲説の場合、現在の衛星の軌道(赤道面を円軌道で公転)を説明することは極めて困難であることが指摘されている。一方で、火星の北半球には太陽系最大のクレータ(ボレアレス平原)が存在し、巨大天体の衝突で形成されたことが分かっている。このことから、巨大天体衝突による火星衛星の形成(巨大天体衝突説)も提案されていたが、今までに具体的な形成過程を明らかにした研究はなく、火星衛星の存在は謎のままだった(図2)。
- 図2.
- 近接遭遇した天体を重力によって捉える捕獲説(左)と巨大衝突によって形成された破片から衛星が集積する巨大天体衝突説(右)。図の作成者:黒川宏之(東京工業大学 地球生命研究所)
研究成果
図3.
東工大の玄田特任准教授らの国際共同研究チームはまず、ボレアレス平原を形成する巨大衝突過程の超高解像度3次元流体数値シミュレーションを行った(図3)。その結果、巨大衝突による破片の大部分は火星近傍にばらまかれて厚い円盤が形成された。さらに少量の破片が“共回転半径”[用語1]の僅かに外側までばらかまれ、薄い円盤が形成された(図4(a))。さらに、この破片円盤の約半分は火星から、残りの半分は衝突天体の物質から作られることが分かった。
次に、巨大衝突によって形成された円盤が、その後どのように進化するのかを明らかにするために、円盤進化の詳細な数値計算を行った。その結果、内側の重たい円盤からフォボス質量の約1,000倍の巨大衛星が短時間で形成され(図4(b))、残った内側の円盤との重力的な相互作用によって、より外側に移動し、その過程で円盤外縁部を重力的な効果でかき混ぜることで、外側に二つの小さな衛星(フォボスとディモス)の集積を促した(図4(c))。
その後、共回転半径の内側に存在する巨大衛星は火星重力(潮汐進化[用語2])によって引き戻され、火星と合体することで、現在観測されるフォボスとディモスのみが残ることが明らかになった(図4(d)、(e))。もし、内側に巨大衛星が形成しなかったら、円盤の外側には、フォボスやディモスよりも小さな衛星が5~10個できてしまい、現在の火星-衛星系とは異なる姿になっていただろう。
地球の月形成との比較
我々の太陽系の地球型惑星(水星・金星・地球・火星)で、地球と火星にのみ衛星が回っている。地球の月を作ったとされる衝突天体は、地球質量の10分の1程度と非常に大きく、衝突直後の地球は高速回転(自転周期4~5時間)する。その結果、地球の近い場所に共回転半径が位置することになり、月は共回転半径の外側で作られる。この場合、月は地球に落下することなく、地球による潮汐進化で地球から遠ざかっていく。
一方、火星衛星を作ったとされる衝突天体は火星質量の数%と小さめであったため、衝突後の火星は現在の自転周期(約24時間)となり、そのため、火星から遠い場所に共回転半径が位置することになり、内側で形成された巨大衛星は、フォボスとディモスの形成を促した後、火星による潮汐進化で火星に落下する。
このように衝突条件によって、月のような巨大な衛星が生き残る場合と、火星衛星のように非常に小さな衛星のみが生き残る場合とに運命が分かれたと考えられる。
今後の展開
今回の研究によって、火星衛星が巨大天体衝突によって形成可能であることがわかった。しかし、このことは必ずしも火星衛星が捕獲起源であることを否定していない。実際にどちらの説が正しいのかを決めるためには、火星衛星の物質を地球に持ち帰り、詳細に分析する必要がある。
現在日本では、JAXA/ISAS(宇宙科学研究所)が進める宇宙探査・戦略的中型計画において、火星衛星に探査機を送り、火星衛星の物質を地球に持ち帰る計画(火星サンプルリターン計画:MMX)が検討されている。2020年代の打ち上げを目指しており、近い将来、物質科学的に火星衛星の起源が明らかになるはずだ。
もし、今回の研究で示した巨大天体衝突説が正しければ、巨大天体衝突でばら撒かれた相当量の火星物質が火星衛星に含まれていることになり、米航空宇宙局(NASA)が計画しているような火星本体に探査機を着陸させて火星表面から物質を地球に持ち帰らなくても、火星衛星から火星物質を地球に持って帰ってくることが可能であることを意味している。
用語説明
[用語1] 共回転半径 : 中心惑星(火星)の自転速度と衛星の公転速度が一致する距離。
[用語2] 潮汐進化 : 中心惑星(火星)の変形により引き起こされる衛星の軌道進化。共回転半径の内側の衛星は、中心惑星に引きつけられる。反対に、共回転半径の外側の衛星は中心惑星から遠ざかる。
論文情報
論文タイトル : |
Accretion of Phobos and Deimos in an extended debris disc stirred by transient moons |
著者 : |
Pascal Rosenblatt, Sébastien Charnoz, Kevin M. Dunseath, Mariko Terao-Dunseath, Antony Trinh, Ryuki Hyodo, Hidenori Genda and Stéven Toupin |
掲載誌 : |
Nature Geoscience |
DOI : |
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「地球がどのように出来たのか、生命はいつどこで生まれ、どのように進化して来たのか」という、人類の根源的な謎の解明に挑んでいる。
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- 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)は、平成19年度から文部科学省の事業として開始されたもので、システム改革の導入等の自主的な取組を促す支援により、第一線の研究者が是非そこで研究したいと世界から多数集まってくるような、優れた研究環境ときわめて高い研究水準を誇る「目に見える研究拠点」の形成を目指している。
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