国立大学法人東京工業大学[注1](以下、東京工業大学)と株式会社富士通研究所[注2](以下、富士通研究所)は、無線装置の大容量化を目指して、72から100ギガヘルツ(以下GHz)と広い周波数範囲にわたり、高速に損失が少なく信号処理できるCMOS無線送受信チップとそのモジュール化技術を開発しました。これにより、世界最高速となる毎秒56ギガビットの無線伝送に成功しました。
近年、スマートフォンなどの普及に伴うデータ通信量の増大に対応するために、基地局間ネットワークでは、光ファイバーが用いられていますが、都市部や、河川や山間に挟まれた地域など光ファイバー通信網の敷設が困難な地域へのサービス展開が難しいという課題がありました。そのため、今回、競合する無線アプリケーションが少なく大容量の通信が可能なミリ波帯(30から300GHz)を利用した高速無線送受信技術を開発しました。
本技術により、光ファイバー通信網の敷設が困難な用途において、屋外設置可能な大容量無線装置の実現を可能にします。
本技術の詳細は、1月31日(日曜日)から米国サンフランシスコで開催される半導体技術に関する最大の会議である「国際固体素子回路会議ISSCC 2016(IEEE International Solid-State Circuits Conference 2016)」で発表します(ISSCC発表番号13.3)。
開発の背景
スマートフォンの普及に伴いデータ通信量が急激に増大しており、無線基地局とコアネットワーク、もしくは基地局間を結ぶ基幹ネットワークの大容量化が加速しています。従来、数キロメートルの広範囲をカバーするマクロセル方式が中心でしたが、近年では、数百メートル以内の小さいエリアをカバーする基地局を多数設置するスモールセル方式を組み合わせることによって通信量の増大に対応しています。
また、現在、基地局間の通信回線は、大容量なデータを伝送できる光ファイバーが主流です。建物が密集している都心部や、山間や河川などで隔たれた地域では新規に光ファイバーを敷設することが困難であり、屋外に簡便に設置できる大容量無線装置の実現が期待されています。
課題
大容量データを無線伝送するためには、広い周波数範囲を利用することが必要です。そのためには、競合する無線アプリケーションが少なく広帯域なミリ波帯(30から300GHz)の利用が適しています。しかし、ミリ波帯は、周波数が非常に高く、CMOS集積回路の動作限界に近いところで設計する必要があるため設計の難易度が高く、広帯域な信号を、高品質にミリ波帯へ周波数を変復調する送受信回路や、回路基板とアンテナを接続するインターフェース回路を低損失に実現することが困難でした。
開発した技術
今回開発したCMOS無線送受信チップと、これを搭載した無線モジュール(図1)は主に2つの技術により構成されます。
図1.
1. 送受信回路の低損失化、広帯域化技術
今回、新たに、データ信号を2つに分けて、それぞれを異なる周波数帯へ変換してから混合することで、送受信回路を広帯域化・低損失化する技術を開発しました(図2)。低帯域信号は72から82GHz、高帯域信号は89から99GHzのそれぞれ10GHz幅ごとに変復調を行います。この技術により、20GHz幅の超広帯域信号においても、低雑音で、入力と出力の電力比が一定となる範囲が従来の10GHz幅と同等となる変復調が可能になり、高品質な信号伝送を実現しています。
また、ミリ波帯に周波数変換された信号を電波として送受信するための増幅器も合わせて開発しました。周波数によって部分的に増幅率が低下してしまう信号成分に対し、出力信号の振幅を入力側へフィードバックすることで増幅率を安定化させる回路技術を用いて設計することにより、72から100GHzの超広帯域の増幅器を実現しました。
図2.
2. モジュール化技術
半導体チップ上でミリ波帯に周波数変換された信号は、プリント基板上の信号線路を伝搬してアンテナへ供給されます。アンテナは導波管(金属状の筒)で形成されているため、プリント基板と導波管の間を超広帯域、かつ低損失に接続することが必要です。プリント基板上の配線パターンを工夫することで、超広帯域向けにインピーダンス整合させた導波管と基板の間のインターフェースを開発し、所望の周波数範囲で大幅に損失を低減できました。
なお、本成果については、東京工業大学は送受信回路の低損失化、広帯域化技術を、富士通研究所はモジュール化技術を主に開発しております。
効果
室内において、10cmの距離を隔てて2台のモジュールを対向させてデータ伝送試験を実施しました。その結果、導波管と基板の間の損失について10%以下を実現し、世界最高速となる毎秒56ギガビットのデータ伝送に成功しました。
今回開発した技術に加えて、信号を増幅して伝搬距離を伸ばすための高出力増幅器技術や、超広帯域信号を処理するベースバンド回路技術を組み合わせることで、屋外設置可能な無線装置の大容量化が可能になります。これにより、新規に光ファイバーを敷設することが困難な都市部や河川を挟んだ山間部などへも無線による大容量な基地局ネットワークを展開できるようになり、快適な通信環境を提供することに貢献します。
今後
スマートフォンなどの基地局間通信向けの無線基幹回線をターゲットとして2020年頃の実用化を目指します。
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准教授 岡田健一
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