要点
- オートファジーによる膜脂質の分解酵素の実体が、リン脂質を加水分解するホスホリパーゼBタイプのリパーゼAtg15であることを発見。
- リン脂質の分解を評価できる生化学的な手法を確立し、オートファジー発見以来の謎であった膜脂質の分解メカニズムを解明。
- オートファジーによる脂質分解や代謝の理解を飛躍的に高め、がんやリソソーム病、脂質異常症などの疾患の研究に役立つ成果として期待。
概要
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の籠橋葉子大学院生(研究当時。現:ポーラ化成工業株式会社 副主任研究員)、同 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターのメイ・アレキサンダー助教、堀江朋子助教、大隅良典特任教授らの研究チームは、オートファジーによる生体膜[用語1]の分解酵素の実体が、液胞[用語2]に輸送されて活性化されたホスホリパーゼ[用語3]Atg15であることを明らかにした。
オートファジーは広く真核生物に保存された自己分解システムで、細胞内の主要な脂質分解系でもある。生体膜は主にリン脂質[用語4]から構成されているが、オートファジーによる生体膜分解のメカニズム解明はこれまでどの生物でも全く進展がなかった。
本研究は、リン脂質の分解を評価できる生化学的な手法を確立し、Atg15が基質特異性の低いホスホリパーゼBタイプのリパーゼであり、オートファジーによる膜分解の責任酵素であることを初めて見出した。同時に、Atg15の活性化には液胞内のプロテアーゼ[用語5]が必須であることを生化学的に示すことにも成功した。
本成果は、酵母でオートファジーが発見されて以来、30年間停滞していた膜脂質分解の研究を進展させた。細胞内の脂質代謝サイクルへの理解を深めるだけでなく、さまざまな代謝性疾患の研究にも役立つことが期待できる。
本成果は、「Journal of Cell Biology」に11月2日にオンライン掲載された。
背景
オートファジーは真核生物に広く保存された主要な自己分解システムの一つである。オートファジーが誘導されると、隔離膜が出現し、伸長しながら細胞質成分などを取り囲む。完成したオートファゴソーム[用語6]が液胞/リソソームと融合すると、オートファゴソームに含まれているタンパク質やRNA、膜脂質成分などが液胞/リソソーム内の加水分解酵素群によって速やかに分解/異化され、代謝変動を生み出す。これまでオートファジーはタンパク質分解システムとして広く認知されており、結果として生じるアミノ酸は栄養素として再利用されることが示されている。一方、タンパク質以外の糖、核酸、(膜)脂質などの分解については、その異化のプロセスに未解明の点が多く残されている。
オートファジーを理解するためには、オートファゴソームの内容物を最終的に分解する細胞内小器官(オルガネラ)である液胞/リソソームの理解が不可欠である。これまでの研究では、脂質分解にはリパーゼが関与することが示唆されている。しかし、液胞/リソソームで起こる膜脂質の分解メカニズムは、どの生物でも明らかにされていなかった。これまで精力的に進められてきた出芽酵母[用語7]でのオートファジー研究では、液胞内リパーゼと推定されていたAtg15と液胞内プロテアーゼであるPep4/Prb1が、オートファジックボディ[用語8]やその中に含まれる膜脂質分解に関与する因子であることが、30年も前に既に知られていた。しかし特にAtg15については、その単離の困難さから生化学的な解析が長らく阻まれており、Atg15の生化学的な性質は、膜脂質分解酵素の実体とともに現在まで解明されていなかった。
研究成果
本研究では、出芽酵母の液胞を高純度に精製し、それを用いてAtg15のリン脂質分解活性が評価できる試験管内評価系を世界で初めて構築した。続いて、その液胞抽出液に含まれるAtg15を精製することに成功した。その結果、Atg15は液胞内で唯一のリン脂質分解酵素であり、リパーゼの中でもさまざまな種類のリン脂質を分解できる基質特異性の低いホスホリパーゼBというタイプであることがわかった。また、Atg15がホスホリパーゼとして活性を持つためには、液胞内のプロテアーゼが必須であることを明らかにした。さらに、リポソームや酵母細胞から単離してきたオートファゴソーム内膜構造体であるオートファジックボディを用いて、精製したAtg15を反応させると、リポソームやオートファジックボディの膜が分解されることを示した(図1)。これらの結果から、Atg15が単独で人工膜小胞や生体膜を分解できることを実証できた。
ホスホリパーゼBタイプのリパーゼは、PCやPEなどのリン脂質の2本の脂肪酸部分を両方とも切断でき、他のタイプのリパーゼよりも「膜を完全に崩壊」させることができる。そのため、Atg15は膜分解を担う膜分解酵素=メンブレンアーゼとして非常に合理的な性質を持つことがわかった。さらに、Atg15の局在を超解像顕微鏡により解析した結果、Atg15はオートファジックボディに局在することを見出した。
本研究を実施した大隅良典特任教授が酵母オートファジー発見を初めて報告した論文(ノーベル賞の受賞理由の論文の一つ。Takeshige et al., 1992, JCB)では、液胞内のプロテアーゼを欠損させた株を用い、液胞内にオートファジックボディが複数出現することを世界で初めて発見しており、この論文がその後のオートファジー研究の爆発的発展の契機になった。しかし、膜分解には関与しないはずのプロテアーゼの欠損株でなぜオートファジックボディの膜が蓄積するのかは、実は30年もの長い間、理解されないままであった。本研究では、Atg15の精製に成功したことで、プロテアーゼとリパーゼの相互依存的な関係を解き明かし、リン脂質分解酵素の実体を生化学的に明らかにすることができた。これによって、過去の謎に再び光を当てて解き明かすことに成功し、酵母オートファジーの最初の報告と同じ雑誌Journal of Cell Biologyに掲載されることとなった。
社会的インパクト
オートファジーは、細胞内の恒常性を維持する上で重要な細胞内リサイクルシステムであり、酵母から哺乳類細胞まで高度に保存されている。オートファジーが破綻すると、がんや寿命低下、神経変性疾患などにつながることが知られている。一方、リソソームでの脂質分解・代謝・輸送の異常は、ニーマン・ピック病、神経セロイドリポフスチン病などのライソソーム病につながる。細胞内の脂質代謝への影響を通じて、リソソームのリパーゼ活性が脂質代謝に大きく影響することも考えられる。本研究は、オートファジー研究と脂質代謝をつなぐ研究を大きく進展させるものであり、本研究で得られた生体膜の分解の知見は、今後ヒトなどの脂質代謝性疾患の研究にも役立つことが期待できる。
今後の展開
ホスホリパーゼは本来、無秩序に作用するとあらゆる生体膜を分解してしまう危険を伴うため、厳密かつ巧妙な仕組みで作用していることは容易に想像できる。本研究では、Atg15の活性化には液胞内のプロテアーゼによる切断が必要なため、Atg15が液胞へ輸送されている過程では、Atg15のリン脂質分解活性は抑制されたままである可能性が示唆された。しかし、活性化したAtg15が液胞膜を分解しないのはなぜかという謎は、現時点では解決できていない。Atg15にはまだ隠された多段階の活性制御機構が存在する可能性があり、今後の研究ではその点を引き続き明らかにしていきたい。また、膜脂質分解後には脂肪酸などの脂質分解代謝物が蓄積することから、リン脂質分解後の動態も解析していきたい。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「オートファジーの生理機能の統合的理解(研究代表者:大隅良典、研究分担者:堀江朋子)」、同新学術領域「マルチモードオートファジー:多彩な経路と選択性が織り成す自己分解系の理解(研究代表者:中戸川仁、研究分担者:大隅良典)」、同基盤研究(B)「脂質からみたオートファジーの膜動態(研究代表者:堀江朋子)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業FOREST「オートファジーの脂質コード」(研究者:堀江朋子、JPMJFR214X)による支援を受けて行われた。
用語説明
[用語1] 生体膜 : タンパク質とリン脂質を基本成分として構成されている膜構造。リン脂質が疎水性部分を内側に、親水性部分を外側に向けて脂質二重層を形成している。
[用語2] 液胞/リソソーム : 細胞内小器官(オルガネラ)の一つで、ホスホリパーゼやプロテアーゼなどの種々の加水分解酵素を含む酸性の分解コンパートメント。酵母や植物細胞の場合は液胞だが、動物細胞ではリソソームが相当する。
[用語3] ホスホリパーゼ : リン脂質を加水分解する酵素。
[用語4] リン脂質 : 分子内に親水性のリン酸頭部基と疎水性のアシル基領域を持つ両親媒性化合物の総称。生体膜の主要な構成成分。代表的なリン脂質には、PC(ホスファチジルコリン)やPE (ホスファチジルエタノールアミン)、PI(ホスファチジルイノシトール)などがある。
[用語5] プロテアーゼ : タンパク質を加水分解する酵素。
[用語6] オートファゴソーム : オートファジーにより細胞質中に形成される二重膜構造体。内部に分解基質であるタンパク質、脂質、RNAなどを含む。
[用語7] 出芽酵母 : 真核生物のモデル生物であり、オートファジーも含めて、その基本的な細胞内構造や因子、代謝反応は哺乳動物まで保存されている。
[用語8] オートファジックボディ : オートファゴソームの二重膜が液胞に融合したのち、液胞内に生じる一重膜構造体。Atg15の分解標的の一つである。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of Cell Biology |
論文タイトル : |
The mechanism of Atg15-mediated membrane disruption in autophagy |
著者 : |
Yoko Kagohashi, Michiko Sasaki, Alexander I May, Tomoko Kawamata, and Yoshinori Ohsumi |
DOI : |
- プレスリリース オートファジーによる膜分解メカニズムを解明 —30年間停滞していた研究が進展し脂質分解や代謝の理解に貢献—
- オートファゴソームの“口”を大きくする因子を発見|東工大ニュース
- オートファゴソームを効率よく作る仕組みを発見|東工大ニュース
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- 顕微鏡観察がすべての出発点~あらゆる生物に備わる生存戦略「オートファジー」と出会って~ — 大隅良典|研究ストーリー|研究
- メイ・アレクサンダー・イアン Alexander Ian May|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 堀江朋子 Tomoko Horie|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 大隅良典 Ohsumi Yoshinori|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 大隅研究室
- 生命理工学院 生命理工学系
- 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター
- 科学技術創成研究院 基礎研究機構
- 科学技術創成研究院(IIR)
- 研究成果一覧
大隅良典栄誉教授が「オートファジーの仕組みの解明」により、2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。受賞決定後の動き、研究概要をまとめた特設ページをオープンしました。
「大隅良典記念基金」は、大隅栄誉教授がノーベル賞を受賞したことを機に、将来の日本を支える優秀な人材の育成などを目的として設立されました。学生の修学支援や若手研究者の研究支援などに活用します。
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター
助教 堀江-川俣朋子
Email kawamata.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5879 / Fax 045-924-5121
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