要点
- 薄膜転写技術を用いて異種材料結晶を微小な薄膜シールに加工し、シリコン光回路上に集積する「マイクロトランスファープリンティング」技術を開発。
- 本技術により、回路面積が1/10以下となる超小型の光アイソレータ作製が可能に。
- さまざまな異種材料結晶の高密度集積を可能にし、高機能かつ高性能の次世代光集積回路の実現を後押しするものと期待。
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の庄司雄哉准教授と産業技術総合研究所 プラットフォームフォトニクス研究センターの高磊(こうらい)主任研究員らの共同研究チームは、薄膜転写技術を用いて異種材料結晶を微小な薄膜シールに加工し、光回路上に集積する「マイクロトランスファープリンティング[用語1]」技術を創出し、超小型の光アイソレータ[用語2]作製に成功した。
従来、構造の異なる光学結晶同士を堆積や成長などの一般的な製造加工プロセスにより一体化することは困難とされており、高機能で高性能な光集積回路を実現する障壁となっていた。本研究では、特に加工が難しい磁気光学結晶[用語3]を1 μm以下まで薄膜化し、中空に保持されたシール構造に加工する技術を開発した。さらに、粘性のある高分子フィルムによりその微小な薄膜シールをピックアップし、シリコン光回路上の任意領域へ高精度に貼り付ける転写技術を開発した。従来に比べて1/10以下の回路面積をもつ光アイソレータの作製に成功したことで、半導体レーザや光増幅器など他の主要光素子と同程度の寸法に留まり、実現困難と予想された光源との一体集積が狙える。また、体積比は1/300となり、実装工程における再配線や保護膜形成が可能になる。これらのメリットは光回路の集積密度および信頼性の向上へつながる。
本研究成果は、東京工業大学 工学院 電気電子系の峰村大輝大学院生、同 科学技術創成研究院 庄司雄哉准教授、産業技術総合研究所 プラットフォームフォトニクス研究センター 高磊主任研究員、須藤吉克技術職員、村井俊哉研究員、山田浩治研究チーム長によって行われ、8月4日付のOPTICA(旧米国光学会)の機関誌「Optics Express」のオンライン版に掲載された。
背景
光通信システムの大容量化、長距離化、高信頼化を実現するためには、半導体レーザや光増幅器から出射される光強度ならび周波数が高度に安定化されていることが望まれている。特に、近年のデジタルコヒーレント光伝送技術[用語4]ではレーザ光源に対する要求基準は一段と厳しくなり、従来から認識されていた中・長距離伝送をはじめ、データセンターやチップスケールの近距離伝送においても、光アイソレータと呼ばれる反射戻り光をカットするための機能性光素子の集積化に大きな関心が寄せられている。その一方、高性能な光アイソレータを構成するための結晶材料は特殊であり、その動作に欠かせない磁気光学効果を発現する結晶として"イットリウム鉄ガーネット[用語5]"を組み込む必要があった。
一般的な材料製造方法として用いられる堆積法や成長法により結晶を形成する場合、下地となる結晶の格子定数の影響を受けて歪みや応力が生じるため、結晶構造の大きく異なる結晶同士を密接に一体化することは困難である。そのため、さまざまな光学材料結晶を1つの光回路に組み込んだ多機能で高性能な光集積回路はまだ実現されていなかった。本研究グループの先行研究においても、最小数ミリメートル角の面積を占有したことから、優れた半導体加工技術と高い量産性が確立されているシリコンフォトニクス技術[用語6]とは集積密度の点から整合性が得られず、残された重要な課題として認識されていた。
研究成果
本研究では、薄膜転写技術を用いて異種材料結晶を微小な薄膜シールに加工しシリコン光回路上に集積する「マイクロトランスファープリンティング」技術を開発し、従来研究と比較して回路面積が1/10以下となる光アイソレータの作製に世界で初めて成功した。
まず、別の種基板(SGGG)上に結晶成長したセリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)結晶を薄膜化し、さらに中空に保持されたシール構造に加工する技術を開発した。この薄膜シールは縦と横の長さがそれぞれ800 μmと50 μmで、厚さはわずか1 μm以下である。次に、この微小な薄膜シールを予め形状加工された高分子エラストマーフィルムに貼り付けてピックアップし、シリコンウエハ上に形成した光回路の任意の領域に高い位置合わせ精度で転写する技術を開発した(図1)。
マッハツェンダー干渉計[用語7]と呼ばれる光回路の一部にこのCe:YIG結晶の薄膜シールを転写し、光アイソレータを作製した。光通信で用いられる近赤外領域の光を入力し、外部磁場によって磁気光学効果を制御して光出力特性を測定したところ、順逆方向遮断比96%(14 dB)の良好な光学特性が得られた。
社会的インパクト
薄膜転写技術は、従来手法では困難とされている薄膜状(数μm厚以下)の異種材料を安定して光回路上へ形成し、これまでにない新しい機能や性能を実現するための手段として高い注目を集めている。本成果では、特に加工が難しいことで知られる磁気光学結晶の薄膜転写技術を開発し、世界で初めて薄膜の磁気光学結晶を集積した光アイソレータの作製に成功した。光アイソレータは、反射戻り光をカットするためにレーザ光源や光増幅器と組み合わせて用いられる光素子であり、本研究成果により、光送受信機のための光トランシーバチップの小型化、高性能化が期待される。
今後の展開
薄膜転写技術は、磁気光学結晶だけでなく化合物半導体結晶や電気光学結晶、その他の多くの高機能材料にも適用可能であり、シリコンを光回路の集積プラットフォームとした、これらの異種材料結晶を集積した高機能で高性能な次世代光集積回路の実現が期待される。
今後、光アイソレータとしての光学特性をさらに引き上げるほか、複数素子の一括形成や信頼性検証など、実用化や量産化へ向けた研究開発を一段と加速していく。
付記
本研究は、東京工業大学と産業技術総合研究所との共同研究として行われ、東京工業大学では磁気光学結晶の加工および光回路の設計、作製、評価を行い、産業技術総合研究所では磁気光学結晶のシール加工とマイクロトランスファープリンティングによる転写プロセスを実施した。
この成果は、主として国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「官民による若手研究者発掘支援事業」により助成を受けた。
用語説明
[用語1] マイクロトランスファープリンティング : マイクロメートル(1/1,000 mm)サイズに加工した薄膜材料を、粘性のある高分子フィルムにより持ち上げ、任意の場所に転写する技術。
[用語2] 光アイソレータ : 光の伝搬する方向によって光の透過率が異なる光回路。
[用語3] 磁気光学結晶 : 結晶の磁化の向きや強さに応じてその結晶中を透過する光の感じる屈折率や吸収率が変化する磁気光学効果を生じる結晶。
[用語4] デジタルコヒーレント光伝送技術 : 光信号の振幅・位相・偏波といった物理量をデジタル的に取り込み、高度な信号処理により広帯域の伝送を行う技術。
[用語5] イットリウム鉄ガーネット : 鉄などの磁性金属とイットリウムなどの希土類金属を含んだ酸化物結晶で、ガーネット構造と呼ばれる結晶構造をもつ。
[用語6] シリコンフォトニクス技術 : 半導体産業で利用される微細加工技術を用いてシリコン基板上に発光素子や受光器、光変調器といった素子を集積する技術。
[用語7] マッハツェンダー干渉計 : 光を2つに分けた後に何らかの操作により位相差を与えてから再び結合することで、出力する光の強度を操作できる光回路。
論文情報
掲載誌 : |
Optics Express |
論文タイトル : |
Compact magneto-optical isolator by μ-transfer printing of magneto-optical single-crystal film on Silicon waveguides |
著者 : |
Daiki Minemura, Rai Kou, Yoshikatsu Sutoh, Toshiya Murai, Koji Yamada, Yuya Shoji |
DOI : |
- プレスリリース 薄膜転写による異種材料結晶の集積技術を開発 —光アイソレータの回路面積を1/10以下に—
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