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リュウグウの炭酸塩から酸素濃度・ガス分子種の変遷を解読 炭素・酸素同位体比に基づく天体進化モデルを構築 形成・変質過程の手がかりに

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要点

  • 小惑星リュウグウの試料の炭酸塩粒子に対して、酸素・炭素の両方の分析を初めて網羅的に行った。
  • リュウグウに含まれる方解石と苦灰石の同位体比変動の違いがわかった。
  • 炭酸塩粒子から、リュウグウにおける酸素濃度・存在するガス分子種の変遷を解読することに成功した。
  • 今回の結果は、リュウグウの母天体の形成時、揮発性の高い成分が固体(氷)として取り込まれたことを示唆する。
  • 小惑星採取のサンプルや隕石の酸素・炭素の両方の分析は、小惑星や母天体の変質過程の解明にきわめて有効であり、今回の研究でそのモデルを示した。

概要

茨城大学 大学院理工学研究科(理学野)の藤谷渉准教授、北海道大学 大学院理学研究院の川﨑教行准教授および圦本尚義教授、東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の横山哲也教授、東京大学 大学院理学系研究科の橘省吾教授らの研究チームは、探査機はやぶさ2が回収した小惑星リュウグウの試料を分析し、リュウグウにおける酸素濃度や存在するガス分子種の変遷を明らかにしました。

本研究では、リュウグウの試料における炭酸塩鉱物(方解石および苦灰石)に含まれる炭素と酸素の同位体の存在量比を調べました。すると、方解石では炭素・酸素どちらの同位体比も異なる粒子の間で大きな変動がある一方、苦灰石ではほとんど変動は見られませんでした。この分析結果は、方解石はリュウグウにおける変質作用の初期、温度や酸素濃度が上昇中、ガス分子種の割合が変化しているときに形成され、一方、苦灰石は系が平衡状態にあり、より高温で、ガスの中で二酸化炭素の割合が相対的に高い状態で形成されたことを示唆します。

こうした炭酸塩鉱物の同位体組成は、これまでの隕石研究では報告されていませんでした。このことから、リュウグウや隕石の母天体はそれぞれ異なる物質から構成され、独特の環境で進化したと言えます。

この成果は、2023年7月10日、Nature Geoscience誌に掲載されました。

背景

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機はやぶさ2は小惑星リュウグウから表層の物質を回収し、2020年12月に地球に試料を届けました。2021年の6月から初期分析が行われ、北海道大学の圦本尚義教授がリードする「化学チーム」は、リュウグウ試料の化学組成・同位体比[用語1]から、リュウグウ試料はイヴナ型炭素質コンドライト[用語2]と類似しており、水を多量に含み、母天体[用語3]上で水による岩石・有機物の変質作用が顕著に起こっていることを明らかにしました。リュウグウ試料から、惑星の前駆体である小天体上での変質作用に伴う物質の進化が明らかになることが期待されています。

一方で、リュウグウにおける変質作用の環境、例えば、温度・水溶液の組成・酸素フガシティ[用語4]・共存するガス分子の種類などは、元の物質が変質作用を経て現在のリュウグウの姿になるまでの過程を決定づける重要な要素ですが、これまでその変遷は明らかになっていませんでした。

研究手法・成果

初期分析の一環として、本研究チームでは、リュウグウ試料およびイヴナ隕石に含まれる炭酸塩鉱物(方解石:CaCO3および苦灰石:CaMg(CO3)2)の炭素・酸素同位体比を測定しました。炭酸塩鉱物は、リュウグウやイヴナ隕石の母天体において、水溶液から沈殿したと考えられる物質で、変質作用の環境に関する情報を保持しています。

同位体比測定は北海道大学の二次イオン質量分析計[用語5]を用いて行われました。特に方解石は粒子が10 µm以下と小さいため(図1)、1つの粒子に対して炭素と酸素の両方の分析を行うためには極微小領域の分析技術が必要でした。本研究チームでは、1 µmまで小さく絞ったビームを照射して分析する技術を独自に開発し、方解石・苦灰石の分析を網羅的に行うことに初めて成功しました。

図1 リュウグウ試料中の方解石の電子顕微鏡像(反射電子)

図1. リュウグウ試料中の方解石の電子顕微鏡像(反射電子)

分析の結果、方解石では炭素・酸素どちらの同位体比も異なる粒子の間で大きな変動がある一方、苦灰石ではほとんど変動は見られませんでした(図2)。同位体比は、粒子が形成した温度および共存する水溶液やガスの同位体比を反映します。酸素同位体比の変動は、粒子が形成した温度の変化と、岩石との反応による水の酸素同位体比の変化で説明できますが、炭素同位体比の変動はそれらだけでは説明できません。本研究チームでは、炭酸塩鉱物と共存する二酸化炭素・一酸化炭素・メタンなど炭素を含むガス分子種の割合が変化すれば、炭素同位体比の変動を最も合理的に説明できると考えました。それらのガスおよび炭酸塩鉱物との間には、同位体分別[用語6]と呼ばれる現象による同位体比の差異が生じるためです。それらのガスの割合は酸素フガシティに依存し、より高い酸素フガシティにおいては二酸化炭素の割合が高くなります。したがって、方解石はリュウグウにおける変質作用の初期、温度と酸素フガシティが上昇中、二酸化炭素・一酸化炭素・メタンの存在量が変化しているときに形成されたと結論しました。一方、苦灰石は系が平衡状態にあり、温度と酸素フガシティがより高く、ガスの中で二酸化炭素の割合が相対的に高い状態で形成されたと考えられます。以上の考察は、リュウグウやイヴナ隕石の母天体が形成したときに、二酸化炭素・一酸化炭素・メタンなど揮発性の高い成分が固体(氷)として取り込まれていたことを示唆しています。

図2. リュウグウ試料およびイヴナ隕石中の方解石、苦灰石の炭素・酸素同位体比。方解石は苦灰石に比べて大きな変動を示す。水-岩石反応、温度上昇、酸素フガシティ上昇に伴う同位体比の変化は矢印で模式的に示す。
図2.
リュウグウ試料およびイヴナ隕石中の方解石、苦灰石の炭素・酸素同位体比。方解石は苦灰石に比べて大きな変動を示す。水-岩石反応、温度上昇、酸素フガシティ上昇に伴う同位体比の変化は矢印で模式的に示す。

今後の展望

本研究で得られたような炭酸塩鉱物の同位体組成は、これまでの隕石研究では報告されていませんでした。このことから、リュウグウや隕石の母天体はそれぞれ異なる物質から構成され、独特の環境で進化したと言えます。今後の研究で、リュウグウや隕石の構成物質、特に揮発性成分(水や二酸化炭素、有機物など)の量や種類が後の進化に与える影響について明らかになっていくと考えられます。ところで、これまでの研究から、リュウグウの母天体は太陽から遠く離れた領域で形成したことが示唆されています。そのような極低温の領域で、どのような揮発性成分がどの程度の量で母天体に含まれるかという点も、今後の興味深い研究対象です。

用語説明

[用語1] 同位体 : 原子番号(=陽子数)が等しい同じ元素において、質量数が異なる(つまり、中性子数が異なる)もの。同位体の存在量比を同位体比といい、炭素・酸素の場合は13C/12C比および17O/16O比・18O/16O比である。

[用語2] イヴナ型炭素質コンドライト : イヴナ隕石に代表される希少な隕石グループ。水や有機物などを豊富に含む。その元素存在量は太陽系全体の平均組成に近い。

[用語3] 母天体 : 隕石などの起源天体(多くは小惑星)のことを母天体と呼ぶ。リュウグウは小惑星であるが、その密度や空隙率から、より大きな天体が破砕した岩片が再集積して形成したと考えられており、ここではその元の天体のことを母天体と呼んでいる。

[用語4] フガシティ : 理想気体の圧力に相当し、実在気体においても化学平衡を扱うことができるように導入される熱力学の概念。

[用語5] 二次イオン質量分析計 : 固体試料の表面にイオンビーム(一次イオン)を照射し、発生するイオン(二次イオン)を質量で分離して検出することで、試料の化学組成・同位体比を定量する手法。

[用語6] 同位体分別 : 同位体の質量の違いによって原子・分子の性質に違いが生じ、同位体の相対的な存在量を変わるような過程。ここでは、2つの共存する物質の間で同位体比の差異が生じることを指す。

論文情報

掲載誌 :
Nature Geoscience
論文タイトル :
Carbonate record of temporal change in oxygen fugacity and gaseous species in asteroid Ryugu(炭酸塩鉱物が記録する小惑星リュウグウでの酸素フガシティおよびガス種の時間的変遷)
著者 :
Wataru Fujiya*, Noriyuki Kawasaki, Kazuhide Nagashima, Naoya Sakamoto, Conel M. O'D. Alexander, Noriko T. Kita, Kouki Kitajima, Yoshinari Abe, Jérôme Aléon, Sachiko Amari, Yuri Amelin, Ken-ichi Bajo, Martin Bizzarro, Audrey Bouvier, Richard W. Carlson, Marc Chaussidon, Byeon-Gak Choi, Nicolas Dauphas, Andrew M. Davis, Tommaso Di Rocco, Ryota Fukai, Ikshu Gautam, Makiko K. Haba, Yuki Hibiya, Hiroshi Hidaka, Hisashi Homma, Peter Hoppe, Gary R. Huss, Kiyohiro Ichida, Tsuyoshi Iizuka, Trevor R. Ireland, Akira Ishikawa, Shoichi Itoh, Thorsten Kleine, Shintaro Komatani, Alexander N. Krot, Ming-Chang Liu, Yuki Masuda, Kevin D. McKeegan, Mayu Morita, Kazuko Motomura, Frédéric Moynier, Izumi Nakai, Ann Nguyen, Larry Nittler, Morihiko Onose, Andreas Pack, Changkun Park, Laurette Piani, Liping Qin, Sara S. Russell, Maria Schönbächler, Lauren Tafla, Haolan Tang, Kentaro Terada, Yasuko Terada, Tomohiro Usui, Sohei Wada, Meenakshi Wadhwa, Richard J. Walker, Katsuyuki Yamashita, Qing-Zhu Yin, Tetsuya Yokoyama, Shigekazu Yoneda, Edward D. Young, Hiroharu Yui, Ai-Cheng Zhang, Tomoki Nakamura, Hiroshi Naraoka, Takaaki Noguchi, Ryuji Okazaki, Kanako Sakamoto, Hikaru Yabuta, Masanao Abe, Akiko Miyazaki, Aiko Nakato, Masahiro Nishimura, Tatsuaki Okada, Toru Yada, Kasumi Yogata, Satoru Nakazawa, Takanao Saiki, Satoshi Tanaka, Fuyuto Terui, Yuichi Tsuda, Sei-ichiro Watanabe, Makoto Yoshikawa, Shogo Tachibana, and Hisayoshi Yurimoto
*Corresponding author
DOI :

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Tel 029-228-8387

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准教授 川﨑教行

Email kawasaki@ep.sci.hokudai.ac.jp
Tel 011-706-3586

北海道大学 大学院 理学研究院

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Email yuri@ep.sci.hokudai.ac.jp
Tel 011-706-9173

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系

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Email tetsuya.yoko@eps.sci.titech.ac.jp
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