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酵素-DNA複合体ネットワークによる3種マイクロRNAの同時検出 乳がん早期診断の実現に向けて

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群馬大学 大学院理工学府 分子科学部門 神谷厚輝助教、同 大学院理工学府 物質・生命理工学教育プログラム 博士前期課程2年 豆生田葵衣、東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 瀧ノ上正浩教授らは、配列特異性の高いDNA分子を結合した酵素の可逆的な近接と分離の制御システムを構築し、乳がんの罹患で体内発現量が増加する3種のマイクロRNA[用語1]配列の共在を検出することに成功しました。本システムはがん早期診断への応用が期待されます。この成果は、2023年6月27日に米国化学会誌のAnalytical Chemistryに掲載され、掲載号のSupplementary Coverに選出されました。

酵素-DNA複合体ネットワークによる3種マイクロRNAの同時検出

細胞内は生体分子が密集しており、この混雑環境がエネルギー合成や代謝などの連続した酵素反応を効率よく進めるために重要な役割を果たします。本研究では、効率的な反応を実現した細胞内環境を模倣するために、DNAを介して酵素を近接させた酵素-DNA複合体ネットワークを構築しました。この複合体は、相補鎖RNAやRNA分解酵素などの添加で近接と分離を制御でき、さらには近接・分離に応じた酵素反応の制御が可能になりました。また、この酵素-DNA複合体を利用して、がんなどの腫瘍細胞で発現がみられるマイクロRNA(miRNA)と呼ばれる短い核酸のなかで、乳がん患者が特異的にもつ3種類のmiRNAを同時に検出しました。

ポイント

  • DNAを介した酵素の可逆的な近接・分離制御と生成量の制御
  • 乳がんの罹患で体内発現量が増加する3種類のマイクロRNAを同時検出

概要

細胞質内ではDNAやタンパク質などの生体分子が密集して存在し、酵素が関わる生体内反応は効率よく起こります。このような効率的な反応の場である細胞内環境を模倣するため、試験管内で酵素を近接させる様々な試みが行われてきましたが、酵素の近接と分離を動的に変化させた酵素反応の制御をしたシステムはありませんでした。我々は高効率かつ制御可能なバイオリアクタ[用語2]の創成を目標とし、外部刺激に応答して一本鎖への分離と二本鎖の形成を繰り返すDNA鎖を結合した酵素複合体を作製しました。相補鎖RNAなどの外部刺激に応答して生じる酵素-DNA複合体の近接・分離の様子は複合体の直径測定や透過電子顕微鏡によって観察されました。さらに、酵素同士の近接によって、最終的に得られる生成物の量が遊離状態の酵素を用いた時の約7倍にまで増加したことを明らかにしました。

また、マイクロRNA(miRNA)と呼ばれる短いRNA鎖は特定の腫瘍細胞で異常発現することが知られており、がんの早期診断のためのバイオマーカー[用語3]として利用する研究が進んでいます。酵素同士をつなぐDNAに3種のmiRNAを認識する配列をもたせた酵素-DNA複合体を作製することで、乳がん患者が特異的にもつ3種のmiRNA存在下で分離して酵素反応を抑制するシステムを構築することができました。本システムは、がん早期診断への応用が期待されます。

研究の詳細

細胞質内ではDNAやタンパク質などの生体分子が高密度に存在し、エネルギー合成や代謝などの酵素カスケード反応が効率的に進行します。このように効率的な反応を実現した細胞内環境を試験管内で模倣するための試みとして、ポリマーやナノカプセルなどを用いた酵素近接化が行われてきましたが、近接と分離を可逆的に制御した酵素反応のON/OFFスイッチングの実現には至っていませんでした。我々は高効率かつ制御可能なバイオリアクタの創成を目標とし、外部刺激に応答して一本鎖への分離と二本鎖の形成を繰り返すDNA鎖を結合した酵素-DNA複合体を作製しました(図1)。ここでは逐次反応を順に触媒する3種の酵素と、互いに相補的な配列で三又構造を形成する3種のDNAを準備し、酵素1種につきDNA1種を結合した計3種の酵素-DNAを用いています。酵素-DNAを常温で混合し、動的光散乱法により流体力学的直径を測定すると、74.4 ± 4.18 nmであり、そこへDNA分解酵素を添加すると20.8 ± 5.25 nmに減少したことから、DNAを介して酵素がネットワーク化されたことが示されました。さらに、酵素同士の近接によって、酵素カスケード反応で得られた最終生成物量が遊離状態の酵素で触媒した時の約7倍にまで増加したことを明らかにしました。

図1 DNAを介した酵素の可逆的な近接・分離制御

図1. DNAを介した酵素の可逆的な近接・分離制御

また、マイクロRNA(miRNA)と呼ばれる短いRNA鎖は特定の腫瘍細胞で異常発現することが知られており、がんの早期診断のためのバイオマーカーとして利用する応用研究が進んでいます。酵素同士をつなぐDNAに3種のmiRNAを認識する配列をもたせた酵素-DNA複合体を作製し、3種のmiRNA存在下では分離して酵素反応を抑制するシステムを構築しました。酵素近接状態の流体力学的直径は236.0 ± 11.31 nmであり、そこへ3種のmiRNAを加えると33.5 ± 2.76 nmに減少し、透過型電子顕微鏡による直接観察においても3種のmiRNA存在下で酵素-DNA複合体ネットワークが分離した様子が観察されました(図2)。さらに、近接状態から分離状態への形態変化で酵素カスケード反応の最終生成物量の減少がみられ、希薄なmiRNAを検出し、酵素反応を通して検出シグナルを増幅できることが示されました。

図2 酵素-DNA複合体を用いた3種miRNAの同時検出

図2. 酵素-DNA複合体を用いた3種miRNAの同時検出

社会に対する成果の還元、今後の展望

本研究では、DNAを介して3種の酵素をネットワーク化して近接させることで、分離状態と比較してより多くの最終生成物を得ることができました。さらに、酵素-DNA複合体ネットワークを乳がんのバイオマーカーである3種のmiRNAの同時検出に応用することができました。この研究成果は酵素同士の近接が酵素反応の効率を向上させる可能性を示唆したものであり、miRNA検出によるがん診断バイオセンサや環境センシング、エネルギー生産のためのバイオリアクタとしての応用を目指しています。

謝辞

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究(B)JP22H01874、基盤研究(A)JP20H00619、学術変革領域研究(A)JP20H05935、 JP23H04398および卓越研究員事業からの支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] マイクロRNA : 生体内でタンパク質翻訳遺伝子の調整を担う20-25塩基程度の短いRNA一本鎖。

[用語2] バイオリアクタ : 酵素などの生体触媒を利用し、常温・常圧などの温和な条件で化学反応を行う反応器。

[用語3] バイオマーカー : 疾患の有無や進行度の指標となるタンパク質や遺伝子等の生体分子。

論文情報

掲載誌 :
Analytical Chemistry
論文タイトル :
Control of Reversible Formation and Dispersion of the Three Enzyme Networks Integrating DNA Computing
著者 :
Aoi Mameuda, Masahiro Takinoue and Koki Kamiya
DOI :

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教授 瀧ノ上正浩

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