要点
- 貴金属・希少金属や毒性元素を使用しない、新しいCO2変換固体光触媒を開発。
- 可視光を駆動力としてCO2を変換。
- 過去最高レベルの性能でCO2をギ酸に変換することに成功。
概要
東京工業大学 理学院 化学系の鎌倉吉伸特任助教(研究当時)と前田和彦教授、関西学院大学 理学部 化学科の田中大輔教授らの研究グループは、金属-有機構造体[用語1]からなる固体光触媒を開発し、可視光を利用してCO2からギ酸[用語2]を高い選択率[用語3]かつ高いみかけの量子収率[用語4]で得ることに成功した。
光エネルギーを化学エネルギーへと変換する光触媒としては、可視光で駆動する高性能なCO2還元光触媒である金属錯体が知られている。しかしその多くは希少金属や貴金属を主成分としているため、資源制約やコストの観点から、普遍元素からなる固体光触媒の開発が求められていた。
研究グループは、スズを中心金属とする金属-有機構造体に注目し、CO2変換の固体光触媒として応用したところ、この触媒が可視光照射により構造変化を起こしながら、99%以上の選択率でCO2をギ酸へと変換することがわかった。またみかけの量子収率は、貴金属・希少金属を用いずにCO2をギ酸へと変換する、従来の単一成分固体光触媒の3.6倍の値を示した。本研究で得られた成果は、金属-有機構造体をプラットフォームとした、貴金属・希少金属を用いないCO2変換の固体光触媒の新たな材料設計指針を与えるものと期待される。
研究成果は5月8日、ドイツ化学誌「Angewandte Chemie International Edition」にて、オンライン版が速報として掲載された。
- 図1.
- 開発したスズ系CO2変換光触媒。可視光を駆動力とし、非毒性の地球豊富元素からなるシステムにより、高選択かつ高活性でCO2をギ酸に変換する。
背景
近年の社会問題であるCO2の増加を解決する方法の一つとして、CO2を有用な化学物質に変換する触媒技術があげられる。特に、光エネルギーを化学エネルギーに変換する光触媒は、常温常圧下での反応駆動が可能なために注目されている。その中でも固体光触媒の開発は、反応後に反応物と触媒の分離が容易、触媒の回収が容易などの理由から重要である。同時に、再生可能エネルギーの有効利用の観点から、太陽光のおよそ半分を占める可視光の利用も欠かせない。これまで開発されてきたCO2を変換する可視光応答型の固体光触媒システムのほとんどは、ルテニウムや銀のような貴金属や希少金属を必要としている。しかし資源制約やコストの観点からは、普遍元素からなる固体光触媒を用いてCO2を変換することが望ましい。
前田教授らはこれまでに、鉛からなるMOF光触媒[Pbtadt]n(KGF-9, H2tadt = 1,3,4-チアジアゾール-2,5-ジチオール)[参考文献1]が、可視光照射下で高い選択率とみかけの量子収率でCO2をギ酸に変換できることを見出していた。しかしながら有毒な鉛を用いているため、希少・貴金属を含まず、非毒性の元素のみで構成される高活性CO2変換触媒の開発が強く望まれていた。
研究成果
研究グループは、スズイオンからなるMOFに注目し、CO2変換の光触媒としての可能性を検討した。本研究では、田中教授らが過去に開発した[SnII2(Httc)2·MeOH]n(KGF-10; H3ttc=トリチオシアヌル酸、MeOH=メタノール、図2)[参考文献2]に注目した。この材料は550 nm程度までの可視光を吸収することができるMOFである。このKGF-10に可視光を照射すると、それに応答してCO2をギ酸に高選択的かつ高効率に変換できることがわかった(図3)。また、KGF-10は光触媒反応初期段階にその構造を変化させ、その後触媒反応が定常的に進行していることが示唆された。この結果から、MOFを初期構造とし、反応中に構造が変化することで光触媒反応が進行するという、新たな光触媒プラットフォームの実現が期待される。
今回開発した光触媒では、最適化した触媒反応条件でのギ酸の生成選択率は99%以上、みかけの量子収率は9.8%(照射波長400 nmでの値)に達した。これらの値は、貴金属・希少金属を含まない単一成分光触媒システムの中では世界最高値である。従来の鉛からなるKGF-9の光触媒システムと比べても、そのみかけの量子収率は3.6倍となり、スズ系MOFの光触媒材料が有望であることが示された。
- 図2.
- 本研究で注目したKGF-10の(a)反応スキームと(b)結晶構造
- 図3.
- (a)ギ酸生成の時間経過。種々の実験により、初めの30分程度で構造が変化してから直線的にギ酸が生成していることから、光触媒反応と確認された。(b)KGF-10の吸収とみかけの量子収率の作用スペクトル[用語5]。KGF-10の吸収(赤線)が530 nm付近から急激に立ち上がっているのに対して、ギ酸生成のみかけの量子収率(青点)も同様に540 nmからその値が立ち上がっており、KGF-10が吸収した光エネルギーが光触媒反応に利用されていることを示している。
社会的インパクト
これまでに開発されてきた多くのCO2変換光触媒は、貴金属や希少金属を含むものや、光吸収と触媒作用の機能分担が不可欠な2成分以上を必要とするものだった。先に前田教授らが開発したMOF型の高活性CO2光触媒は、これらの課題点をクリアしていたものの、毒性がある鉛を用いている点が問題となっていた。
本研究で開発した光触媒KGF-10はスズを金属元素として利用しているため、従来の可視光応答型光触媒と比べて資源的制約が少なく、コストも抑えられる。さらに毒性が低く環境負荷を低減できるため、社会実装に向けて重要な設計指針を与えることが期待できる。
今後の展開
今回開発に成功したCO2変換の光触媒は、非常に高い活性を示す一方で、触媒反応中に構造変化を起こしていることがさまざまな実験から確かめられている。しかしながら、構造変化後の活性な光触媒の構造は明らかになっていない。今後、実際に光触媒反応を起こしている構造の決定を行うことにより、さらに高性能な非毒性で希少・貴金属を含まないCO2変換光触媒の設計指針が立ち、実際にその指針に沿った新たな高活性なCO2変換光触媒の開発が見込まれる。
付記
本研究は、神奈川大学工学部物質生命化学科の本橋輝樹教授らと共同で行われた。また、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP20J13900、JP20H02577、JP22K20553、JP22H05142、JP22H05143、JP22H05148、JP23H04637)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(JPMJCR20R2)の助成を受けて行われた。
用語説明
[用語1] 金属-有機構造体 : 金属イオンに、配位子と呼ばれる有機物からなる分子やイオンが配位結合を介して無限に連なった構造を有する固体。使用する金属と配位子の組み合わせにより、さまざまな性能を発現する。
[用語2] ギ酸 : 最も簡単なカルボン酸で、工業的に大量に製造されている。主な利用法として、防腐剤や抗菌剤が挙げられる。触媒を用いて分解することにより、水素と二酸化炭素が生成するため、水素貯蔵材料としても注目されている。
[用語3] 選択率 : 複数の生成物を与える化学反応における、全生成物量に対する目的生成物の割合。
[用語4] 量子収率 : ある反応系が吸収した光子数に対して、生成物を生成するために使用された電子数の割合。散乱等の理由で反応系が吸収した光子数を厳密に計数できない場合、「みかけの量子収率」として入射光子の全吸収を仮定して計算される。
[用語5] 作用スペクトル : ある光反応を定量的に測定し、各波長の単色光がその反応をひき起こす効率を縦軸、波長を横軸にして表したもの。吸収した光が反応に利用されたのかどうかを判断する材料になる。
参考文献
[1] Yoshinobu Kamakura, Shuhei Yasuda, Naoki Hosokawa, Shunta Nishioka, Sawa Hongo, Toshiyuki Yokoi, Daisuke Tanaka, Kazuhiko Maeda, ACS Catal. 2022, 12, 10172
[2] Yoshinobu Kamakura, Satoshi Fujisawa, Koki Takahashi, Hiroki Toshima, Yuka Nakatani, Hirofumi Yoshikawa, Akinori Saeki, Kazuyoshi Ogasawara, Daisuke. Tanaka, Inorg. Chem. 2021, 60, 12691
論文情報
掲載誌 : |
Angewandte Chemie International Edition |
論文タイトル : |
Tin(II)-Based Metal–Organic Frameworks Enabling Efficient, Selective Reduction of CO2 to Formate under Visible Light |
著者 : |
Yoshinobu Kamakura, Chomponoot Suppaso, Issei Yamamoto, Ryusuke Mizuochi, Yusuke Asai, Teruki Motohashi, Daisuke Tanaka, Kazuhiko Maeda |
DOI : |
10.1002/anie.202305923 オープンアクセス |
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教授 田中大輔
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