要点
- 陽イオンを包接したトリジマイト型構造を取るBaAl2O4の酸素の一部をH−に置き換えることで、結晶構造中の空間に窒素の活性化に重要な電子を安定化できる新材料を開発
- 三次元的に連結したAlO4四面体骨格の隙間に電子が保護され、大気にさらしても安定
- この新材料をコバルト触媒と組み合わせることで、ルテニウムなどの貴金属触媒なしに低温下でも高いアンモニア合成活性を達成し、水素を生かした脱炭素社会へ貢献
概要
東京工業大学 物質理工学院 材料系のJiang Yihao(ジャン・イーハオ)大学院生(博士後期課程2年)、元素戦略MDX研究センターの北野政明教授と細野秀雄栄誉教授らの研究グループは、充填トリジマイト型構造[用語1]を持つアルミン酸バリウム「BaAl2O4」内の酸素の一部をヒドリドイオン(H‒)[用語2]に置き換えるとエレクトライド[用語3]の「BaAl2O4-xHy:e‒z」となり、さらにこの新材料をコバルト触媒の担体[用語4]として用いると、既存のルテニウム触媒よりはるかに高いアンモニア合成活性が実現することを発見した。
水素社会の構築に向けて、再生可能エネルギー由来の水素をアンモニアに変換する「グリーンアンモニア[用語5]合成」に注目が集まり、そのための触媒開発が世界中で行われるようになった。なかでも環境負荷を低く抑えられる低温でのアンモニア合成については、H‒を有する触媒材料が有効に働くことが報告されているが、そうした材料のほとんどには「大気に暴露すると活性が大幅に低下する」という課題があった。
コバルト触媒の活性を高めるこの新材料「BaAl2O4-xHy:e‒z」では、三次元的に連結したAlO4四面体がカゴ状の骨格をつくり、結晶構造の内部の空間にH‒や電子が安定した形で取り込まれて保護されるため、大気中での安定性が向上する。そのため従来のH‒を含む材料の弱点を克服することができた。また、空間に取り込まれた電子による強力な電子供与性と格子中に取り込まれたH‒の効果により、コバルト触媒表面での窒素解離と水素化を大幅に促進できる。その結果、コバルト触媒として世界最高レベルの性能を実現した。
研究成果は4月27日付(現地時間)に米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン速報版に公開された。
背景
アンモニアは、窒素肥料や窒素含有化成品の原料であり、化学産業の基幹物質でもある。さらに近年では、クリーンエネルギーとして期待を集める水素を高い密度で含み、貯蔵・輸送する水素キャリア[用語6]としても注目されるようになった。
現在、工業的なアンモニア合成では、天然ガスなどの化石資源を水蒸気とともに触媒存在下、高温で反応させることで得られた水素を利用し、高温(400−500℃)および高圧(10−30 MPa)を必要とするハーバー・ボッシュ法により大量生産されている。しかしこの方法では、水素を作るのに、副産物として大量の炭酸ガスが発生してしまうという問題があり、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを利用してCO2を排出しない方法で生成した水素を利用しながらアンモニアを合成する「グリーンアンモニア合成」の実現が重要な課題とされてきた。このため、低温・低圧という温和な条件において、高効率で作動する触媒の開発が求められている。
そうした温和な条件下でのアンモニア合成で最も高い活性を示す触媒としては、ルテニウムが知られており、近年は、H‒を有する触媒材料が、ルテニウムなどの遷移金属触媒上でのアンモニア合成を大幅に促進できることが本グループを含め国内外の多くの研究者によって報告もされている。しかし、ルテニウムは貴金属であるため実用面で課題がある。さらに、これまで報告されたH‒を有する材料のほとんどは、大気に暴露すると触媒活性が大幅に低下する点も課題であった。したがって、非貴金属であるコバルトなどを触媒に利用し、そのアンモニア合成を大幅に促進できる安定な材料が求められていた。
研究の手法と成果
1. エレクトライド「BaAl2O4-xHy:e‒z」の生成
北野教授らの研究グループは充填トリジマイト型構造を有するBaAl2O4(図1a)に着目し、BaAl2O4の一部の酸素をH‒で置き換えることによって、結晶中の間隙ケージ[用語7]部分に電子を安定化し、電子が陰イオンとして機能するエレクトライド化できることを見出した(図1b)。元素分析を行ったところ、この新物質の組成はBaAl2O3.66H0.40:e‒0.28であることが判明した。
2. 「BaAl2O4-xHy:e‒z」を担体として用いたコバルト触媒の性能評価
続いて、BaAl2O4-xHy:e‒zを担体として用い、それに触媒作用を持つコバルトを担持[用語8]したものを触媒(Co/BaAl2O4-xHy:e‒z)として用いて、アンモニア合成を行った(図2)。
コバルトはルテニウムと比較して窒素解離能力が低く、図2のように9気圧、400℃以下という温和な条件下では効率よくアンモニアを合成できない。実際に、酸化物であるBaAl2O4にコバルトを担持した触媒(Co/BaAl2O4)は、ほとんどアンモニア合成活性を示さなかった。一方、エレクトライドであるBaAl2O4-xHy:e‒zにコバルトを担持したCo/BaAl2O4-xHy:e‒z触媒は、この条件下でも効率よくアンモニアを生成し、Co/BaAl2O4触媒よりも100倍以上高い性能を示した。さらに、Co/BaAl2O4-xHy:e‒z触媒が必要とする活性化エネルギーは、Co/BaAl2O4触媒が必要とする活性化エネルギー(100.5 kJ mol−1)の約半分となる48.9 kJ mol−1で、低温でも効率よく働くことが示された。このことにより、Co/BaAl2O4-xHy:e‒z触媒の活性は、当研究グループが以前報告しているエレクトライドC12A7: e‒上にCoを担持した触媒を凌駕することが明らかになった。
3. 触媒(Co/BaAl2O4-xHy:e‒z)の作用機構の解明
次に、触媒(Co/BaAl2O4-xHy:e‒z)によるアンモニア合成の作用機構を解明するため、速度論[用語9]解析やコンピュータを用いてDFT[用語10]計算などを行ったところ、仕事関数[用語11]が非常に低いBaAl2O4-xHy:e‒zの表面からCoへの電子供与が起こり、Co上での窒素解離が大幅に促進されていることが明らかとなった。また、触媒(Co/BaAl2O4-xHy:e‒z)を用いて窒素と同位体[用語12]水素(D2)からアンモニア合成を行うと、重アンモニア(ND3)よりもアンモニア(NH3)が優先して生成されることが確認された。これは、Co表面で気相の水素(D2)解離により生成した水素種よりも、BaAl2O4-xHy:e‒z中のH‒が優先的にアンモニア生成に使われることを示している。このように、BaAl2O4-xHy:e‒zから電子が供与されるだけでなく、その格子に含まれるH‒によってもアンモニアの生成が促進されていることが示唆された。
4. 新素材BaAl2O4-xHy:e‒zの大気中の安定性の評価
水素化物[用語13]としてH‒を有する物質の多くは、大気に暴露すると不可逆的に酸化してしまい、触媒活性が大きく低下する。実際に、水素化物であるBaH2を大気に暴露させると速やかに酸素や水と反応してBa(OH)2に変化してしまい(図3a)、いったんBa(OH)2が形成されるとBaH2へと再生することは不可能である。一方、BaAl2O4-xHy:e‒zは三次元的に連結したAlO4四面体骨格を持ち、H‒と電子が保護されているため、大気にさらされた後もその構造は維持される(図3a)。また、Co/BaAl2O4-xHy:e‒z触媒について、アンモニア合成活性試験の後、大気に暴露した後で活性を再度評価すると、表面へのCO2吸着などの影響で活性が低下するが、600℃で水素還元処理すると元の活性に回復した(図3b)。従来の水素化物系触媒では、大気に暴露すると不可逆的に酸化が起こるため水素処理しても活性は復活しない。再生処理後のCo/BaAl2O4-xHy:e‒z触媒は、元の触媒とほぼ同量のH‒を有しており、この触媒が大気中での高い安定性を持つことが明らかとなった。
社会的インパクト
水素社会の構築に向け、低温低圧での高性能なアンモニア合成触媒の開発が世界中で進められており、近年、その競争は激化している。コバルトのような非貴金属で高性能なアンモニア合成を実現するためには、H‒を有する水素化物が非常に有効であることが多くの研究者によって報告されているが、大気中で不安定であることが大きな欠点として実用化に向けた最大の障壁となっていた。本研究において見いだされた新材料BaAl2O4-xHy:e‒zおよびこれを担体として活用したCo/BaAl2O4-xHy:e‒z触媒は、H‒を有する材料であるにもかかわらず大気中において安定であり、従来材料よりも高いアンモニア合成活性を実現している。今回の発見は、グリーンアンモニア合成プロセスの実用化を加速させ、カーボンニュートラルの実現に貢献することが期待される。
今後の展開
これまでアンモニア合成のための触媒では、高い触媒活性と大気に対する安定性は相反し、その両立は困難であるとされてきた。今回の研究では、既存の概念にとらわれない革新的な材料設計により、その両方を兼ね備えた触媒を実現している。今後、触媒の作動原理などをより詳細に解明できればさらなる性能の向上が期待でき、その他の新たな触媒材料の創出にもつながると期待される。今後はそのための新しい触媒設計指針を立てていくことなどが、グリーンアンモニア合成のような新たなプロセスの社会実装に向けた鍵となると考えている。
付記
今回の研究成果は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR203A)、科学研究費助成事業(JP22H00272、JP21H00019)、JST未来社会創造事業(JPMJMI21E9)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP21012)、つばめBHB株式会社との共同研究の支援によって実施された。
用語説明
[用語1] 充填トリジマイト型構造 : リンケイ石(トリジマイト/tridymite)と同様、四面体を取る化合物が頂点となる酸素によって連結された空間内に、金属カチオンなどの陽イオンが取り込まれ(充填され)ている構造(図1 (a)参照)。本研究で用いたBaAl2O4においては、それぞれのAlO4四面体が頂点となる酸素を共用しながら六員環(6つの原子が環状に結合した状態)を作り、負の電荷を持った空間内にBa2+が充填されているため、電荷中性が保たれている。
[用語2] ヒドリドイオン : 負の電荷を持った水素イオン(H‒)。水素のそれ以外の形態としては、電荷を持たない原子状水素(H0)や、正の電荷を持った水素イオン(プロトン、H+)がある。
[用語3] エレクトライド : 電子化物ともいい、電子が陰イオンとして機能する化合物の総称。電子と、正に帯電した骨格がイオン結合したもの。
[用語4] 担体 : ある物質の運び手となるもの。化学分野においては、触媒作用を持つ金属などの物質の活性を上げるために用いられる支持体や希釈剤などを指す。一般的には触媒となる金属などの表面積を大きくして凝集を防ぐために用いられているが、付着・希釈される金属と一体となって触媒特性を大幅に向上させるタイプの担体も開発されている。本研究で担体として用いたBaAl2O4-xHy:e‒zは後者にあたる。
[用語5] グリーンアンモニア : グリーン水素(風力や太陽光などの再生可能エネルギーを使って、CO2を排出しない方法で生成された水素)を原料として生成されたアンモニア。
[用語6] 水素キャリア : 水素を貯蔵・輸送するための媒体となる化学物質。アンモニアは、窒素原子1つに水素原子が3つ付いており、多くの水素を貯蔵できる。さらに、水素と比べて、簡単に液化できるため、水素の貯蔵・輸送を行うために便利な物質として注目されている。
[用語7] 間隙ケージ : 結晶構造内に生じるかご(ケージ)状の空間。
[用語8] 担持 : 土台となる担体[用語4]に触媒となる金属などを付着させること。
[用語9] 速度論 : 化学反応の速度を解析することで、反応のメカニズムや化学反応の本質を明らかにするための解析手法である。
[用語10] DFT(Density Functional Theory/密度汎関数理論) : 原子、分子、固体などの電子状態を調べるために用いられる量子力学の手法であり、基底状態のエネルギーは電子密度の汎関数として与えられるというホーヘンベルク・コーンの定理をもとにした計算法である。化学反応の機構を原子や電子のレベルで明らかにするための手法として用いられている。
[用語11] 仕事関数 : 物質表面から1個の電子を無限遠まで取り出すのに必要な最小エネルギーのことであり、この値が小さいほど、電子が飛び出しやすく、電子を与えやすいことを意味する。
[用語12] 同位体 : 原子番号が同じで、質量数が異なる原子。アイソトープまたは同位元素とも言い、原子核中の陽子数は同じだが、中性子数が異なる。水素の同位体としては地上の水素の大半を占める1Hのほか重水素2H(元素記号D/ジューテリウム)または3H(T/トリチウム)がある。D2は重水素原子が2個結合したもの。
[用語13] 水素化物 : 水素と水素より陽性の元素との化合物で、水素がH-を持つものを指す。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society |
論文タイトル : |
Boosted Activity of Cobalt Catalysts for Ammonia Synthesis with BaAl2O4-xHy Electrides (BaAl2O4-xHyエレクトライドによるアンモニア合成コバルト触媒の活性向上) |
著者 : |
Yihao Jiang1、Ryu Takashima(高島龍)1、Takuya Nakao(中尾拓哉)1、Masayoshi Miyazaki(宮崎雅義)1、Yangfan Lu2、Masato Sasase(笹瀬雅人)1、Yasuhiro Niwa(丹羽尉博)3、Hitoshi Abe(阿部仁)3、Masaaki Kitano(北野政明)1,4、Hideo Hosono(細野秀雄)1,5 (1:東京工業大学、2:Chongqing University、3:高エネルギー加速器研究機構、4:東北大学、5:物質・材料研究機構) |
DOI : |
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