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酸化スズの新しい結晶多形の合成に成功 人工光合成への応用に期待

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要点

  • 簡易な水熱法で直方晶の四酸化三スズ(Sn3O4)の合成に成功。
  • 従来の酸化スズよりも幅広い可視光を吸収することが可能。
  • 二酸化炭素を還元できる光触媒として、人工光合成などへの応用に期待。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の劉揚新大学院生(研究当時)、宮内雅浩教授、防衛大学校の田邉豊和准教授、三菱マテリアルの山口健志主任研究員らの研究グループは、酸化スズの新しい結晶多形[用語1]である、直方晶[用語2]の四酸化三スズ(Sn3O4)の合成に成功した。

以前から、可視光を吸収して光触媒活性を示す安価で安定な酸化物半導体が求められてきた。近年、そうした酸化物半導体の一つとして単斜晶[用語3]のSn3O4が報告され、可視光照射下で水から水素を生成する光触媒機能をもつことが確認されている。一方、本研究で合成に成功した直方晶Sn3O4は、単斜晶Sn3O4よりも幅広い可視光を吸収することができる。この直方晶Sn3O4は、光吸収によって生成した電子の還元力が強いため、二酸化炭素を還元できる光触媒として、人工光合成への応用が期待できる。

本研究では、直方晶Sn3O4を温和で簡易な水熱法で合成することができた。さらに、水熱法の条件のうち、反応容器内の気相酸素量を制御することで、結晶多形を作り分けることに成功した。こうした水熱法の知見は、酸化スズの合成にとどまらず、これまでに報告例のない結晶多形や新物質の合成につながることも期待される。

本研究成果は、ドイツ化学誌「Angewandte Chemie International Edition」にて、オンライン版が3月13日に掲載された。

背景

代表的な光触媒である二酸化チタン(TiO2)は、紫外線を吸収して水から水素燃料を生成することができるが、バンドギャップ[用語4]が広いため、太陽光エネルギーの半分以上を占める可視光を吸収することができない。一方、可視光の照射で光触媒活性を示す材料は、タンタルのような高価な金属元素を含んでいたり、安定性や毒性の問題がある硫化物やセレン化物で構成されているなどの課題があった。比較的安価で毒性が低く、安定な酸化物半導体の一つとしては二酸化スズ(SnO2)が知られるが、そのバンドギャップはTiO2と同様に広く、可視光を吸収することができない。また、一酸化スズ(SnO)のバンドギャップは極めて狭いため、光励起した正孔・電子の十分な酸化・還元力が期待できず、SnOの光触媒活性の報告例は少ない。

近年になって、可視光を吸収できる酸化スズとして、2価と4価のスズイオンからなる混合原子価酸化物である四酸化三スズ(Sn3O4)を水熱法で合成できることが報告された。このSn3O4の結晶構造は単斜晶で、可視光応答型光触媒として機能することが確認されている。一方、本研究では、これまであまり考慮されなかったSn3O4合成時の水熱反応条件を見直し、反応容器に占める原料溶液の割合を変化させて、気相の酸素量を制御するようにした。こうした方法により、従来の単斜晶Sn3O4よりもさらにバンドギャップが狭く、励起電子の還元力の高い直方晶のSn3O4の合成に成功した(図1)。

直方晶Sn3O4の結晶構造(c軸方向の投影図、グレーの球がスズイオン、赤の球が酸素イオン)

図1. 直方晶Sn3O4の結晶構造(c軸方向の投影図、グレーの球がスズイオン、赤の球が酸素イオン)

研究成果

本研究では、Sn3O4を合成するための出発原料として、塩化スズ、クエン酸三ナトリウム、水酸化ナトリウムを所定の割合で水に溶解・混合した原料溶液を準備した。そのうえで、容積100 mLの水熱反応容器に占める原料溶液の割合(溶液占有率)を20~80%の範囲で変化させた4通りの条件において、それぞれ180 ℃ × 12時間の水熱処理を行った(図2 (a))。得られた粉末のX線回折(XRD)パターン(図2 (b))は、溶液占有率が20%の場合には、従来から知られる単斜晶Sn3O4の回折パターンの文献値とほぼ同様の結果となった。一方、溶液占有率40%では単斜晶Sn3O4とは異なる未知の回折ピークが出現し、占有率60%以上になると未知の回折ピークが支配的となった。また、溶液占有率20%の条件であっても、容器内の気相部分を窒素で満たすことで、同様の未知の回折ピークが出現した。この結果から、水熱反応条件のうち、反応容器の気相部分の酸素量が、生成物の結晶構造に大きな影響を与えていることが明らかになった。

これらの未知の回折ピークの結晶構造を同定するために、回折パターンをICDD[用語5]のデータベースと照合したところ、鉛(Pb)を含む直方晶のSnPb2O4の回折パターンと類似していた。しかしながら、後述の化学組成分析の結果が示すように、本研究で合成した物質には鉛が含まれておらず、ICDDのデータベースには存在しない物質であった。

図2 水熱反応容器の原料溶液占有率を変化させる合成方法の模式図(a)とそれぞれの原料溶液占有率で合成した粉末のXRDパターン(b)

図2. 水熱反応容器の原料溶液占有率を変化させる合成方法の模式図(a)とそれぞれの原料溶液占有率で合成した粉末のXRDパターン(b)

溶液占有率を80%として合成し、未知の回折ピークを示した試料について、走査透過型電子顕微鏡(STEM)とエネルギー分散型X線分析(EDS)で組織観察・化学組成分析をおこなった。その結果、合成した試料がロッド状の形状を有していることがわかった(図3(a))。EDSによって複数のポイントの化学組成を分析したところ、いずれもSn/Oの比が、Sn3O4のSn/O比である3/4にほぼ一致し、他の元素からなる顕著な不純物はみられなかった。また、原子分解能の高角度環状暗視野STEM像(図3(b))では、本物質が直方晶のSn3O4の結晶構造であると仮定し、その<111>方向から電子線を入射したときに想定される像、すなわちスズイオンがダンベル状に周期的に配列している構造が観察できた。さらに、直方晶の結晶構造を想定して、粉末XRDの結果からリートベルド法[用語6]による解析をおこない、得られた結晶格子定数をもとに第一原理計算によって構造最適化をおこなった。その結果、3つの結晶軸のうち2軸の長さが非常に近い直方晶の構造に収束したことから、この結晶構造が安定に存在することが計算結果からも示唆された。

図3 溶液占有率80%で合成した物質のEDSマッピング像(a)と、原子分解能の高角度環状暗視野STEM像(b)

図3. 溶液占有率80%で合成した物質のEDSマッピング像(a)と、原子分解能の高角度環状暗視野STEM像(b)

第一原理計算で最適化した直方晶の結晶構造モデルに対し、Bader電荷分析[用語7]によってスズイオンの電荷分布を計算した。その結果、2価のスズイオン(Sn(II))と4価のスズイオン(Sn(IV))の比が2:1であることがわかった。また、X線光電子分光法によってスズイオンの化学状態を解析したところ、Sn(IV)からなるSnO2や、Sn(II)イオンからなるSnOとは異なるスペクトル形状を示した。以上の結果から、本研究で合成した物質は直方晶のSn3O4であって、スズイオンの価数を考慮した化学式はSn(II)2Sn(IV)O4と表されることが明らかになった。

次に、合成したSn3O4の光吸収特性を実験的に評価した(図4 (a))。従来の単斜晶Sn3O4のバンドギャップが2.4 eVだったのに対し、直方晶Sn3O4では2.0 eVであった。吸収可能な光の波長に換算すると、単斜晶Sn3O4は517 nmまでの光を吸収できるのに対し、直方晶Sn3O4はさらに長波長の620 nmまで吸収することができた。これらのバンドギャップの大小の違いは、第一原理による理論計算結果の傾向とも一致した。また、光電子収量分光法[用語8]によって求めた価電子帯[用語9]位置と、図4 (a)の光吸収特性から得られたバンドギャップの値によって、伝導帯[用語10]の位置を見積もった結果、直方晶Sn3O4の伝導帯下端のエネルギーは単斜晶Sn3O4のそれよりも高いレベルにあり、直方晶Sn3O4における励起電子の高い還元力が示唆された(図4(b))。

我々の研究グループはさらに最近の別の研究によって、この直方晶Sn3O4への可視光照射によって二酸化炭素を還元できることを確認している。

Sn3O4の光吸収特性(a, 縦軸は吸収係数×光エネルギーの平方根)と、光吸収特性と光電子収量分光法から実験的に求めたバンド構造(b)

図4. Sn3O4の光吸収特性(a, 縦軸は吸収係数光エネルギーの平方根)と、光吸収特性と光電子収量分光法から実験的に求めたバンド構造(b)

社会的インパクト、今後の展開

今回合成に成功した直方晶Sn3O4はバンドギャップが狭く、励起電子の還元力が高い。このため、より広範囲の可視光を吸収して二酸化炭素を還元できる光触媒として、人工光合成システムへの応用が期待できる。

本研究では、SnPb2O4との類似性からSn3O4の結晶構造を直方晶に帰属させたが、正方晶[用語11]の結晶構造と極めて近いため、今後は結晶性の高い試料の合成を試みて、精密な結晶構造解析を行う予定である。

また、本研究の直方晶Sn3O4は、温和で簡易な水熱法で合成することができた。今回、直方晶Sn3O4の合成成功のポイントになったのは、水熱反応条件における原料溶液の容器占有率や気相部分の酸素濃度だった。ここから得られた、気相の酸素量がSn3O4の結晶生成・成長に大きな影響を及ぼすという知見は、酸化スズの合成だけでなく、他の酸化物の新しい結晶多形や新物質の合成にも役立つことが期待される。

付記

本研究は、東京工業大学に設置された「三菱マテリアル サステナビリティ革新協働研究拠点」における共同研究の一環としておこなわれた。

用語説明

[用語1] 結晶多形 : 同じ化学式で結晶構造の異なる物質。例えば、二酸化チタン(TiO2)ではルチル型やアナターゼ型構造の結晶多形が知られる。

[用語2] 直方晶 : 三本の結晶軸の長さがそれぞれ異なり、三本の結晶軸が互いに直交する結晶。英語ではorthorhombicと表わされる。

[用語3] 単斜晶 : 三本の結晶軸の長さがそれぞれ異なり、二組の結晶軸が直交するが、もう一軸は直交しない結晶。英語ではmonoclinicと表わされる。

[用語4] バンドギャップ : 電子に占有された帯状軌道の上端と、非占有の帯状軌道の下端とのエネルギーの差。このエネルギー差よりも大きなエネルギーをもつ光を照射すると、占有軌道から非占有軌道に電子が励起する。

[用語5] ICDD : International Centre for Diffraction Dataの略。粉末XRD回折のデータを収集し、データベースを編集している非営利組織。

[用語6] リートベルド法 : 粉末XRDの回折パターンを、結晶構造やピーク形状などに関するパラメーターから計算される回折パターンで最小二乗法を用いてフィッティングすることにより、結晶構造やピーク形状などに関するパラメーターを精密化する方法。

[用語7] Bader電荷分析 : 第一原理計算の結果から得られた三次元電荷密度分布をもとに、原子と原子の間の電荷密度が極小値をとる位置を境に実空間を分割することで、境界内側の電荷密度を各原子に帰属させて価数を分析することができる方法。

[用語8] 光電子収量分光法 : 試料物質のイオン化ポテンシャルを分析する法。試料物質が半導体の場合、価電子帯上端の位置を見積もることができる。

[用語9] 価電子帯 : 電子が占有されている帯状の軌道。

[用語10] 伝導帯 : 電子が占有されていない帯状の軌道。伝導帯の下端が高いほど、光照射によって励起された電子の還元力が高い。

[用語11] 正方晶 : 三本の結晶軸のうち二本の長さが等しく、三本の結晶軸が互いに直交する結晶。英語ではtetragonalと表わされる。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Synthesis and Characterization of the Orthorhombic Sn3O4 Polymorph
著者 :
Yang-Shin Liu, Akira Yamaguchi, Yue Yang, An Niza El Aisnada, Sho Uchida, Hideki Abe, Shigenori Ueda, Kenji Yamaguchi, Toyokazu Tanabe, and Masahiro Miyauchi*
DOI :

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