要点
- 特定遺伝子の細胞核内局在および転写状態を生きた細胞で観察可能な新規技術を開発
- 転写を開始したRNAポリメラーゼを生細胞で観察する技術を開発
- 本技術を利用することで、遺伝子の転写状態に応じて特定のタンパク質が遺伝子近傍に集積することを世界ではじめて解明
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの木村宏教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の落合博准教授、大石裕晃研究員、山本卓教授、九州大学 生体防御医学研究所の大川恭行教授らのグループは、生細胞内の特定内在遺伝子の転写と関連タンパク質の同時イメージングから、転写調節因子と転写活性の時空間的な関係を明らかにしました。本研究成果は、「Nature Communications」オンライン版に令和4年12月20日の19時(日本時間)に掲載されました。
研究成果
ヒトの身体は30兆個以上の細胞から構成されています。個々の細胞は、組織や器官によって機能が異なっています。例えば、造血幹細胞は血液細胞を生み出す機能がありますが、毛の成長に関与する毛母細胞は血液細胞を生み出すことはできません。このような細胞の機能の違いは、「遺伝子」の発現の違いによって生み出されます。すべての細胞は同じセットのDNAを核[用語1]の中に持っており、DNA上にはタンパク質を生み出すための情報(遺伝子)が記載されています。ヒトでは約3万種類の遺伝子があると言われており、細胞の種類によって発現している遺伝子セットが異なっています。遺伝子はRNAへと情報が移され(転写)、RNAからタンパク質が合成(翻訳)されます。すなわち、細胞種によって生み出されるRNAやタンパク質の種類が異なり、それによって細胞の機能が異なります。
遺伝子からRNAへの転写を担うのはRNAポリメラーゼIIという酵素です。遺伝子が転写される場合、連続的に転写されるON状態と、ほとんど転写されないOFF状態が断続的に切り替わることが最近わかってきました(図1)。これまで、ON状態の遺伝子領域の周辺に、転写に関連する因子が集まる様子が観察されていましたが、OFF状態でのタンパク質因子との関係はわかっていませんでした(図2)。
- 図2.
- ON状態における転写関連因子のクラスター形成。OFF状態においてこれらクラスターが遺伝子近傍に存在しないのか、クラスターが存在し続けるのかは不明でした。そのため、転写関連因子のクラスター形成そのものが動的な転写を制御しているのかどうかは不明でした。
そこで本研究では、遺伝子の機能を阻害することなく、特定遺伝子の細胞核内局在および転写状態を可視化できる技術、Spliced TetO REpeAt, MS2 repeat, and INtein sandwiched reporter Gene tag (STREAMING-tag)システムを確立しました(図3A)。従来の遺伝子の転写活性を計測する方法では、ON状態のみを検出するため、OFF状態では遺伝子が細胞内のどこにあるのか可視化できませんでした。本技術ではOFF状態でも遺伝子の場所を把握できるため、OFF状態においてどのようなタンパク質因子が近傍に集積しているのかを調べることができます。また、STREAMING-tagシステムでは、転写が開始されてまもなくの状態の遺伝子の細胞核内局在を把握することができます。従来技術で用いられている「タグ」はタンパク質の翻訳に悪影響を与えることが知られており、遺伝子の最も下流の最終的にタンパク質に翻訳されない領域に挿入されることが一般的でした。そのため、実際にRNAポリメラーゼIIによって転写が開始してから、「タグ」によって転写活性が可視化されるためには時間的なズレがあり、実際に転写開始した際の遺伝子周辺の状況を把握できないという問題がありました。STREAMING-tagでは、挿入による遺伝子機能の阻害効果を最小限に抑えることで、RNAポリメラーゼIIによって転写が開始される領域周辺に挿入することができるため、転写がONになった直後の様子を観察できます(図3B)。
本システムを適用したマウス胚性幹細胞で、RNAポリメラーゼII(RPB1)と、転写活性化に重要な役割を担っているコアクティベーター(BRD4)[用語2]、メディエイター(MED19、MED22)[用語3]を蛍光タンパク質で標識し、生細胞イメージングを実施しました。その結果、RPB1とBRD4タンパク質は、ON状態の遺伝子の近傍でのみ集積することがわかりました(図3C)。一方で、MED19およびMED22に関しては、ON状態OFF状態関係なく、遺伝子の近傍に集積することが明らかとなりました。
- 図3.
- (A)STREAMING-tagシステムの概要。(B)STREAMING-tagシステムを利用した遺伝子領域(mTetR-GFP)および転写活性状態(MCP-RFP)の可視化。(C, D)遺伝子領域の拡大写真。STREAMING-tagシステムに加えて、RPB1(C)およびBRD4(D)を同時に可視化しています。ON状態では転写活性状態を示すMCPの輝点が認められますが、OFF状態では認められません。
RPB1のC末ドメインに存在する繰返しアミノ酸配列は、転写過程でリン酸化されることが知られています。転写開始前にはリン酸化されておらず、転写開始時には5番目、転写開始後の伸長反応時には2番目のアミノ酸(セリン)がリン酸化されることがわかっています。そこで、生きた細胞で活性化型RNAポリメラーゼを特異的に検出するため、活性化の指標であるRPB1のC末ドメインの5番目と2番目のセリンのリン酸化(それぞれRNAPII S5ph、RNAPII S2ph)(図4A)に特異的な抗体をもとに作製した遺伝子コード型の生細胞プローブ mintbody(modification-specific intracellular antibody)を利用することにしました。RNAPII S5phは本研究の過程で新規に作製されました。
STREAMING-tagシステムが適用された細胞に、RNAPII S5phおよびRNAPII S2ph mintbody を発現させて、生細胞イメージングを実施しました。その結果、RNAPII S5phおよびRNAPII S2ph mintbodyは、RPB1と同様にON状態の遺伝子の近傍で集積することがわかりました。さらに、ON状態においてRNAPII S5ph mintbodyはRNAPII S2ph mintbodyに比べてより遺伝子の近傍に位置することが明らかとなりました。RNAPII S5phは転写が開始された直後の状態を意味しています。すなわち、遺伝子の転写開始点近傍に挿入されたSTREAMING-tagは、より転写開始点近傍の転写状態を定量できていることを示しています(図4B)。
本研究では、新規技術STREAMING-tagシステムを利用して、ON状態の遺伝子領域周辺にRPB1やBRD4がクラスターを形成することを見出しました。これら因子のクラスター化が動的な転写を制御している可能性があります。また、MED19およびMED22に関しては、転写活性に関わらず遺伝子の近傍でクラスターを形成していました。これらは、OFF状態において、新たにRPB1やBRD4のクラスターを形成するための足場となっている可能性が考えられます(図4B)。
本研究では、マウス胚性幹細胞に発現する遺伝子の転写に着目しましたが、STREAMING-tagシステムは様々な細胞種や遺伝子、生物種に応用が可能です。本技術を利用することによって、複雑で動的な転写発現制御の基本原理を明らかにすることが可能となり、生物の発生や分化、また、様々な疾患発症機構の解明などに役立つことが期待されます。
- 図4.
- (A)RNAPII-ser5ph mintbody。(B)本研究で明らかとなったON/OFF状態における各種転写関連因子の遺伝子近傍での集積。
用語説明
[用語1] 核 : 哺乳類細胞では、DNAは細胞内の核と呼ばれる場所に保管されています。
[用語2] コアクティベーター(BRD4) : コアクティベーターとは、転写活性化に誘引する転写関連因子の一種です。コアクティベーターの一つとしてBRD4が知られています。
[用語3] メディエイター(MED19、MED22) : メディエイターとは、コアクティベーターの一種のタンパク質複合体です。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
STREAMING-tag system reveals spatiotemporal relationships between transcriptional regulatory factors and transcriptional activity |
著者 : |
Hiroaki Ohishi1, Seiru Shimada1, Satoshi Uchino3, Jieru Li4, Yuko Sato3,5, Manabu Shintani1, Hitoshi Owada1, Yasuyuki Ohkawa6, Alexandros Pertsinidis4, Takashi Yamamoto1,2, Hiroshi Kimura3,5, *, Hiroshi Ochiai1,2, * |
Affiliations : |
1 広島大学 大学院統合生命科学研究科 2 広島大学 ゲノム編集イノベーションセンター 3 東京工業大学 生命理工学院 4 Structural Biology Program, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA 5 東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 6 九州大学 生体防御医学研究所 |
DOI : |
- プレスリリース 遺伝子の活性化をリアルタイムで検出する「STREAMING-Tag」システムを開発
- 細胞内で破壊された核膜の修復機構におけるラミン分子の役割を解明|東工大ニュース
- 生細胞内タンパク質の量と動態を蛍光抗体で観察することに成功|東工大ニュース
- 蛹期に備えて幼虫脂肪体のオートファジーは抑制される|東工大ニュース
- 遺伝子の転写の「伸長」場所は動きやすいことを発見|東工大ニュース
- DNA複製へのスイッチ、鍵は何?|東工大ニュース
- 組織の細胞集団に潜む幹細胞のエピゲノム解析手法を開発|東工大ニュース
- 細胞内抗体プローブを用いて遺伝子の転写が活性化している細胞を生体内で特定することに成功|東工大ニュース
- 同一の細胞から複数のエピゲノム情報を同時に検出する技術開発に成功|東工大ニュース
- 発生過程の胚での最初の遺伝子発現のきっかけを作る重要なヒストン修飾を発見|東工大ニュース
- ヒストンタンパク質の翻訳後修飾の可視化に成功 エピジェネティックマークを色で観察する細胞内抗体プローブ開発|東工大ニュース
- 生細胞イメージングのための新しい分子ツールを開発|東工大ニュース
- 世界初!ヘテロクロマチンによる染色体異常の抑制を発見|東工大ニュース
- 世界初、単一細胞での遺伝子発現制御解析に成功|東工大ニュース
- 世界初!受精卵のエピゲノム編集に成功 細胞分化制御やDNA組換えを伴わない遺伝子治療などへの応用に期待|東工大ニュース
- 受精卵から体の様々な細胞や組織に分化する仕組みの解明~エピゲノムの研究~ — 木村宏|研究ストーリー|研究
- 木村宏教授がロバート・フォイルゲン賞を日本人初受賞|東工大ニュース
- 木村研究室
- 木村宏 Hiroshi Kimura|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター
- 科学技術創成研究院(IIR)
- 生命理工学院 生命理工学系
- 広島大学 大学院統合生命科学研究科
- 九州大学 生体防御医学研究所
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
広島大学大学院統合生命科学研究科
准教授 落合博
Email ochiai@hiroshima-u.ac.jp
Tel 082-424-4008
広島大学大学院統合生命科学研究科
教授 山本卓
Email tybig@hiroshima-u.ac.jp
Tel 082-424-7446
東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター
教授 木村宏
Email hkimura@bio.titech.ac.jp
Tel 045-924-5742
九州大学 生体防御医学研究所
教授 大川恭行
Email yohkawa@bioreg.kyushu-u.ac.jp
Tel 092-642-6216
取材申し込み先
広島大学広報室
Email koho@office.hiroshima-u.ac.jp
東京工業大学 総務部 広報課
Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661
九州大学 広報室