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新型プロトン伝導体を発見し、高いプロトン伝導度のメカニズムを解明 燃料電池やセンサーの発展に向けた材料開発を加速

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要点

  • 最高クラスの伝導度を示す、化学置換が不要な新型プロトン伝導体を発見
  • 第一原理分子動力学シミュレーションにより、高いプロトン伝導度の原因を解明
  • 燃料電池の低コスト化と用途拡大に向け、優れたプロトン伝導体の開発指針を提示

概要

東京工業大学 理学院 化学系の村上泰斗特任助教(研究当時)、八島正知教授、および豪州原子力科学技術機構(ANSTO)のアブディーフ・マキシム(Avdeev Maxim)博士(研究当時は東京工業大学客員研究員兼務)らの研究グループは、中低温域で高いプロトン(H+、水素イオン)伝導度を示す新材料β-Ba2ScAlO5[用語1]を発見した。さらに第一原理分子動力学シミュレーション[用語2]を行い、この新材料のプロトン伝導メカニズムを明らかにした。

現在実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は動作温度が高いため、低コスト化と用途拡大のために中低温域(300~600℃)で高いプロトン伝導度を示す材料が求められている。従来の候補材料であるペロブスカイト型プロトン伝導体[用語3]では、高い伝導度を実現するために化学置換[用語4]が必要であり、安定性や高純度試料の合成に難があった。一方、六方ペロブスカイト関連酸化物[用語5]は近年、化学置換を行うことなく高いプロトン伝導度を示す新材料として注目されているが、その伝導メカニズムはよく分かっていなかった。

今回、六方ペロブスカイト関連酸化物β-Ba2ScAlO5が化学置換なしでも高いプロトン伝導度を示すことを見出した。さらにこの新材料が示す、「結晶構造における二種類の層の両方がプロトン伝導に重要な役割を担う」という新しいプロトン伝導メカニズムを明らかにした。今後、この全く新しいメカニズムに基づくプロトン伝導体の設計が可能になり、新型プロトン伝導体開発の一層の進展が期待される。

本研究成果は、2022年12月19日に国際学術誌「Advanced Functional Materials」電子版に掲載された。

背景

プロトン伝導体は、プロトン(H+)伝導を示す物質であり、水素ポンプや水素センサー、プロトン伝導性燃料電池(PCFC:プロトンセラミック燃料電池ともいう)など、幅広い分野への応用が可能なクリーンエネルギー材料として期待されている。イオン半径と酸化数が小さいプロトンは、拡散のエネルギー障壁が低く、酸化物イオンよりも低温で比較的高い電気伝導度を示す。そのため、プロトン伝導体を電解質として用いることで、酸化物イオン伝導体を固体電解質に用いた従来の固体酸化物形燃料電池(SOFC)と比べて、デバイス(PCFC)の作動温度を低くできると期待されている。

しかし、中低温域(300~600℃)で十分に高いプロトン伝導度を示す材料の報告は少なく、既存材料の研究はAMO3ペロブスカイト型構造など特定の結晶構造の材料に集中している(ここでAは比較的大きい陽イオン、Mは比較的小さな陽イオン)。このことから、プロトン伝導体の発展のためには、さらなる材料開発が必要とされている。

既存のプロトン伝導体のほぼ全ては、母物質のままでは高い伝導度を示さないことが知られており、伝導度向上のためには、化学置換によって結晶構造内の酸素サイトに酸素空孔[用語6]を導入する必要がある。水蒸気がプロトン伝導体と反応すると、この酸素空孔にH2OのOが取り込まれ、生成したプロトンが材料中を拡散することでプロトン伝導が起こる。そのため、一般的に高いプロトン伝導度を実現するためには化学置換が必要不可欠である。しかし、化学置換は不純物相の増加や生成物の不安定化をもたらしやすいため、高い安定性を示す高純度試料の合成は困難だった。

六方ペロブスカイト関連酸化物は、広義のペロブスカイトの一種であり、さまざまな結晶構造や物理的・化学的特性を示す物質が知られている。東京工業大学の八島教授らのグループは最近、六方ペロブスカイト関連酸化物の1つであるBa5Er2Al2ZrO13が、化学置換を行っていないにもかかわらず、中低温域で高いプロトン伝導度を示すことを発見した。しかし、化学置換なしで高いプロトン伝導度を示すメカニズムはよく分かっておらず、その解明のために、六方ペロブスカイト関連酸化物の新しいプロトン伝導体の発見が求められていた。

研究成果

今回の研究で八島教授らのグループは、六方ペロブスカイト関連酸化物であるβ-Ba2ScAlO5とα-Ba2Sc0.83Al1.17O5、ならびに六方ペロブスカイト関連酸化物と類似の結晶構造を持つBaAl2O4の、合計3種類の酸化物のプロトン伝導性を調べた。これらはいずれもBa5Er2Al2ZrO13に類似した結晶構造を持ち、本質的な酸素欠損層[用語7]を結晶構造中に含む(図1)。

これらの酸化物の電気伝導度を測定したところ、β-Ba2ScAlO5は化学置換なしでも、中低温域においてBaCeO3固溶体(図2のBCO)に匹敵する最高クラスのプロトン伝導度を示すことが分かった(図2の黒線と黒丸)。このβ-Ba2ScAlO5は新しい結晶構造を持つ(新構造型の)プロトン伝導体である。一方、β-Ba2ScAlO5と同様に本質的な酸素欠損層を持つα-Ba2Sc0.83Al1.17O5とBaAl2O4では、β-Ba2ScAlO5よりもはるかに低い伝導度が観測された。このことから、本質的な酸素欠損層が存在するだけでは高い伝導度を示さないことが明らかになった。

α-Ba2ScAlO5、β-Ba2ScAlO5、BaAl2O4の結晶構造の比較。
図1.
α-Ba2ScAlO5、β-Ba2ScAlO5、BaAl2O4の結晶構造の比較。本研究ではα-Ba2ScAlO5の代わりに合成が容易な化学組成が少し異なるα-Ba2Sc0.83Al1.17O5のプロトン伝導性を調べた。α-Ba2ScAlO5とα-Ba2Sc0.83Al1.17O5の結晶構造はほぼ同じである。 ©Wiley (2022).

α-Ba2ScAlO5、β-Ba2ScAlO5、BaAl2O4の結晶構造の比較。

図2. β-Ba2ScAlO5と代表的なプロトン伝導体のプロトン伝導度の比較 ©Wiley (2022).

次に、プロトン伝導メカニズムを明らかにするために、第一原理分子力学シミュレーションを行った。その結果、β-Ba2ScAlO5ではプロトンが結晶構造全体を動き回っているのに対し、BaAl2O4ではプロトンが酸素欠損層に局在していることが分かった(図3)。これは、酸素欠損層の他に最密充填層(ScO6八面体層;図1の最密充填層)が存在するβ-Ba2ScAlO5では、プロトンが最密充填層(ScO6八面体層)内を大きく移動するが、最密充填層を持たないBaAl2O4ではプロトンが移動できないためと考えられる。すなわち、β-Ba2ScAlO5における高いプロトン伝導度は、最密充填層(ScO6八面体層)と本質的な酸素欠損層の両方が存在するために発現することが明らかになった。

これらの結果から、「本質的な酸素欠損層が水を取り込んで生成したプロトンが、最密充填層(ScO6八面体層)に移動した後、その内部を拡散する」という新しいプロトン伝導メカニズムが解明された。このメカニズムから、本質的な酸素欠損層と最密充填層(八面体層)の両方を持つ六方ペロブスカイト関連酸化物が高いプロトン伝導性を示すという、構造設計指針が得られた。

第一原理分子動力学法によって計算したβ-Ba2ScAlO5およびBaAl2O4におけるプロトンの軌跡。
図3.
第一原理分子動力学法によって計算したβ-Ba2ScAlO5およびBaAl2O4におけるプロトンの軌跡。4個のプロトンの軌跡を異なる色で描いてある。 ©Wiley (2022).

社会的インパクト

本研究では、新しいプロトン伝導体β-Ba2ScAlO5を発見しただけでなく、新プロトン伝導体を探索するための新しい構造設計指針も得られた。β-Ba2ScAlO5や、新しい設計指針によって今後発見される新プロトン伝導体は、高性能燃料電池、水素ポンプ、水素センサーなどへの応用が見込まれている。こうした点から、本研究の成果には、新しい水素社会の実現に貢献し、エネルギー・環境問題を解決するという社会的インパクトがあるといえる。

今後の展開

本研究では、プロトン伝導性六方ペロブスカイト関連酸化物が、化学置換なしでも高いプロトン伝導度を示すメカニズムを明らかにした。今回研究対象とした材料の他にも、構造中に本質的な酸素欠損層を含む物質は多く知られており、今後の研究で、それらの物質も高いプロトン伝導度を示すことが確認される可能性がある。また、このプロトン伝導メカニズムはプロトン伝導体の新しい設計指針を示すものであり、今後、この指針に従って新材料が数多く発見されると考えられる。さらに、化学置換なしで高い伝導度を示すβ-Ba2ScAlO5を、燃料電池やセンサーなどの材料として応用したデバイスの開発も期待される。

付記

本研究は、JSPS科学研究費助成事業基盤研究(A)「新構造型イオン伝導体の創製と構造物性」(19H00821)、JSPS科学研究費助成事業挑戦的研究(開拓)「本質的な酸素空孔層による新型プロトン・イオン伝導体の探索」(21K18182)、JST研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP 産学共同(JPMJTR22TC)、JSPS研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)「高速イオン輸送のための固体界面科学に関する国際連携拠点形成」および「エネルギー変換を目指した複合アニオン国際研究拠点」、JSPS科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「複合アニオン化合物の理解:化学・構造・電子状態解析」、JSPS外国人研究者招へい事業(長期)等の助成を受けて行った。

用語説明

[用語1] β-Ba₂ScAlO₅ : バリウム、スカンジウム、アルミニウムおよび酸素から構成される酸化物。六方ペロブスカイト関連酸化物の1つである。同じく六方ペロブスカイト関連酸化物の多形としてα-Ba5ScAlO5が知られている。

[用語2] 第一原理分子動力学シミュレーション : 実験データなど経験パラメータを用いずに、計算対象となる原子の種類と数と初期配置を用いて、量子力学に基づいて電子状態を計算することにより、原子間に働く力を見積もり、物質における原子の運動や物質の性質を調べるシミュレーション。

[用語3] プロトン伝導体 : 外部電場を印加したときにプロトンが伝導する物質。プロトン伝導体には純プロトン伝導体やプロトン-電子混合伝導体などがある。

[用語4] 化学置換 : 化合物の原子の一部を別の元素の原子で置換すること。

[用語5] 六方ペロブスカイト関連酸化物 : 鉱物ペロブスカイトCaTiO3と同じあるいは類似した結晶構造を持ち、一般式ABX3で表される化合物をABX3ペロブスカイト型化合物と総称する(AはBa2+やLa3+などの比較的大きな陽イオン、Bは遷移金属イオンなどの比較的小さな陽イオン、Xは陰イオンを示す)。ABX3ペロブスカイト型化合物は立方最密充填したAX3層とBイオンから構成されるが、六方ペロブスカイト型化合物は六方最密充填したAX3層とBイオンからなる。六方ペロブスカイト関連化合物は、六方最密充填したAX3層および立方最密充填したAX3層がさまざまな比で積層した構造を持つ。六方ペロブスカイト関連化合物のうち、陰イオンとして酸化物イオンだけを含むものを六方ペロブスカイト関連酸化物という。

[用語6] 酸素空孔 : 結晶中の酸素が存在しうる席(サイト)で原子が欠けている所を酸素空孔と呼ぶ。

[用語7] 本質的な酸素欠損層 : 六方ペロブスカイト関連酸化物の多くは、六方最密充填したAO3層と立方最密充填したAO3層がさまざまな比で積層した構造を持つ。六方ペロブスカイト関連酸化物の母物質には、酸素が欠損したAO3−δ層(ここでδは酸素欠損量;例としてAO層、AO2.5層、AO1.5層)を含むものがある。このAO3−δ層を、異なる原子価を持つ陽イオンの添加や置換により導入された外因的な酸素空孔と区別して、本質的な酸素空孔層と呼ぶ。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Functional Materials
論文タイトル :
High Proton Conductivity in β-Ba2ScAlO5 Enabled by Octahedral and Intrinsically Oxygen-Deficient Layers(八面体層および本質的な酸素欠損層により可能になったβ-Ba2ScAlO5のプロトン伝導度)
著者 :
Taito Murakami, Maxim Avdeev*, Riho Morikawa, James R. Hester, Masatomo Yashima*(* 責任著者)
DOI :

理学院

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お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

教授 八島正知

Email yashima@cms.titech.ac.jp
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東京工業大学 総務部 広報課

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