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素粒子ミュオンで捉えた!超伝導に埋もれた微弱な磁気の発見 超伝導発現機構の解明に向けて前進

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要点

  • 電気抵抗がゼロになる超伝導現象の発現機構には、磁気が重要な役割を果たす場合があると考えられていますが、今日でもその直接的な証拠は得られていません。
  • 素粒子ミュオンを用いて外部から物質内部の微弱な磁気を観測することで、近年合成出来るようになった高品質のセリウム化合物における超伝導と磁気との結びつきを調べました。
  • 超伝導状態を保ったまま、磁気がない状態から磁気を帯びた状態への移り変わりの観測に成功しました。
  • さらに、磁気と超伝導が直接結びついている証拠を得ました。このことは超伝導の発現に磁気が大きな役割を果たしていることを示しています。
  • 超伝導の発現機構の解明につながる成果であり、超伝導が現れる温度の上昇に向けた研究開発など、超伝導のより広い分野での利用や産業的応用につながることが期待されます。

素粒子ミュオンで捉えた!超伝導に埋もれた微弱な磁気の発見

概要

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)髭本亘研究主幹(東京工業大学 理学院 物理学系 特任教授)および国立大学法人茨城大学(以下、茨城大学)横山淳教授は、原子力機構伊藤孝研究副主幹、国立大学法人京都大学(以下、京都大学)栁瀬陽一教授、仏グルノーブルアルプ大学(以下、アルプ大学)、国立大学法人東京工業大学(以下、東京工業大学)、J-PARCセンター、大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所(以下、分子研)のグループと共同で、絶対零度近くまで冷やしたセリウム系金属化合物[用語1]であるCeCoIn5[用語2]において、超伝導状態のまま磁気を帯びた状態が出現することを観測しました。

超伝導と磁気との結びつきはさまざまな物質において考えられていますが、直接的な証拠はほとんどありません。その理由として、本研究に最適な材料が見出されていなかったことや、測定に十分な強度のミュオン[用語3]のビームがなかったことなどが挙げられます。

近年、セリウム(Ce)とコバルト(Co)とインジウム(In)の化合物CeCoIn5が、測定に十分な高品質で合成できるようになりました。そこで、本研究では超伝導物質であるCeCoIn5において、インジウム(In)原子をわずかに亜鉛(Zn)原子に変えることで元素間の磁気の結びつきを調整した複数の測定用試料を用意しました。それらの性質を、外から磁場をかけることなく超高感度で磁気を検出することが出来る、J-PARCの大強度のミュオンなどにより調べました。

その結果、磁気的な結びつきを強くすることで磁気を帯びた状態が発現し、同時に超伝導状態に明瞭な変化が現れること見出しました。このことは本物質CeCoIn5における超伝導に磁気が大きく関わっていることを示しています。

磁気と超伝導の結びつきを示した本成果は、超伝導がどのようなメカニズムで起こるのかを知るうえで重要な成果です。今後、超伝導が現れる温度の上昇に向けた研究開発など、超伝導のより広い分野での利用や産業的応用につながることが期待されます。

本結果は2022年11月28日(現地時間)付けで、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences USA:PNAS)」に掲載されました。

これまでの背景・経緯

物質は、その温度を下げていくと熱による運動が抑えられ、古典物理学の範囲ではその最低温度である絶対零度(マイナス273.15℃)ではあらゆる運動が静止した状態になると考えられます。しかしミクロな世界を記述する量子力学では、絶対零度においても完全に静止することなくわずかな運動(量子揺らぎ)が残ります。そのような運動は物質の性質を決める重要な要因となります。

特に電子の磁石としての性質である「スピン」の運動は、物質の性質にとって重要です。この量子の効果による電子のスピンの運動が超伝導状態にどのように影響するのかは大きな興味がもたれており、長年にわたり世界中で研究が行われています。超伝導は全く抵抗なく電流が流れる現象で、リニアモーターカー、あるいはMRIなどの医療機器をはじめ、様々な先端機器に利用されています。そのため応用上の観点からも極めて重要な現象ですが、室温に比べて十分に低い温度でしか生じないため、より高い温度で起こる超伝導物質の開発は課題のひとつとなっています。通常の金属では電流が流れる時に、物質を構成する元素などに邪魔をされ、電気抵抗が生じます。一方超伝導状態では、2つの電子が引き付けあうペアを組み、お互いが補うように振る舞うため電気抵抗が現れません。この「何が2つの電子を引き付け、超伝導を引き起こすのか」の解明は学術的な観点から重要です。さらに超伝導の機構の解明は、超伝導が出現する温度(超伝導転移温度)を説明することに結びつくため、超伝導転移温度が高い物質の設計や開発をする指針を与えるといった実用上の利点をもたらす可能性もあります。これまでの研究で多くの超伝導体では電子による結晶の歪みが重要な役割を担うことがわかっています。しかし本研究対象のセリウム系の超伝導体や、銅酸化物高温超伝導体などでは磁気との関わりが重要であるものと考えられています。このような磁気との関わりは、磁気を帯びた状態(磁気秩序状態[用語4])にある物質に熱(温度)以外の変化を与えることで磁気の大きさを操作し、超伝導がどのように変化するかを見ることで調べることが可能です。例えば物質の中で一部の元素を入れ替えることで隣同士に並んだ元素の結びつきをわずかに変化させ、その応答を調べるなどがそれにあたります。

これまでにも絶対零度近くにおいて物質内の電子スピンが規則正しく並んだ磁気を帯びた状態から、その整列が溶けた状態に変化する転移点(量子相転移と量子臨界点[用語5])の近くで超伝導の出現が多くの物質でみられることから、磁気と超伝導は大きく関わっているものとは考えられています(図1)。しかし、超伝導の中での磁気の発生という微弱な現象を、実験で明確にとらえた例はありませんでした。これはほとんどの実験の測定感度が十分ではないことや、測定のために加えた磁場に対して超伝導が大きく反応してしまうことにより、微弱な現象をとらえることが出来ないことによります。我々は磁場をかけることなく超高感度で物質の磁気を調べることが出来る素粒子「ミュオン」を用い、超伝導状態で生じる微弱な磁気の検出を試みました。

図1. 絶対零度においては電子の運動は量子の効果によって生じます。物質内の元素の一部を入れ替えて結びつきの強さを調整することで、絶対零度においても電子スピンが整列して凍結した磁気を帯びた状態(図中の水色の領域)から、それが溶けた状態までを系統的に知ることができます。この絶対零度における相転移(量子相転移)点付近では、磁気を帯びるようになる温度(図中の水色領域の境界)がほぼ絶対零度から連続的に上昇するものと考えられています。さらに実際の物質でも量子相転移が予想される点を取り囲むように超伝導が出現することが多く見られています。このことから超伝導発生に量子の効果による電子スピンの運動が主要な役割を果たしていることが示唆されています。
図1.
絶対零度においては電子の運動は量子の効果によって生じます。物質内の元素の一部を入れ替えて結びつきの強さを調整することで、絶対零度においても電子スピンが整列して凍結した磁気を帯びた状態(図中の水色の領域)から、それが溶けた状態までを系統的に知ることができます。この絶対零度における相転移(量子相転移)点付近では、磁気を帯びるようになる温度(図中の水色領域の境界)がほぼ絶対零度から連続的に上昇するものと考えられています。さらに実際の物質でも量子相転移が予想される点を取り囲むように超伝導が出現することが多く見られています。このことから超伝導発生に量子の効果による電子スピンの運動が主要な役割を果たしていることが示唆されています。

今回の成果

本研究では大強度陽子加速器施設J-PARC[用語6]で得られる素粒子ミュオンを用いた「ミュオンスピン緩和法(µSR法)[用語7]」を中心に、絶対零度近くまで冷却した超伝導体CeCo(In,Zn)5において超伝導と磁気を精査しました。この手法は物質の奥深くにある電子スピンによる磁気と、さらに超伝導の状態も超高感度で知ることが出来るものです。また磁気を帯びた状態における電子スピンの整列の様子に関しては仏ラウエランジュバン研究所において、中性子散乱実験[用語8]により詳しく調べました。CeCo(In,Zn)5は、亜鉛の量の違いや温度によって結晶構造などは変化せず、電子のスピン状態と超伝導のみを調整することが出来るため本研究には最適な試料の一つです。

その結果、亜鉛量の増加に伴い、超伝導に転移する温度が減少するとともに徐々に磁気を帯びた状態(磁気秩序状態)が現れることが、CeCo(In,Zn)5に入射したミュオンの振る舞いを観測することによって明らかになりました(図2)。

図2. 実験で得られたミュオンの振る舞い。亜鉛量が0.030以上では温度の低下と共にわずかに信号が変化する様子が観測され、微弱な磁気が生じている証拠となっています。
図2.
実験で得られたミュオンの振る舞い。亜鉛量が0.030以上では温度の低下と共にわずかに信号が変化する様子が観測され、微弱な磁気が生じている証拠となっています。

この結果は温度以外の物質の環境を変化させることによって生じた相転移(量子相転移といいます)を明確な形でとらえたものと考えられます。さらに磁気秩序が現れる亜鉛濃度において、超伝導体への磁場が侵入する長さ(超伝導磁場侵入長[用語9])が明瞭なピークを示すことが明らかになり、このような磁気に関する量子相転移が超伝導と大きく結びついていることを示しています(図3)。

図3. CeCo(In,Zn)5における実験結果から得られた超伝導および磁気相への転移温度と超伝導への磁場が侵入する長さに対する磁気的結びつきの強さ(亜鉛量)の関係。超伝導が生じている中で起こる磁気を帯びた状態への変化を捉えることに成功しました。亜鉛量の増加とともに超伝導へ転移する温度が下がり、やがて水色で示した磁気を帯びた相が絶対零度からゆっくりと出現してきます。さらに緑の円で示した相転移点(量子臨界点)において、超伝導体への磁場の侵入する長さが著しく大きくなることを同時に見出しており、磁気と超伝導が密接に絡み合うことを示しています。
図3.
CeCo(In,Zn)5における実験結果から得られた超伝導および磁気相への転移温度と超伝導への磁場が侵入する長さに対する磁気的結びつきの強さ(亜鉛量)の関係。超伝導が生じている中で起こる磁気を帯びた状態への変化を捉えることに成功しました。亜鉛量の増加とともに超伝導へ転移する温度が下がり、やがて水色で示した磁気を帯びた相が絶対零度からゆっくりと出現してきます。さらに緑の円で示した相転移点(量子臨界点)において、超伝導体への磁場の侵入する長さが著しく大きくなることを同時に見出しており、磁気と超伝導が密接に絡み合うことを示しています。

今後の展望

今回の成果は超伝導の出現に量子の効果による磁気が大きな役割を持つことを示しており、超伝導と磁気の関わりを解明する重要な手掛かりになるものと考えられます。超伝導の発現には2つの電子が引き合うことが必要ですが、そこに磁気が関わっていることを直接示した本成果は超伝導の発現機構の解明にとって大変重要です。この解明により、高い転移温度を持つ超伝導物質の設計への指針を与えることにつながることも期待されます。さらにこのような量子の効果による物質の性質の理解は基礎科学の観点からも興味深く、今後広い視点からの研究が行われるものと考えられます。

各機関の役割

原子力機構:研究の企画、ミュオンスピン緩和測定実験の実施と解析、論文の執筆
茨城大学:研究の企画、試料の作製と熱力学量測定、中性子散乱実験の実施と解析、論文の執筆
京都大学:理論的な考察、論文の執筆
東京工業大学:研究の企画、ミュオンスピン緩和測定実験の実施と解析、論文の執筆
J-PARCセンター:実験施設の運用
アルプ大学:中性子散乱実験の実施と解析
分子研:理論的な考察、論文の執筆

助成金の情報

本研究は文部科学省および日本学術振興会科学研究費(No. 17K05529, No. 20K03852, No. 18H05457, No. JP18H05227, No. JP18H01178, No. JP20H05159)の補助のもと行われています。

用語説明

[用語1] セリウム系金属化合物 : レアアースのひとつであるセリウムを含む化合物では、その電気、磁気的な状態に興味が持たれ、多くの研究がなされている。特に重い電子系と呼ばれる状態となる場合は、近藤効果と呼ばれるスピンを打ち消す効果とルーダーマン、キッテル、糟谷、芳田(RKKYと略される)相互作用と呼ばれるスピンの整列を引き起こす相互作用が競合し、超伝導など多彩な現象が生じる。

[用語2] CeCoIn5 : セリウム系金属化合物のひとつであるCeCoIn5は、2.3ケルビン(マイナス270.85℃)以下で超伝導を示す。この系はそのままでは磁気を示さないが、一部のインジウム元素を他の元素に置き換えるなどしてセリウム元素間の磁気的な結びつきを強めることにより磁気を持つようになることが知られており、磁気と超伝導の相関を研究するうえで最も重要な物質のひとつとなっている。

[用語3] ミュオン : ミュオンは素粒子の仲間で、電子と同じ種類に分類される。宇宙からも降り注いでいるが、大量に生成するにはJ-PARCなどの陽子加速器を用いる。

[用語4] 磁気秩序状態 : 物質内の元素に含まれる電子の持つ磁石としての性質であるスピンが、各元素で同じ方向あるいは反対方向などなんらかの整列した状態を指す。

[用語5] 量子相転移と量子臨界点 : 絶対零度において、元素の置き換え量や圧力など温度以外の要素を変えて元素の間の磁気などの結びつきを操作することで起こる状態(相)の変化を量子相転移と呼ぶ。相転移を起こす点を量子臨界点と呼び、様々な性質が常温などで見られる通常の性質と異なることから多くの研究がなされている。

[用語6] J-PARC : 茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(ジェイパーク)。ここで得られる様々な粒子を用いた研究がなされており、その一つとして物質・生命科学実験施設では世界最高強度のミュオンビームを利用することが出来る。

[用語7] ミュオンスピン緩和法 : 加速器で生成したミュオンを物質中に打ち込み、ミュオンの持つスピンの状態の変化から物質のスピン状態などを超高感度で知る実験手法。国内ではジェイパーク(J-PARC)と大阪大学核物理研究センター(RCNP)において実施可能である。

[用語8] 中性子散乱法 : 加速器や原子炉で作られた中性子を物質に打ち込み、その散乱された中性子の状態から物質の性質を知る手法。磁気秩序状態にある物質の場合は中性子スピンが物質内の磁場を受け散乱するため、そこから物質内のスピン状態を知ることができる。

[用語9] 超伝導磁場侵入長 : 超伝導物質に外部から磁場をかけたとき、ある大きさの磁場までは表面付近ではわずかに磁場が染み込むだけで、内部には磁場が入らない(マイスナー効果)。この染み込む長さを磁場侵入長と呼び、個々の超伝導体で特徴的な長さをもつ。ここには超伝導を引き起こす電子の有効質量などが反映され、超伝導の性質が色濃く表れる。

論文情報

掲載誌 :
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences USA:PNAS)
論文タイトル :
Direct Measurement of the Evolution of Magnetism and Superconductivity toward the Quantum Critical Point(量子臨界点に向けての磁性と超伝導の変化の直接測定)
著者 :
Wataru Higemoto(髭本亘 原子力機構、J-PARCセンター、東京工業大学)
Makoto Yokoyama(横山淳 茨城大学)
Takashi U. Ito(伊藤孝 原子力機構、J-PARCセンター)
Taiga Suzuki(鈴木泰雅 東京工業大学、原子力機構)
Stéphane Raymond(アルプ大学)
Youichi Yanase(栁瀬陽一 京都大学、分子研)
DOI :

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理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

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日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター表面界面科学研究グループ
東京工業大学 理学院 物理学系 特任教授
髭本亘

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茨城大学 大学院理工学研究科理学野

横山淳

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報道課長 佐藤章生

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Tel 029-282-0749

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