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らせん結晶内で回転する原子の運動モードを観測 真のカイラルフォノンの発見

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要点

  • 辰砂カイラル結晶内で原子の回転運動モード(カイラルフォノン)を発見
  • 円偏光ラマン散乱測定と第一原理計算によって真のカイラルフォノンを同定
  • 光・フォノニクス・スピントロニクスデバイスの創成につながると期待

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の佐藤琢哉教授と村上修一教授、放送大学の岸根順一郎教授、大阪公立大学の戸川欣彦教授らの研究チームは、辰砂(α-HgS)のカイラル結晶内において、「回転する原子の運動モード(カイラルフォノン[用語1])」を発見した。

本研究では、らせん軸をもつ3次元系カイラル結晶に着目し、α-HgS結晶を用いた円偏光ラマン散乱[用語2]測定を行い、円偏光がもつ角運動量をカイラルフォノンに転写することに成功した。また、第一原理計算結果との比較によって、今回観測されたカイラルフォノンはらせん軸に沿って伝播する(真のカイラルフォノンである)ことが判明した、カイラルフォノンの伝播方向は、原子の回転方向によって反転し、それが結晶の掌性(右手系・左手系)で逆になることを見出した。本研究によって、ラマン散乱過程における角運動量保存則を明確に実証できた。さらに本手法はらせん軸をもつカイラル結晶の掌性を光学顕微鏡分解能で判定することを可能とする。

これにより、光・フォノニクスデバイスにおける、情報担体としての角運動量の移行が可能になり、スピントロニクスデバイスと組み合わせて光・フォノニクス・スピントロニクスデバイスの創成につながると期待される。

本研究は、東京工業大学 理学院 物理学系の佐藤琢哉教授、村上修一教授、Zhang Tiantian(ツァン ティエンティエン)特任助教、Mao Huiling(マオ フアリン)博士課程学生、石戸享佑修士課程学生、放送大学の岸根順一郎教授、大阪公立大学の戸川欣彦教授、高阪勇輔助教、岩﨑賢研究員によって行われ、本研究成果は10月31日付の「Nature Physics」に掲載された。

背景

カイラリティとは、自然界のあらゆる階層に内在する非対称性の現れであり、静的な物体のパリティ対称性の破れと定義されている。その定義はBarronにより動的な運動(回転)にも拡張され、回転しながら空間伝播する真のカイラリティ[用語3]と、偽のカイラリティ[用語4]が区別されるようになった。最近、2次元系物質において回転しているが伝播していない原子運動モード(フォノン)が予測・観測され、「カイラルフォノン」と呼ばれるようになった。回転しながら伝播する真のカイラルフォノンはいまだ観測されたことはなかった。

研究成果

本研究では三方晶α-HgSを用いて、そのフォノン等に関する実験・計算をおこなった。α-HgS結晶は、右手系または左手系のらせん軸(c軸)を持つ2つの鏡像異性体である(図1)。用いた試料はc軸配向したα-HgS天然結晶で、X線解析により右手系であることが確認された。今回は、まず円偏光ラマン散乱分光法を用いて、α-HgS単結晶中のフォノンモードとそのスペクトル分裂を観測した。また、第一原理計算により、α-HgSにおけるフォノンの分散、角運動量(より正確には擬角運動量)の計算を行った。

図1. らせん軸(c軸)をもつα-HgSカイラル結晶(右手系)の結晶構造。赤球はHg原子、青球はS原子、緑線はHg-Sの化学結合を表す。
図1.
らせん軸(c軸)をもつα-HgSカイラル結晶(右手系)の結晶構造。赤球はHg原子、青球はS原子、緑線はHg-Sの化学結合を表す。

ラマン分光測定の結果について

α-HgSのフォノンのうち、ラマン活性モードは2つのΓ1(1,2)一重項と5つのΓ3(1-5)二重項であり、本研究の4つの入射/散乱円偏光配置(RR、LL、RL、LR)を用いたラマン散乱分光で、Γ3(1)を除いて全て観測できた。4つのΓ3モードは全て、入射光と散乱光が逆の円偏光(RLとLR)で観測され、ピークのラマンシフトが分裂していることが確認された。一例としてΓ3(2)モードのストークスおよびアンチストークススペクトルを図2に示す。アンチストークススペクトルの分裂[図2(左)]では、RL配置のラマンシフトの絶対値は、LR配置よりも低い値であった。ストークススペクトル[図2(右)]の分裂は、アンチストークススペクトルの分裂と鏡像になっている。RRとLL配置で観測されたΓ1(1,2)モードは分裂していなかった。

図2. α-HgSカイラル結晶(右手系)の円偏光ラマンスペクトル。左図:アンチストークススペクトル、右図:ストークススペクトル。赤点はLR(左円偏光入射、右円偏光散乱)配置、青点はRL(右円偏光入射、左円偏光散乱)配置を表す。
図2.
α-HgSカイラル結晶(右手系)の円偏光ラマンスペクトル。左図:アンチストークススペクトル、右図:ストークススペクトル。赤点はLR(左円偏光入射、右円偏光散乱)配置、青点はRL(右円偏光入射、左円偏光散乱)配置を表す。

第一原理計算結果による考察

ラマン散乱分光で得られたΓ1とΓ3モードを理解するために、α-HgS(右手系)に対して第一原理計算で得た原子運動を図3に示す。Γ3(2)モードはフォノンのエネルギーが0.4 cm−1分裂し、低エネルギー側は原子が時計回りに回転し(角運動量が−1)[図3(左)]、高エネルギー側は原子が反時計回りに回転した(角運動量が+1)[図3(中)]。Γ1モードは原子が直線運動した(角運動量が0)[図3(右)]。

図3. α-HgS(右手系)における、角運動量が−1(左図)、+1(中図)、0(右図)の原子運動の二次元投影図。赤球はHg原子、青球はS原子、緑線はHg-Sの化学結合、矢印は原子の運動方向を表す。数字は図1の原子の番号に対応する。
図3.
α-HgS(右手系)における、角運動量が−1(左図)、+1(中図)、0(右図)の原子運動の二次元投影図。赤球はHg原子、青球はS原子、緑線はHg-Sの化学結合、矢印は原子の運動方向を表す。数字は図1の原子の番号に対応する。

図2、3の結果を総合すると、LRとRL配置ではそれぞれ角運動量+1と−1のΓ3フォノンが観測され、RRとLL配置では角運動量0のΓ1フォノンが観測された。右・左円偏光はそれぞれ+1, −1の角運動量を持つ。物質の3回回転対称性を考慮すると、フォノンの角運動量と入射・散乱光子の角運動量の間に保存則が存在することを明確に示している。また、観測されたΓ3フォノンのパリティと時間反転対称性は真にカイラルフォノンの定義を満たすことがわかる。

最後に、カイラルフォノンの伝播について述べる。第一原理計算からΓ3モードの群速度はおよそ±1 km/sと求められ、これは音響フォノンの音速に匹敵するものである。カイラルフォノンのc軸に沿った伝播方向は、原子の回転方向によって反転し、つまり物質に入力する光子(電磁波)の角運動量によって制御できることを意味する。さらに結晶の右手系・左手系では伝播方向が逆になることがわかった。

本研究により、ラマン散乱過程における角運動量保存則が成立することを明確に示した。また、カイラル材料の掌性(カイラリティ)を同定する光学的手法を提供し、非接触・非破壊で結晶のカイラルドメインの空間イメージングが可能であることを実証した。

社会的インパクト・今後の展望

本研究は、光・フォノニクス・スピントロニクスデバイスにおいて、伝播するカイラルフォノンを介して、光子から電子スピンに情報担体としての角運動量を伝達する可能性を示唆している。例えば、長波長フォノンの長いコヒーレンスを利用すれば、フォノンから電子スピンへの角運動量の移行が巨視的スケールで実現する可能性がある。

また、カイラルフォノンのスペクトルは原子核の並進と回転が結合した特徴的なプロファイルを持つ(超流動ヘリウムにおけるロトン様のスペクトルなど)。カイラル構造体の内部振動という観点で,メタマテリアルでの再現や建築構造物の振動制御への応用研究も始まりつつある。

付記

本研究は、日本学術振興会科研費(JP19H01828, JP19H05618, JP19K21854, JP21H01032, JP22H01154)、大学共同利用機関法人自然科学研究機構新分野創成センター先端光科学研究分野プロジェクト(01212002, 01213004)の助成を受けたものです。

用語説明

[用語1] フォノン : 結晶中の原子は振動しており、その振動は結晶内部を波のように伝播している。これをフォノンという。

[用語2] ラマン散乱 : 単色光を物質に照射すると、光が物質中の原子・分子振動(フォノン)等と相互作用し、入射光と異なる波長を持つ光が散乱される。これをラマン散乱といい、この原理を用いて物質中のフォノン等の情報を得る手法をラマン分光法という。ラマンスペクトルのなかで、入射光よりも低い振動数領域に観測されるスペクトルをストークススペクトル、高い振動数領域に観測されるスペクトルをアンチストークススペクトルとよぶ。

[用語3] 真のカイラリティ : 2つの異なる鏡像異性状態が存在し、空間反転によって相互変換される系で示され、時間反転と空間回転の組み合わせでは相互変換されない系。回転しながら伝播する原子の運動は真のカイラリティの定義を満たす。

[用語4] 偽のカイラリティ : 2つの異なる鏡像異性状態が存在し、空間反転によっても、時間反転によっても相互変換される系。

論文情報

掲載誌 :
Nature Physics
論文タイトル :
Truly chiral phonons in α-HgS
著者 :
Kyosuke Ishito, Huiling Mao, Yusuke Kousaka, Yoshihiko Togawa, Satoshi Iwasaki, Tiantian Zhang, Shuichi Murakami, Jun-ichiro Kishine, and Takuya Satoh
DOI :

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