Quantcast
Channel: 更新情報 --- 研究 | 東工大ニュース | 東京工業大学
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2008

レアメタル不要の巨大人工分子の開発に成功 ウイルスを模倣した自己精密集積化を実現

$
0
0

要点

  • ウイルス構造を模倣し、独自のピンセット分子から蛍光性環状6量体を構築
  • 酸性条件では環状6量体がさらに集まり、空洞をもつ巨大球状集合体を形成
  • レアメタル不要の分子構築によって持続可能社会の実現に貢献

概要

東京工業大学 理学院 化学系の山科雅裕助教と豊田真司教授、澤中祐太大学院生(当時)、大津博義助教(当時)の研究グループは、ウイルスの構築原理を利用し、ピンセット状の形状を持つ有機分子を段階的に集合させることで巨大人工分子を構築する独自技術の開発に成功した。

レアメタル[用語1]はさまざまな分子合成における触媒などとして利用されているが、近年は価格高騰や希少資源保全などの観点から、“脱レアメタル”の分子合成手法が社会的に重要視されている。本研究では、ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)の構築原理である「自己相補性[用語2]」に着目し、アントラセン[用語3]を先端部にもつピンセット分子[用語4]の自発的な集合を利用することで、環状集合体を高選択的[用語5]に構築することに成功した。得られた環状体は、約2ナノメートルの円柱状という前例のない構造をもち、6つのピンセット分子が「つかむ・つかまれる」を繰り返すことで形成される。環状体は強い青色蛍光を示すとともに、高い機械的・熱的安定性を示した。さらに、酸性条件下では18個の環状体(基本要素のピンセット分子換算で108分子)が集合し、ウイルス同様に巨大な内部空間を有する約7ナノメートルの球状集合体を構築することが判明した。本研究成果は、希少資源のレアメタルを必要としない複雑系分子構築法の新展開であり、光材料を中心としたさまざまな機能性材料開発への応用が期待される。

この研究成果は、英国の総合化学雑誌「Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)」に2022年9月26日にオンライン掲載された。

背景

パラジウムや白金などのレアメタルは、医薬品や材料分子、複雑分子集合体の合成における触媒や反応剤として機能し、現代化学の発展に多大な貢献をもたらした。しかしながら、近年では資源枯渇や国際情勢によるレアメタルの価格高騰に加え、持続可能な社会の実現(SDGs)の観点から科学・技術の全領域において“脱レアメタル”の社会的要請が高まっている。その一方で、自然界においてある種のウイルスや酵素は、複数の単一タンパク質が相補的に引き合うことで構築されている。例えば、ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)の骨格は、①タンパク質サブユニットが水素結合[用語6]を介して自己6量化し、②そのタンパク質6量体がさらに集まることで形成される(図1)。このような複数の分子が構造的に補完し合う機能は自己相補性と呼ばれ、適切に設計された分子は、組木細工のように単一分子からでも複雑な分子構造を形成できることを示し、レアメタルを介さない分子構築法一つの方策になり得る。

図1 ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)の構築プロセス

図1. ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)の構築プロセス

研究成果

研究グループは、アントラセンを有するピンセット分子1を独自に設計した(図2a)。ピンセット分子1は単純な形状をもつが、分子中に4種類の相互作用部位(電子豊富・不足部位、水素供与・受容部位)が共存している(図2b)。この事実は、理論計算より得られた電子密度分布を示す静電ポテンシャルマップからも明らかである(図2c)。

(a)研究グループが開発したピンセット分子1の化学構造。(b)ピンセット分子のデフォルメ図と4種類の相互作用部位。(c)1の静電ポテンシャルマップ。アントラセンと酸素原子付近は電子が豊富(赤色)で、ピンセットの支点にあたる部位が電子不足(青色)となっていることがわかる。

図2.
(a)研究グループが開発したピンセット分子1の化学構造。(b)ピンセット分子のデフォルメ図と4種類の相互作用部位。(c)1の静電ポテンシャルマップ。アントラセンと酸素原子付近は電子が豊富(赤色)で、ピンセットの支点にあたる部位が電子不足(青色)となっていることがわかる。

ピンセット分子1が巨大分子をつくっていく過程は下記のとおりである。

まず、1は平面分子1枚分の結合部をもつため、①他のピンセット分子1π相互作用[用語7]でつかむ。②このとき、つかまれた1は水素結合によって特定の角度に固定化される(図3)。この「分子をつかむ・つかまれる」という自己相補性が連続することで、安定な環状構造の構築を狙った。X線結晶構造解析の結果、狙い通り6つのピンセット分子1が自己相補的かつ高選択的に環状につながり、約2ナノメートルの円柱状の6量体(1)6を形成していることが明らかとなった(図4)。理論計算より、π相互作用と水素結合が協働して環状体形成に寄与している予想も実証された(図4)。これらの多点の相互作用により、環状構造は高い機械的・熱的安定性(約180℃)を示した。興味深いことに、200℃以上に加熱して環状構造を崩しても、その粉末を有機溶媒の蒸気に暴露するだけで再び環状6量体構造が再生した。また、レアメタルを利用した従来の集合体の多くは、金属イオンの性質により蛍光性を示さないが、今回の環状体は有機分子のみで構成されているため、強い水色蛍光を発した。

ピンセット分子 1の自己相補性による環状6量体(1)6の構築と固体蛍光写真。

図3. ピンセット分子1の自己相補性による環状6量体(1)6の構築と固体蛍光写真。

環状6量体(1)6のX線結晶構造解析結果と、π相互作用と水素結合の可視化図。相互作用する1の分子を緑と青色で交互に表示。

図4.
環状6量体(1)6のX線結晶構造解析結果と、π相互作用と水素結合の可視化図。相互作用する1の分子を緑と青色で交互に表示。

さらに検討を進めたところ、ピンセット分子1は酸存在下で環状化させると、驚くべきことに、6つが集まった環状体(1)6がさらに精密に18個集まった立方八面体型の球状集合体[(1)6]18を構築することが明らかになった(図5a)。すなわち、球状集合体[(1)6]18は計108個のピンセット分子1で構成されており、分子量約70,000、直径約7ナノメートル、かつウイルス同様に巨大な内部空間を有していた(図5b)。また、環状体(1)6は同時に格子状のネットワークも形成しており、すべての球状集合体[(1)6]18は格子内に収容され安定化していることもわかった(図5c)。これら一連の自己相補的な集合過程は、上述のヒト免疫不全ウイルスの構築プロセスと同様である。

上記の通り、適切に組み込んだピンセット分子を利用し、その自己相補的な集合を促すことで、レアメタルを使わずにウイルスを模した複雑分子集合体の開発に成功した。

(a)酸性条件下におけるピンセット分子 1の環状6量体(1)6を経由した球状集合体[(1)6]18と(1)6格子の構築。(b)球状集合体[(1)6]18のX線結晶構造解析結果。(c)各球状集合体[(1)6]18が格子に収容されている図。白色は(1)6格子を示す。隣接する[(1)6]18を交互に緑と青色で表示。

図5.
(a)酸性条件下におけるピンセット分子1の環状6量体(1)6を経由した球状集合体[(1)6]18と(1)6格子の構築。(b)球状集合体[(1)6]18のX線結晶構造解析結果。(c)各球状集合体[(1)6]18が格子に収容されている図。白色は(1)6格子を示す。隣接する[(1)6]18を交互に緑と青色で表示。

社会的インパクト

研究の背景でも触れたとおり、レアメタルは複雑な分子集合体の構築を可能としてきたが、高価な金属資源を多量に使用する必要があった。本研究では、分子間相互作用部位を適切に組み込んだ、比較的安価な有機分子のみを利用している。しかも、希少資源のレアメタルを一切使わず、高選択的に蛍光性かつ複雑骨格をもつ分子集合体を構築できるため、持続可能な社会の実現へ向けた、機能性物質創製の基盤となる技術開発に貢献することが期待される。

今後の展開

今回開発した分子構築法は、ピンセット部位に導入した光機能性分子の特性を維持したまま集合体を構築でき、さらにそれらを精密に環状配置できる点が特徴的である。今後はピンセット分子のアントラセン部位を種々の機能性ユニットに改変し、対応する複雑分子集合体を構築することで、集積数・集積様式に応じた特異な光機能性材料の創出へと展開する。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP20H02721、JP19K23623、JP20K15255)、大隅良典基礎研究支援の助成を受けて行われた。

用語説明

[用語1] レアメタル : パラジウム・白金・リチウムなどの金属資源。クロスカップリング反応(2016年ノーベル化学賞)の触媒や、電子・磁気材料などで頻用される反面、産出量が少なく供給が不安定な金属。

[用語2] 自己相補性 : 「鍵」と「鍵穴」部位を有する分子が、同一分子間で互いに結合し、明確なひとつの構造を形成する現象。

[用語3] アントラセン : ベンゼン環3個が直線的に連結した化合物。蛍光発光性をもつため、さまざまな光機能性材料に利用されている。

[用語4] ピンセット分子 : ピンセットのような形状をもつ分子。向かい合う2枚のパネル状分子で、他の分子をつかむことができる。古典的な超分子ホストとして利用されてきた。

[用語5] 高選択性 : ある特定の分子のみを優先的に得ること。本研究の場合、環状6量体の他に32種類の鎖状分子の生成が統計的に予想されるが、環状6量体のみが得られた。

[用語6] 水素結合 : 水素原子と酸素や窒素原子の孤立電子対間に働く引力的な相互作用。

[用語7] π相互作用 : 芳香環などのπ(パイ)電子を含む分子が関与する相互作用。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
A Self-complementary Macrocycle by a Dual Interaction System
(二重の相互作用による自己相補性環状体)
著者 :
Yuta Sawanaka, Masahiro Yamashina, Hiroyoshi Ohtsu, Shinji Toyota
(澤中祐太、山科雅裕、大津博義、豊田真司)
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 化学系

助教 山科雅裕

Email yamashina@chem.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2311

東京工業大学 理学院 化学系

教授 豊田真司

Email stoyota@chem.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2294

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


Viewing all articles
Browse latest Browse all 2008

Trending Articles