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タンパク質の翻訳後修飾を単分子検出する手法を開発 がんに対する次世代医療への応用に期待

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要点

  • タンパク質1分子の翻訳後修飾(リン酸化)を検出できる手法を開発
  • 試料を1 nm以下の電極間の隙間に捕捉し電気計測により検出
  • リン酸化の単分子解析によってがん患者個人に最適ながん治療の実現に期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の原島崇徳大学院生(研究当時)、西野智昭准教授、北海道大学の江上喜幸助教と神戸大学の小野倫也教授らの研究チームは、簡便な電気計測によってタンパク質1分子のリン酸化[用語1]を検出できる手法を開発した。

生体分子の単分子検出は、生体試料の分析の高速化および低コスト化につながることから、新たな医療診断技術の開発において重要である。例えばDNAの単分子検出法が開発されたことによって個別化医療[用語2]が実現されつつある。一方、タンパク質の単分子検出法の開発はDNAに比べて進んでいなかった。また、タンパク質の機能調節を担う翻訳後修飾[用語3]に対する単分子検出は、生命現象の詳細な理解と疾病発症機構の解明のために、その開発が強く望まれていた。

そこで本研究では、代表的な翻訳後修飾である「リン酸化の単分子検出法」を開発した。検出は、1 nm以下の間隙を隔てて対向した電極対を用いた電流計測に基づいており、簡便で迅速な測定が可能である。リン酸化は、がんの増殖や抗がん剤の感受性に深く関与していることから、今回開発した手法を利用してリン酸化を検出し解析することによって、それぞれのがん患者個人に合わせた最適ながん治療の実現が期待される。

本研究成果は、9月14日付の「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載され、Supplementary Coverに選出された。

背景

近年「単分子検出」という、生体内の分子ひとつを直接検出し識別する技術に注目が集まっており、単分子検出によって新たな医療診断技術が生まれるものと期待されている。実際に、DNAに対してはDNAひとつを検出する技術を応用した遺伝子解析法[用語4]がすでに実用化され、検査の劇的な高速化と低コスト化がもたらされた結果、個別化医療が実現されつつある。一方、タンパク質は約20種類ものアミノ酸から構成された複雑な化学構造をもち、また立体構造も多様であること等の理由から、その単分子検出技術はDNAに比べて進んでいなかった。DNAはPCR法[用語5]によってその複製を比較的簡便に作製できるのに対して、タンパク質にはそのような手法がなく、きわめて微量な試料でも分析できる単分子検出の利点は大きい。上記のような背景をもとに、本研究ではタンパク質の単分子検出技術の新規開発に取り組んだ。特に、タンパク質の翻訳後修飾は、そのタンパク質の細胞内でのはたらきを制御する役割を果たしていることから、翻訳後修飾を受けたタンパク質に対する単分子検出法に着目した。

本研究グループは以前から、単分子の化学的、物理的性質に関する研究を行ってきた。単分子の測定のために、わずかな距離を隔てて対向した電極対を用い、電極対の隙間に対象分子を捕捉することに成功している。このとき、電極対に電圧を印加すると、捕捉された単分子を介して電流が流れるが、この電流は分子の種類や構造に強く依存することがわかっている。すなわち、電流量を調べることで、隙間に捕捉された分子の種類を知ることができる。このことから、単分子を介して流れる電流測定を単分子検出に応用することを着想し、タンパク質の翻訳後修飾への応用を目指した。

研究成果

本研究では、タンパク質の代表的な翻訳後修飾であるリン酸化の単分子検出を目指した。リン酸化はがんの増殖や薬剤感受性に深く関与していることが知られているため、これを検出し解析することができれば、それぞれのがん患者個人に合わせた最適ながん治療の実現につながる。リン酸化検出の最も大きな課題の1つは、選択性の獲得、つまり、リン酸基が結合したタンパク質だけをどのように選択的に検出するかであった。

実験には、酵素[用語6]によってリン酸化されるタンパク質の一部を人工的に合成した物を試料として用いた。電極対の間隔を接触状態から数nmまで精密に変化させながら電流を計測した。その結果、アミノ酸に結合したリン酸基が単分子接合を形成することが初めて分かり(図1)、さらに測定された電流値からその接合の抵抗値は約30 kΩであった(図2)。この抵抗値は一般の有機分子に比べて非常に小さく、金属単原子のわずか2倍程度である。理論計算によってリン酸基の電子状態がこのような抵抗値をもたらしていることが分かった。以上により、リン酸基に見られる低い電気抵抗値をもとにリン酸化が選択的に検出できることが明らかとなった。検査の正確さの指標となる感度と特異度(それぞれ偽陰性、偽陽性の起こりにくさの度合いを示す)を評価したところ、それぞれ95%と91%であり、開発した手法によって単分子レベル、かつ正確なリン酸化検出を実現できることが分かった。

図1 タンパク質リン酸化の単分子検出の原理模式図。
図1
タンパク質リン酸化の単分子検出の原理模式図。
図2. 計測結果の一例。縦軸は、金単原子の伝導度(= 1 G0)との比で表した。
図2.
計測結果の一例。縦軸は、金単原子の伝導度(= 1 G0)との比で表した。

社会的インパクト

今回の研究は、微小な間隙を持つ電極対を用いた電流計測に基づきタンパク質のリン酸化を簡便・迅速に、かつ単分子レベルの高感度で検出できることを示すものである。リン酸化ががんの増殖等に密接に関与していることを考慮すると、DNAの単分子検出が個別化医療の実現への端緒を開いたように、本手法によるリン酸化の単分子検出はがん患者個人に合わせた最適ながん治療の実現につながるものと期待される。

今後の展開

本研究によって、簡便で迅速な電気計測に基づいて単分子のリン酸化が直接検出できるようになった。今回の研究では人工的に合成した試料分子を用いており、今後は生体由来の実試料を解析するなど実用化に向けた試験を実施する。また、測定装置や測定に用いる電極もより安価で簡便なものを用いて単分子検出が実現できるよう検討を行い、汎用性のある検査法として実用を目指す。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)「伝導度計測に基づく単一分子スケールにおける表面電位三次元計測法の開発」(研究代表者 西野智昭)および特別研究員奨励費「光応答性を有する三端子DNAを用いた単一分子トランジスタの創案と開発」(特別研究員 原島崇徳)の一環として行われた。

用語説明

[用語1] リン酸化 : タンパク質のアミノ酸残基に含まれる水酸基(-OH)がリン酸基(-PO42−)に変化すること。代表的な翻訳後修飾(用語3)であり、タンパク質の性質を瞬時に変化させる機構として用いられている最も普遍的機構の一つである。

[用語2] 個別化医療 : 患者一人ひとりの体質や病態にあった有効かつ副作用の少ない治療法や予防法のこと。

[用語3] 翻訳後修飾 : タンパク質が細胞内で合成された後、そのタンパク質を構成するアミノ酸残基に官能基が付加、またはアミノ酸どうしのペプチド結合の一部が切断されること。これらによって細胞内におけるタンパク質の機能が調節される。

[用語4] 遺伝子解析法 : 生物がもつ遺伝情報を総合的に解析すること。DNAの4種の塩基の塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)の配列を決定した後、その配列をデータベースに登録されている配列と比較する等によって解析を行う。

[用語5] PCR法 : ポリメラーゼ連鎖反応の略であり、DNAを複製する技術のこと。DNAポリメラーゼ(生体における遺伝子の複製反応を促進するタンパク質)を用いた連鎖反応を利用して、既知の配列を含むDNAの断片を試験管内で合成する方法。少量のDNA試料からその複製を大量に得ることができる。

[用語6] 酵素 : 生体における化学反応を促進するタンパク質。細胞内の物質の合成や分解反応のほとんどすべてを、各々に固有の酵素が担っている。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Unique Electrical Signature of Phosphate for Specific Single-Molecule Detection of Peptide Phosphorylation
著者 :
Takanori Harashima, Yoshiyuki Egami, Kanji Homma, Yuki Jono, Satoshi Kaneko, Shintaro Fujii, Tomoya Ono, and Tomoaki Nishino
DOI :

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