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p型半導体への新しいドーピング方法を開発 正孔の高濃度化による、太陽電池等の高性能化に期待

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要点

  • p型半導体である一価の銅イオン化合物は、正孔濃度制御が困難という課題があった。
  • 等原子価で、サイズが大きいアルカリイオンのドーピングが正孔濃度向上に有効であることを見出し、その機構を理論計算で明らかにした。
  • この方法により、溶液から高正孔濃度かつ高移動度のp型半導体の薄膜の作製が可能になり、太陽電池などの性能の向上が期待できる。

概要

東京工業大学 元素戦略研究センターの松崎功佑特任助教(研究当時。現:産業総合技術研究所主任研究員)、細野秀雄栄誉教授、同 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の熊谷悠准教授(研究当時。現:特定教授、東北大学教授兼任)、大場史康教授、角田直樹大学院生らは、カリフォルニア大学サンディエゴ校の野村研二准教授と共同で正孔輸送材料[用語1]の性能を向上させる等原子価の不純物を用いた正孔ドーピング法を開発した。

太陽電池に用いられている光吸収層や正孔輸送材料には高性能なp型半導体が必要であり、近年、その候補として一価の銅イオン化合物が検討されている。変換効率向上のためには正孔のドーピングが重要で、従来の方法では構成原子よりも原子価が低いイオンが不純物として用いられてきた。しかし、一価の銅イオンより低い価数(ゼロ価)のイオンが存在しないため、銅化合物への正孔ドーピング手法が確立されていなかった。本研究では、原子価は一価で銅と同じだが、サイズが大きいアルカリイオンのドーピングが正孔濃度向上に有効なことを実験的に見出し、その原理を第一原理計算[用語2]により解析し、添加したアルカリイオンと銅イオンの空孔が結合した複合欠陥が正孔の供給源(電子のアクセプター)になることを明らかにした。これにより等原子価不純物を用いて、高い正孔濃度と正孔移動度[用語3]を持つp型ヨウ化銅薄膜を塗布法で作製が可能となるため、ペロブスカイト太陽電池[用語4]などの高性能な正孔輸送層への応用が期待される。

研究成果は米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society(ジャーナル オブ ジ アメリカン ケミカル ソサイエティー)」オンライン速報版に9月1日付で公開された。

背景

低温で形成できるペロブスカイト型太陽電池は、結晶SiやCIGS[用語5]、CdTeに次ぐ次世代太陽電池として、多くの研究が行われている。しかしペロブスカイト太陽電池の実用化には克服すべき多くの課題が残されている。そのひとつが、光で生成した正孔を電極まで運ぶ正孔輸送層(p型半導体)の新規開発である。これまでp型半導体として使われてきた有機半導体中においては、正孔ドーパントが発電層を劣化させ、太陽電池の安定性を低下させる要因となっている。一方、化学的に安定な無機のp型半導体は有機半導体に代わる候補材料とされているが、その作製には高温での熱処理が必要であることが課題となっている。上記から、低温で作製でき、しかも優れた正孔輸送能を持つ、p型無機半導体の開発に期待が集まっている。

今回、研究グループは化学的に安定で、溶液法で比較的容易に薄膜形成が可能なワイドギャップp型無機半導体のヨウ化銅(CuI)に着目した。しかし、純粋なCuIは正孔濃度が1014−1016 cm−3と低く、正孔輸送特性の向上には、より高い濃度で制御できる不純物を使った正孔ドーピングの開発が不可欠であった。従来の正孔ドーピング法では、例えば窒化ガリウム中の三価ガリウムイオンを二価マグネシウムイオンで置換するなど、構成カチオンよりも原子価の低いイオンで置換することで行われる。だが一価の銅イオンで構成されたCuIでは、置換をゼロ価のイオンで行う必要があるが、定義上ゼロ価のイオンは存在しないため、CuIの正孔ドーピングは不可能とされてきた。

そこで、銅一価半導体である酸化銅(Cu2O)やCIGSの正孔ドーピングに経験的に使われてきたアルカリ不純物効果[用語6]に着目し、正孔生成のメカニズム解明による新たなキャリアドーピング設計の提案と、CuIの正孔ドーピング技術の開発を目指した。

研究成果

研究グループは銅一価半導体の汎用的な正孔ドーピング法を開発するために、CuIを用いた検討に先立ち、構成元素が少なく結晶構造が単純なCu2Oに着目し、母体の銅イオンと等原子価のナトリウム不純物が正孔濃度を増加(図1a)させるメカニズムの解明に取り組んだ。p型Cu2O半導体では、銅イオンが抜けることで生まれる空孔が正孔を供給するアクセプターの準位を形成しp型伝導することが知られている。第一原理計算の解析からは、ナトリウム不純物は、格子の隙間(格子間サイト)に位置する。この格子間のナトリウムイオンと2つの銅イオンが抜けた空孔からなる複合欠陥(Nai−2VCu;図1b)を形成する。ドナー型欠陥(格子間ナトリウム)と2つのアクセプター型欠陥(銅空孔)で構成される複合欠陥がアクセプターとなることが、理論解析により明らかとなった。また複合欠陥は銅イオンの空孔よりアクセプター準位が浅く形成されるため、正孔ドーパントとしてさらに有効に機能することが確認された。複合欠陥の構造からナトリウム一価イオンと銅一価イオンとの静電反発が原動力となり、隣接の2つの銅イオンが本来の格子位置から抜けて空孔が生成されることが推察される。また、ナトリウムイオンは銅イオンよりイオン半径が大きく、より多くの隣接陰イオンと結合した方が安定になるので、複数の銅イオンが抜けても欠陥構造は安定に保たれると考えられる。

上記の結果をもとに、銅空孔がp型伝導の起源となるCuIにおいても、不純物陽イオンと銅イオンの静電反発により、1つの不純物に対して複数の銅イオンが抜け、空孔を作り(図1c)、正孔濃度の向上につながると考えた。また、Cu2Oを用いた検討結果から添加するアルカリイオンのサイズが、正孔生成・安定化において重要と推察されたことを念頭にドーピングするイオンの選定を行った。すなわち、不純物が格子間の隙間の大きさに対して十分小さい場合は、陽イオンは格子間に位置することでドナーとして振る舞う一方、十分大きい場合は不純物が格子に入らない。したがって、正孔を供給するアクセプター型複合欠陥の形成には、結晶構造に応じた適度に大きな不純物を選択する必要がある。

図1 Cu2OのNa不純物を用いた正孔ドーピングとそのドーピングモデル。(a)Cu2O:Naバルク多結晶と単結晶の正孔濃度と正孔移動度。(b)理論計算により得られたアクセプター型複合欠陥(Nai−2VCu)の構造。(c)等原子価不純物A+イオンとCu+イオンとの静電反発により生成させる複合欠陥のモデル。格子間A+と隣接するCu+が抜けて銅空孔(VCu)となる。

図1. Cu2OのNa不純物を用いた正孔ドーピングとそのドーピングモデル。

(a)Cu2O:Naバルク多結晶と単結晶の正孔濃度と正孔移動度。(b)理論計算により得られたアクセプター型複合欠陥(Nai−2VCu)の構造。(c)等原子価不純物A+イオンとCu+イオンとの静電反発により生成させる複合欠陥のモデル。格子間A+と隣接するCu+が抜けて銅空孔(VCu)となる。

今回、研究グループは、大きな空隙を持つCuIの正孔ドーピングの不純物として、アルカリ金属の中からカリウム、ルビジウム、セシウムを検討した。その結果、イオン半径が大きいセシウムの不純物を使うことで、CuI単結晶の正孔濃度(1014−1016 cm−3から1017−1019 cm−3;図2a)の制御に成功した。また溶液を原料として使う塗布法で、正孔濃度が1019 cm−3以上で、p型有機半導体よりも桁違いに大きな移動度(1−4 cm2/Vs)を有する薄膜が得られた(図2a)。セシウム不純物の欠陥構造を理論計算手法により解析したところ、Csi−3VCu−VIやCsi−4VCu−VIという添加されたセシウム、複数の銅イオン空孔とヨウ素空孔からなる複合欠陥が安定化され、どちらも浅いアクセプター準位を形成することがわかった (図2b)。このようなCuI中のセシウム不純物は、Cu2O中のナトリウム不純物と同様、同じ原子価の陽イオン同士の静電反発により、1つの不純物に対して複数の銅イオンの空孔から構成されるアクセプター型の複合欠陥が正孔ドーパントとして機能する。

これらの結果から、母体を構成するイオンと原子価の異なるイオンで置換する従来のドーピング法と異なり、同じ原子価イオンのサイズの違う不純物によって浅いアクセプター準位が形成できることが分かった。

図2 Cs不純物を用いたCuIへの正孔ドーピング。 (a)CuI:Csバルク単結晶と溶液法で作製した多結晶薄膜の正孔濃度と正孔移動度。(b)Csi−3VCu−VIシングルアクセプターとCsi−4VCu−VIダブルアクセプターの複合欠陥構造。

図2. Cs不純物を用いたCuIへの正孔ドーピング。

(a)CuI:Csバルク単結晶と溶液法で作製した多結晶薄膜の正孔濃度と正孔移動度。(b)Csi−3VCu−VIシングルアクセプターとCsi−4VCu−VIダブルアクセプターの複合欠陥構造。

社会的インパクト

本研究で開発した正孔ドーピング法は、半導体素子に広く使われている基盤技術であり、とりわけp型半導体が含まれる太陽電池の性能向上につながると考えられる。また、アルカリ不純物による銅一価半導体の正孔ドーピングのメカニズムが明らかになったことで、未解明となっているCIGS太陽電池の性能向上に不可欠なアルカリ不純物の役割解明に貢献もできそうだ。

今後の展開

この成果により、低温で溶液を原料に用いた簡単な方法で、高い正孔輸送能をもつp型無機半導体が作製可能となった。この方法を用いることで、耐久性が求められるペロブスカイト太陽電池などの無機正孔輸送層への応用が期待される。

付記

今回の研究成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No. JPMXP0112101001)、研究拠点形成事業(JPJSCCA20180006)、科学研究費助成事業(No. JP22K19094, JP19H02427, JP20J21608, JP20H00302)、(公財)村田学術振興財団の支援によって実施された。

用語説明

[用語1] 正孔輸送材料 : 吸収した光エネルギーで太陽電池の発電層で発生した電子(負電荷)と正孔(正電荷)のうち、正孔を選択的に外部電極に輸送するための材料。ペロブスカイト太陽電池や有機薄膜太陽電池では正孔輸送層として低温で作製できるp型有機半導体が用いられることが多い。汎用的に使われている有機正孔輸送材料では、高い正孔輸送能が得られる吸湿性の添加物が発電層を劣化させ、耐久性が低下する。

[用語2] 第一原理計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。物質の性質を支配する電子の状態を数値的に計算することでエネルギーや原子に働く力が得られ、これらを用いて結晶や分子の構造や安定性を予測できる。

[用語3] 正孔移動度 : 物質中の正孔の移動のしやすさを示す物理量。移動度は半導体デバイスの特性を決める重要な指標となっている。太陽電池では、高い移動度ほど正孔が移動しやすくなり、より高い光電変換効率が得られる。

[用語4] ペロブスカイト太陽電池 : 近年盛んに研究がなされている、有機と無機の元素で構成されるペロブスカイト構造のハライド結晶を発電層とする太陽電池。ペロブスカイト発電層の両側に電子輸送層と正孔輸送層、電子と正孔を取り出す外部電極に挟まれた構造をとる。

[用語5] CIGS太陽電池 : 銅、インジウム、ガリウム、セレン、硫黄で構成される多元系のp型銅一価半導体Cu(In,Ga)Se2 (CIGS)の薄膜を発電層とする太陽電池。

[用語6] アルカリ不純物効果 : CIGS太陽電池において、ナトリウムなどのアルカリ不純物を添加することで、正孔濃度が増加し光電変換効率が大幅に向上する効果。そのメカニズムは20年以上未解明となっている。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Hole-Doping to a Cu(I)-Based Semiconductor with an Isovalent Cation: Utilizing a Complex Defect as a Shallow Acceptor
(等原子価カチオンを用いた正孔ドーピング: 複合欠陥が浅いアクセプター準位を形成)
著者 :
Kosuke Matsuzaki, Naoki Tsunoda, Yu Kumagai, Yalun Tang, Kenji Nomura, Fumiyasu Oba, and Hideo Hosono(松崎功佑、角田直樹、熊谷悠、ヤルン・タン、野村研二、大場史康、細野秀雄)
DOI :

お問い合わせ先

- 実験に関すること

東京工業大学 元素戦略研究センター 特任助教(研究当時)
(現:産業総合技術研究所 主任研究員)

松崎功佑

Email k-matsuzaki@aist.go.jp

東京工業大学 栄誉教授/同 元素戦略研究センター 特命教授

細野秀雄

Email hosono@mces.titech.ac.jp

- 理論計算に関すること

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 特定教授
(東北大学 金属材料研究所 教授 兼任)

熊谷悠

Email yukumagai@tohoku.ac.jp

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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