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電池の充放電電流を広い電流レンジで高精度に計測するダイヤモンド量子センサを世界で初めて開発 電気自動車搭載電池容量の削減により環境負荷を軽減し、カーボンニュートラル社会に貢献

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要点

  • 電気自動車(EV)の電池のポテンシャルを引き出し、電費を向上させるためには、小電流から大電流まで広範囲な電流を高精度に計測する技術が求められる。
  • このたび、±1,000 Aの電流計測レンジで10 mAの精度を有するダイヤモンド量子センサを世界で初めて開発。
  • EV用電池の充放電電流計測に適用し、WLTC走行モードで想定される電流レンジ・変化パターンを10 mAの精度で計測できることを確認。
  • 電池の高信頼制御につながる、電流と温度の同時計測を実現。
  • 本技術により、EVの搭載電池容量削減、軽量化による電費向上等が見込まれ、運輸部門のCO2排出量削減に期待。

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の波多野睦子教授、岩崎孝之准教授および矢崎総業株式会社 技術研究所の井上敬介部長らの文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)のグループは、ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センタ[用語1]による量子センサ[用語2]を開発し、-1,000~+1,000 Aの電流を10 mAの精度で計測できることを世界で初めて実証した。

本研究では、Q-LEAP内の連携により、NVセンタを含有したダイヤモンド材料を作製する技術、蛍光強度変化を高精度に周波数変化に変換する技術、広い電流レンジでNVセンタの量子状態を操作するマイクロ波アンテナ技術、環境ノイズを低減する差動型センサ技術等を構築した。また、複数物理量をスピンの共鳴周波数として高精度に検出できるというセンサの特徴を活かし、電池の高信頼制御につながる電流と温度の同時計測を実現した。本センサを電気自動車(EV[用語3])用電池の充放電電流計測に適用した結果、WLTC[用語4]走行モードで想定される電流レンジ(-100~+100 A)・変化パターンを10 mAの精度で計測できることを実証した。

本技術は、EV用電池の充電率(SOC[用語5])の推定誤差を10%から1%以下に向上させ、搭載電池容量の削減によるEV製造時のCO2排出量低減、軽量化による電費向上によって、2030年における運輸部門のCO2排出量を14百万トン(総量の0.2%)削減できるものと試算され、カーボンニュートラル社会実現への貢献が期待される。

本研究成果は、9月6日付の「Scientific Reports」に掲載された。

背景

2050年のカーボンニュートラル実現を目指すグローバルのクリーンエネルギー戦略において電気自動車(EV)の導入促進が掲げられている。EVの導入促進には、1回充電当たりの走行距離確保とともに搭載電池量の削減による製造時のCO2排出削減が重要とされている。

しかしながら、現状のEV用電池(図1(a))においては、図1(b)に示すように、過充電または過放電による電池の劣化や発火を防止するために、実際の走行距離に寄与しない安全マージンが大きく設けられており、マージンの分だけ電池を余分に搭載しているのが現状である。この安全マージンは、電池の充電率(SOC)の推定誤差に起因し、現状の(ホール式など)電流センサを用いた充放電電流積算によるSOC推定誤差は10%程度と大きい。これは、図1(c)のWLTC走行モードでの充放電電流パターンに見られるように、平均電流は10 A程度であるにもかかわらず、最大時には数百Aにも達するため、その広い電流レンジを持ちながら、高精度の充放電電流積算に求められる10 mAオーダーの精度を備えた電流センサの実現が難しいためである。広い電流レンジを持ちながらセンサの精度を向上できれば、安全マージンを減らして、図1(d)に示すように、走行距離を増加させることや、同じ走行距離であれば搭載電池容量を削減することができる。

図1. (a)EVにおける電池モジュール及び電流センサ実装イメージ。(b)EVにおける電池充放電マージンの現状と理想。(c)WLTC走行モードで想定される電流パターン。(d)電流センサ精度向上による効果。
図1.
(a)EVにおける電池モジュール及び電流センサ実装イメージ。(b)EVにおける電池充放電マージンの現状と理想。(c)WLTC走行モードで想定される電流パターン。(d)電流センサ精度向上による効果。
(Y. Hatano et al. Scientific Reports

加えて、EVの充電規格の将来動向をみると2030年頃には全固体電池の導入等により充電電流は600 A以上になると見込まれており、将来のEVに向けた電池モニタリングのためには、1,000 A程度の電流を計測でき、かつ十分な微小電流精度を有するセンサが必要となっている。

以上のような背景を基に、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)量子計測・センシング技術領域(プログラムディレクター:東京大学 荒川泰彦特任教授)量子固体Flagshipプロジェクト(2018年~ 研究代表者:東京工業大学 工学院 電気電子系 波多野睦子教授)では、SOC推定誤差を1%以下にできる精度(10 mA)と1,000 Aまでの大電流計測を両立できるEV用電池モニタリング向けセンサを目標に、ダイヤモンドNVセンタを用いた固体量子センサの研究開発を行ってきた。

SOC推定誤差は凡そ平均電流と精度の比率程度であるが、多様な走行条件下でSOC推定誤差1%を実現するため、精度目標値は10 mAとした。

研究成果

本研究では、スピンの共鳴周波数として複数物理量(本研究では磁場と温度の同時計測)を広い温度範囲で高精度に検出できるダイヤモンド量子センサを実現した。Q-LEAP参加機関の連携により、NVセンタを含有したダイヤモンド材料の作製技術、NVセンタの電流(磁場)による蛍光強度変化を高精度に周波数変換する信号処理技術、広い電流レンジでNVセンタの量子状態操作を可能にする広周波数帯域マイクロ波アンテナ設計技術、環境ノイズ低減のための差動型センサ技術等を構築した。これらにより、広い温度範囲で、-1,000~+1,000 Aの電流を10 mAの精度で計測できることを世界で初めて実証した。

NVセンタ含有ダイヤモンド材料技術においては、人工合成ダイヤモンド単結晶をベースに量子科学技術研究開発機構(QST)の量子線照射技術を用いてNVセンタを形成した。センサの信号処理技術においては、電流に伴う磁場変化による蛍光強度変化(アナログ信号)を周波数変化量としてデジタル信号に変換し、かつフィードバック制御することにより、高精度で広い電流レンジを実現した。NVセンタの量子操作に必要なマイクロ波印加用アンテナも電流レンジに対応して広帯域化した。これらの技術を適用したダイヤモンドセンサヘッド(図2(a))をバスバ[用語6]の表裏に設置し(図2(b))、共通の外部磁気ノイズはキャンセルしつつ、バスバ電流による磁気変化だけを捕える差動型センサを構築した(図2(c))。

開発した電流センサをEV搭載用電池の充放電試験装置にて評価した結果、10 mA~1,000 Aの極めて広いレンジで電流応答出力(周波数変化)が得られ(図3(a))、かつ全域にわたって10 mA以下の誤差範囲に収まることがわかった(図3(b))。この結果は、WLTC走行パターンにおける電池のSOC推定誤差を1%以下にできることを示している。

図2. (a)ダイヤモンドを光ファイバの先端に設けたセンサヘッド構造。光ファイバを通してダイヤモンドに緑色レーザー光が照射され(緑矢印)、NVセンタが赤色蛍光発光する。これを光ファイバを通じて検知する(赤矢印)。(b)バスバ(電流経路)の表裏にセンサヘッドを設けた差動型センサの構成図、(c)同写真。
図2.
(a)ダイヤモンドを光ファイバの先端に設けたセンサヘッド構造。光ファイバを通してダイヤモンドに緑色レーザー光が照射され(緑矢印)、NVセンタが赤色蛍光発光する。これを光ファイバを通じて検知する(赤矢印)。(b)バスバ(電流経路)の表裏にセンサヘッドを設けた差動型センサの構成図、(c)同写真。
(Y. Hatano et al. Scientific Reports
図3. (a)バスバ充放電電流(入力電流)に対するセンサ出力(周波数)変化の計測結果(計測範囲:10 mA~1,000 A)、(b)バスバ充放電電流(入力電流)に対する電流精度、温度依存性。
図3.
(a)バスバ充放電電流(入力電流)に対するセンサ出力(周波数)変化の計測結果(計測範囲:10 mA~1,000 A)、(b)バスバ充放電電流(入力電流)に対する電流精度、温度依存性。
(Y. Hatano et al. Scientific Reports

社会的インパクト

本技術をEV搭載電池のモニタリングに応用すると、現状では10%に及ぶ充放電の安全マージンを1桁低減し、1%まで抑えることができる。これにより、走行距離を維持したうえで搭載電池容量を10%削減することが可能となり、製造時のCO2削減に加えて、EV軽量化による電費向上も見込まれる。これらによるCO2削減効果を2030年の世界のEV販売(2,000万台と推定)に適用すると、1,400万トンのCO2削減効果が見込まれる。これは同年の世界の運輸部門のCO2排出量(80億トン)の0.2%に相当し、カーボンニュートラル社会実現への貢献が期待される。

今後の展開

実用化に向けては、ダイヤモンド量子センサの高感度化および小型化技術の開発に取り組み、バッテリーマネージメントシステムに組み込んでいく。さらに、開発したダイヤモンド量子センサで電池内部の電流や温度分布を高い精度で計測し、電池の高信頼化につなげていく。

本研究は電気自動車の電池モニタリングにとどまらず、ダイヤモンド量子センサのパワーデバイス、パワーエレクトロニクス、電池内部の計測への応用や、送配電システムのモニタリング、スマートグリッドへの実装等も視野に入れた研究を展開していく。ダイヤモンド量子センサは、カーボンニュートラルの新たなキーデバイスとなる可能性がある。

付記

本研究は文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)JPMXS0118067395の助成を受けたものである。また、今回「Scientific Reports」に掲載された論文は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構との共著論文である。

用語説明

[用語1] 窒素-空孔(NV)センタ : 炭素原子からなるダイヤモンド結晶において、炭素1個が窒素に置き換わり、その窒素に空孔が隣接している構造。

[用語2] 量子センサ : 量子力学に基づく物理を利用したセンサ。ダイヤモンド量子センサは、NVセンタのスピン状態の操作および読み出しを行うことでセンサとして働く。

[用語3] EV : Electric Vehicleの略。電気自動車。

[用語4] WLTC : Worldwide-harmonized Light vehicles Test Cycleの略。「市街地」、「郊外」、「高速道路」といった走行モードで構成された自動車の燃費試験の国際標準。

[用語5] SOC : State of Chargeの略。電池の充電率。

[用語6] バスバ : Busbar。電池の中に使用される大電流を導電するための導体。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
High-precision robust monitoring of charge/discharge current over a wide dynamic range for electric vehicle batteries using diamond quantum sensors
著者 :
Yuji Hatano, Jaewon Shin, Junya Tanigawa, Yuta Shigenobu, Akimichi Nakazono, Takeharu Sekiguchi, Shinobu Onoda, Takeshi Ohshima, Keigo Arai, Takayuki Iwasaki, and Mutsuko Hatano
DOI :

工学院

工学院 ―新たな産業と文明を拓く学問―
2016年4月に発足した工学院について紹介します。

工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 工学院 電気電子系

教授 波多野睦子

Email hatano.m.ab@m.titech.ac.jp
Tel 03-5734-3999 / Fax 03-5734-2376

矢崎総業株式会社 技術研究所 先端研究推進部

部長 井上敬介

Email keisuke.inoue@jp.yazaki.com
Tel 055-965-3204 / Fax 055-965-0480

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661


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