東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の田中克典教授(理化学研究所(理研)開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員)、プラディプタ・アンバラ助教らの共同研究グループ※は、独自に開発したがん細胞組織染色試薬が体外診断医薬品として承認されることを目指し、このたび、臨床研究を臨床病院、臨床検査機器メーカー等と開始しました。
田中教授らは、2018年にがん細胞の有無を特異的に蛍光染色できる検出プローブを開発し、乳がん手術で摘出した組織での識別を可能にしました注1)。
今回、これまでの研究成果を発展させ、手術で摘出した組織切片標本の生組織を直接試薬で染色し、迅速にがん細胞の有無を測定する多施設臨床研究へ進めました。本研究は、東京工業大学、理研、大阪大学と甲子園大学のアカデミア間四者による共同研究です。さらに本研究により集計された結果をもとに、理研、大阪大学とシスメックス株式会社の三者で製品化に必要な課題の抽出、製品化に向けた計画策定につなげます。臨床での性能やユーザビリティの評価を行うことで、臨床性能試験へのさらなる発展が期待できます。本研究により、体外診断医薬品への道筋をつけ、製品化を目指します。
注1)2018年11月28日 理化学研究所プレスリリース 有機合成反応で乳がん手術を改革|理化学研究所
背景
これまで東工大と理研では、合成化学の研究として生体内で反応できる有機合成手法の開発を進めており、その研究の1つとして、酸化ストレスやがん細胞で有意に高く発生するアクロレイン[補足1]を検出するアジド化合物[補足2]を発見・開発してきました注2)。これは、生体分子の検出や体内での薬合成の可能性を秘めており、高感度な診断や副作用の低い創薬につながると期待されます。
この成果をもとに、大阪大学大学院医学系研究科乳腺・内分泌外科学講座との共同研究に発展し、それまで乳がん手術中の病理診断に40分程度かかっていた切片標本染色を1分程度に短縮することに成功しました。手術執刀医の待ち時間短縮や全身麻酔状況下の患者負担を軽減できる、迅速・簡易・安価な世界基準の診断技術として活用を期待し、体外診断医薬品としての開発準備を進めてきました。
注2)2016年4月12日 理化学研究所プレスリリース アクロレインの可視化に成功|理化学研究所
研究手法
本研究における各機関の研究分担は以下のとおりです。
臨床試験名:
「生細胞染色CTS(Click-to-sence)法を用いた乳がんの乳房温存手術の切除断端に対する術中迅速診断の確立」の実現可能性に関する多施設共同による臨床試験
研究分担:
-
東京工業大学
検出プローブの合成・提供 -
理化学研究所
検出プローブの合成・提供、集計された研究の解析結果を用いた研究立案、データの解析 -
大阪大学
多施設における術中迅速診断の臨床サンプルの集積・検出および解析[補足3] -
甲子園大学
臨床サンプルを用いた検出画像の解析 -
シスメックス株式会社
本研究結果に基づく、体外診断医薬品化に向けた提案、製品化の計画検討
東工大と理研を中心とした本研究において、複数の臨床機関での診断検査研究に発展させ、医療機器メーカーの協力をもとに製品化を目指します。また、並行して人工知能(AI)を用いた画像診断の手法を開発することで、現状の乳がん手術手技を超える効率的な標準手法の確立を目指します。
今回、共同研究グループが開発したがん細胞組織染色試薬を「Click to SENSE」と名付け、その普及に努めていきます。
今後の期待
本研究の成果によって、がん組織診断に病理医の主観ではなく、機械的迅速検査としての検出法を確立できます。またアクロレインについては、他がん組織においても発現していることから、他のあらゆるがん組織へ適用でき、がん手術や治療を改革する可能性を秘めています。今後も共同研究グループでは、東工大における生体内での合成化学研究をもとに、がんのみならずさまざまな疾患の高選択的な診断や副作用のない治療の実現を目指し研究開発を進めていきます。
※共同研究グループ
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
-
教授 田中克典
(理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室 主任研究員) - 助教 プラディプタ・アンバラ(Ambara Pradipta)
大阪大学 大学院医学系研究科 乳腺・内分泌外科学講座
- 教授 島津研三
- 助教 多根井智紀
甲子園大学 栄養学部 フードデザイン学科
教授 盛本浩二
シスメックス株式会社
-
技術戦略本部
本部長 辻本研二 -
診断薬エンジニアリング本部 遺伝子技術グループ
部長 大東元就
補足説明
[補足1] アクロレイン
アルデヒド基が二重結合(または三重結合)と炭素―炭素結合を介してつながった構造を持つ化合物を不飽和アルデヒドといい、アルデヒド基につながる二重結合が、全て水素に置換されている分子がアクロレインである。不飽和アルデヒドは、アルデヒド基や二重結合の多数の部位で反応でき、反応性が高い分子で、特にアクロレインは不飽和アルデヒドの中で最も小さく反応性が高いため、生体内のさまざまな分子と反応する。また、毒性が非常に強い。
[補足2] アジド化合物
3つの窒素が下記の構造のように直線に並んだ構造をアジドという。アジドは、有機反応が古くから多数報告されているが、基本的に生体に存在する分子とは反応せず、生体内(細胞内外)で安定に存在すると考えられている。2016年の研究チームによる成果では、細胞外でアクロレインと反応したアジド化合物が速やかに細胞内に取り込まれることが発見されており、そのため蛍光染色の流出がなくがん細胞の特定することができる。
[補足3] 大阪大学大学院医学系研究科による共同研究契約下での臨床研究詳細
大阪大学医学部附属病院、大阪国際がんセンター、大阪警察病院による多施設で診断され、本研究への参加同意を直接いただいた方を対象とする。術中迅速診断の際、断片標本を、大阪大学大学院医学系研究科乳腺・内分泌外科学講座にて検出・解析予定。また情報科学研究科ゲノム情報工学講座にてAI(人工知能)を用いて解析予定。
KBCSG-TR(Kinki Breast Cancer Study Group-Translational Research)関連施設、参加者一覧
大阪府立病院機構大阪国際がんセンター ― 中山貴寛 乳腺外科主任部長大阪警察病院 ― 吉留克英 乳腺内分泌外科部長
国立大阪病院機構大阪医療センター ― 増田慎三 乳腺外科科長(研究開始時)
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- 田中克典研究室
- 田中克典 Katsunori Tanaka|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- プラディプタ・アンバラ Ambara Pradipta|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 物質理工学院 応用化学系
- 理化学研究所
- 大阪大学 乳腺・内分泌外科
- 甲子園大学
- シスメックス株式会社
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
教授 田中克典
E-mail : kotzenori@riken.jp
Tel : 048-467-9405 / Fax : 048-467-9379
取材申し込み先
理化学研究所 広報室 報道担当
E-mail : ex-press@riken.jp
大阪大学 大学院医学系研究科 広報室
E-mail : medpr@office.med.osaka-u.ac.jp
Tel : 06-6879-3388 / Fax : 06-6879-3399
東京工業大学 総務部 広報課
E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661
甲子園大学 総務課
E-mail : soumu@koshien.ac.jp
Tel : 0797-87-5111 / Fax : 0797-87-5666