東京工業大学は、10月28日、物質理工学院 応用化学系の青木大輔助教による記者説明会をオンラインで行いました。テーマは、プラスチックを植物肥料に変換する技術の開発です。世界規模の課題であるプラスチック廃棄問題や食糧問題の解決、CO2削減への貢献が期待されます。
テレビ会議システムを使った記者説明会には5媒体の記者6名の他、共同研究などの関係者を加えた約20名が出席し、質疑応答や研究成果への期待、社会課題などに向けた活発な議論が行われました。
研究の背景
プラスチックは70%以上が廃棄、リサイクルは15%程度にとどまる
プラスチックは日々の生活のいたるところで使われている素材の一つです。安価で軽量な特徴を活かして、スーパーのレジ袋、ペットボトルをはじめ、乗り物の材料としても使われています。プラスチックは熱を加えると変形する性質があり、自由に形を作れるため大量生産が容易です。材料となる樹脂は炭素を含む高分子です。この高分子の化学構造と分子鎖全体のトポロジー(形状)を変化させることで、柔軟性や強靭性を用途に応じて作り分けることができるため、プラスチックによって私たちの生活はより豊かになっています。
新しい性質を持つプラスチック素材が日夜研究されていますが、昨今は新機能開発の課題に加え、素材がもつ分解性や、リサイクル特性に注目が集まってきています。一般にプラスチックの70%以上がそのまま廃棄され、リサイクルは15%程度にとどまるためです。また、プラスチックの小さな破片、マイクロプラスチックが海洋に漂流する問題が起きています。青木助教は「プラスチックの需要は非常に大きいため、プラスチックの廃棄を削減し、有効利用することが世界中で喫緊の社会課題である」と指摘しました。
研究のポイント
(1)植物由来のプラスチックをアンモニア水で分解し尿素を生成
研究グループは、従来のように廃プラスチックを燃やすのではなく、CO2排出を極限まで抑えた分解方法を開発し、それをリサイクルするシステムを提案しました。すなわち、植物由来のプラスチックを用い、使用後の廃棄物をアンモニア水で分解することで、分解物を肥料として使用します。アンモニア水で分解する際に、CO2を大量に発生する高エネルギーを使用することも、高価な貴金属からなる触媒も不要です。さらに、分解物をそのまま肥料として使用できるため、究極なエコサイクルの一つとも言えます。
なお、プラスチックの出発原料は無害で毒性のないものが条件であり、従来の石油由来のものではなく、植物を原料とする有機資源「バイオマス」を取り入れることがポイントです。具体的には、ポリイソソルビドカーボネートと呼ばれるプラスチックを利用します。青木助教は、「このコンセプトは、『企業に研究開発してほしい未来の夢』アイデア・コンテストに応募した学生時代から着想し、10年の時を経て実証することで今回学術論文にて発表できた」と説明しました。
プラスチックの一種であるポリカーボネート(カーボネート結合からなる高分子)は、アンモニアで完全に分解でき、多数の「分子単体(モノマー)」が化学結合で連結している高分子(ポリマー)を「分子単体(モノマー)」と「尿素」に変換することができます。そのため、無害なモノマーを使ってポリカーボネートを作れば、分解すると無害なモノマーと尿素の混合物が得られます。そこで、バイオマス資源であるイソソルビド(グルコースから合成される無毒な化合物)をモノマーとすることで、ポリイソソルビドカーボネート(イソソルビドがカーボネート結合で連結した高分子)を作りました。
リサイクルシステムを実証するために、合成したカーボネートをアンモニア水と反応させ、分解する状況を調査したところ、濁っているプラスチックの分散液がクリアな液体となりました。これは、カーボネート結合によって結びついていた分子同士がアンモニア水で切断されバラバラになる、すなわち、分解した結果で、プラスチックがモノマーと尿素に変換されたことを意味しています。青木助教は「カーボネートを分解する反応条件を最適化したところ、90度に熱したアンモニア水による分解が最も効果的であった」と説明しました。
(2)分解して得られた尿素とイソソルビドの生成物が肥料として働くことを実証
尿素は、農作物の肥料として世界中の人口の約半分を養っていると言われている最も重要な化学合成物の一つです。研究チームは、分解された尿素などの成分を用いて、植物の育成効果を実験しました。イソソルビドのみ、尿素のみ、分解生成物すべての3条件でシロイヌナズナ(ぺんぺん草)の育成状況を調査したところ、分解生成物すべてを与えたぺんぺん草が最も成長したことを実証しました。
また、今回の論文には掲載していない予備的な検討結果として、野菜として身近な三つ葉の育成状況も紹介しました。
最後に、青木助教は、「空気中の窒素を水素と直接反応させて肥料の原料であるアンモニアを生産するハーバー・ボッシュ法の発明は、『空気からパンを作る』と形容されるほど画期的な発明として注目されたが、本研究は『プラスチックからパンを作る』手法につなげたい」と話しました。
青木大輔助教、阿部拓海さん(物質理工学院 応用化学系 修士課程1年)のコメント
今回実証したリサイクルシステムを適用できるプラスチックは、植物由来のポリカーボネートであり、現在市場で広く流通しているプラスチックとしてはそのボリュームは限られています。しかし、植物由来のポリカーボネートを焼却して廃棄するのではなく、ケミカルリサイクルで分解し肥料に変える本コンセプトは、プラスチックを使用しつつ二酸化炭素を削減するカーボンニュートラルを超えた次世代リサイクルシステムの実現を期待させます。これによって、脱炭素社会の実現、プラスチック問題や食料問題、SDGsに掲げられた目標達成への貢献が期待できます。産学官で連携してこのリサイクルシステムの社会実装を目指していきたいと考えています。プラスチックから肥料を作り、小麦を作ってパンを焼く。使用後のプラスチックからパンを作る。そんな時代が来るかもしれません。