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岡山県産鉱物「逸見石」が示す新奇な磁性 特徴的な結晶構造が量子力学的なゆらぎを生み出す

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要点

  • 岡山県で産出する逸見石(へんみいし)が量子力学的なゆらぎ[用語1]の強い反強磁性体[用語2]であることを、放射光や理論計算、極低温物性測定を用いて発見しました。
  • 放射光X線回折実験[用語3]により、逸見石が従来の報告とは異なる結晶構造を持つことが分かりました。
  • 今回決定した結晶構造が、量子力学的な特徴の出現の鍵になることを突き止めました。
  • 量子力学の効果が強く現れる低次元磁性体は、量子コンピュータなどへの応用が期待されています。

概要

日本ではこれまで140種類を超える多くの新鉱物が発見されていますが、サンプルの稀少さから、固体物理学の視点で物性研究をした例は多くありません。東京工業大学 科学技術創成研究院の東正樹教授、重松圭助教(以上2名は神奈川県立産業技術総合研究所併任)、東北大学 多元物質科学研究所 山本孟助教、坂倉輝俊助教、木村宏之教授らの研究グループは、岡山県高梁市布賀鉱山で産出する逸見石が量子力学的なゆらぎの強い磁性体であることを、放射光や理論計算、極低温物性測定を用いて発見しました。高い精度で結晶構造を解析できる放射光X線回折により、逸見石が従来の報告とは異なる結晶構造を持つことが明らかとなりました。今回決定した結晶構造と理論計算から、逸見石は量子力学的なゆらぎが強く現れる磁気スピン格子の性質を持つことが分かりました。この発見は、稀少さのために磁性研究の舞台に上がることが少なかった「日本産新鉱物[用語4]」に注目するという、新しい視点を持った研究成果です。
本成果は10月13日(米国時間)にPhysical Review Materials誌でオンライン公開されました。

同研究グループには他に、岡山大学 異分野基礎科学研究所Harald O. Jeschke特任教授、東北大学 壁谷典幸助教、落合明名誉教授、野田幸男名誉教授、福井大学 遠赤外領域開発センター、石川裕也助教、藤井裕准教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 佐賀山基准教授、岸本俊二特別教授が参加しました。

背景

太古からの地球の活動により作られた天然鉱物は、人工的に合成された無機固体結晶と比較しても多様な結晶構造を持ちます。結晶構造の多様性は物質の示す性質の多様性に繋がるため、天然鉱物の示す磁性は古くから物質科学者たちの興味を集めていました。我々はその中でも、日本産新鉱物に注目しました。我が国では今までに140種類を超える多くの新鉱物が発見されています。しかしサンプルの稀少さから、固体物理学の視点で物性研究をした例は多くありませんでした。

逸見石は世界でも岡山県高梁市の布賀鉱山でのみ産出する代表的な日本産新鉱物です。化学式はCa2Cu(OH)4[B(OH)4]2で示され、濃紺やすみれ色を呈する美しい結晶が見られます [図1]。磁性を担う二価の銅イオン(Cu2+)が歪んだ二次元正方格子を作ることから、低次元性を持つ磁性体として注目しました。量子力学の効果が強く現れる低次元磁性体は、量子コンピュータ[用語5]などへの応用が期待されています。

図1 天然の逸見石結晶

図1. 天然の逸見石結晶

研究手法と成果

本研究では、逸見石が量子力学的なゆらぎの強い磁性体であることを、放射光や理論計算、極低温物性測定を用いて発見しました。結晶構造の詳細を調べるため、天然の逸見石サンプルを用いてKEKの放射光実験施設フォトンファクトリーのビームラインPF BL-14A[用語6]およびPF BL-8B[用語7]において、放射光X線回折を行いました。このデータを用いた精密な結晶構造解析により、逸見石が従来の報告とは異なる結晶構造を持つことを明らかにしました[図2(a)]。今回決定した結晶構造とそれに基づく理論計算から、逸見石は量子力学的なゆらぎが強く現れる磁気スピン-1/2二本足はしご系[用語8]と正方格子系の中間の性質を持つことが分かりました[図2(b)]。磁化測定および極低温までの比熱測定を行ったところ、逸見石は反強磁性相互作用[用語9]を持つものの、ゼロ磁場中においては絶対温度0.2 度と極低温まで、スピンが整列する磁気秩序が起こらないことが分かりました。逸見石の結晶構造と磁気スピン格子の幾何学的な特徴で生じる量子力学的なゆらぎが、磁気スピンの秩序化を抑制したと考えられます。

(a)本研究で決定した逸見石の結晶構造。aとcは結晶軸を示す。

(b)逸見石の磁気スピン格子の幾何学的な特徴。実線は強い反強磁性相互作用、破線は弱い反強磁性相互作用を示す。

図2.
(a)本研究で決定した逸見石の結晶構造。acは結晶軸を示す。(b)逸見石の磁気スピン格子の幾何学的な特徴。実線は強い反強磁性相互作用、破線は弱い反強磁性相互作用を示す。

研究の意義と今後の展開

この発見は、稀少さのために磁性研究の舞台に上がることが少なかった「日本産新鉱物」に注目するという、新しい視点を持った研究です。今後、日本産新鉱物の多様性に注目することで、驚くような物理現象の発見が期待されます。

付記

本研究の一部は、KEK 放射光共同利用実験課題(2019G566)、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所共同利用研究、東電記念財団研究助成、並びに科学研究費補助金「若手研究 19K15280」の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 量子力学的なゆらぎ : 熱ではなく量子力学的な効果によって磁気スピンがゆらぐこと。絶対零度においてもスピンがゆらぐものは量子スピン液体と呼ばれ、近年注目を集めている。

[用語2] 反強磁性体 : 結晶中で隣接する磁気スピンが反平行に並んだ物質。

[用語3] 放射光X線回折実験 : 結晶構造を調べる手法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を測ることで原子の並び方や原子間の距離を決定する。この実験を行ったフォトンファクトリーは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)のつくばキャンパスにある放射光施設。

[用語4] 日本産新鉱物 : 日本において初めて確認された鉱物。

[用語5] 量子コンピュータ : 量子力学を計算過程に用いることで、理論上は現在のコンピュータと比べ、圧倒的な処理能力を持つとされる次世代コンピュータ。

[用語6] PF BL-14A : 4軸回折計を備えた、世界最高精度・確度のX線回折実験が可能なビームライン。

[用語7] PF BL-8B : 大型IPデバイシェラーカメラを備えた、汎用性と高精度を両立したX線回折実験が可能なビームライン。

[用語8] 磁気スピン-1/2二本足はしご系 : スピン1//2の磁性イオンが、足が二本のはしご状に並んだ磁気スピン系。代表的な量子スピン系として知られる。

[用語9] 反強磁性相互作用 : 隣接する磁気スピン同士が反平行に並ぼうとする力。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Materials
論文タイトル :
Quantum Spin Fluctuations and Hydrogen Bond Network in the Antiferromagnetic Natural Mineral Henmilite
著者 :
Hajime Yamamoto, Terutoshi Sakakura, Harald O. Jeschke, Noriyuki Kabeya, Kanata Hayashi, Yuya Ishikawa, Yutaka Fujii, Shunji Kishimoto, Hajime Sagayama, Kei Shigematsu, Masaki Azuma, Akira Ochiai, Yukio Noda, and Hiroyuki Kimura
DOI :

お問い合わせ先

東北大学 多元物質科学研究所

山本孟

E-mail : hajime.yamamoto.a2@tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5355

取材申し込み先

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