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水素は軟らかい金属を好む? 水素化物の出現を支配する因子を解明

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概要

国立研究開発法人物質・材料研究機構及び国立大学法人東京工業大学は、水素社会における基盤技術と位置付けられる金属水素化物の探索において、母体金属の硬さが金属の水素化物形成能の支配因子であることを発見しました。この単純な判定指針を用いることにより、従来のような試行錯誤の材料探索に頼らず、効率的な水素吸蔵材料の開発が可能になると期待されます。

水素社会では水素を大量に含有する金属水素化物が重要な役割を果たします。貴金属パラジウム(Pd)は水素透過材料として実用に供せられていますが、高コストという問題があります。周期表上Pd近傍にある遷移金属元素群(図(a)赤枠内)は水素化物を形成しないため、このPdの物理的特異性の原因を解明できれば、新たな廉価な水素機能性金属系材料の開発の可能性が開けます。

本研究では、遷移金属と水素との化学結合に着目し、Pd水素化物の特異性を明らかにしました。遷移金属はその最外殻d軌道を用いて水素と結合を生じ、固体水素化物を形成します。さらに、周期表でPd近傍に位置する元素との水素化の違いを、電子構造計算により弾性率(圧縮し難さ。直感的な硬さの指標)を用いて明らかにし、Pd同様に軟らかい金属(図(b)中のピンク色の横線よりも小さな弾性率を持つ金属)は水素化物を作り易い傾向があることを発見しました。周期表において、遷移金属群の両端に位置する金属は軟らかい傾向があります。d軌道が埋まっている銅族、亜鉛族では水素と結合できないために、格子が軟らかくても、例外的に水素化物を生成しません。さらに、この硬さによる水素化の判定指標は、金属、合金だけでなく、水素吸蔵金属間化合物にも適用できることを明らかにしました。酸化物、窒化物などの無機化合物の生成には、このような因子は知られておらず、水素化物生成の特異性を示すものです。

今回の成果は、新たな合金、金属間化合物の潜在的水素吸蔵能力の迅速な判定を可能にすると期待されます。今後は、廉価でかつ安定供給が見込める元素をもとに、水素関連機能(例えば、水素透過、水素吸蔵)を有する金属間化合物の開発を目指すと同時に、その化学的応用展開も見据えます。

本研究は、NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点電子活性材料チームの細野秀雄特別フェロー(東京工業大学 栄誉教授)、溝口拓特別研究員(東京工業大学 元素戦略研究センター 特定准教授)、及び朴相源外来研究者(東京工業大学 元素戦略研究センター PD研究員)のチームにより、NIMS MANA挑戦的研究プログラム及び文部科学省元素戦略プロジェクト(拠点形成型)の一環として行われました。

本研究成果は、米国化学会Journal of the American Chemical Society誌の速報として2021年7月21日にオンラインで公開されました。

周期表における水素化物の生成マップ。

遷移金属及び代表的水素吸蔵金属間化合物の体積弾性率と水素の吸い易さ。水素を吸蔵する物質、吸蔵しない物質を、それぞれ、青字、黒字で示します。

図(a) 周期表における水素化物の生成マップ。(b) 遷移金属及び代表的水素吸蔵金属間化合物の体積弾性率と水素の吸い易さ。水素を吸蔵する物質、吸蔵しない物質を、それぞれ、青字、黒字で示します。

図(a) 周期表における水素化物の生成マップ。(b) 遷移金属及び代表的水素吸蔵金属間化合物の体積弾性率と水素の吸い易さ。水素を吸蔵する物質、吸蔵しない物質を、それぞれ、青字、黒字で示します。

背景

水素社会では水素を大量に含有する金属水素化物[用語1]が重要な役割を果たします。水素貯蔵、二次電池、水素透過などの応用のため、金属水素化物の材料応用がますます期待されています。しかしその探索指針は未だ不明なために試行錯誤で材料開発がなされているのが現状です。金属水素化物の化学結合様式はその原料金属の電気陰性度に依存し、図(a)に示すように3つに分類できます。イオン性固体(黄色の領域)、イオン性と共有性を併せ持つ化学結合からなる遷移金属水素化物固体(青色の領域)、そして共有結合性の分子(紫色の領域)です。一方、周期表における遷移金属群の中央及び右側領域の元素(赤枠の領域)は、通常の合成条件では、水素化物を形成しないことが知られています。この領域の中で、例外的に、貴金属であるパラジウム(Pd)のみ水素化物を生成することが知られています。さらに、Pdは吸蔵時に示す水素脆性[用語2]が小さいため、その高コストにもかかわらず、水素透過材料[用語3]として実用に供せられています。一般に、金属固体中への水素の挿入は、大きな体積変化を伴います。生成する金属水素化物は、セラミックスのように延展性に乏しく、水素挿入により固体は粉化することも多く、実用化においてしばしば問題になります。従って、このPdの物理的特異性の原因を解明できれば、新たな廉価な水素機能性金属系材料の開発のヒントが得られると期待されます。

研究内容と成果

NIMSと東京工業大学から成るチームは、アーク溶解などを用いて、多くの金属、合金、金属間化合物[用語4]を合成し、電気陰性度に相当する知見を得るために、仕事関数[用語5]の実験的評価を行いました。また、その水素吸蔵[用語6]特性の有無を、実験的に確認しました。固体内での化学結合に関する知見を得るために、第一原理計算[用語7]を用いて、母体金属、金属間化合物、及びそれらの水素化物の電子構造を評価しました。

本研究で得られた成果を、以下に箇条書きに示します。

1.
遷移金属と水素との化学結合に着目し、第一原理計算を用いてPd水素化物の特異性を明らかにしました。金属/水素間の強い共有結合を特徴とする化合物のほとんどは、図(a)に示すように、分子状水素化物(紫色の領域)を形成しますが、Pdの水素化物は、共有結合からなる物質にもかかわらず、例外的に、固体状態を保持することができます。
2.
代表的な水素吸蔵金属間化合物において、水素吸蔵時の、各元素の酸化数の変化を詳細に調査し、水素の酸化数と母体金属の仕事関数の間の相関を確認しました。
3.
遷移金属はその最外殻d軌道を用いて水素と結合性生相互作用を生じ、固体水素化物を形成します。それゆえ、そのd軌道が完全占有され閉殻電子構造を持つ銅族金属などは、水素化物を形成しません。
4.
他のニッケル(Ni)族元素(Ni, 白金)とPdの水素化の違いを、電子構造計算から得られた弾性率[用語8]の違いから説明することに成功し、もっとも軟らかいPdのみが水素化物を形成できることを見つけました。(図(b))。d軌道は、最大10個の電子を受容することが可能です。一般に、d軌道が電子によりわずかに占有されるとき、あるいは、ほぼ完全に占有されるときに、弾性率は低下し軟らかくなります。
5.
さらに、この硬さに基づく水素化の判定指標は、金属、合金だけでなく、水素吸蔵金属間化合物にも適用できることを明らかにしました。約180 GPa以下の弾性率を持つ軟らかい物質は、水素化物の生成が可能になります。(図(b))この結果は、水素化物の生成の有無が、母体金属の局所構造の硬さという単純なパラメータに依存することを示しています。酸化物、窒化物、硫化物などの生成には、このような因子は考慮されておらず、水素化物生成の特異性と言えます。

周期表における水素化物の生成マップ。遷移金属の中央および右側領域では、(Pdを除いて)水素化物は出現しません。

遷移金属、及び代表的水素吸蔵金属間化合物の体積弾性率。水素を吸蔵する物質、吸蔵しない物質を、それぞれ、青字、黒字で示します。遷移金属のd電子は共有結合性相互作用により化学結合を強めます。d軌道が、電子により半分程度満たされたときに強い共有結合を形成し、硬くなります。一方、d軌道がわずかに占有されるとき、あるいは、ほぼ完全に占有されるときに、軟らかくなります。約180 GPaよりも小さな弾性率を持つ軟らかい金属は、水素を吸蔵することが多いことがわかります。

図(a) 周期表における水素化物の生成マップ。遷移金属の中央および右側領域では、(Pdを除いて)水素化物は出現しません。(b) 遷移金属、及び代表的水素吸蔵金属間化合物の体積弾性率。水素を吸蔵する物質、吸蔵しない物質を、それぞれ、青字、黒字で示します。遷移金属のd電子は共有結合性相互作用により化学結合を強めます。d軌道が、電子により半分程度満たされたときに強い共有結合を形成し、硬くなります。一方、d軌道がわずかに占有されるとき、あるいは、ほぼ完全に占有されるときに、軟らかくなります。約180 GPaよりも小さな弾性率を持つ軟らかい金属は、水素を吸蔵することが多いことがわかります。

図(a) 周期表における水素化物の生成マップ。遷移金属の中央および右側領域では、(Pdを除いて)水素化物は出現しません。(b) 遷移金属、及び代表的水素吸蔵金属間化合物の体積弾性率。水素を吸蔵する物質、吸蔵しない物質を、それぞれ、青字、黒字で示します。遷移金属のd電子は共有結合性相互作用により化学結合を強めます。d軌道が、電子により半分程度満たされたときに強い共有結合を形成し、硬くなります。一方、d軌道がわずかに占有されるとき、あるいは、ほぼ完全に占有されるときに、軟らかくなります。約180 GPaよりも小さな弾性率を持つ軟らかい金属は、水素を吸蔵することが多いことがわかります。

今後の展開

今回の成果は、新たな合金、金属間化合物の水素吸蔵の可否の迅速な判定を可能にすると期待されます。現在は本手法の有効性、適用範囲をさらに確認している段階であり、今後、廉価でかつ安定供給が見込める元素をもとに、水素関連機能(例えば、水素透過、水素吸蔵)を有する金属間化合物の開発を進めていきます。それと同時に、その化学的応用展開も見据えます。

本研究は、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)の溝口拓NIMS特別研究員(東京工業大学 元素戦略研究センター 特定准教授)、朴相源外来研究者(東京工業大学 元素戦略研究センターPD研究員)、細野秀雄特別フェロー (東京工業大学 元素戦略研究センター 栄誉教授、特命教授)によって行われました。本研究成果は、米国化学会Journal of the American Chemical Society誌の速報として2021年7月21日にオンラインで公開されました。

用語説明

[用語1] 水素化物 : 水素の化合物に対する一般名称。我々になじみ深い軽元素である水素は、中性状態だけでなく、陽イオンにも、陰イオンにもなり得る変幻自在な元素です。相手となる金属元素に応じて、水素の酸化数が変化します。

[用語2] 水素脆性 : サイズの小さな水素は、しばしば金属中に侵入することが可能です。そのとき、金属の靭性は低下し、機械的強度の劣化を引き起こします。

[用語3] 水素透過材料 : 水素分子の、選択的透過を可能にする材料であり、高純度水素ガスの精製などの用途があります。水素の拡散能力だけでなく、水素脆性による機械的劣化を生じないことが必要とされます。この要求を満足する材料として、Pd基の合金が知られています。

[用語4] 金属間化合物 : 複数の金属元素からなる化合物(構成元素の原子比は整数)。ユニークな物理的性質を示すことが多く、強磁性、超伝導、半導体特性などを発現し、実用化されている物質が多く知られています。金属は延展性に富むことが特徴ですが、金属間化合物は一般に脆く、母体金属とは異なる機械的性質を持ちます。

[用語5] 仕事関数 : 金属固体中では価電子が電子構造の主役を担い、化学結合を通じて固体状態の形成や各金属の個性の発現に寄与します。その価電子を固体から外部(真空)に取り出すのに必要なエネルギーを仕事関数と呼びます。

[用語6] 水素吸蔵 : 固体の状態で、大量の水素を取り込むこと。

[用語7] 第一原理計算 : 原子とその位置のみを指定して実行する、電子構造に関する理論計算。固体の各種物性などの理論的評価に威力を発揮します。

[用語8] 弾性率 : 圧縮率の逆数であり、圧縮し難さと言えます。直感的には、硬さに相当し、圧力の単位で表示されます。1 atm(気圧)= 105 Pa(パスカル)です。G(ギガ)は109の接頭語であり、 1 GPa = 109 Paです。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
A View on Formation Gap in Transition Metal Hydrides and Its Collapse
著者 :
Hiroshi Mizoguchi, Sang-Won Park, Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点電子活性材料チーム 特別フェロー / チ-ムリーダー

東京工業大学 栄誉教授 / 同 元素戦略研究センター 特命教授

細野秀雄

E-mail : HOSONO.Hideo@nims.go.jp
hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点電子活性材料チーム NIMS特別研究員

東京工業大学 元素戦略研究センター 特定准教授

溝口拓

E-mail : MIZOGUCHI.Hiroshi@nims.go.jp
Tel : 029-851-3354 : 4705

取材申し込み先

物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室

E-mail : pressrelease@ml.nims.go.jp
Tel : 029-859-2026 / Fax : 029-859-2017

東京工業大学 総務部 広報課

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Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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