要点
- 2次元物質の特徴を併せ持つ、高エントロピー物質の新物質群を創製
- 3種類の2次元結晶を基にして16種類の高エントロピー物質を合成
- 混合前の2次元結晶にはみられない電子物性と優れた化学耐久性を実現
概要
東京工業大学 元素戦略研究センターの应天平(Tianping Ying)研究員(研究当時)、細野秀雄栄誉教授らは、高エントロピー2次元ファンデルワールス結晶(HEX)を創出した。
高エントロピー物質は、5種類以上の原子を等量で混合して溶解することで安定化させたもので、2004年に合金で初めて提唱され、膨大な新物質の生成と新しい物性の実現が期待されており、世界中で研究が活発化している。一方、層間が弱い結合(ファンデルワールス結合)で結ばれた2次元物質では、超伝導や単層化することで、グラフェンが持つような3次元物質ではみられない新しい物性が数多く見出されており、物性研究の新しい舞台となっている。
本研究は、高エントロピー物質と2次元物質の特徴を併せ持つ物質の実現を目指して行われたもので、3種類の2次元結晶を使って、16種の高エントロピー物質の合成に成功した。これらの物質では、超伝導、金属・半導体転移、磁気秩序や優れた化学耐久性など、単独の2次元物質ではみられない物性が確認された。
高エントロピー物質についてはこれまで、3次元の結晶構造をもつ物質を中心に研究が展開されてきたが、今回の成果によって2次元ファンデルワールス結晶を舞台にした展開が可能になり、数多くの新物質や新機能の発見が期待される。
この研究成果は米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」の、4月29日付にオンライン公開された。
研究の背景と経緯
物質同士の混ざりやすさは、混合した際に生じる熱(溶解熱)と、可能な原子配置の場合の数をいうエントロピーの変化(混合のエントロピー)で決まる。通常は前者が支配的であり、異なる物質は混合した際の発熱が大きいほどよく溶解する。しかし近年では、これまで混ざり合わないと考えられていた組成でも、後者の寄与が支配的になって均一に成分が溶解する化合物(高エントロピー物質)が見出されている。2004年には、4種類または5種類以上の成分が、ある結晶構造の同一の位置をランダムに占有できるとすると、そのような場合の数(配置のエントロピー)が急激に増大し、溶解熱が吸熱であっても溶解が可能になることが提唱された。以来、金属系で多くの新しい高エントロピー物質が報告されている。
一方、2次元物質では、その代表であるグラフェンが持つような、3次元物質にはみられない特徴的な電子の状態や、それに起因するユニークな物性が相次いで見つかっており、機能性発現の舞台の1つとなっている。当研究グループは、これまで電子がアニオンとして働くエレクトライド(電子化物)で、アニオン電子が層間に存在する初めての2次元エレクトライド物質[参考文献1、2]や、トポロジカル物性と2次元磁石を研究するためのプラットホームとして、磁性層と非磁性層からなる磁気ヘテロ構造のバルク物質(MnBi2Te4)m(Bi2Te3)n(ここでm,nは整数)を報告してきた[参考文献3、4]。
今回の研究では、2次元物質の特徴と高エントロピー物質の利点を併せ持つ、高エントロピー2次元ファンデルワールス結晶の創製をおこなった。目標とする物質では、図1のように、化学組成だけでなく、電荷(charge)、スピン(spin)、層間(interlayer)、単層の角度(angle twist)をずらした接合など、多くの自由度が存在するため、多彩な機能の発現が期待される。
- 図1.
- 高エントロピー2次元ファンデルワールス結晶で可能になる設計の自由度。電荷、組成、スピンは高エントロピー物質の、層間、積層、角度のずれはファンデルワールス結晶の特徴。
研究の内容
母体となる2次元物質として、遷移金属ニカルコゲナイド、ハロゲン化物、リン三硫化物の3種類の2次元結晶を選択したうえで、4-5種類の遷移金属を等量ずつ混合し、均一な固溶体が得られる組み合わせを検討した。その結果、16種類の高エントロピー物質を見出すことができた。図2に示すように、いずれも極めてシャープなX線回折パターンを示し、各原子の空間分布も均一である。また、数ミリサイズの単結晶が得られる物質では、層が容易に剥離できること、さらに平らな面での段差が各層の厚さの整数倍になっていることから、狙い通りの高エントロピー2次元ファンデルワールス結晶が合成できたことが確認された。
合成した物質では、図3のように単独の結晶ではみられない超伝導、磁気秩序、金属-絶縁体転移などの物性が観測された。特に酸やアルカリの溶液と対する耐久性が顕著に改善されることが見出された。
- 図2.
- 合成された4種類の高エントロピー2次元ファンデルワールス結晶。上の段から結晶構造、単結晶の写真、EPMA(電子プローブ電子線マイクロアナライザー)[用語1]による元素マップ、X線回折パターン、剥離した結晶表面の原子間力顕微鏡[用語2]写真(グラフ内の数値は段差)。
今後の展開
今回の研究によって、高エントロピー物質と2次元ファンデルワールス物質の両方の特徴を有する新物質群が存在することが明らかになった。このような新物質は、非常に多くの化合物カテゴリーで存在が予想される。またそうした新物質で発現する新物性も、電子物性のみならず、触媒などの化学物性に展開していくと期待される。2次元ファンデルワールス結晶は今後、MDXを活用した新たな高エントロピー物質の効率的な探索の有望なテーマになるであろう。
付記
今回の研究成果は、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型> (No.JPMXP0112101001)の支援によって実施された。
参考文献
[1] Lee, K., Kim, S. W., Toda, Y., Matsuishi, S., & Hosono, H. (2013). Dicalcium nitride as a two-dimensional electride with an anionic electron layer. Nature, 494(7437), 336-340.
[2] Hosono, H., & Kitano, M. (2021). Advances in materials and applications of inorganic electrides. Chemical Reviews, 121(5), 3121-3185.
[3] Wu, J., Liu, F., Sasase, M., Ienaga, K., Obata, Y., Yukawa, R., Horiba, K., Kumigashira, H., Okuma, S., Inoshita, T., & Hosono, H. (2019). Natural van der Waals heterostructural single crystals with both magnetic and topological properties. Science advances, 5(11), eaax9989.
[4] Wu,J., Liu,F., Liu,C., Wang,Y., Li,C., Lu,Y., Matsuishi,S., and Hosono,H.,(2020). Toward 2D magnets in the (MnBi2Te4)(Bi2Te3)n bulk crystal. Advanced Materials, 32(23), 2001815.
用語説明
[用語1] EPMA(電子プローブ電子線マイクロアナライザー) : 電子線を対象物に照射する事により発生する特性X線の波長と強度から構成元素の種類と濃度を分析する装置。1ミクロン程度まで領域を絞って分析が可能。
[用語2] 原子間力顕微鏡 : 試料の表面と探針の原子間にはたらく力を検出して画像を得る顕微鏡で、特別な前処理や真空を必要とせず、ナノメートルの分解能をもつ。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society 2021, 143, 18, 7042–7049 |
論文タイトル : |
High-entropy van der Waals materials formed from mixed metal dichalcogenides, halides and phosphorus trisulfides(混合遷移金属カルコゲナイド、ハロゲン化物とリン三硫化物から生成する高エントロピーファンデルワールス物質) |
著者 : |
Tianping Ying(应天平), Tongxu Yu(于同旭), Yu-Shien Shiah(夏佑賢), Changhua Li(李昌华), Jiang Li(李江), Yanpeng Qi(齐彦鹏) and Hideo Hosono |
DOI : |
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細野秀雄
E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5009
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E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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