太陽光の有効利用の観点から、広い波長範囲の可視光を利用できる光機能材料が求められています。可視光応答化の手段の一つとして、2価の鉛やスズ(Pb2+、Sn2+)などのローンペア電子[用語1]を有する元素の利用が検討されてきました。特に鉛フリーの観点から、スズをベースとした可視光応答型半導体材料が光触媒[用語2]やペロブスカイト太陽電池[用語3]の分野で盛んに研究されていますが、ローンペア電子を含むスズ化合物はこれまで酸化物やハロゲン化物に限られていました。
九州大学 工学研究院 応用化学部門の林克郎教授、赤松寛文准教授、中央分析センターの稲田幹准教授、工学府 応用化学専攻の渡辺寛大学院生(当時)、東京工業大学の前田和彦准教授、八島正知教授、藤井孝太郎助教、中村将志大学院生、名古屋大学の長谷川丈二特任准教授らの研究グループは、良好な電子伝導性を持ちつつも元来可視光を吸収しないペロブスカイト型スズ酸バリウム(BaSnO3)をホスト材料として用い、酸素欠陥存在下でヒドリド(H-)[用語4]をドープ(dope)[用語5]し、結晶内にSn2+を生じさせることによって、長波長の可視光に応答するスズ含有ペロブスカイト型酸水素化物[用語6]半導体を合成しました。この材料はこれまでに報告されているSn2+を鍵とした化合物よりも長波長の可視光を吸収・応答します。また、ヒドリド(H-)ドープによるバンド制御は容易でないため、これまでヒドリド(H-)を含有した光機能材料の報告例はほとんどありませんでした。
本研究によって示された、酸化物ホストへのヒドリド(H-)導入や酸素欠陥と複合化させる事による可視光吸収材料の合成手法は、無毒で安価な鉛フリー光吸収材料合成のための新たな設計戦略となることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金新学術領域研究「複合アニオン」(JP16H06440、JP16H06441)、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR20R2)の支援を受けました。
本研究成果は、米国化学会の国際学術誌『Chemistry of Materials』のオンライン速報版で英国時間2021年5月4日に掲載されました。
研究者からひとこと
本材料の結晶中に含まれるH-はSn2+と比べて少量ですが、可視光吸収の発現や結晶構造の維持には必要不可欠です。このH-によって構造の安定性やバンド構造の制御が実現でき、化学組成からは想定外の赤色顔料のような物質が得られた事に、面白さと奥深さを感じました。
用語説明
[用語1] ローンペア電子 : 原子の最外殻の電子のうち、直接共有結合に関与しない電子対のこと。孤立電子対とも呼ぶ。
[用語2] 光触媒 : 光を吸収することで、水分解などの酸化還元反応の速度を大幅に促進する物質のこと。
[用語3] ペロブスカイト太陽電池 : ペロブスカイト型構造を有する結晶を光吸収材料として用いた太陽電池のこと。
[用語4] ヒドリド(hydride, H-) : マイナス電荷を有する水素イオンのこと。
[用語5] ドープ(dope) : 主に半導体において、その特性を制御するため不純物を少量加えること。
[用語6] 酸水素化物 : 同一結晶内に酸素と水素が共存した化合物のこと。
論文情報
掲載誌 : |
Chemistry of Materials |
論文タイトル : |
Sn-Based Perovskite with a Wide Visible-Light Absorption Band Assisted by Hydride Doping |
著者 : |
Masashi Nakamura, Hiroshi Watanabe, Hirofumi Akamatsu, Kotaro Fujii, Masatomo Yashima, George Hasegawa, Miki Inada, Katsuro Hayashi, and Kazuhiko Maeda |
DOI : |
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