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ヒトiPS細胞から小腸細胞の作製に成功 医薬品開発の新しい吸収性評価ツール細胞として期待

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要点

  • コラーゲンビトリゲル膜を使用してヒトiPS細胞由来の小腸前駆細胞から小腸細胞(iPS-腸細胞)を作製
  • 生体の小腸に近い薬物輸送能と薬物代謝能を確認
  • iPS-腸細胞の細胞膜透過性から医薬品の経口吸収性を予測可能

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の粂昭苑教授、白木伸明准教授、吉田晋平大学院生(博士後期課程3年、兼 塩野義製薬株式会社 研究員)らの研究グループは、東京大学大学院薬学系研究科の楠原洋之教授、前田和哉准教授、関東化学株式会社の渡邊輝彦研究員らとの共同研究により、コラーゲンビトリゲル膜を使って、ヒトiPS細胞由来の小腸前駆細胞を高効率で成熟化し、小腸細胞(iPS-腸細胞)を作製することに成功した。

今回作製したiPS-腸細胞は、強固な細胞膜間隙、薬物輸送能、薬物代謝能があるため、従来から汎用されている経口吸収モデル細胞(Caco-2細胞)よりも生体の小腸に近い機能を備えている。さらに、各種医薬品のiPS-腸細胞単層膜の透過性を評価した結果、医薬品の経口吸収性と高い相関を示したことから、新しい医薬品の吸収性評価ツール細胞として創薬研究への活用が期待される。

この研究成果は、1月28日(米国東部時間)付けで国際幹細胞学会誌「Stem Cell Reports」にオンライン掲載される。

背景

小腸は小腸細胞を介して、アミノ酸、脂質などの栄養成分や水分を体内に吸収する重要な役割を担っている。一方で、異物が容易に体内に吸収されないように防御機能を有している。代表的な防御機能としては、細胞間に形成された強固な細胞膜間隙の結合、細胞内に移行した分子を腸管内に再び排出する輸送能、そして異物を修飾あるいは分解する代謝能が挙げられる。医薬品は生体にとって異物になるため、こうした小腸細胞の防御機能によって体内への吸収を制限される。

そのため、医薬品が薬効を発揮するためには、小腸から効率的に吸収されることが重要だ。医薬品の吸収性評価には現在、ヒト結腸癌由来のCaco-2細胞が広く用いられているが、医薬品に対する代謝能が極めて低いことが課題となっていることから、ヒトiPS細胞を小腸細胞に分化させ、吸収性評価のツール細胞にすることが期待されている。

ヒトiPS細胞から小腸細胞を作製する方法としては、3次元的な培養、多様な分化誘導因子の添加、分化に重要な分子の遺伝子導入といった方法が報告されている。これに対して研究チームでは、従来からよく使われている2次元的な平面培養を用いた、より簡単な小腸細胞作製方法の開発を目指した。

研究成果

粂教授と白木准教授らは、細胞接着活性と伸展活性に優れたコラーゲンビトリゲル膜への接着培養によって、小腸前駆細胞の高効率な成熟化を促した。その結果、小腸細胞マーカー分子であるvillinの陽性を示す小腸細胞(iPS-腸細胞)を作製することに成功した(図1)。この小腸細胞は、成熟化の指標であるアルカリフォスファターゼ活性を示した(図2)。なお、この小腸前駆細胞はヒトiPS細胞から大量に調製し、凍結保存することができる。

図1. 抗villin抗体で染色したiPS-腸細胞の蛍光顕微鏡観察像。

図1. 抗villin抗体で染色したiPS-腸細胞の蛍光顕微鏡観察像。

図2. アルカリフォスファターゼ(ALP)染色を行ったiPS-腸細胞の光学顕微鏡観察像。

図2. アルカリフォスファターゼ(ALP)染色を行ったiPS-腸細胞の光学顕微鏡観察像。

作製したiPS-腸細胞を解析したところ、小腸に発現する薬物輸送分子であるP-gp[用語1]BCRP[用語2]の遺伝子、および薬物代謝酵素であるCYP[用語3]3A4遺伝子を発現していることが明らかになった。次に、楠原教授、前田准教授らによるiPS-腸細胞の機能解析結果から、それらの薬物輸送分子と薬物代謝酵素が実際に基質の輸送と代謝をそれぞれ担っていることが示された。またiPS-腸細胞同士は強固に結びついていることが分かった(図3)。さらに、iPS-腸細胞と薬物をインキュベートした実験の結果、時間とともに薬物はiPS-腸細胞を透過し、その透過性は薬物の経口吸収性と良く相関することを確認した(図4)。これは、新しい医薬品の経口吸収率を、iPS-腸細胞での透過性から精度良く予測できることを意味する。

これらの結果から、ヒトiPS細胞由来の小腸細胞は医薬品の吸収性評価ツール細胞として有用であることが分かった。

図3. コラーゲンビトリゲル膜上で作製されたiPS-腸細胞の強固な細胞間隙の結合。

図3. コラーゲンビトリゲル膜上で作製されたiPS-腸細胞の強固な細胞間隙の結合。

図4. iPS-腸細胞の単層膜を介した薬物透過性と薬物の経口吸収率の関係。

図4. iPS-腸細胞の単層膜を介した薬物透過性と薬物の経口吸収率の関係。

今後の展開

今回作製に成功したiPS-腸細胞は、吸収性評価ツールとして医薬品の開発に広く活用できると考えられる。また薬物の代謝や輸送過程において薬物間相互作用が生じることも知られているため、さらに研究を進めることで、iPS-腸細胞を薬物相互作用の予測に活用できる可能性があると考えている。

付記

本研究は、「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業(再生医療技術を応用した創薬支援基盤技術の開発)(AMED-MPS事業)」の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] P-gp : ATP結合ドメインをもつATP Binding Cassette(ABC)タンパク質であり、ATPの加水分解と共役して能動的に薬物を輸送する。小腸、肝臓、腎臓で生体異物の体外への排出を行い、小腸においては小腸細胞から腸管腔内へと排出することで、薬物の吸収を抑制している。また、血液脳関門では生体異物の脳内への移行を抑制している。別名MDR1、ABCB1。

[用語2] BCRP : P-gpと同様にABCタンパク質であり、ATPの加水分解と共役して能動的に薬物を輸送する。発現部位や生体内での働きはP-gpに比較的類似している。別名ABCG2。

[用語3] CYP(シトクロムP450) : 薬物などの生体異物を酸化的に代謝する代表的な酵素。肝臓で最も多く発現し、小腸にも発現している。基質特異性が低いことから、多くの薬物はCYPの酸化的代謝により極性が高まり、体外に排泄される。また多くの分子種があるが、CYP3Aが最も多く発現し、中でもCYP3A4が代表的な分子種である。

論文情報

掲載誌 :
Stem Cell Reports
論文タイトル :
Generation of human induced pluripotent stem cell-derived functional enterocyte-like cells for pharmacokinetic studies
著者 :
Shinpei Yoshida1,2, Takayuki Honjo1, Keita Iino1, Ryunosuke Ishibe1, Sylvia Leo1, Tomoka Shimada3, Teruhiko Watanabe4, Masaya Ishikawa4, Kazuya Maeda5, Hiroyuki Kusuhara5, Nobuaki Shiraki1,§, Shoen Kume1,§
所属 :
1東京工業大学生命理工学院、2塩野義製薬株式会社、3シオノギテクノアドバンスリサーチ株式会社、4関東化学株式会社、5東京大学大学院薬学系研究科
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

教授 粂昭苑

E-mail : skume@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5812 / Fax : 045-924-5813

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 白木伸明

E-mail : shiraki@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5814

東京大学大学院 薬学系研究科

教授 楠原洋之

E-mail : kusuhara@mol.f.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-4770

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

関東化学株式会社 技術・開発本部 技術・開発部

E-mail : td-info@gms.kanto.co.jp
Tel : 03-6214-1070 / Fax : 03-3241-1042

東京大学大学院 薬学系研究科

教授 楠原洋之

E-mail : kusuhara@mol.f.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-4770


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