要点
- 光合成の過程における光化学系I以降の電子伝達が植物の生育に重要
- 葉緑体で働く新しい光合成電子伝達タンパク質を同定
- 光化学系I以降の電子が過剰になった際、安全弁として働くことを発見
概要
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の増田真二准教授らの研究グループは、葉緑体で働く新たな光合成電子伝達タンパク質[用語1]の存在を明らかにした。このタンパク質は陸上植物・シダ・コケ・緑藻などの光合成生物に特異的に存在していた。また、鉄硫黄クラスター[用語2]を持ち、光合成の過程のうち光化学系I[用語3a](PSI)以降の電子伝達に関与すると考えられる。
この電子伝達タンパク質を欠損した植物は、強光や変動光下での光合成生育が不全になった。この新たな光合成電子伝達経路の解明は、教科書に取り上げられる光合成電子伝達系路を刷新し、光合成高効率化の新手法の開発に直結する。
研究成果は1月12日に米国セル・プレス社の「iScience(アイサイエンス)」オンライン版に掲載された。
背景と経緯
植物が行う光合成は、明反応[用語4]と呼ばれる光に依存する電子伝達反応と、暗反応[用語5]と呼ばれる光に直接依存しないカルビンベンソン回路[用語6]による二酸化炭素同化反応からなる。この2つの光合成反応は太陽から降り注ぐ光エネルギーを化学エネルギーに変換することで、地球上のほぼ全ての生物の活動に必要なエネルギー供給の根幹を支えている。
明反応では、まず光化学系II[用語3b](PSII)で光エネルギーによる水の分解が行われ、電子(e-)・水素イオン(H+)・酸素(O2)が発生する。電子はその後、プラストキノン(PQ)、チトクロムb6f複合体(Cyt b6f)、プラストシアニン(PC)を経由し、光化学系I(PSI)で光エネルギーを再度受け取る。光エネルギーを受けとった電子は、フェレドキシン(Fd)を経由して、最終的に酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADP+)に渡り、還元型NADP(NADPH)が作られる。この電子伝達により、水素イオンがストロマ[用語7]からルーメン[用語8]に運ばれ、その結果、水素イオンの濃度勾配が膜を隔てて作られる。この水素イオンの濃度勾配を利用してアデノシン3リン酸(ATP)がつくられる。この明反応で作られたNADPHとATPをそれぞれ還元力およびエネルギー源として、カルビンベンソン回路において二酸化炭素から有機物がつくられる。この反応は、教科書でも取り上げられる有名な反応である(図1)。
しかし最近の研究から、光化学系Iからの電子はNADP+以外の様々な経路へ伝達されることがわかってきている。例えば、光化学系I やフェレドキシンはプラストキノンや酸素へも電子を伝達する(図1)。この代替的電子伝達経路は電子が過剰に電子伝達系に供給される強光条件などで、電子の詰まりを解消する安全弁の役割があると考えられている。電子伝達系内の過剰な電子は、細胞に毒性のある活性酸素種[用語9]を生み出すことから、この安全弁の働きは、植物が強光下や変動する光環境で生育するうえで必須と考えられている。しかしその代替的電子伝達経路の詳細は不明だった。
研究内容
今回、増田准教授らは代替的電子伝達経路に関わる新たな電子伝達タンパク質の候補をバイオインフォマティックス[用語10]的手法により同定した。その候補タンパク質の中で、3つのシステイン[用語11]からなる特徴的なアミノ酸配列を持つものを、Triplet-cysteine repeat protein(TCR)と名付け解析した。システインは、鉄硫黄クラスターを結合するなど、電子伝達に関係した機能を発揮する場合が多いからである。
TCRタンパク質を大腸菌内で発現させ、精製したところ、鉄硫黄クラスターを保持していた。精製したTCRは、試験管内でフェレドキシンから効率よく電子を受け取った。次に、ゲノム編集[用語12]により、モデル植物シロイヌナズナのtcr変異体を作出したところ、この変異体は、野生型や相補株(tcr変異体にTCR遺伝子を導入した個体)に比べ、強光条件下での生育が抑制された(図2)。このtcr変異体の光合成電子伝達速度を調べたところ、野生型に比し、特に光化学系I以降の電子の流れが抑制されていることがわかった。
以上のことから、TCRは光合成電子伝達鎖に過剰に電子が供給された際に働く代替的電子伝達経路のタンパク質と考えられる(図1)。
今後の展開
今回の研究により、今まで不明な点が多かった光合成電子伝達における代替的電子伝達経路の一端が明らかとなった。これを足掛かりに、変動する光環境下でも光合成を高効率に行う植物の開発が進むことが期待される。
付記
本研究は、科学研究費助成事業の支援を受けて実施した。
共同研究グループ
本研究は、東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系のTrinh Mai Duy Luu大学院生(研究当時)、宮崎大地大学院生(研究当時)、小野すみれ大学院生(研究当時)、同科学技術創成研究院の野亦次郎助教、丹羽達也助教、田口英樹教授および久堀徹教授、東京大学の河野優助教、名古屋大学の三野広幸准教授、京都産業大学の桶川友季博士研究員、本橋健教授と共同で行った。
用語説明
[用語1] 光合成電子伝達タンパク質 : 光合成では、水を分解して得られた電子を、タンパク質間を順々に伝達させることで、水素イオンの膜を隔てた濃度勾配を作る。この電子伝達を担うタンパク質群を指す。
[用語2] 鉄硫黄クラスター : 計4~8個の鉄原子と硫黄原子が作る構造体で、電子伝達を行う。タンパク質中のシステイン残基に結合することで安定化している。
[用語3a] 光化学系I : 光エネルギーを使って電荷分離を行う光合成で中心的な働きをする2種類の色素タンパク質複合体のことで、発見された順に光化学系Iおよび光化学系IIと名付けられた。
[用語3b] 光化学系II : [用語3a] を参照のこと。
[用語4] 明反応 : チラコイド膜上で行われる光合成電子伝達反応を指す。光依存性反応とも呼ばれる。
[用語5] 暗反応 : 明反応で合成されたATPとNADPHを用いて、二酸化炭素から糖を合成する反応を指す。光非依存性反応とも呼ばれる。
[用語6] カルビンベンソン回路 : 葉緑体で行われる二酸化炭素を同化する一連の代謝反応で、カルビンとベンソンらによって発見された。
[用語7] ストロマ : 葉緑体内部に発達しているチラコイド膜の外側の区画のこと。
[用語8] ルーメン : 通常、細胞小器官内に発達している膜系の内部を指す。この場合、葉緑体内に発達しているチラコイド膜の内側の区画のこと。
[用語9] 活性酸素種 : 酸素分子(O2)が還元された、または、励起エネルギーを受け取ることで電子スピンの向きが変化するなどした分子種のこと。核酸やタンパク質などの細胞構成成分と反応することで毒性を発揮する。
[用語10] バイオインフォマティックス : ゲノム塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列などの文字情報を、コンピュータ上で解析し、生物学的に新しい知見を得ることを目指す学問全体を指す。
[用語11] システイン : タンパク質を構成するアミノ酸の一種で、側鎖にチオール基(SH基)をもつ。
[用語12] ゲノム編集 : ゲノムを任意に改変する技術。昨年、2名の女性研究者にノーベル化学賞の受賞が決定したCRISPR/Cas9と呼ばれる方法が有名。
論文情報
掲載誌 : |
iScience |
論文タイトル : |
The evolutionary conserved iron-sulfur protein TCR controls P700 oxidation in photosystem I |
著者 : |
Mai Duy Luu Trinh, Daichi Miyazaki, Sumire Ono, Jiro Nomata, Masaru Kono, Hiroyuki Mino, Tatsuya Niwa, Yuki Okegawa, Ken Motohashi, Taguchi Hideki, Toru Hisabori, and Shinji Masuda |
DOI : |
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- 増田研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 増田真二 Shinji Masuda
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 丹羽達也 Tatsuya Niwa
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 田口英樹 Hideki Taguchi
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 久堀徹 Toru Hisabori
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- 科学技術創成研究院(IIR)
- 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター
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- 研究成果一覧
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准教授 増田真二
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