要点
- 生きた細胞内のpH変化を測定できる発光型タンパク質センサーを開発
- 励起光が必要ないため、光駆動の反応による生体内の状態変化を観測可能
- 光合成反応に伴う細胞内の水素イオンの動態を検出することに成功
概要
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系 中村俊吾大学院生(研究当時)と科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の久堀徹教授らは、細胞内のpH変化[用語1]をリアルタイムにモニターできる新しい発光型タンパク質センサーを開発し、光合成反応に伴って細胞内のpHが変化する様子を捉えることに成功した。
細胞内の様々な生理状態の変化を探るために、これまで緑色蛍光タンパク質GFP[用語2]をベースとするタンパク質センサーが数多く開発されてきたが、これらを光合成生物で用いる場合には、測定に必要な励起光が光合成反応に影響してしまう点が大きな問題だった。本研究では、発光タンパク質とpH応答性の蛍光タンパク質を組み合わせることで、励起光を必要としない新たな発光型センサータンパク質「Luphin[用語3]」を開発した。
光合成反応では、光合成電子伝達反応によってNADPH[用語4]が生成されるとともに、チラコイド膜という閉じた膜系の内側に水素イオンが輸送され、酸性の状態にする。Luphinを用いることで、このような細胞内の水素イオンの移動をリアルタイムに捉えられることが確かめられた。さらに、水素イオンの移動が、予想されていた光照射時だけでなく、明条件から暗条件に移したときにも起こり、光合成細胞内の水素イオン動態が様々な因子によって制御されていることが明らかになった。
研究成果は12月1日付け「Journal of Biological Chemistry」電子版に発表された。
背景
pHは、様々な化学反応の速度を規定する重要な環境因子であり、生体内では通常一定に保たれている。しかし、細胞内小器官であるミトコンドリアでの呼吸や、葉緑体での光合成のように、水素イオンを積極的に利用して代謝反応を行っている場合には、pHが大きく変動すると予想される。
光合成生物では、光エネルギーを捕集するクロロフィル分子が光照射により励起され、反応中心にエネルギーを集めて水を分解している。これによって、水が酸素と水素イオンに分離されると同時に、電子が引き抜かれ、この電子が複数のタンパク質複合体に順次伝達されて、最終的にNADPHという還元物質を生じている。この一連の反応を、光合成電子伝達反応と呼ぶ。光合成電子伝達反応に関わるタンパク質複合体は、葉緑体の内膜系であるチラコイド膜に埋め込まれている(図1A)。そして、電子伝達反応に伴って、水素イオンを葉緑体のストロマ側からチラコイド膜の内側に向かって輸送する。したがって、光合成反応が行われると、ストロマ側のpHが上昇し(アルカリ性になる)、チラコイド膜の内側のpHが低下(酸性になる)する。葉緑体を緑葉から単離すると、光照射に伴うストロマ側のpHの上昇をpHメーターで簡単に測ることができる(ただし、葉緑体を囲っている包膜をあらかじめ壊しておく必要がある)。
しかし、生きた細胞内で光合成に伴って起こるpH変化はもっと複雑である。葉緑体の先祖と考えられている単細胞生物のシアノバクテリアの場合には、細胞内にチラコイド膜が形成されていて、ここが光合成の場となっている(図1B)。したがって、光照射によって細胞質ゾルのpHは上昇し、チラコイド膜の内側のpHは低下することが予想される。生きた細胞の内部にpHメーターの電極を差し込むことはできないので、細胞内のpH変化を実測するにはセンサータンパク質を導入する必要がある。しかし、これまで開発されてきたpHセンサータンパク質はいずれも励起光を必要とする蛍光タンパク質であり、光合成反応に必要な光との競合が起こるため、生きた光合成生物の細胞でのpH測定が困難であった。
研究成果
研究チームは、生きた細胞での光合成に伴うpH変化を測定できる、励起光を必要としないタンパク質センサーの開発を目指した。光合成生物の細胞質ゾルや葉緑体のストロマでは、pHの変動が中性よりアルカリ側の範囲で起こることが知られていた。そこで、本研究では、緑色蛍光タンパク質(GFP)に様々な変異を導入し、pH7~8.5の範囲でpHの変化に応じて蛍光強度が直線的に変化するセンサータンパク質EGFPpHを作成した。このEGFPpHを励起光源ではなく生物発光によって励起するために、市販の発光タンパク質NanoLucを励起光源タンパク質として採用した。NanoLucは、海生のトゲオキヒオドシエビ(Oplophorus gracilirostris)由来のルシフェラーゼを商品化したもので、Furimazineという化合物を添加することで460 nmを発光スペクトルのピークとする極めて強い光を発する。
NanoLucとEGFPpHを結合すると生物発光共鳴エネルギー移動(BRET)[用語5]が起こり、EGFPpHの蛍光がpHに応じて510 nm付近をピークとして観察された(図2)。NanoLucの発光ピークである460 nm付近の発光ピーク付近のシグナルとEGFPpHの蛍光ピーク付近のシグナルの強度比は、pHに対してほぼ直線になるので、ルミノメーターを用いて両波長のシグナルを測定すると、細胞内のpH変化を見積もることが可能になる。こうして得られたセンサータンパク質は、励起光を必要とせず、細胞内で発現した場所のpH、あるいはその変化を自在に測定できる、新しい発光型pHセンサータンパク質である。そこで、このセンサータンパク質をLuphin(Luminescent pH indicator protein, ルフィン)と命名した。
次に、このLuphin分子をシアノバクテリアSynechocystis sp. PCC6803[用語6]の細胞内に発現させた。シアノバクテリアに光照射すると、図1Bに示したように、光合成電子伝達系の働きにより水素イオンが細胞質ゾルからチラコイド膜の内腔側に輸送される。したがって、細胞質ゾルのpHは上昇すると考えられる。実際に、Luphinのシグナルはそのように変化した。単離葉緑体では、光照射をしている間はチラコイド膜の外側のpHが高い状態で維持されることがわかっていたが、Luphinを発現させたシアノバクテリアの細胞質ゾルでは、数分の内にpHが低下する様子が観察された。さらに興味深いことに、光照射状態から暗条件に移すと、再び一過的なpHの上昇が確認された。
シアノバクテリアでは、チラコイド膜上に呼吸鎖複合体の機能をもったタンパク質が共存している。そして暗条件では、光合成反応の代わりに呼吸鎖電子伝達系を駆動してエネルギー代謝を行っている。暗条件下で見られる一過的なpH変化は、このような呼吸鎖の機能を示しているのかもしれない。明条件から暗条件、あるいは暗条件から明条件に移したときのpH変化は、どちらも電子伝達阻害剤で抑えることができた。また、脱共役剤を加えるとpH変化が観察されなくなった。これらの結果から、Luphinは確かに細胞内の水素イオンの移動による局所的なpH変化を捉えていると考えられる。
今後の展開
光照射を継続していても細胞質のpHが回復する、すなわちチラコイド膜内腔から水素イオンがリークする原因としては、シアノバクテリア細胞内の他のイオン輸送体の働きが考えられる。また、暗条件に移したときのpHの一過的な上昇には呼吸鎖の働きが関与していると予想される。今後、Luphinのシグナルを手がかりに、細胞内で働く様々な因子の働きが明らかにできるものと期待している。
謝辞
本研究は、科学研究費助成事業 新学術領域研究「新光合成:光エネルギー変換システムの再最適化」(計画班代表:久堀徹教授)の支援を受けて行われた。
用語説明
[用語1] pH変化 : 生体内は、水にいろいろな物質が溶けている状態なので、水素イオンの濃度(正確には活量)が様々な化学反応の起こりやすさを決めている。水素イオン濃度を表す指標としてはpHが通常用いられ、pH = -log10 f×[H+] と表される。fは水素イオンの活量係数、[H+]は水素イオンのモル濃度である。すなわち、pHが1変化するとモル濃度では10倍(または1/10)の変化になる。
[用語2] 緑色蛍光タンパク質(GFP) : GFPはGreen Fluorescent Proteinの略。1960年代に下村脩博士がオワンクラゲ(Aequorea victoria)で発見し、精製した緑色の蛍光を発するタンパク質。安定で生理活性を持たないため、様々な細胞内に遺伝子レベルで組み込まれ、マーカーとして用いられている。生体内の事象を可視化することに大いに貢献し、今日の生命科学を飛躍的に発展させた。下村脩博士はこの功績で2008年にノーベル化学賞を受賞した。
[用語3] Luphin : Luminescent pH indicator protein の略称。発光型のpHセンサータンパク質で、pH7から8.5の弱アルカリ領域でのpH変化を検知することができる。
[用語4] NADPH : ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸。他の分子と電子のやり取りをすることで、酸化型のNADPと還元型NADPHの間で相互変換する。光合成生物では、NADPHは炭素固定反応の還元力供給源となる。
[用語5] 生物発光共鳴エネルギー移動(BRET) : (BRETはBioluminescence Resonance Energy Transferの略称)発光タンパク質の発光スペクトルと蛍光タンパク質の励起スペクトルでそれぞれのピーク波長が重複する場合に、エネルギー移動が起こり、蛍光タンパク質が蛍光を発する現象。発光タンパク質は一定の発光を示すので、発光タンパク質の発光ピークと蛍光タンパク質の蛍光ピークのそれぞれのシグナル強度の比を計算することにより、タンパク質の発現量に関わりなく、シグナル変化の測定が可能である。
[用語6] シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC6803 : シアノバクテリアは、太古の昔、別の真核生物に細胞内共生したことで葉緑体に進化したと考えられており、葉緑体の祖先といわれている。細胞内に多量のフィコビリンタンパク質を光捕集タンパク質として貯めており、その色が藍色に見えることからこの名前がついている。Synechocystis sp. PCC6803は、1996年にかずさDNA研究所で最初に全ゲノムが解読された単細胞の真核光合成生物で、光合成研究ではモデル生物として扱われている。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of Biological Chemistry |
論文タイトル : |
A luminescent Nanoluc-GFP fusion protein enables readout of cellular pH in photosynthetic organisms |
著者 : |
Shungo Nakamura, Nae Fu, Kumiko Kondo, Ken-ichi Wakabayashi, Toru Hisabori, Kazunori Sugiura |
DOI : |
- プレスリリース 光合成細胞内のpH測定が可能な発光型タンパク質センサー —細胞内の水素イオンの移動をリアルタイムに捉える—
- 細胞内の状態を可視化するセンサーの開発|東工大ニュース
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- 久堀・若林研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 久堀 徹 Toru Hisabori
- 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
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