要点
- 沈み込むプレートは、その上のマントルに流動を生じさせることがある。
- 新しく整備された広域海底地震観測網により、太平洋から北海道・東北地方沿岸部の地下に、冷たく動かないマントルがあることがわかった。
- これは日本海側の高温で流動するマントルと対照的で、この基本構造が沈み込み帯の変形や地震・火山活動を支配していると考えられる。
- 世界の他の沈み込み帯では実現できなかった、海溝から陸域下にいたる広い領域のマントルウエッジの流動構造を明らかにした初めての成果。
概要
沈み込み帯[用語1]でマントルの中に沈み込んでいる冷たく硬い海のプレートの動きは、表層地殻と沈み込むプレートの間にあたるマントル(マントルウエッジ[用語2])の温度が高いと、そこにゆっくりとした流動を生じさせます。この流動は、プレート境界の深部での地震活動、マグマの生成、流体の地球深部への運搬など日本列島下の様々な動きの原動力となっています。東北大学大学院理学研究科の内田直希准教授らの研究グループは、東京工業大学中島淳一教授、防災科学技術研究所浅野陽一主任研究員らとの共同研究により、同研究所の日本海溝海底地震津波観測網(S-net)が捉えた地震波形データを分析することで、太平洋下から北海道・東北地方沿岸部までのマントルウエッジ内では流動が生じていないことを明らかにしました。日本海側では流動が見られるという、陸上の地震観測にもとづく先行研究の結果とは対照的です。地表付近の温度の観測とシミュレーションによって予想されていたことではありますが、それを実測した初めての成果です。
本研究成果は、学術雑誌Nature Communicationsに2020年11月10日(火)付けでオンライン公開されました。
背景と調査内容
海洋プレートが海溝から沈み込むと、その表面は、最初は流動しない地殻や冷たいマントルと接しますが、その後深くなるにつれて高温で動きやすいマントルと接し、マントル側を引きずりはじめ、流動を生じさせます(図1)。この非流動から流動への変化は、流体の地下深部への運搬やマグマの発生、地下の強度など、日本列島の骨格となる地下の構造や動きの原因となっていると考えられています。
一方、マントルの岩石を構成する鉱物は方向により地震波を伝える速度が異なるという性質(地震波速度異方性)を持ちますが、マントルに流動があると鉱物が一定の方向に並び、鉱物を含む岩石全体が地震波速度異方性をもつようになります。しかし、流動しない場合は、岩石内の鉱物の方向がばらばらとなり、岩石全体としては異方性を持たなくなります。したがって、地震波速度異方性があるかどうかで、マントルの流動・非流動を見分けることができます。本研究では、S波スプリッティング[用語3]という、異方性をもつ岩石中を地震の横波(S波)が通過すると、その波が2つに分かれるという性質を用いて、沈み込むプレートと地表付近の間のマントルウェエッジについて、異方性をもつ岩石の有無を調べました。
調査には、平成28年から国立研究開発法人防災科学技術研究所が運用を開始した150点の観測点を全長5,500 kmの光ケーブルで繋いだ日本海溝海底地震津波観測網(S-net)を用いました(図1)。この観測網は、世界で初めての広域・多点のリアルタイム海底観測網です。S波スプリッティング解析には、地震の真上にある地震計を用いる必要があるため、この新しい海域観測網により、海域下での地震波速度異方性の有無を調べるチャンスが現れました。
結果
S波スプリッティング解析の結果、海域の地下では海溝に平行の方向の速度が速いと推定されました(図2右)。これは、これまで東北・北海道の中軸部にある火山フロント[用語4]より海側(前弧[用語5])の限られた陸地でのみ調べられていた結果(図2左)と同様です。しかし、観測された地下でのS波スプリッティングは、マントルウエッジを波が通過しない浅い地震およびプレート境界上の位置が異なる地震の解析の比較(図2右)から、マントルではなく、それより浅い地殻部分に起因するものと推定されました。すなわち、前弧の全域でマントルウエッジは異方性を持たず、流動がないということがわかりました。
これまで、地下の温度のシミュレーション等により沈み込むプレートの深さが70 - 100 km付近(地上では、海岸線から火山フロント付近)より日本海側で流動が起きると推測されてきましたが、今回の結果はその考えと調和的でした。世界の沈み込み帯においても前弧の大部分は海底下にあるため、S波スプリッティングデータは断片的にしかありませんが、その多くが東日本と似た傾向を示しており、本研究で明らかになった火山フロント付近を境とするマントルウエッジの流動・非流動という動的性質の違いは、沈み込み帯の基本的な構造を示すものである可能性があります。
日本海溝海底地震津波観測網(S-net)
S-net(Seafloor observation network for earthquakes and tsunamis along the Japan Trench)は、海域で発生する地震や津波をリアルタイムに連続観測する大規模なインライン式の海底観測網です。東日本大震災をもたらした2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震を契機に、北海道の根室半島沖から千葉県の房総半島沖までの太平洋海底に地震計や水圧計から構成される観測装置を、太平洋沖の6つの海域((1)房総沖、(2)茨城・福島沖、(3)宮城・岩手沖、(4)三陸沖北部、(5)釧路・青森沖、(6)海溝軸外側)に150点設置しています。各観測点のデータは総延長約5,500 kmの光海底ケーブルで陸上局に伝送され、さらにそこから地上通信回線網で防災科研のほか気象庁等の関係機関に送信されています。観測データは、地震や津波の早期検知や、津波遡上域の予測に役立てられ、気象庁による緊急地震速報や津波の監視、津波情報の発表にも使われています。また、これらの観測データから、地殻変動や地震活動のモニタリングを通じ、スーパーコンピューターを用いたシミュレーション研究と組み合わせて、巨大地震の長期評価へ貢献することが期待されます。
研究資金等
地震及び火山噴火予知のための観測研究計画(文部科学省)(平成31~令和5年度)
科学研究費補助金(文部科学省)(研究課題15K05260、16H06473、17KK0081、19H05596)
防災科学技術研究所運営費交付金「地震・津波予測技術の戦略的高度化プロジェクト」
用語説明
[用語1] 沈み込み帯 : 2つのプレートが互いに近づく境界で、一方のプレートが他方のプレートの下に沈み込む帯状の領域。
[用語2] マントルウエッジ : 沈み込み帯において、沈み込むプレートと浅い地殻の間に挟まれたくさび形のマントル領域。
[用語3] S波スプリッティング : 方向により地震波が伝わる速度が異なる岩石中を伝わるS波(横波)が速いS波の振動方向と遅いS波の振動方向の2つに分かれる現象。
[用語4] 火山フロント : 沈み込むプレートが深さ100km程度になったところに存在する火山分布の、海溝側の境界を結ぶ線(図1)。
[用語5] 前弧 : 火山フロントより海側の領域。逆に反対側を背弧と呼ぶ。東北地方ではそれぞれ太平洋側と日本海側にほぼ対応。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
Stagnant forearc mantle wedge inferred from mapping of shear-wave anisotropy using S-net seafloor seismometers |
著者 : |
内田直希(東北大学大学院理学研究科)、中島淳一(東京工業大学)、Kelin Wang(カナダ地質調査所)、高木涼太、吉田圭佑、中山貴史、日野亮太、岡田知己(東北大学大学院理学研究科)、浅野陽一(防災科学技術研究所) |
DOI : |
- プレスリリース 東日本下に動かないマントルを発見 —新たな海域地震観測網が明らかにした日本列島下の流動構造—
- 「スロースリップ」による水の移動を解明|東工大ニュース
- プレート境界からの「水漏れ」が深部低周波地震を抑制?│東工大ニュース
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