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有機フッ素医農薬中間体の簡便な合成に成功 ―フォトレドックス触媒使い、室温で短工程の反応系を開発―

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概要

東京工業大学資源化学研究所の小池隆司助教、穐田(あきた)宗隆教授、富田廉大学院生らは、医農薬品中間体として有用なトリフルオロメチルケトン類を、入手容易なアルケン類(1)から直接合成することに成功した。フォトレドックス触媒(2)と呼ばれる光触媒を用いて、アルケン類から直接合成できる新しい反応系を開発して実現した。

開発した反応系の特徴は、可視光(LEDランプ照射)で働く光触媒を用い、室温という温和な条件で実施可能な点である。トリフルオロメチル基をはじめとするフルオロアルキル基(3)は医薬品の化学・代謝安定性や結合選択性などに大きな影響を与え、薬物活性の向上をもたらすことが知られている。このため、新反応系は医農薬品開発の分野で今後、広く使われていくことが見込まれる。

研究成果は7月7日発行の権威あるドイツ化学会誌「アンゲバンテ・ヘミー国際版」に掲載され、同時に口絵にも選ばれた。

研究成果

小池助教、穐田教授らは、人工光合成分野で活発に研究されている光触媒作用を有機分子の変換反応に活用しようと考え研究を進めた。今回、光触媒作用を最大限活用し、市販の求電子的トリフルオロメチル化剤(4)ジメチルスルホキシド(5)(酸化剤)を反応溶媒として用い、入手容易なアルケン類から直接、医農薬品中間体として有用なトリフルオロメチルケトン類の合成に成功した(図1(a))。この反応は、室温、LEDを光源とした可視光照射、汎用有機溶媒であるジメチルスルホキシドを酸化剤に用いるというきわめて温和な条件で実施可能である。

従来、トリフルオロメチルケトン類は対応するケトン類の活性化を経て合成されるのが一般的だったが、今回の研究成果によりアルケン類を原料として一段階で合成できるようになった(図1(b))。この反応系を利用することで多様な有機フッ素医農薬品合成への応用が期待される。

図1(a)本研究成果: 光触媒によるアルケン類の酸化的トリフルオロメチル化 (b)従来法と本方法の比較

図1 (a) 本研究成果:光触媒によるアルケン類の酸化的トリフルオロメチル化 (b) 従来法と本方法の比較

背景と経緯

近年、含フッ素低分子医薬品が増えている。1991年から2011年の間に売り出された新薬の14%が含フッ素医薬品といわれている(6)。フッ素化合物の特異な性質は以下に要約される(7)

1.
全元素中最大の電気陰性度(8)を有し、結合している炭素および近傍の炭素の電子密度を下げ、分子の化学状態の変化や酵素による酸化の抑制をもたらす。
2.
水素原子に次ぐ小さな原子であり、水素をフッ素に置き換えても生体は立体的に識別できず取り込む。
3.
炭素―フッ素結合は、炭素―水素結合や、炭素―炭素結合に比べ非常に強固であり、化学・代謝安定性を有する。
4.
フッ素化合物は親油性を増し、生体内での吸収、輸送を促進する。このような性質から、様々な有機フッ素生物活性物質が開発されている。

それと同時に、いかに簡便に、工程数を少なくフッ素ユニットを分子骨格に導入するかが重要な課題となっている。

小池助教、穐田教授らは、光触媒作用を研究する一方で、こうした課題に取り組み、市販されている取り扱いしやすいTogni試薬とUmemoto試薬という求電子的トリフルオロメチル化剤を用いることでアルケン類のトリフルオロメチル化反応が効率よく進行することを見いだした。加えてこの方法は、様々な官能基(9)をもつアルケン類のトリフルオロメチル化を可能にした。

今後の展開

小池助教、穐田教授らの開発した反応の特徴は、炭素―炭素二重結合にトリフルオロメチル基を導入するだけでなく、同時に他の官能基(今回の反応ではカルボニル基)も導入できる。さらに大量スケールでの反応も可能である。今後はカルボニル基以外の官能基の導入も可能にし、簡便・短工程で有用な有機フッ素化合物の合成法の開発とその医農薬品としての利用をめざす。

用語説明

(1) アルケン

脂肪族不飽和炭化水素で、C=C結合1個をもつ化合物の一般名。例えば、アルケンをオゾン酸化することでケトンなどのカルボニル化合物(>C=Oをもつ有機化合物)が得られる。

(2) フォトレドックス触媒

下図に示すようなビピリジン配位子を有するルテニウム錯体誘導体やフェニルピリジンを有するイリジウム錯体誘導体など。可視光領域に吸収帯を有し、太陽光や蛍光灯、LEDランプなどを光源に一電子酸化還元反応を触媒することができる。
ビピリジン配位子を有するルテニウム錯体誘導体、フェニルピリジンを有するイリジウム錯体誘導体

(3) フルオロアルキル基

アルキル基の水素原子(H)をフッ素原子(F)に置換したもの。一つの水素原子をフッ素原子に置き換えるだけでもフッ素原子の特異な性質に起因して分子全体の性質が大きく変化する。

(4) 求電子的トリフルオロメチル化剤

電子豊富な求核試薬と反応するトリフルオロメチル化試薬。室温で固体、扱いやすいトリフルオロメチル化剤として下図の試薬が市販されている。代表的なものとしてAntonio Togni(アントニオ・トニ)教授によって開発されたTogni試薬と梅本照雄博士によって開発されたUmemoto試薬が知られている。
Togni試薬 Umemoto試薬

(5) ジメチルスルホキシド(CH3SOCH3, DMSO)

非プロトン性極性溶媒として、有機反応・有機合成に一般的に用いられる。また、分子に含まれる酸素原子を酸素源とした酸化反応(Swern(スワーン)酸化、Kornblum(コーンブルム)酸化など)が知られている。

(6) 「ファルマシア」2014年1月号「構造式から眺める含フッ素医薬」井上宗宜

(7) 「創薬化学--有機合成からのアプローチー」北泰行・平岡哲夫編

(8) 電気陰性度

化学結合している原子が、結合電子を自分の方に引きつける傾向の大小を示す相対尺度。結合原子間でこの差が大きいとイオン性が増える。

(9) 官能基

有機化合物に含まれる原子団で分子に特有の性質を付与するもの。例えば、水酸基(OH)やアミド(CONH)など。

論文情報

著者:
Ren Tomita, Yusuke Yasu, Takashi Koike, and Munetaka Akita
論文タイトル:
Combining Photoredox-Catalyzed Trifluoromethylation and Oxidation with DMSO: Facile Synthesis of α-Trifluoromethylated Ketones from Aromatic Alkenes
Combining Photoredox-Catalyzed Trifluoromethylation and Oxidation with DMSO: Facile Synthesis of α-Trifluoromethylated Ketones from Aromatic Alkenes
掲載誌:
Angewandte Chemie International Edition(ドイツ化学会誌国際版)
DOI:

研究支援

内藤記念科学振興財団奨励金・研究助成

問い合わせ先

資源化学研究所
助教 小池隆司
TEL: 045-924-5229 FAX: 045-924-5230
Email: koike.t.ad@m.titech.ac.jp


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