今回の研究成果のポイント
- マントル物質及び沈み込む海洋地殻物質の重要な構成物である、CaSiO3ペロブスカイト(CaPv)の弾性波(地震波)速度測定に世界で初めて成功した。
- CaPvの弾性波速度は従来の予想に比べてはるかに低いことがわかった。このことからCaPvを多く含む玄武岩からなる海洋地殻物質の地震波速度は、従来の予想より大幅に低くなると考えられる。
- 最近マントル深部の深さ660 km直下に発見された地震波速度の低速度領域は、海洋地殻物質の存在によると解釈される。
- マントル深部に沈み込んだプレートの多くは660 km付近に留まり、この付近に化学的な層構造をもたらす可能性がある。
概要
愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)のスティーブ・グレオ(Steeve Gréaux)研究員と入舩徹男教授(いずれも東京工業大学 地球生命研究所兼務)らと高輝度光科学研究センター、滋賀県立大学の研究者からなるグループは、放射光X線を利用したその場観察実験と超音波測定実験の組み合わせにより、マントル中の主要な高圧型鉱物であるCaSiO3ペロブスカイトの弾性波速度の測定に成功し、この高圧型鉱物を多く含む玄武岩質の海洋地殻物質が、マントル深部の660 km不連続面直下に多量に存在することを明らかにしました。
本研究は国際科学雑誌「Nature」の1月10日版において発表されました。
研究の背景
地球は深さ平均約30 kmの地殻、深さ2,900 kmまでのマントル、中心の深さ6,400 kmまでの核の3つの領域からできています。マントルは更に、深さ660 km付近に存在する地震学的不連続面[用語1]により、上部マントル[用語2]と下部マントル[用語3]からできていることが、地震波の伝わり方からわかっています。
上部マントルを構成する物質は、火山の噴火などによりもたらされるマントル由来の岩石(マントル捕獲岩)を調べることにより、「パイロライト」という主にかんらん石・輝石・ざくろ石の3種類の鉱物を含む岩石であることがわかっています。しかし、上部マントルの下部や下部マントルの物質[用語4]は地表で手に入れることが困難であり、どのような岩石からできているかよくわかっていません。
このようなマントル深部の物質を探るほぼ唯一の手がかりは、巨大地震の地震学的観測によりもたらされるマントル深部における密度と地震波速度の変化です。とりわけ、地震波速度(P波速度VpとS波速度Vs)は深さの関数として高い精度(± 1~2%程度)で決まっており、マントル物質を特定する重要な手がかりとなります。
パイロライトを構成するかんらん石・輝石・ざくろ石などの鉱物は、マントル中の高い圧力と温度のもとで、様々な結晶構造を持つ高圧型鉱物[用語5]へと変化します(構造相転移)。これらの鉱物やその高圧型鉱物の地震波速度(=弾性波速度[用語6])を実験室で測定し、得られた実験データをマントル中の地震波速度と比較することにより、マントル深部に存在する物質を推定することが可能です。
マントル中にはパイロライトの他にも、沈み込むプレートを構成する玄武岩質の海洋地殻とハルツバージャイト岩も存在すると考えられます。これらの物質も主にこれら3種類の鉱物からできています。ただしその割合は、それぞれパイロライト中の割合と大きく異なります。従ってこれら3つの鉱物と、それぞれの高圧型鉱物の弾性波速度を全部測定すれば、これらの比に基づいてパイロライト、玄武岩、ハルツバージャイト岩の3つのマントル深部を構成する候補物質の弾性波速度を見積もることができます。
これまでの研究により、上記3種類の鉱物及びその高圧型鉱物のほとんどに対して、弾性波速度測定が行われました。この結果に基づき560 km程度までの深さまでは、パイロライトが最も適当なマントル物質であることが明らかにされました(Irifune et al., Nature, 2008)。この研究では、より深いマントルではパイロライトの弾性波速度が、地震波速度の観測値と食い違うことを示していました。しかし、560 kmより深い領域での主要高圧型鉱物である、CaSiO3成分に富むペロブスカイト(カルシウムペロブスカイト=CaPv)の測定は困難で、マントル候補物質の弾性波速度を精度良く見積もるには至っていませんでした。
これはCaPvが常圧下ではペロブスカイト型の結晶構造を維持できず、非結晶(アモルファス)[用語7]状態へと変化するため、弾性波速度測定用の適当な試料を得ることが不可能だったからです。CaPvは沈み込んだプレートを構成する玄武岩の主要高圧型鉱物でもあり、その弾性波速度の測定は、マントル深部の物質を明らかにする上で重要です。
本研究の内容
愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)と 高輝度光科学研究センター(JASRI)の研究グループは、大型放射光施設SPring-8[用語8]の高温高圧ビームラインBL04B1における強いX線と、独自の超音波技術を組み合わせることにより、マントル深部の高温高圧下での鉱物の弾性波速度測定技術を開発してきました(Higo et al., Phys. Earth Planet. Inter., 2008など)。この手法では、測定する鉱物の多結晶体を高温高圧下で合成した後常圧下に取りだし、それを円柱形に成形したものに対し、別の実験で高温高圧下での弾性波速度を測定します。弾性波(=地震波)の伝わる速度(V)は試料の長さ(L)と、超音波が試料を通過する時間(t)を用いてV=L/tで決定することができるので、高温高圧下での試料のX線像(レントゲン像)から試料の長さを測定し、同時に超音波をあてて試料を通過する速度を測定することにより、様々な温度と圧力のもとでのVを測定することが可能です。
しかし、CaPvは常圧下に取り出すことができないので、本研究では新しい手法を用いました。それはまずCaSiO3成分のガラスをつくり円柱状に加工し、これを高温高圧下でCaPvに変換した後、試料を取り出すことなくそのまま弾性波速度を測定するというものです。
実験はSPring-8で行い、CaPvの弾性波速度の精密測定を、圧力23万気圧・温度1,700 Kという、マントル深部660 km不連続面に相当する条件まで行いました。測定は5回の独立な実験により様々な温度圧力下で行い、それぞれの実験が互いに整合的なことを確かめました。これらの結果、CaPvの弾性波速度、特にS波速度がこれまで理論的に予測されていた値に比べてはるかに小さいことが明らかになりました。このことから、とりわけCaPvを多く(20-30%程度)含んでいる玄武岩質の海洋地殻物質は、660 km不連続面付近まで沈み込むと、周囲のマントル物質に比べて地震波速度が大きく低下することがわかりました。
研究の意義と今後の展開
最近マントルの深さ660 km不連続面直下に地震波速度が低い領域が発見され、注目を集めています(Schmandt et al., Science, 2014)。この地震波速度の低下は、この深さ付近で存在が予想されている少量(数千ppm程度)の水の影響によりマントル岩石の融点が下がり、一部が融けてマグマが発生しているためと考えられていました。
本研究の結果から、このような低速度領域はマグマの発生ではなく、CaPvを多く含み地震波速度の低い玄武岩質の海洋地殻物質が、この領域に多く存在するためであるとする結論が導かれました。この結論は、GRCの西真之講師らの下部マントルでの新しい含水鉱物(H相)の発見や(Nishi et al., Nature Geosci., 2014)、同じくGRCの井上徹教授(広島大学教授との兼任)らの下部マントル主要鉱物であるブリッジマナイト中に多量のH2O成分が取り込まれるという実験結果(Inoue et al., Goldschmidt Conference, 2016)など、下部マントル領域では独立した物質としての「水」の存在は考えにくいとする研究成果とも調和的です。
本研究からは、沈み込んだプレート物質[用語9]の多くが660 km不連続面付近に存在することが示唆されます。地震波速度の観測データと本研究の実験データを比較することにより、660 km不連続面の上面にはプレートを構成するハルツバージャイト岩質の物質が、また660 km直下には玄武岩質の物質が多く存在することが予想されます。近年660 km以深の下部マントルに由来する「超深部起源ダイヤモンド」の中に、玄武岩を構成する高圧型鉱物(Walter et al., Science, 2011)やCaPv(Nestola et al., Nature, 2018)が発見され、この領域に玄武岩的な物質が存在することが指摘されており、本研究の結果とも整合的です。
今後660 kmより深い23万気圧を越える下部マントル深部領域で、同様の手法による弾性波速度測定を行い、観測に基づく地震波速度と対比させることにより、地球科学の大きな謎である下部マントルの化学組成の解明に重要な情報を与えることができると思われます。JASRIとGRCのグループは、最近下部マントルの深さ800 km近くに対応する27万気圧程度まで同様な測定を行う技術を開発し(Higo et al., Rev. Sci. Instrum., 2018)、下部マントルを構成する有力候補物質であるパイロライトや、それを構成する高圧型鉱物の弾性波速度の測定に取り組んでいます。このような手法により下部マントルの化学組成が解明されれば、地球の原材料やその進化の解明が大きく進展すると期待されます。
用語説明
[用語1] 660 km不連続面 : マントルの深さ660 kmに存在する、地震波速度や密度が急激に変化する面。マントル物質中の主要な鉱物であるかんらん石の相転移が原因であると考えられている。この不連続面により、マントルは上部マントルと下部マントルにわけられる。660 kmに対応する圧力は約23万気圧、温度1,600 ℃程度と見積もられている。
[用語2] 上部マントル : 地殻の下、深さ30 kmから660 kmに至るマントルの領域。主にパイロライトと称される、かんらん石・輝石・ざくろ石の3つの鉱物とその高圧型鉱物からできていると考えられる。なお、上部マントルを深さ410 kmまでの領域とし、410 km~660 kmの領域をマントル遷移層と呼ぶこともある。
[用語3] 下部マントル : マントルの深さ660 kmから、核の最上部の深さ2,900 kmに至る領域。地球全体の体積の約6割を占めるが、その化学組成については上部マントル同様にパイロライトであるとの考えと、よりシリカ(SiO2)成分に富んだ組成であるとする説がある。
[用語4] マントル物質 : 上部マントルを構成する物質は、主にパイロライトであると考えられている。パイロライト(pyrolite)はマントル捕獲岩であるかんらん岩に近い組成を持っており、主に輝石(pyroxene)とかんらん石(olivine)からなる、オーストラリア国立大学のA. R. Ringwood教授により考案された仮想的岩石である。上部マントル最下部~下部マントル領域におけるマントル物質に関しては、すべてパイロライトとする考えもあるが、玄武岩、ハルツバージャイト岩、またよりシリカに富んだペロブスカイタイトなど、様々な説があり未解決である。
[用語5] 高圧型鉱物 : 鉱物はそれを構成する原子が規則正しい配列をした結晶構造をもっているが、これに圧力を加えるとある時点で全く異なる結晶構造に変化する。この現象を高圧相転移といい、その結果生じる新しい構造の鉱物を高圧型鉱物と称する。例えばダイヤモンドは石墨(グラファイト)の高圧型鉱物である。
[用語6] 弾性波速度 : 固体(弾性体)物質の中を伝わる波の速度。P波(Vp)とS波(Vs)に対応する2種類がある。地震波もこの一種である。P波速度、S波速度は周波数に依存しないので、小さな試料に対する超音波を使った測定により、物質の弾性波速度即ち地震波速度を測定することができる。
[用語7] 非結晶(アモルファス) : 鉱物などの結晶に対して、原子が規則正しく配列していない固体が存在し、そのような物質を非結晶(アモルファス)物質と称する。ガラスはその例である。高圧型鉱物は常圧に取り出しても準安定に存在できることが多いが(ダイヤモンドもその例)、一部の高圧型鉱物は常圧下ではアモルファス化するものもある。CaPvはその例である。
[用語8] 大型放射光施設SPring-8 : 理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
[用語9] プレート物質 : 沈み込む海洋プレートの主な構成物質は、最上部の薄い堆積物・海洋地殻を構成する玄武岩、その下にあるハルツバージャイト岩、さらにその下にはマントル物質のパイロライトからなり、厚さ80~100 km程度と考えられている。これらのうち、最上部の堆積物と下部のパイロライトは沈み込む過程で周囲のマントルに取り込まれ、下部マントル付近に達するプレートの主な構成物質は玄武岩とハルツバージャイト岩と考えられる。
論文情報
掲載誌 : |
Nature |
論文タイトル : |
Sound velocity of CaSiO3 perovskite suggests the presence of basaltic crust in the Earth’s lower mantle(CaSiO3ペロブスカイトの音速測定により、下部マントルに玄武岩質地殻物質が存在することを示唆) |
著者 : |
スティーブ・グレオ1,2、入舩徹男1,2、肥後祐司3、丹下慶範3、有本岳史1、劉兆東1、山田明寛4 |
所属 : |
1愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC) 2東京工業大学 地球生命研究所(ELSI) 3高輝度光科学研究センター(JASRI) 4滋賀県立大学 ガラス工学研究センター |
DOI : |
著者の情報
本研究はグレオと入舩が立案し、主要な実験である弾性波速度測定はグレオが、肥後祐司・丹下慶範(ともにJASRI主幹研究員)・有本岳史(GRC博士研究員)・Zhaodong Liu(劉兆東:中国吉林大学 准教授)の支援を受けて行いました。山田明寛(滋賀県立大学 助教)はCaSiO3ガラスの作製を行いました。論文の取り纏めは入舩とグレオが担当しました。本研究の著者は、現在色々な研究機関に所属していますが、全員が愛媛大学 大学院理工学研究科 博士課程大学院生(肥後、山田、有本、劉)、GRC助教(丹下)としてGRCに在籍した経歴を有しており、「オールGRCチーム」の成果ともいえます。尚、入舩とグレオは東京工業大学の地球生命研究所において、それぞれ主任研究者と研究員を兼務しています。
関連分野の研究者
第三者のコメントをご参考にされたい場合に下記の方々を推薦します。
東京大学 名誉教授 八木健彦
E-mail : yagitakehiko@76.alumni.u-tokyo.ac.jp
Tel : 0475-47-3845
東京大学 大学院理学系研究科・附属地殻化学実験施設 教授 鍵裕之
E-mail : kagi@eqchem.s.u-tokyo.ac.jp
Tel : 03-5841-7625
広島大学 大学院理学研究科・地球惑星システム学専攻 教授 井上徹
E-mail : toinoue@hiroshima-u.ac.jp
Tel : 082-424-7460
備考
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号: JP15H05829, JP25220712)の一環として実施したものです。
- プレスリリース 下部マントル最上部に玄武岩質の物質 ―沈み込むプレートの行方に関する論文がNatureに掲載―
- 地球生命研究所(ELSI)
- 愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)
- 公益財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)
- 滋賀県立大学 ガラス工学研究センター
- 研究成果一覧
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E-mail : irifune@dpc.ehime-u.ac.jp
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E-mail : koho@stu.ehime-u.ac.jp
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Tel : 089-927-8165 / Fax : 089-927-8167
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