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タンパク質分子の彫刻を創る タンパク質結晶から分子チューブを作り出すことに成功

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要点

  • タンパク質結晶の中だけで作られる特異な分子集合構造を取り出すことに成功
  • タンパク質結晶内で選択的な化学反応を実現することによりナノ構造体合成を達成
  • 結晶から合成される様々なナノ構造体を用いたセンサーや触媒開発への応用に期待

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の上野隆史教授らは、タンパク質結晶[用語1]に化学修飾を施すことによって結晶中のタンパク質の特異な集合構造を溶液中に溶かし出す手法を開発した。生体材料として有望なタンパク質集合体の煩雑な合成操作と安定保存の困難さを一挙に解決する技術として期待される。タンパク質集合体材料は多段階の酵素反応や薬物輸送の基盤分子として注目されているが、望みの構造を作り出すことが困難とされ、特定のタンパク質の利用に限定されていた。

具体的には、Rubisco(ルビスコ)[用語2]と呼ばれるリング状の酵素が結晶中で一列に並びチューブ構造を形成することに着目した。互いに隣り合うリング表面に存在する特定のアミノ酸同士を選択的に結合させることにより、結晶中のチューブ構造を保持したまま水溶液へ溶かし出すことに成功した。

溶かし出されたチューブ構造体でRubiscoの反応活性は保持されている。さらに、チューブ内部にRubiscoでは確認されない蛍光分子の集積を確認した。この手法は、10万件以上のタンパク質の構造が蓄積されているデータベース[用語3]を用いると、様々なタンパク質結晶にも適応可能であり、結晶内に構築されるカゴ、シート構造のほか、あらゆるタイプの構造体作成によるドラックデリバリーやワクチン開発への可能性も拓ける。

研究成果は文部科学省新学術領域「発動分子科学」と科学研究費助成事業の支援によるもので、総合化学分野において最も権威のある学術誌の一つである「Chemical Science(ケミカルサイエンス、化学誌)」オンライン版で10月30日に公開された。

研究成果

上野教授らはRubiscoが結晶化の際にチューブ構造を形成することに着目。互いに隣り合うリング表面に存在するアミノ酸同士をシステイン[用語4]に置換し、選択的にジスルフィド結合[用語5]を形成させることによって、結晶中のチューブ構造を保持したまま水溶液へ溶かし出すことに成功した(図1)。

溶かし出されたチューブ構造体ではRubiscoの反応活性は保持されていた。さらに、チューブ内部には蛍光分子が集積することも確認した。

タンパク質結晶からのチューブ構造の切り出しの反応概念図

図1. タンパク質結晶からのチューブ構造の切り出しの反応概念図

研究の背景

自然界では複数のタンパク質が集合した構造体が形成され、様々な生体機能を担っている。その理由は、生命活動を維持するためには、一分子のタンパク質では達成が困難な、大量の分子の貯蔵や複数の反応が組み合わさった物質代謝や輸送が必要不可欠なためである。たとえば、生命ではウイルスに代表されるように、カゴ状構造や、チューブ状構造などがつくり出されている。

現在はバイオテクノロジーによって、すでに存在する構造体を機能化する研究も盛んに行われている。しかし、それらの構造を人工的に作り出すには難しい課題が残っている。その理由はタンパク質を溶液中で秩序立てて並べる方法が確立されていなかったことに原因がある。

研究の経緯

具体的には、Rubiscoと呼ばれるリング状の構造をもつ酵素が結晶化の際にその構造が一列に並んだチューブ構造を形成することに着目した(図2)。

Rubiscoの12量体リング構造(a)とその結晶(b)、結晶内の分子の配列構造(c)

図2. Rubiscoの12量体リング構造(a)とその結晶(b)、結晶内の分子の配列構造(c)

上野教授らはRubiscoのリング構造が結晶中で互いに隣り合う部位に着目した。隣接するリング表面に存在する419番目のイソロイシン(Ile419)は結晶中では互いに6 Å(オングストローム、1 Åは10−10 m)しか離れてないことから、ジスルフィド結合を形成させチューブ構造を合成する目的で、システイン残基に置換した(図3a)。

しかしながら、ジスルフィド結合を形成させる目的で酸化剤である過酸化水素を添加したものの、チューブ構造は合成されなかった。この理由は、システイン側鎖の-CH-SHが結晶内でジスルフィド結合を形成しにくい位置に存在していると考え、架橋剤の存在下同様の反応を行った(図3b)。その結果、溶かし出されたタンパク質は、予想通りのチューブ構造を形成していることを透過型電子顕微鏡観察で確認した(図3c)。

溶かし出されたチューブ構造体ではRubiscoの反応活性は保持されていた。チューブ内部には蛍光分子が集積することも確認された。さらに、このチューブ構造ではRubiscoの活性が保持されていることと、Rubiscoだけでは集積されない蛍光分子の集積が確認された。従って、タンパク質を機能材料として用いる際の新しい合成手法として期待される。

Rubisco結晶内の隣接残基の位置(a)、架橋剤存在下のジスルフィド形成反応(b)、結晶から溶かし出されたチューブ構造(c)

図3. Rubisco結晶内の隣接残基の位置(a)、架橋剤存在下のジスルフィド形成反応(b)、結晶から溶かし出されたチューブ構造(c)

今後の展開

今回報告したナノチューブ作成は、タンパク質結晶内で隣接するシステイン残基の分子間ジスルフィド結合を適切なサイズの架橋剤と過酸化水素の共存によって制御することによって達成した。現在では10万件以上のタンパク質結晶の構造がデータベース化されていることから、他のタンパク質結晶にも応用可能であり、結晶内に構築されるカゴ、シート構造の他、あらゆるタイプの構造体作成の有望な方法となる。

用語説明

[用語1] タンパク質結晶 : タンパク質が規則正しく並んで集合し結晶となったもの。高純度で精製することによって得られ、タンパク質の構造を決定するために利用される。

[用語2] Rubisco : Ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase type IIIの略称。一部の微生物が外部から取り込んだ二酸化炭素を有機化合物として生体内で留めておく反応で利用される酵素。

[用語3] タンパク質の構造が蓄積されているデータベース : プロテインデータバンク(PDB; Protein Data Bank)と呼ばれ、タンパク質と核酸の3次元構造の構造座標を10万件以上蓄積している国際的な公共のデータベースとして運営されている。

[用語4] システイン : アミノ酸の一種。側鎖に-CH2-SHの構造をもち、架橋結合の形成が容易なチオール基がある。

[用語5] ジスルフィド結合 : 2つの硫黄で形成される結合構造(R-S-S-R)の名称。R-SHの酸化反応によって容易に形成されることから、様々なタンパク質の化学修飾に使われる。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Construction of Supramolecular Nanotubes from Protein Crystals
著者 :
T. K. Nguyen, H. Negishi, S. Abe, and T. Ueno
DOI :
<$mt:Include module="#G-11_生命理工学院モジュール" blog_id=69 $>

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院
教授 上野隆史

E-mail : tueno@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5844

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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