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ありふれた元素で高性能な窒化物半導体を開発 安価な薄膜太陽電池開発につながる可能性

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要点

  • 高い伝導キャリア移動度を持つp型およびn型の窒化銅半導体を開発
  • 理論計算に基づいた設計と精緻な合成・評価実験の連携により実現
  • 大面積・安価な窒化物半導体の薄膜形成に応用可能

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長)、元素戦略研究センターの松崎功佑特任助教、科学技術創成研究院の大場史康教授、物質理工学院の原田航大学院生(博士後期課程1年)、元素戦略研究センターの熊谷悠特任准教授、笹瀬雅人特任准教授らは、物質・材料研究機構 先端材料解析研究拠点の木本浩司副拠点長、越谷翔悟NIMSポスドク研究員、上田茂典主任研究員らと共同で、希少元素[用語1]を含まない窒化銅(Cu3N)を使って、p型とn型の両方で高い伝導キャリア移動度[用語2]を示す半導体を開発しました。

この成果は、新たに考案した窒化物合成法と、第一原理計算[用語3]に基づいた有効なキャリアドーピング法、原子分解能の電子顕微鏡による観察および放射光による電子状態解析を組み合わせることで得られました。本研究により、大面積・低コスト化に適した合成法でp型とn型の窒化銅が実現し、同一材料のp型とn型半導体を使った、希少元素を含まない薄膜太陽電池[用語4]への応用が期待できます。

本研究成果は、ドイツ科学誌「アドバンスト・マテリアルズ(Advanced Materials)」に速報としてオンライン版に6月19日付(現地時間)で公開されました。

本成果は、主に以下の事業・研究課題によって得られました。

文部科学省 元素戦略プロジェクト<拠点型成型>

  • 研究課題名
    「東工大元素戦略拠点」
  • 代表研究者
    東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野秀雄
  • PM
    元素戦略研究センター 雲見日出也 特任教授
  • 研究実施場所
    東京工業大学
  • 研究期間
    2013年7月~2022年3月

研究の背景

半導体には、電気伝導を正孔が担うp型半導体と、電子が担うn型半導体があり、その接合(pn接合)は半導体デバイスの基本構造として発光ダイオードや太陽電池などに使われています。その中でも、薄膜技術を用いた太陽電池としては、安価かつ高変換効率を追求した化合物半導体系太陽電池であるCIGSや、CdTe太陽電池が実用化され、近年ではペロブスカイト型太陽電池が注目されています。しかし、これらの薄膜太陽電池材料には、希少あるいは有毒な金属が含まれるため、より安価で環境調和性の高い新材料の探索が進められています。またこれらの材料はp型とn型の両方への極性制御が難しく、その太陽電池としては異種材料のp型とn型の半導体を組み合わせたヘテロ接合が使われており、変換効率低下の要因となる接合界面を最適化することが必要となっています。高性能な結晶シリコン(Si)やGaAs太陽電池のように、同一材料のp型とn型の半導体でホモ接合を造ることができれば、高い変換効率を示す太陽電池の作製が容易になると期待されます。

窒化銅(Cu3N)はありふれた元素のみで構成される間接遷移型半導体であり、太陽光スペクトルに適したバンドギャップ1.0 eVと高い光吸収係数をもつことから、新しい薄膜太陽電池材料として注目されています。しかし窒化銅は熱力学的に準安定な物質であり、多くの窒化物と同様に高品質な結晶の作製が難しく、半導体としての特性は明らかになっていませんでした。

研究成果

研究グループは、薄膜を安価・大面積に形成できる窒化物合成法の考案と理論計算を用いたキャリアドーピング[用語5]の設計、原子分解能の電子顕微鏡での観察、放射光による電子状態解析により、高性能なp型およびn型伝導性の窒化銅半導体の開発に成功しました。

窒化物合成の代表的な窒素源である窒素(N2)やアンモニア(NH3)は銅(Cu)と直接反応しないことが知られており、これらの窒素源では高品質な窒化銅の結晶育成は困難です。そこで今回、銅金属の触媒機能に着目し、アンモニア分子の酸化反応により得られる、反応性の高い活性窒素種(NHやNH2など)を窒素源とした銅の直接窒化反応を考案しました。この反応に基づいて、アンモニアと酸化性ガスである酸素(O2)の混合気体を使って、アンモニアを選択的に脱水素化(酸化)できる条件で生成される活性窒素種によって銅から窒化銅を直接合成しました(図a)。合成可能な温度範囲は200~800 ℃と広く、従来のプラズマ窒化法[用語6]の上限温度200 ℃より高温で反応させることができます。

この直接窒化法により、従来困難であった高品質な窒化銅薄膜の作製が可能になりました。得られた純粋な窒化銅薄膜はn型半導体であり、この結果は第一原理計算による予測と一致しました。電子濃度は1015~1016 cm-3に抑制でき、電子移動度が180~200 cm2/Vs まで向上し、高性能な半導体となりました。

次にp型半導体を作製するために、アクセプターとなり得るドーパントの候補を第一原理計算により探索しました。格子の中心に大きな空隙を持つ窒化銅の特徴的な結晶構造に着目し、ドーパントの候補をスクリーニングした結果、フッ素イオン(F)の挿入が有効であると分かりました(図b)。この理論予測を踏まえて、酸化性ガスである三フッ化窒素(NF3)を用いて直接窒化法によってフッ素を添加した窒化銅を作製しました。

そして、電子線エネルギー損失分光[用語7]を使った走査透過型電子顕微鏡で試料を直接観察したところ、フッ素が理論予測通りに格子中心の空隙に存在していることを確認しました(図c)。また硬X線光電子分光[用語8]による電子状態解析とキャリア輸送特性の評価から、フッ素を添加した窒化銅はp型半導体であることが判明しました。正孔濃度は1016~1017 cm-3であり、正孔移動度は50~80 cm2/Vsと代表的な窒化物半導体である窒化ガリウムより高い値です。

図 (a)NH3/O2ガスを使った銅の直接窒化法とその反応原理(b)第一原理計算による予測。格子の空隙にFが入るとp型半導体、Cuが入るとn型半導体(c)Cu3N:Fの原子マッピング像(緑:F、赤:N、青:Cu)。理論予測通りにF原子は格子の空隙に存在(d)直接窒化法で作製したp型、n型Cu3N薄膜の移動度とキャリア濃度
(a)NH3/O2ガスを使った銅の直接窒化法とその反応原理 (b) 第一原理計算による予測。格子の空隙にFが入るとp型半導体、Cuが入るとn型半導体(c)Cu3N:Fの原子マッピング像(緑:F、赤:N、青:Cu)。理論予測通りにF原子は格子の空隙に存在(d)直接窒化法で作製したp型、n型Cu3N薄膜の移動度とキャリア濃度

今後の展望

新しい窒化物合成法の考案と理論計算によるドーピング設計、原子分解能電子顕微鏡観察、放射光電子状態解析の密接な連携により、p型とn型の両方を作り込める高品質な窒化銅半導体を実現しました。アンモニアと酸化性ガスを使ったこの合成法は、低コスト・大面積化に適していることから、窒化銅のpnホモ接合を使った安価な薄膜太陽電池への応用が期待できます。

用語説明

[用語1] 希少元素 : 地球上の存在量が少ないか、技術的・経済的な理由で使用が困難な元素。

[用語2] 伝導キャリア移動度 : 物質中の伝導キャリア(正孔または電子)の移動のしやすさを示す物理量。伝導キャリア移動度は半導体デバイスの特性を決める重要な指標となっている。

[用語3] 第一原理計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、安定性や構造を決定する際の指標となる全エネルギーが得られ、結晶や分子の構造や安定性を予測できる。

[用語4] 薄膜太陽電池 : 光吸収係数の高い半導体薄膜を光吸収層に使った太陽電池。省資源と生産性に有利な薄膜製造法によって、低コスト化と高効率化を両立する。

[用語5] キャリアドーピング : 伝導キャリア(正孔または電子)の濃度を調整するために、純粋な半導体に少量の不純物を添加すること。

[用語6] プラズマ窒化法 : 真空に近い減圧で高電圧をかけてガスを放電させて発生したプラズマを用いて、窒素分子から生成される原子状窒素(ラジカル)と反応させる窒化法。

[用語7] 電子線エネルギー損失分光 : 電子線が薄片試料を透過する際に、試料中に存在する元素固有のエネルギーを電子線が失うことを利用して、試料中の構成元素、電子状態などを調べる分析手法。電子顕微鏡の観察下でも測定が可能なので、局所の分析ができる。

[用語8] 硬X線光電子分光 : 光電子分光は試料に光を照射し、光電効果によって放出される電子のエネルギーを測定することで、物質の電子状態や化学結合を調べる手法。光源に高エネルギーのX線を使うと光電子の脱出深さが数ナノメートルに及ぶので、通常のX線を用いる場合よりも、表面の影響が小さくなり固体内部の電子状態を測定できる。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Materials(アドバンスト・マテリアルズ)
論文タイトル :
High-Mobility p-Type and n-Type Copper Nitride Semiconductors by Direct Nitriding Synthesis and In Silico Doping Design(和訳:直接窒化法および計算機中でのドーピング設計によって得られた高移動度p型およびn型窒化銅半導体)
著者 :
Kosuke Matsuzaki*, Kou Harada, Yu Kumagai, Shogo Koshiya, Koji Kimoto, Shigenori Ueda, Masato Sasase, Akihiro Maeda, Tomofumi Susaki, Masaaki Kitano, Fumiyasu Oba* and Hideo Hosono(松崎 功佑*、原田 航、熊谷 悠、越谷 翔悟、木本 浩司、上田 茂典、笹瀬 雅人、前田 祥宏、須崎 友文、北野 政明、大場 史康*、細野 秀雄)
DOI :

実験に関するお問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所 教授/元素戦略研究センター長
細野秀雄

E-mail : hosono@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

東京工業大学 元素戦略研究センター 特任助教

松崎功佑

E-mail : matsuzaki@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5855

理論計算に関するお問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
フロンティア材料研究所/元素戦略研究センター 教授

大場史康

E-mail : oba@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5511

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

国立研究開発法人 物質・材料研究機構
経営企画部門 広報室

Email : pressrelease@ml.nims.go.jp
Tel : 029-859-2026 / Fax : 029-859-2017


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