要点
- 市販品の負熱膨張材料の体積収縮を大きく上回る8.5%の収縮
- ペロブスカイト構造を持つバナジン酸鉛PbVO3を負熱膨張物質化
- 光通信や半導体分野で利用される熱膨張抑制材として活用期待
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授、山本孟大学院生(現:東北大学助教)、今井孝大学院生、神奈川県立産業技術総合研究所の酒井雄樹常勤研究員らの研究グループは、これまでに発見された材料の中で最大の体積収縮を示す“温めると縮む”負熱膨張材料[用語1]を発見しました。
この負熱膨張材料は、光通信や半導体製造装置などで利用される構造材において、精密な位置決めが求められる局面で熱膨張を補償(キャンセル)することなどに利用されます。
本成果は、ドイツの応用化学誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で近く公開されます。
研究の背景
ほとんどの物質は、温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大します。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では、このわずかな熱膨張が問題になります。そこで、昇温に伴って収縮する“負の熱膨張”を持つ物質により、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)するような設計がなされています。
しかしながら、負の熱膨張を持つ材料の種類は少なく、市販品の負熱膨張材料では体積収縮の割合は1.7%程度と小さいことが問題でした。2016年12月に、名古屋大学の研究グループによって、層状ルテニウム酸化物の焼結体が6.7%の体積収縮を示す事が発見され、注目を集めました。これは空隙の多い材料組織に由来することから、材料自身の本質的な負熱膨張ではありませんでした。
研究成果
今回の研究では、代表的な強誘電体[用語2]であるチタン酸鉛PbTiO3と同じ極性[用語3]のペロブスカイト構造[用語4]を持つ、バナジン酸鉛PbVO3という物質を負熱膨張物質化しました。同じ結晶構造のPbTiO3も強誘電から常誘電転移に伴い負熱膨張を示すことが知られていますが、体積収縮は約0.6%に留まります。PbVO3は、PbTiO3に比べて結晶構造の歪みが大きく、圧力を印加すると10%もの体積収縮を伴って常誘電相に転移しますが、常圧下の昇温ではそうした相転移は起こりません。
2価の鉛イオンを、一部が3価のビスマスイオンとランタンイオンで置換して電子ドープ[用語5]を行い、バナジウムイオンの価数を4価から3.76価に変化させたPb2+0.76La3+0.04Bi3+0.20V3.76+O3にする事で、室温を挟む温度である200 Kから400 Kの温度域で図1の結晶構造変化が起こり、体積が8.5%も収縮する、巨大な負熱膨張を実現しました。この材料について、X線回折実験[用語6]で調べた微視的な格子定数[用語7]の変化、さらに熱機械分析装置[用語8]を用いた巨視的な試料長さの変化から巨大な負熱膨張を確認しました(図2)。これらにより、この材料の特性について材料自身の本質的な負熱膨張であることが確認できました。
今後の展開
今回開発したPb0.76La0.04Bi0.20VO3は、巨大な負熱膨張を示しますが、環境に有害な鉛を含むという問題を抱えています。本研究で、電子ドープという手法が負熱膨張化に有効である事がわかったためで、PbVO3と同様に巨大な結晶構造歪みを持つPbTiO3型のペロブスカイト化合物である、BiCoO3、Bi2ZnTiO6、Bi2ZnVO6が注目されます。これらの物質を電子ドープによって負熱膨張化すれば、鉛を含まない巨大負熱膨張材料が得られると期待できます。
研究費について
本研究の一部は、神奈川県立産業技術総合研究所・戦略的研究シーズ育成事業「革新的環境調和機能性材料の創出(代表:東正樹 東京工業大学教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究A「ビスマス・鉛ペロブスカイトのs-d軌道間電荷分布変化解明と巨大負熱膨張への展開」の助成を受けて行いました。
用語説明
[用語1] 負熱膨張材料 : 通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。
[用語2] 強誘電体 : 誘電体(絶縁体)の一種で、外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、また、外部電場によってその方向を変化できる物質。
[用語3] 極性 : 結晶構造中の陽イオン、陰イオンの変位のため、正の電荷と負の電荷の重心が一致せず、電気分極を持つ事。
[用語4] ペロブスカイト構造 : 一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。
[用語5] 電子ドープ : 化合物の物性を変化させるため、電子の数を増やすことで、複数の価数を持つ事ができる遷移金属イオンの価数を絶縁体となる整数価数状態より小さくすること。
[用語6] X線回折実験 : 物質の構造を調べる方法。X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
[用語7] 格子定数 : 結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。
[用語8] 熱機械分析装置 : 温度変化による試料長さの変化を測定する装置。
論文情報
掲載誌 : |
Angewandte Chemie International Edition |
論文タイトル : |
Colossal Negative Thermal Expansion in Electron-Doped PbVO3 Perovskites |
著者 : |
Hajime Yamamoto, Takashi Imai, Yuki Sakai, and Masaki Azuma |
DOI : |
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お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授
東 正樹(あずま まさき)
E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315 / Fax : 045-924-5318
東北大学 多元物質科学研究所 助教
山本 孟(やまもと はじめ)
E-mail : hajime.yamamoto.a2@tohoku.ac.jp
Tel : 022-217-5355 / Fax : 022-217-5353
神奈川県立産業技術総合研究所 戦略的研究シーズ育成事業 常勤研究員
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